星空の奇跡 ――We are――


  

 ある土曜の放課後のこと。
教室に自分達2人っきりになるまで待っていると、
「あ、あの!た、隆之さん・・・!」
「何?どうした、未央。」
壬生屋が妙に気合を入れて話し掛けてきた。
2人が恋人同士になってから、まだ日が浅い。
つい最近、やっと名前で呼び合う仲になったばかりだ。
肩に力を入れまくり両拳を握り、真っ赤な顔で自分を見上げる壬生屋の呼びかけを、
あまりの可愛さにノックアウトしそうになるのをなんとか耐えて、瀬戸口はやんわりと受けとめた。
「そ、そのあの・・・明日の日曜、お暇ですか?」
「明日?暇だよ。」
実は自分もこれから壬生屋に声をかけるつもりだった。
今まで壬生屋の方から誘ってきてくれたことがないので、
嬉しさのあまり踊りだしてしまいそうだ。
でも、実際にそんな様子を出してしまったら、この娘は照れてそこから先の言葉を言えなくなってしまう。
だから、優しく微笑んで彼女の言葉の続きを待つことにする。
「な、なら明日、プラネタリウムに行きませんか?チケットを頂いたのですっ!」
そんな壬生屋の全力投球ぶりが可愛らしく、つい吹き出してしまう。
「フフッ・・・。いいよ。喜んでお供しますよ、お姫様。」
「本当ですか!良かった・・・。」
壬生屋はほっと胸を撫で下ろす。
デートの誘いにそこまで全力をかけてくれる。
一切の偽りもなく自分を愛してくれているのだということが十分に伝わってくるので嬉しい。
ついつい照れ笑いをしそうになる。
「あのなぁ、デートの提案にそんなにがんばらなくていいと思うぞ?
 俺達もう、恋人同士なんだし。」
苦笑でごまかしながら言う瀬戸口に、壬生屋は膨れっ面で返す。
「わたくしは貴方と違ってこういったことには慣れてないんです!
 仕方ないじゃないですか。・・・それに・・・。」
膨れっ面から一変して、少し俯いて言いよどんだ。
「それに?」
瀬戸口はその様子が気になり、壬生屋の顔を注視する。
なんだろう・・・?
自分は何か彼女を悲しませるようなことを言ったのだろうか?
彼女はどんなに辛く追い詰められていても気丈に振舞おうとする人間だ。
だから常に見ていないと心配になる。
それに気づいたのか、壬生屋はすぐに顔を上げた。
「なんでもありません!では、明日の午前9時、校門前でお待ちしております。」
(平気・・・かな?それに今つついても何も出てこなそうだ。)
「はいよ、了解。・・・っておい未央。今日もこれから仕事か?」
返事を聞き、そのまま教室を出て行こうとする壬生屋を呼び止める。
壬生屋はいつも夜遅くまでハンガーで自らの機体の整備に明け暮れているのだ。
「はい。」
当たり前だ、と言うように壬生屋は返した。
「最近出撃はなかったし、今日も明日も大丈夫そうだから、たまにはサボってもいいんじゃないか?
 ここのところ徹夜続きだろ?」
ここ最近、本当はフラフラなはずなのに、無理に気合を入れて普段どおりのフリをしているように見えるのだ。
見ている方はいつ倒れるんじゃないかと気が気じゃない。
少しは自分を大切にして欲しい。
なのに、
「出撃がなかったからこそ、今のうちに少しでも性能を上げておきたいのです。
 それにわたくしのことですから、いつまた機体を壊してしまうかわかりませんし。
 大丈夫、わたくし、十分元気ですから。」
といって、明るく微笑む。
“無理”を“無理”と思っていないのか、それとも他よりダメージを感知する能力が低いのか。
何にせよ“無理するなよ”と言っても逆効果なので、言わないことにする。
気にはするが。
「わかったよ。でも、ちゃんと家に帰って寝る時間は作るんだぞ。
 せっかくのデートなのに、バテてたら元も子もないだろ?」
頼むよ本当に。
「わかりました。気をつけます。では。」
と言って、壬生屋は教室から駆け出した。
いちおう、“わかりました”という返事は返ってきたが、どれくらいの効果はあったのか。
「やれやれ・・・。」
少しは心配してる自分の気持ちも考えて欲しい。
でも、それが壬生屋未央だ。
自分が愛した女神の生まれ変わり。
いや、それ以上に愛しい存在。
叶うことなら、ずっと側で守っていきたい。
「全く、仕方ないなぁ、俺の姫は。」
壬生屋を見送ると、瀬戸口は肩をすくめた。

