2004年 瀬戸口隆之 22歳
あの後、蒼かった左目は右目の紫と溶け合うように元の色に戻った。
戻ったのは色だけで、鬼の力が戻ることは無かった。
せっかく未央と同じ色だと思ったのに残念だったが、それでも彼女がくれたものは変わらない。
数日後包帯を外した未央の左目も同様で、最初は俺の紫だったがその後、
1日と経たないうちに右目の蒼と溶け合い元の未央の色に戻った。
それでも俺が分けた力に変化は無いようで、今でも未央の左目から幻獣が産まれることは無い。
“せっかく瀬戸口君と同じ色だったのに………。”と本人は残念がっていた。
もしかしたらもう、左目の呪縛なんて消し飛んじまったのかもしれないな。
俺から鬼の力が消えてしまったのと同じように。
愛の力ってヤツかな♪
俺達は未央の回復後、日本へ戻った。
芝村の姫さんは任務のためだと言って一足先に戻っていたので、俺と未央とののみの3人で。
………まぁ、任務のためというか、ただ単に速水に会いたかったからだと思うがね。
こう、目の前で俺らが見せ付けちまってたわけだし(笑)
戻った後すぐに未央は軍を退役した。
誰も覚えていないとはいえ、事件についての責任を取らねばならないと言って。
表向きには“ガス爆発によるケアンズ基地崩壊の責任を取る”ということになった。
しかし、速水と芝村の要望で今は新兵達の武術指導にあたっている。
実家の道場で子供達にも武術を教えているので大忙しだ。
だが本人はとても楽しそうにしているから、俺としては何の文句は無い。
勝手に戦場に行かれて心配するようなことにならないしな。
………ただちょっと、新兵やら基地の連中が未央を変な目で見るのは我慢ならん。
だから俺は未だに軍で事務官なんぞをやっている。
鬼の力が消えて人間になって、どこかの誰かに利用されることはもう絶対に無いから、
こんなとこやめてとっとと子作りと子育て………もとい、主夫業に専念したいのだが誰の陰謀だ?
なぁ速水さんよ、あのぽややんめ!
………まぁ、速水のおかげでずっと事務官だけでいさせてもらえてたからあまり文句は言えんけど。
ののみは今、中学校で友達をたくさん作って元気にやっている。
悪ガキ共にいじめられないか心配だったが、むしろ逆で学校ではモテモテらしい。
そりゃあそうだ、この俺が面倒見てきたんだぞ?
いい女になるに決まってる。
女友達ともうまくやっているようだから、女同士の怖〜いいざこざにも巻き込まれてないみたいだ。
まだ好きな奴はいないようだがいつかきっと、そういう話も聞こえてくるんだろう。
………ちょっと寂しい気もするが、いい奴と出会えるといいな。
ただし、その場合、俺が認めた奴じゃないと許せないが。
速水と芝村は相変わらずの仲だ。
学兵の頃の初々しいぎこちなさは消えて、今は公私共に良きパートナーってやつだな。
芝村の実力は相変わらずだし、最近は反芝村派や一般市民にも受け入れられてきている。
堅苦しさが頼もしさに変わったって感じだ。
速水は相変わらずのぽややんで芝村にベッタリだが、着実に連合軍内での地位を上げてきている。
あの、きっと永遠に変わらないであろうぽややん笑顔で。
………そのまま天下取っちまうんじゃねぇか?
いや、取るだろうな………間違いなく。
俺は………いや、俺達元5121のメンバーは、一体いつまでこき使われるんだろうか?
