隆之と未央の結婚式の後は宴が催され、真夜中まで続いた。
そして朝になり――。
「もう行かれるのですか?」
「ええ。あんまり長く居て2人がイチャついてるのを見るのもなんだし。
お邪魔虫は早々に退散するわね。」
壬生屋の別荘の玄関先にて。
荷物をまとめた希望と寝巻きの上に薄手の上着を肩から羽織っている未央がいた。
「起こしてきましょうか?」
「ううん、いいわ。遅くまで大騒ぎだったから疲れてるだろうし。
そ・れ・に、私は未央さんに挨拶がしたくて来たんだから。」
「わ、わたくしに?」
「そう♪」
希望は明るい口調でそう言うと、踵を揃える丁寧なお辞儀をした。
「不出来な弟だけど、どうかよろしくお願いします。
あいつを愛してくれてありがとう。
・・・お願いね、私の分も。」
「希望さん・・・。」
(そうか・・・この人は今でもあの人のことを。)
隆之は希望を“自慢の姉”だと言っていた。
そしてとても強くて明るい人。
想いが叶わなくてもそれでもその人の幸せを願い続ける人。
・・・そんな人から、わたくしはあの人をもらっていくんだ。
「・・・はい!
隆之さんはわたくしが必ず幸せに致します。」
未央は希望の目を真っ直ぐに見つめて宣言した。
その目にもう、迷いも不安もない。
わたくしはこの人の分も、いや、この人の想い以上にあの人を愛す。
未央の目を見て、希望は安心したような笑みになる。
「うん、未央さんなら大丈夫だよ。」
(隆之と結婚したのがこの人でよかった・・・。)
「じゃあ、私行くね。」
「ええ、お気をつけて。」
挨拶を済ませ、希望は鞄を手に取って歩き出そうとする。
すると、
「がうがうっ!!」
「「!」」
開いたままになっていた別荘の玄関から虎鉄がやってきた。
そしてそのまま主である未央の前を通り過ぎて、希望に飛びつく。
「ちょっ・・・くすぐったいわよ!どうしたのよ、もう・・・。」
虎鉄の勢いに押されて地面に座り込んだ姿勢になった希望が困ったような顔をして虎鉄の体を撫でてやる。
すると虎鉄は、隆之の小物入れから取ってきたのか、かつて希望がつけていたリボンを咥えて希望をじっと見ている。
・・・そういえば隆之に聞いたことがある。
仲間になりたがっているモンスターは、戦闘後にこちらをじっと見つめていると。
「・・・もしかして虎鉄、私についてきたいの?」
希望が虎鉄の目を見て尋ねる。
すると、
「がう!グルルルルル・・・♪」
肯定を示すように1度元気に鳴いて、それから希望の顔を舐めた。
「あっはっはっは♪くすぐったいったら!も〜、しょうがないわね〜。」
虎鉄が希望に無邪気にじゃれついている。
1匹と1人はまるで子供の頃のように明るく笑い合っていた。
成り行きを見守っていた未央も、
「よかったわね、虎鉄。
・・・今までありがとう。
希望さん、虎鉄をよろしくお願い致しますね。」
少し寂しくなるが、虎鉄が望むのならこれが虎鉄にとって最良だろうと思い、虎鉄を希望に託した。
「未央さん・・・。」
希望は未央の顔を見て、そして虎鉄が咥えているリボンを見る。
10年前みたいに、また自分の首に巻いてくれということだろう。
でも、すっかり大きくなって首に巻くには長さが足りないから、尻尾の先につけてやることにする。
(そうね・・・。このリボンも、隆之にはもう必要ないわね。)
そんなことを考えながら、希望はリボンをつけ終えた。
そして立ち上がって、
「ええ!10年会えなかった分、貴女の分も精いっぱい可愛がるわ!
・・・よし、じゃあ虎鉄!行きましょう!!」
「フニャ〜ゴロゴロ・・・。」
虎鉄を伴って、歩き始めた。
壬生屋家別荘の玄関を1度だけ振り返って、そのまま街の外を目指す。
未央もまた、振り返ってきた希望に手を振り返すと、そのまま別荘の中へと戻っていった。
「よ〜し、虎鉄。帰ったらブラッシングしてあげるわね〜♪」
「フニャ〜♪」
「それで今夜は虎鉄の歓迎会で、御馳走よ!!」
「ゴロゴロ・・・♪」
「ちょっ・・・歩きながら舐めないでよっ・・・!