 午前8時45分。
約束の時間に十分な余裕を持ってやってくる。
壬生屋自身は習慣なのだと言って、約束の時間の30分前には着いてしまうらしい。
かといってその時間に合わせるように来ると、今度はそれに合わせてさらに早くに来てしまうのだ。
女性を待たせるのは忍びないが、ギリギリまで寝てもらいたいと思うので仕方がない。
「・・・あれ?」
瀬戸口は異変に気づいた。
いつもならとっくに着いているはずの壬生屋の姿がどこにもない。
「なんだ・・・?寝坊か遅刻・・・いや、あいつに限ってそれはないな。」
とりあえず、約束の9時まで待つことにした。

しばらく経って時計を見る、8時47分。
またしばらく経って時計を見る、8時48分。
またまたしばらく経って時計を見る、8時50分・・・。

自分が思っているほど時が進んでいないのか、5分も待てずに何度も時計を見る。
時計を見直す度に焦りが募っていった。
(あいつ、このところ徹夜続きだったから、そのせいで倒れたとか・・・。
 いや、ふらついてたからそれでつい車道に飛び出してたり・・・。
 待てよ!変質者にさらわれたんじゃないだろうな!
 未央のやつ隙だらけだから!!)
普通なら相手が約束の時間に遅れているというだけでここまで焦りはしないだろう。
だが瀬戸口はたまに、待たされることに対してひどく恐怖を感じることがある。
「っあぁもう、くそっ!」
(頼むよ・・・!あの人みたいに俺に黙ってどこか行ったりするなよ・・・!) 

時計を見る、8時55分。

まだ来ない。おかしいおかしいおかしいおかしい・・・。
早く来てくれ。心配でどうにかなりそうだ。
だが、今から壬生屋の家の方へ探しに行ったとしても、すれ違いになってしまうかもしれない。
すれ違い・・・この言葉も嫌いだ。
ひながらにしてもただの5文字の言葉でしかないが、
その響きは壬生屋と分かり合えるまでのもどかしさを思い出してしまう嫌なフレーズなのだ。
女神への愛に囚われていたばかりに、何度も彼女を傷つけてしまった。
だがそれにも関わらず何度も立ち向かい、女神以上の存在に気づかせてくれた。
鬼の姿にも決して怯えず、変わらず愛してくれる。
千年前から動かなかった時間を動かしてくれたのだ。
壬生屋が側にいてくれるだけで、千年の苦しみが癒される。
だが逆に、愛しいからこそ損失の怖さがあるのだ。
もう2度と愛する人に置いていかれるのは嫌だ。
守れないなんてあってはならない。
「未央・・・!」
その時ちょうど9時になった。
辺りを見回す。
壬生屋の姿も気配もどこにもなかった。
「未央ぉっ!ちくしょう・・・!」
悔しそうに奥歯を噛みしめると、
瀬戸口は人目もはばからず服に穴が空くのも構わずに背中から羽根を生やして空へと飛び上がった。
幸い近くに人はおらず、遠くの人が瀬戸口の姿に気づいたとしてもリテルゴルロケットか何かだと思うだろう。
「今行くからな、待ってろよ!」
上空で方向転換し、全速力で壬生屋の家へ向かう。
何十秒もかけずに瀬戸口は壬生屋家の庭へ降り立った。
そして壬生屋の部屋の窓を覗くと、
「・・・。なぁんだぁ・・・。」
壬生屋が気持ち良さそうに寝息を立てていた。
疲労のため、あまりに深く眠っていて目覚ましの音にも気づけなかったのだろう。
「なんだ、ぐっすり眠ってて起きれないだけかぁ・・・。良かったぁ・・・。」
瀬戸口は自らの心配と焦りが取り越し苦労に終わったのを、心から安堵した。
落ち着くと、壬生屋の寝顔を見守る余裕が出てきた。
訓練や仕事中の引き締まった顔ではなく、心底安心している子供のようにあどけない顔。
早く起きて自分に笑いかけて欲しいと思うのだが、
そんな自分勝手な我がままでこの幸せそうな寝顔を壊すのはあまりにも忍びない。
せめて休日の今日ぐらいは、壬生屋の気が済むまで眠らせてあげることにした。
「おやすみ、未央・・・。」
本当は側で、眠っている彼女の髪を梳いてやりたい。
もしくはこのままここで寝顔を見守っていたい。
でも、付き合い始めたばかりの男が寝ている自分の側に無断でいるというのは嫌だろうし、
ここにいて壬生屋の父や近所の人に見つかって騒ぎになってしまうわけにはいかない。
瀬戸口はどちらの願望も諦めて、壬生屋家の門の前で待つことにした。
そこならまだごまかしが効くし、最も壬生屋に近いところだから。

