それから5日ほど経って――。
瀬戸口は校門の前にいた。
今日は日曜日。
昨日、善行から“明日9:00に校門前にて待つように”との指示をもらった。
そして、それとともに“この店を予約しておいたので、ランチにどうぞ”と、食事の場所を提供された。
今日が休日であることと指示の内容からするに、要はデートのお膳立てをしてもらったというわけだが、
ということはつまり原から“壬生屋と会っても良い”というサインがあったということだろう。
そのことは小隊の皆も知っているらしく、
上手く隠れてはいるがそこかしこから誰かが見ている気配がする。
だから瀬戸口は、ようやく会えるという期待と嬉しさと、
彼らの見世物になっていることへの恥ずかしさで複雑な心境だった。
そんな複雑な心境で、指定された時間の15分前から待っていた。
そして、それから10分後――待ち合わせの5分前になると。
「あ・・・。」
まず、こちらに向かって坂を駆け上がってくる姿が見えた。
そして次に認識したのはいつもの特徴的な草履の足音ではなく、ヒールの靴音。
いつもは流している長い黒髪を結いあげて髪留めで飾り、
胸元に品の良いレースをあしらった腿までの長さの薄いピンクのチュニックブラウスは裾が広めで、
フレアスカートのようにも見えて、ウエストに巻かれたリボンが腰のラインを見せながらアクセントを与えている。
足首までは黒いレギンスで、華奢なデザインの白いミュールが足元を飾る。
装飾品は金のチェーンに小さな白い真珠が付いたネックレスとブレスレットで、こちら2つはお揃いのデザインだ。
手には自然な色の麦わらで出来た小ぶりのバッグを持っている。
普段とはあまりにもかけ離れた姿で――そして、あまりの美しさに見とれていたため、
その姿の主が壬生屋だと認識したのは、壬生屋が自分の目の前にやってきてからだった。
駆け寄って来た壬生屋は息を整えて、
「お、お待たせ致しました・・・っ!」
頬を赤らめて、緊張した面持ちで声をかける。
10日ぶりの会話なのだが、普段とは違う姿を相手に見せているという落ち着かなさで、
瀬戸口の顔をまともに見れない。
対して瀬戸口は、
「・・・・・・・。」
見とれたまま、何も言えずにただ固まっている。
外野からは“おいどうした!”とか“何とか言えやコラ!”というプレッシャーを与えられてはいるのだが、
そんなことに気づく余裕が今の瀬戸口にはない。
すっかり十数秒が経ち、
「あ、あの・・・。」
何も言ってこない瀬戸口に壬生屋がためらいがちに声をかける。
(そんな・・・がんばったのに。)
原や他の女生徒に教わって、おしゃれをがんばって勉強したのに。
それでも自分は“ダメ”だったのだろうか?
不安になって瀬戸口を見上げると、
――ガバッ!
何も言わずに瀬戸口は壬生屋を抱きしめた。
「ちょっ・・・瀬戸口さん!?」
あまりにも唐突だったので、壬生屋は避けることが出来ずにそのまま瀬戸口の胸に収まる。
外野から『おおーっ!?』という驚きの声が漏れる。
予想外の急展開にこっそり窺う気は完全に失せたらしい。
それでも無言のままの瀬戸口は、壬生屋の手を取って自分達の多目的結晶を合わせると、
「きゃっ・・・・!」
強引に壬生屋のテレポートセルを起動させて、2人まとめてその場から消え去った。
せっかくの観察対象が退場したので、
「ちょっとー!何よそれ〜!?」
「ちっくしょー、これからだって時に!」
「2人はどこへ向かった!?」
「誰か、テレパスセル持ってるヤツは!?調べろ!!」
「持ってるけど、何かブロックされてるよ!」
「こっちもです!!」
外野達が姿を現して、ヤキモキしながら逃げた2人の行方を調べ始める。
しかし、舞と速水だけはそれに参加せずに他の者達をあきれ顔で見ている。
「よくもまあ・・・他人の恋路であそこまで騒げるものだな、暇人どもめ・・・。」
「ここにいる僕達も人のことは言えないけどね・・・って、いたたたた!!」
「一言多いのはこの口か?」
舞が表情も変えずに速水の頬をつねり上げる。
「ごっ、ごごごごごごめんなひゃい・・・。」
速水は涙目になりながら必死に謝り、頬を開放してもらう。
そして自由になった頬をさすりながら、
「・・・皆のテレパスセル使えなくしたの、舞でしょ?」
今度は穏やかな目をして舞に尋ねる。
「気づいたか、流石だな。」
舞は満足げに口元をほころばせる。
そして、言葉を続ける。
「壬生屋は己に課した試練に耐え、そして越えた。
ならば、それに敬意を表し手を貸してもよかろう。」
「そっか。
・・・でも、善行さんからランチのチケットをもらってたんだよね?