もう・・・大人になったと思ってたのに、子供みたいよ。
なんかもう、虎鉄っていうよりプックルの方がしっくり来るわね。
ね〜、プックル?」
「がう!!」
希望とプックルは、仲良く笑い合いながらサラボナを後にした。
昼過ぎ。
瀬戸口夫婦が壬生屋邸から出てきた。
今日街を発つことにしたので挨拶に来たのだが・・・、
「もう!お父様ったら勝手すぎます!
“隆之君の旅にお前がついていっても足手まといになるだけだ。家で大人しく待ってなさい”だなんて。
結婚した翌日から夫と離れた場所で暮らせだなんて、そんなこと出来ません!!」
未央が不機嫌になっていた。
それを夫の隆之が宥めている。
「まあまあ。
お養父さんは未央のことを想って言ってくれたんだよ。」
「まあ!隆之さんまでそんなことを・・・!
わたくしが傍にいなくてもいいとおっしゃるの?」
「違う、そんなわけないだろ。
それに・・・どうせ、言ったって聞きやしないんだろ?」
「当たり前です!!
今まではお父様に言い負かされて流されてばかりでしたけど、これからはもう違うんです。
貴方と一緒にいるためなら戦わないと!
さぁ、早く北の島のほこらにある壷の色を確認して、お父様に旅立ちの許可を得ましょう!!」
「りょーかいです、俺の可愛い奥様♪」
事の顛末は2人の会話にあるとおり。
今日旅立つ旨を当主に話したところ、未央が隆之の旅についていくのを反対したのだ。
だが、当然のことながら未央は父に反論。
ならば、北の島にあるほこらに行って、壷の色を確認してくること。
その短い冒険の間に未央が隆之の旅についていけるかどうか、隆之自身に判断してもらってこいということだ。
「隆之さん、わたくしがんばります!!
確かにわたくしは弱くて足手まといだと思いますが、それでも!」
「まさか!
死の火山で一緒に旅した仲じゃないか。
心配なんて全然してないよ。
それでも、もしお養父さんの許可が出なかったら・・・。」
「出なかったら?」
「駆け落ちしちゃおうか!」
「まあ!うふふふ♪」
そうやって楽しい会話をしながら街の出口へと向かっていると、
「未央!瀬戸口君!!」
2人は声をかけられた。
声がした方を向くと、そこには未央の幼なじみにして兄代わりである遠坂圭吾が立っていた。
「2人とも、結婚おめでとうございます。
すまないね、背中の傷がまだ塞がっていないからカジノ船まで行くことが出来なかったんだ。」
「圭吾!貴方、もう出歩いても大丈夫なの?」
「瀬戸口君が届けてくれた薬のおかげで、もう痛みはないから。
それに少しくらいは歩いてリハビリしないと、傷がうまく塞がらなくなってしまう。
2人はもう発つのかい?」
「その予定だったんだけど、未央の旅立ちをお養父さんに認めて貰うために、
ちょっとお使いしてこなきゃいけないんだ。」
「でも、すぐに認めさせてみせます!
それが終わったら、今日のうちに出発です。」
「そうか・・・なら、その前に2人に会えてよかった。
瀬戸口君、貴方に聞きたいことがあるんです。」
圭吾は、真剣な眼差しになって隆之を見る。
「聞きたいこと?」
「ええ・・・。
僕の火傷の傷に使ったあの薬、誰にいただいたものです?」
圭吾の真剣な眼差しを見て、隆之は正直に答えねばと思った。
「教えてやりたいのはやまやまだが、名前までは聞いてないんだ。」
「どんな方でしたか?」
「青い髪と目をした、眼鏡のお嬢さんだ。」
「そうですか・・・やっぱり。」
隆之の言葉に、圭吾は確信を持ったようだ。
「圭吾、それって真紀さんのことじゃ?」
「うん、間違いない。
未央、僕には確かめなきゃならないことがあるんだ。
そのために僕は、傷を直したら真紀さんに会いに行くよ!!」
「ええ、そうね!それがいいわ!!」
何に感激したのか、2人は手を握り合って騒いでいる。
「何があったかは知らんが、そういえばそのお嬢さんはポートセルミのダンサーに似ていたよ。
眼鏡をかけていたから、今の今まで気付かなかった。」
隆之は仲良く騒いでいる2人が気に食わなくて、新たに思いだしたことを伝えながら2人の手を離した。
そして、未央の手はそのまま自分の手で握る。
しかし、隆之の胸中に気づかない圭吾はその情報を聞き、嬉しそうに礼を言う。
「そうか、ありがとうございます!探す手がかりが出来ました!!