 随分時間が経って、夕方になってしまった。
正直ここまで待つことになるとは思わなかった。
「ったく、今日はお姫様から眠り姫に昇格の日だな。」
それでも今は待っていることに苦はなかった。
待ち人がもうすぐ来ることも、
会った時にちゃんと自分に笑いかけてくれることもわかっているからだ。
「ん・・・?」
壬生屋から多目的結晶を通じて連絡が来た。
ようやく壬生屋が目を覚ましたのだ。
出ようかと思ったが、
「そうだ、せっかくだからあいつのびっくりする顔でも見てやろう♪」
瀬戸口はいたずら心を開花させてしまい、連絡を切ってしまった。
すると、家からバタバタと音がしてきた。
玄関が開いた、もうすぐ愛しい壬生屋に会える。
会ったらキスしてしまおう、眠り姫の目覚めにキスは必須だ。
門が開き、壬生屋が現れた。
慌ててきたため髪は乱れて、服はデート用のおめかしではなくいつもの胴着姿だ。
大慌ての壬生屋の気持ちを少しでも落ち着かせようと、
「よっ♪」
と明るく挨拶した。
「っ!?」
瀬戸口の突然の出現に驚く壬生屋。
驚く顔が、見れた。
「やっとお目覚めかい?眠り姫。」
そのままおどけてキスをしようとするが、
「申し訳ございません!!」
壬生屋は瀬戸口の姿を認識すると、真っ先に頭を垂れた。
「・・・って、早いな。」
キスできなかったのが少し残念だ。
だが、実はそれどころの騒ぎではない。
壬生屋は深々とお辞儀したまま言った。
「申し訳ございません・・・ごめんなさい・・・。
 自分から誘っておいて・・・、何時間もお待たせして・・・、とても不快ですよね・・・。
 ・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・!」
完全に涙声だ。
どうやら壬生屋は瀬戸口がずっと望んでいた笑顔ではなく、真逆の泣き顔をしているようだ。
まずい。
間違いなく泣いている。
それはそうだ。
壬生屋は真面目だ。
寝坊した上に夕方まで待たせたとあっては、激しい罪の意識を感じずにはいられない。
壬生屋のことを思うならさっき連絡があったときにすぐに出て、
寝坊したことに対するフォローを入れて安心させるべきだったのだ。
びっくりする顔が見たいなんて、それはあまりにも度が過ぎたいたずらである。
これでは自分の執着のために壬生屋を傷つけてきた頃と変わらない。
泣かせてしまったことをひどく後悔する。
とにかく早く彼女の涙を止めたい。
それにこちらが気が済むまで眠らせたいと思ったのだから、
起きれなかったことを悔やむ必要などないと早く知らせたい。
「大丈夫だよ、未央。不快なんかじゃないから・・・大丈夫だよ。」
瀬戸口は膝を折って壬生屋と視線を合わせると、優しく壬生屋を抱き寄せた。
不安も怖さも包み込んで、彼女が抱えている罪の意識から早く解放してあげたかった。
「大丈夫だって。泣くなよ、大丈夫・・・怒ってなんかないからさ。」
「だって・・・何時間も・・・。連、絡・・・来ないし。
 きら・・・嫌われた・・・。」
「待たされたくらいで俺が未央を嫌いになるわけないだろう?
 連絡は・・・そうだな。俺が悪い、ごめん。
 でもな、それには理由があるんだ。聞いてくれるか?」
「・・・。」
壬生屋は瀬戸口の胸に顔をうずめたまま、大きく一度頷いた。
瀬戸口はその返事に安心して、口を開く。
「校門に着いた時点で何かおかしいことに気がついた。
 時間に正確で遅刻なんか絶対にしないお前さんのことだ、来てないなんておかしい。
 きっと倒れたか何かに違いないって。
 だからすぐにこっちに飛んでった。
 それでお前さんの部屋を覗いたら、気持ち良さそうに寝息を立てててさ。
 ずっと徹夜続きだったから、少しでも寝かせてやりたいなって・・・。
 起こしたくなかったら連絡入れずに待ってた。
 さっきの未央からの連絡に出なかったのは、
 このままここで待ってたら真っ先に会ってびっくりさせられるから。
 でも、いくらなんでも一切連絡もなしの上に、出なかったんじゃあ、
 びっくりするどころの騒ぎじゃなかったよな。
 ごめん、いたずらが過ぎた。」
「・・・。」
壬生屋は黙って首を左右に振った。
自分は愛する人が罪の意識で苦しいところをさらに傷つけてしまったひどい奴だ。
それでも彼女は許してくれて、ずっと自分の腕の中にいてくれる。
嫌いになるなんて、とんでもない話だ。