入り先がわかってるから、張り込まれちゃうんじゃないの?」
そう、速水の言うとおり、他の外野達はテレパスセルによる追跡を諦めて善行が予約した店へ向かい始めた。
その姿を見送ると、
「ふっ・・・。」
舞は笑みを零して身を翻すと、
「すでに手は打ってある。」
外野達に背を向けて歩きだした。
この件についてはもういいらしく、ハンガー辺りにでも向かうらしい。
そんな舞の背中を見て、
「なるほどね、さっすが舞♪」
それだけ言って、舞の後を追うように歩き出す。
一体何の手を打ったのかについては、さらさら聞くつもりもない。
そのかわりに興味があるのは、
「舞は壬生屋さんみたいにおしゃれの修行しないの?」
専ら目の前の人物だけ。
そしてその人物は、
「必要があるなら行うが、着飾らなくとも私についてこれるような輩でなくては話にならんな。
・・・それにそなたは、このままの私でも私のカダヤでいてくれるのだろう?」
唯一無二のパートナーを振り返り、大胆不敵な笑みで答えた。
「もっちろん♪」
その唯一無二のパートナーは満面の笑顔で宣言した。
テレポートセルでたどり着いた先は意外と近く――尚敬高校の屋上だった。
日曜日なので他に人の姿はない。
外野達もまさかこんな近くにテレポートしたとは思わなかったらしく、こちらへやってくる様子はない。
よって、完全に壬生屋と瀬戸口の二人っきりである。
瀬戸口は壬生屋から体を放すと、また壬生屋の姿を見つめる。
「あ、あの・・・瀬戸口君?」
瀬戸口が先ほどから何も言ってきてくれないので、壬生屋は気恥ずかしさに耐えながら声をかける。
すると、
「・・・びっくりした。思っていた以上に綺麗で・・・可愛くて。」
ようやく声をかけてきてくれた。
その顔は優しく微笑んでいる。
「・・・っ!」
壬生屋は瀬戸口の頬笑みと言葉に、顔を真っ赤にする。
「善行さんから話を聞いて、壬生屋が何で俺とずっと口を利いてくれないのかわかった。
主に原さん・・・かな、あとは女子の何人かにおしゃれの特訓を頼んでたんだよな?
・・・うん、完璧だよ、特訓の成果、しっかり出てる。
どこに出しても恥ずかしくない。
こんなに綺麗で可愛い人なんていないよ。
俺が隣に立つのがおこがましいくらいだよ。」
「そっ!そそそそそんな、そっ、そもそもわたくしが貴方に相応しくなかっ・・・!」
謙遜・・・いや、本人は事実と思って言った瀬戸口の言葉を壬生屋は必死に否定したが、
「でも・・・。」
その言葉は瀬戸口によって遮られた。
瀬戸口は口紅を塗った壬生屋の唇を自らの指で拭って落とし、
「!!!」
さらにそこに口付けた!!
2人は付き合って間もない。
2人の間での初めてのキスで、壬生屋にとってはファーストキスだった。
(10日も我慢したんだからさ、これくらいは頂戴しても構わないだろ。)
数秒か、それとも数十秒かわからない時間が過ぎて、瀬戸口が壬生屋から唇を離した頃には、
壬生屋は耳まで真っ赤になっていた。
瀬戸口は突然の出来事に目を白黒させている壬生屋の頭にポンと手を置いて、
「でも、アイシャドウや口紅なんかよりも鮮やかなのは、真っ赤になったお前さんの可愛い顔だよ。
完璧なメイクなんかなくったって、それさえあれば十分。なっ?」
あやすようにそう言ったが、それくらいでは壬生屋の顔の赤さは元に戻らない。
とはいえ、ずっとここで一日が過ぎるのを待つわけにはいかないので、
「・・・あれ?口紅落ちちゃったな?
俺でよければ塗り直して差し上げますが?」
おどけた口調でそう言いながら、壬生屋の顎に手を添えると、
「けっ・・・!けけけけけ、結構です!自分で出来ます!!」
あれ以上のことはまだ駄目だと言わんばかりに、速攻で正気に戻った壬生屋が瀬戸口の手を振り払った。
計算通りのパターンに内心でピースサインをすると、
「左様で♪
じゃあ、再会を祝してランチと参りましょうか!」
10日ぶりのこの遣り取りが心底楽しくて仕方ないといった様子で、
瀬戸口は姫をエスコートするように恭しく手を差し出した。
――その後、2人が指定したレストランに行ってみると、
急に団体客が入ったため、席が空いてないと言われる。
そして、レストラン側の配慮で、少し離れた姉妹店へと行くことになるのだった。――
・・・後からやってきた外野組が泣いて悔しがるのは、また別の話。