まぁ、世界が平和に向かうのだからいいんだが。
そういえばこの前、芝村の姫さんの左手の薬指に指輪がはまってたな。
“婚約指輪かい?”って聞いたら、真っ赤な顔をして誤魔化してた。
………その勢いで、うっかり一発殴られた。
もう俺はただのか弱い男の子なのに少しは考えて欲しい。
しっかしいいな〜、春は近いな〜。
でも残念、俺達の方が先ですね♪
赤松とはあれ以来会ってないが、頻繁に手紙を寄越してくる。
始めの頃、未央はそれを見て涙を浮かべていたが、今は笑顔でそれを読めるようになった。
彼女と一緒に写ってる写真が同封されてたことがあったので見てみたら、なかなかの美人さんだった。
そのことをうっかり口から漏らしてしまったら、未央に鬼しばきでしばかれそうになった。
俺はもう鬼じゃないからそんな妖刀なんて怖くないが、斬られたら普通に痛い。
どうにか白刃取りでそれを防いで、“お前さんが1番美人だよ!”って言ったら
真っ赤になって照れてた。
あまりにも可愛くって思わず抱きしめたっけ?
奴は新しい派遣先が決まって、近々戦線に戻るらしい。
衛星官だから戦場の真っ只中に出ることはあまりないだろうが、
だからといって心配しないわけじゃない。
………ちゃんと無事に帰るんだぞ、待ってる人がいるならな。
そして出発までにはまだ間があった。
だから、ちゃんと今日のこの日にめでたく再会できるってわけだ。
「瀬戸口、壬生屋さん準備できたって。
会いに行ってあげなよ。」
ドアを開けて、礼服姿の速水が入ってきた。
軍人用の礼服ではなく、一般的なスーツで。
俺の方の準備はとっくに終わってた。
――新郎用の白いタキシードだ。
「ああ、今行く。」
俺は速水と一緒に新婦側控え室に向かう。
「壬生屋さん、すっごく綺麗だよ。
でも、舞には叶わないだろうけど。」
「馬鹿言うな、未央が一番だ。」
「はいはい、ご馳走様。
それにしても随分速いね………あれから何年も経ってないよ?
長々とすれ違ってたのが嘘みたいだね。」
「それはまぁ、愛故にってやつだな。
くすぶってた時間が長い分、燃え方がハンパじゃないのさ。」
「そのまま燃え尽きないといいけど。」
「………お前なぁ、結婚式にそれを言うかぁ?」
「冗談だよ、冗談。
君はともかく壬生屋さんが浮気なんて絶対にしないだろうし。」
「俺だって、未央一筋だ。」
「でも、前例があるでしょ?愛の伝道師さん?」
「………もう、その名は忘れようぜ?
それにその分、これからもずっと愛情を注いでいくから問題なし!」
「はいはい。わかったわかった。」
そうこうしているうちに控え室の前に着いた。
中から芝村とののみと………そして未央の楽しそうな声が聞こえる。
芝村は花嫁の手伝いで早い時間からがんばってくれてた。
ののみは花嫁のヴェールを持つ大役をとても楽しみにしてたっけ。
速水も何かと世話を焼いてくれた。
赤松や元5121の皆は未央の花嫁姿を見て驚くだろう。
そしてそれを俺は何よりも嬉しく思う。
未央を変な目で見てた連中がガッカリする姿も頭に浮かぶ。
子供が出来て、子育てや家事に追われ出したら、
あいつが基地に赴く暇なんて無くなるんじゃないか?
そしたら俺も軍を辞めて、晴れて念願の主夫業に専念できる………って、
それは流石に、このぽややんが簡単には許してくれなさそうだが。
まぁ、その時は芝村に協力してもらえばどうにかなるかもな♪
そして………シオネやおっさん、消えてしまった者達。
………ありがとう。
必ず………必ず未央と一緒に、幸せに生きていくよ。
でもその前に、このドアを開けることに緊張している俺がいる。
綺麗なのは間違いないはずだが、その美しさは想像以上なんだろう。
驚きのあまり、倒れちまったらどうしよう?
俺は心臓の高鳴りと戦いながら、控え室のドアをノックした。
「………未央、入るぞ?」
「は、は〜い!」
聞き慣れた声が緊張でうわずりながら返事をした。
聞き慣れているはずなのに妙に新鮮なのはどうしてだろう?
1つ深呼吸して心を固めると、俺は控え室のドアを開けた。