 泣きじゃくる壬生屋が落ち着く頃には、もう日が暮れかかっていた。
空はほとんど真っ暗で、西の果てでなんとか赤い光が粘っているといった感じだ。
「落ち着いた?」
「はい・・・。」
それまでずっと瀬戸口は壬生屋の背中をさすっていた。
今の自分に出来ることを、とにかくなんでもしてやりたかった。
恥ずかしさからか気まずさからなのか、壬生屋はおずおずと上目遣いに瀬戸口の顔を見上げた。
涙が出てくる気配はない。
その様子に瀬戸口は心底安心し、いたずらを思いついた子供のような笑顔で言った。
背中をさすってる時に、思いついたことがある。
「なぁ、未央。これからプラネタリウムに行かないか?」
その言葉に壬生屋は目をパチクリさせる。
「プラネタリウム・・・?でも、もう閉まってるはず・・・。」
「いいからいいから。とりあえず未央、着替えておいで。
 今日のために、服とか用意してたんじゃないのか?」
「え・・・?あ、はい!」
壬生屋はすっかり乱れてしまった髪を確かめるように触ると、
慌てて門をくぐって行った。
(やっぱり女の子だな。)
―数十分後。
「お、お待たせいたしました。」
ワンピースを着て、髪を綺麗にまとめた壬生屋が現れた。
片耳の上には、先日瀬戸口が買い与えた髪飾りがつけられている。
しばしの間、その姿を目に映したまま時が止まる瀬戸口。
泣いた後の少し弱々しげな瞳が、いつもとは違う可憐さを演出する。
「・・・それ、つけてくれたんだな。似合ってる。」
見とれていたことへの照れ隠しとして、ようやく言葉が出た。
「そ、そうですか・・・?」
「ああ。よっし、じゃあ、行こうか?」
「きゃっ!」
瀬戸口は壬生屋を抱き上げた。
俗に言うお姫様抱っこである。
「せ、瀬戸口君!?お、降ろしてください!人が来たら・・・!」
なんだか今日はこのまま離したくない気分なのだ。
壬生屋の抗議をあっさりとスルーする。
「この時間、ここら辺の人々は外に出ないみたいだな。
 それに、戦争を回避するために引っ越した人も多いみたいだ。
 問題ないな・・・未央、ちゃんと掴まってろよ!」
「え・・・?きゃ、きゃああっ!」
瀬戸口は背中に羽根を生やすと、壬生屋を抱いたまま空へと羽ばたいた。
そして一旦、上空で停止する。
壬生屋がすぐに自分の首に抱きついてきたのがたまらなく嬉しくて、
ついからかいたくなった。
「どう?これでも降ろしてって言えるか?」
「い、言える訳ないじゃないですか!」
「あはは、そりゃそうだ。
 よし、じゃあお姫様。乗り心地は悪いかもしれないが、しばらく我慢しててくれな。」
「は、はい。っきゃああっ!」
瀬戸口は向きを変えると、再び風になった。
さらにきつく抱きついてくる壬生屋を守るように瀬戸口は抱き上げる手に力を込めた。
そのままの状態で、瀬戸口は目的の場所まで飛び、その地に降り立った。
壬生屋はもう安全な所に着いたのに、まだ気づかずにじっとしている。
「着いたぞ。目、開けてごらん。」
と言って壬生屋の動きを取り戻させる。
壬生屋は恐る恐る顔を上げると、
「・・・?・・・っわぁぁっ・・・。」
そこには満天の星空が広がっていた。
落ちてくるんじゃないかとしか思えない程の星の群れ。
2人がいる場所は緑の低い草が続く小高い丘になっていて、
その星の光を遮るものは街頭1本見当たりはしない。
純粋に星の光しか届かないのだ。
「ここは俺の取って置きの場所。おっさんにすら教えてないし、
 連れて来たのも未央が初めてだ。
 天気もいいし、今日は特によく見えるよ。
 ・・・気に入った?」
女神との再会により執着は解かれ、鬼は消滅する――
それはつまり鬼の力がなくなり、人間としてこれからを生き続けるということ。
女神の生まれ変わりである壬生屋と出会った瀬戸口はようやく執着という名の鎖が解かれた。
その鎖を維持してきた鬼の力が日々衰えていくのを感じる。