さて・・・こうしちゃいられない。
早速家に帰って、呪文の勉強をして旅に備えないと!!
では、これで失礼します。
瀬戸口君、未央のこと幸せにしてあげてくださいね!!」
そしておぼつかない足取りだが軽い調子で家へと戻っていった。
その背を見送って、隆之が小声で、
「けっ。言われなくてもわかってるよ・・・。」
と言う。
「もう、やきもち焼いちゃって・・・。」
それが嬉しくて、未央は隆之の手を握り返した。
それから数時間後、北の島へと向かう壬生屋家の小型船の上で。
スラりん【ねーねー、虎鉄はー?】
マーリン【希望ちゃんと一緒に山奥の村に行ったよ。
“未央の為とはいえ俺のせいで希望には辛い想いをさせた。
希望は何でもないふうに笑っているけれど、まだふっきれていない。
未央のことは隆之が守るから、希望のことは希望を任せられる男か出てくるまで俺が守る”とな。】
ドラきち【ふ〜ん・・・。
なんかよくわからないけど、希望が虎鉄と一緒で寂しくないならオイラそれでいい!!】
スラりん【ボクもボクも〜〜!!】
ピエール【しかし、残念でござったな。
虎鉄殿の身のこなしにはなかなか目を見張るものがござった。
一度手合せ願いたかった。】
クックル【出た、侍道バカ・・・。】
スラフィーネ【でも、それがピエールですから。
お嫌でしたら手を引いていただいて結構ですよ。】
クックル【なっ・・・!そんなこと言ってないでしょう、全くアンタってやつは!!】
ピエール【あ〜はいはい。喧嘩は止すでござるよ〜〜。】
ドラきち【ねーマーリン。そういえば、オイラ達がした賭けってどうなったの?
隆之は未央と結婚したら幸せかどうかってやつ。】
クックル【あーあれね、あの様子だと、上手くいく方に賭けた方の勝ちよね!
ハイ、じゃあダメな方に賭けたドラきちとマーリンは魔物のエサ没収〜〜♪】
ドラきち【あ〜ん、オイラ2日間も食べないのはヤダよ〜。
昨日の御馳走、もっと食べておけばよかった〜〜。】
マーリン【ふっ・・・安心せい、ドラきち。皆、この賭けは無効じゃあ!!】
マーリンとスラフィーネ以外【ええ〜〜っ!!】
スラフィーネ【だって、立会人の虎鉄がいないじゃない。】
マーリン【ふふん♪そういうことじゃ。】
ドラきち【わ〜い、ラッキー!!】
スラりん【立会人って・・・何?】
ピエール【どちらの味方にもならずに、誰が何に賭けたかどうか覚えておく人のことでござるよ。
審判みたいなものでござる。】
マーリン【そう!誰の勝ちかを公平な立場でジャッジ出来る者がいなければ、この賭けは無効なんじゃ!!】
クックル【うわ、何それずっる〜・・・。】
マーリン【ふむ、確かにそれはそうじゃ。
そこで、新たな賭けをここに提案する!
その賭けとは“隆之と未央の最初の子供は、男の子か女の子か?”じゃ〜!!】
クックル【結果出るのが随分後の気がするけどいいわ、そう来なくっちゃ!!
私はそうね〜・・・隆之似の男の子に3つ!!】
スラフィーネ【なら私は、未央奥様似の女の子に4つ。】
スラフィーネ以外【ええ〜〜〜っ!!】
クックル【ア、アンタどういう風の吹きまわしよ!今まで“不真面目な!”って賭けに参加しなかったじゃない!!】
スラフィーネ【別に。何事においても貴女に勝たなくては気が済まなくなったからです。】
クックル【な、何よそれ〜〜・・・!!】
(駄目ですね。
私、やっぱり未央奥様のようにピエールを誰かに盗られそうになるのを黙っているなんて出来ません。
みっともなくても、全力でねじ伏せます。)
(上等じゃないの・・・!
何が何でもアンタをぎゃふんと言わせて、ピエールをアタシのものにしてやるわ!
希望の様に綺麗な結末になんか出来なさそうだけどいいわ。
これが結局、アタシ達らしい決着の付け方なんだから!!)