つい最近、千年来の友であるブータニアスの言葉が聞き取りにくくなってきた。
そう遠くない将来、自分は鬼の力を完全に失い、ただの人間として生きていくことになる。
その前にこの場所へ連れて来てあげたかった。
きっと気に入ってくれると思って。
「はい!すごいです、こんな所があるなんて・・・!!」
壬生屋は瀬戸口の首に抱きついたそのままの状態で星を見上げ、
素直に感嘆の声を上げた。
子供のように目を輝かせて明るく笑う。
良かった。
今日俺が一番見たかったものだ。
「良かった。今日初めてお前さんの笑顔を見るよ、俺は。」
「・・・!そ、そうでしたか?すっ、すみません、隆之さん。」
「・・・良かった、呼び方も直った。」
「・・・?」
「気づいてないか・・・。」
瀬戸口は、近くにあった木の陰に壬生屋を抱いたまま、腰を降ろした。
「まだ呼び慣れてないせいかお前さん、焦ったり余裕がなかったりすると俺のこと苗字で呼ぶんだぞ。
 俺は何があってもお前さんのことは名前で呼べるのになぁ・・・。
 たかちゃんちょっとショックかも?」
と言うと、よよよ・・・と泣き崩れるフリをして見せた。
(まだすれ違ってた頃から抜け出せていないのかもって、思っちまったよ。)
「それは・・・すみません。
 気が動転していたので。」
笑顔から一変して、俯いてしまう。
「別に謝ることじゃないさ。
 そんなに気にしてないから、大丈夫だって。」
「でも・・・。なんだかその、わたくし、苗字で呼んでた頃と何一つ変わってないのかなって。
 ごめんなさい・・・。」
どうも今日の壬生屋は涙腺が随分弱いようだ。
せっかく泣き止んだのに、また泣き出してしまいそうな顔になる。
それと同時に少し驚いた。
壬生屋も自分と同じ不安を抱えていたのだ。
すれ違っていたあの頃から何も変化していないのではという不安。
「んなことないって。
 こうやって、俺がお前さんをお姫様抱っこしていられるのが何よりの証拠だろ?」
ちょっとでもあの頃とは違う要素を探し出して、あの時とは違うと確信したい。
「でも・・・。」
「やれやれ・・・。」
瀬戸口は一言そうつぶやくと、俯いている壬生屋のあごを取り、上を向かせた。
――抱きしめるだけでは安心を得られないなら、またもう一歩先に行ってやる。
「じゃあ、そうだな。未央へ俺からのお願い、1つ聞いてもらおうかな?
 それでチャラってことで。」
「は、はい!必ず叶えます!!」
「そう?じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな?
 あのな・・・、キスして。未央から俺に。」
「え・・・?ええぇぇぇっ!!」
顔を真っ赤にして頬を押さえる壬生屋。
予想はしていた。
だが、だからといってここで退く気はさらさらない。
「あ、そういやあ、まだ俺達、キスしたことないよな?
 ってことは未央にとってはファーストキスか・・・。
 どうする?またの機会にするか?」
ここで引くフリをすれば、
「い、いいい、いえ!や、やらせていただきます!!
 瀬戸口君には今日色々ご迷惑をかけましたから、せめてそれぐらいは!」
この娘は確実に乗ってくる。
「・・・まぁた苗字で呼んだな〜?」
「・・・!ごめんなさい〜!!」
「あっははははは!可愛いなあ、未央は。はははは!」
「んもう、知りません!不潔です!!」
「ああもう、拗ねるなって!」
「・・・もう、こっちはすっごく覚悟がいるんですよ。
 焦ります。」
「ははは・・・。そうだよな、すまん。」
「もう・・・あっ!」
「どうした?」
「あれ!」
壬生屋が指し示した先、夜空から流れ星が落ちる。
それは1つではなく、無数の数だ。
「・・・流星群だ・・・。」
「きれい・・・。」
「・・・なんだかんだ言って、見に来て良かったな。」
「はい・・・。」