クックル【男の子に5つ!】
スラフィーネ【女の子に6つ。】
クックル【男の子に8!】
スラフィーネ【女の子に10。】
クックル【じゃあ男の子に20!!】
スラフィーネ【ならば女の子に30。】
クックル【あーもう、マネすんじゃないわよ!男の子に50!!】
スラフィーネ【貴女が勝手にムキになっているだけです。女の子に100!!】
ピエール【やれやれ・・・。もう、止まらないでござるね。】
スラりん【ねーねー、マーリン。
スラフィーネちゃんも賭けするなら、立会人はどうするの?】
マーリン【大丈夫じゃよ、立会人が居なくても、誰がどっちに賭けたかきちんとメモをしてわしが持っておくからの。】
ドラきち【やったー!!なら、大丈夫だ〜〜!!】
ピエール【こっちもやれやれでござる・・・。】
そして夕方。
赤い夕日が西の海の果てで名残惜しそうに光り、頭上の空は夜の闇へと変わっていってる。
そんな不思議な空を、ポートセルミの港の船の上で隆之と未央が見ていた。
隆之が未央を抱きよせ、未央がそれに体を預けている。
出港は明日で、今は船を見に来たのだ。
「よかった、お父様が隆之さんとの旅を許してくれて。」
「よく言うよ。
壷の色を確認して帰るときは“例えお父様にまた反対されても負けずに説得する”って、息巻いてたくせに。」
「当然です!貴方とは離れたくないんですから!」
「嬉しいよ、ありがとう。」
「ちょっ・・・んっ。」
未央の言葉に嬉しくなった隆之は未央に無許可で唇に口づける。
未央は最初はびっくりしたが、目を閉じて受け入れた。
キスの後は唇を離して抱き締めあった。
「しかし、お養父さんは本当に太っ腹だな。
こんな立派な船を譲ってくれるなんて。」
隆之と未央が乗っているのは、壬生屋家所有の長旅用の立派な大型船だ。
滝の洞窟や北の島のほこらへ行くときに借りた川上り用の船とは訳が違う。
「“旅に船は欠かせまい。お母さんを探すのに役立ててくれ”なんて言ってましたわね。
この船はお父様のお気に入りなのですがそれを譲っていただけるなんて、
本当に隆之さんはお父様に気に入られてますわね。」
「・・・未央を幸せにしなきゃ、殺されるな、俺。」
「フフ・・・わたくし、今でも十分幸せですけれど。」
未央の言葉を受けて、隆之がちょっと困ったように苦笑する。
「いや、そう言ってくれると嬉しいけど、それだけじゃ俺の気が済まないな・・・よし!!」
隆之は何か名案が浮かんだらしく、貴族の男がするようにその場に膝まづいて恭しく手を差し出した。
「一緒に世界中を自由に旅しましょう!・・・ついてきてくれるかい?」
そして満面の笑顔でウインクをして、未央の言葉を待つ。
「・・・はい!!貴方となら、どこへでも!!」
未央の言葉は即答で、幸せいっぱいの笑顔で隆之の手を取った。
幸せそうにほほ笑み合う2人の頭上に、今一番星が輝いた。
次いで、夜空を彩る星達が2人を祝福するように光を放つ。
隆之と未央。
こうして、運命によって強く結ばれた2人の長い旅が始まるのだ――。
―fin―
翌日、ルラフェンにて。
閉め切っていて光を通さない暗い部屋で、石津萌が水晶玉を見ていた。
ぼんやりと光っている水晶玉には、青い空の下、船の甲板の上で風を受けている隆之と未央が映っている。
「これで・・・いいの・・・これ、で。」
萌は無表情に水晶玉を見つめる。
「天空、の、勇者は・・・瀬戸口、君と未央さん・・・この2人がいないと・・・ダメ、生まれてすら・・・来ない。
・・・だから、天空の剣や鎧を・・・手に入れる、より・・・ずっと大事。」
なおも萌は無表情で言葉を続ける。
「でも、勇者が魔界へ・・・旅立つのは10年後の・・・お話。
・・・それまでに、世界が・・・どうなるの・・・かは、私にも・・・わからないわ。
この2人にも・・・たくさん、試練が訪れる・・・わ。」
そして唐突に、水晶玉の光が消えた。
映っていた2人の姿も見えなくなる。
「・・・それでも、信じてる、から・・・。
貴方達、なら・・・大丈夫だって。
世界を・・・救って、くれるって・・・信じるから。」
光源が一切なくなった部屋で、少女がどんな表情をしているか誰にもわからなかった――。