 しばらくの間、2人は途切れる所を知らない、星の流れを眺めていた。
その時瀬戸口は、千年前女神に教えてもらった“流れ星に3度願いを唱えると願いは叶う”という話を思い出した。
千年前からこの場所は星がよく見え、また、星がよく落ちる。
“会いたい。会いたい。会いたい。”
空から星が落ちるのを見る度、そう唱え続けた。
だが、どんな数の星に願っても、どんなに一心不乱に祈っても、ちっとも叶えてくれる気配はなかった。
増えるは不安。
つのるは寂しさ。
空に輝く満天の星は醜い鬼である自分に光をくれなかった。
それとも、鬼の願いは叶えてくれないというのか。
あの人が教えてくれた流れ星に裏切られて、とても悲しかった。
思い出していたら涙が出てきそうになる。
と、その時、瀬戸口の視界が暗くなり、
「・・・!!」
瀬戸口の唇に壬生屋の唇が触れた。
そのまま数秒経ち、壬生屋は瀬戸口の唇から離れた。
「・・・壬生屋・・・。」
予想外の出来事に呆気に取られて壬生屋をぼんやり見つめる瀬戸口。
唐突過ぎて涙など引っ込んでしまった。
壬生屋からの贈り物は独りで願い続けていた頃の自分を、遠い世界の話に変えた。
それはおそらく、壬生屋だけが起こせる奇跡。
悲しい記憶から解き放つ必殺の魔法。
そうだ、ちゃんとあの人の生まれ変わりに、未央に会えたじゃないか。
女神よりもずっと素晴らしい存在である彼女に。
願いを叶えてくれるにしては時間がかかり過ぎているが、まあいい。
チャラにしてやろう。
今日流れている星が願いを叶えてくれる星なのかどうかはわからないが、
お膳立てくらいはやってくれていそうだ。
よっぽど恥ずかしいのか壬生屋は瀬戸口の腕から抜け出し、照れ隠しに
「・・・あ、貴方だって・・・!
 不測の事態が起こると、わたくしのこと苗字で呼ぶじゃないですかー!!」
と叫ぶと、丘を下って野原へと駆け出した。
「・・・あ、あれ・・・本当だ。
 ・・・っておい、未央、どこ行くんだよ!待てよ、おい!!」
瀬戸口はどこへともなく突っ走る壬生屋を追いかける。
 
 辺りは満天の星に照らし出され、声をかき消す邪魔な音もない。
2人がお互いを見失うことはなかった。



終


こちらはDo As Infinityの“We Are 〜GREAT TOUR BAND version〜”をベースに執筆しました。
通常版とはまた違った良さがありますので、機会がありましたらぜひお聞きくださいませ。

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