翌朝、瀬戸口はホームルームに遅れまいと足早に尚敬高校の校門をくぐった。
そのまま校舎の裏を通り、プレハブ校舎へ向かおうとすると、前方に見慣れた胴着姿が映った。
昨日の出来事を思い出すと少し照れくさいがそれよりも彼女と話したいという思いが強かったので、
勇気を出して声をかける。
「お〜い壬生屋〜!」
声をかけられた壬生屋はびくっと肩を跳ねさせてから後ろを振り返った。
恥ずかしさで少しぎこちないが彼女なりの柔らかい笑顔で迎える。
「瀬戸口君。おはようございます。」
「おはようさん。……今日は珍しく遅いじゃないか?」
「えぇ、ちょっと寝坊してしまいまして。あの…よろしかったら一緒に…その、あの……一緒に教室まで参りませんか?」
「ああ、いいよ。てゆうか、俺もそう言おうとしたところだよ。」
それから2人は楽しく談笑しながら教室に向かう。
神様の贈り物なのだろうか。
教室に着くまで小隊の誰とも会わなかったので2人の時間を邪魔されることはなかった。
2人は階段を登り教室の前に着くと、この楽しいひと時が終わったしまうのを名残惜しく思った。
先を歩いてた瀬戸口が引き戸を開けると、そこから信じられない会話が聞こえてきた。
『………それに無理をして笑っているお前さんの顔を見ても俺はちっとも嬉しくなんかなかった。』
『わたくし、今日はいったい何をしていたんでしょうね。無理に自分を変えようとしてらしくないことをして。……』
それは昨日の公園でのやり取りそのものだった!
教卓に置かれたラジカセから昨日のやり取りそのままの声が流れている。
クラスメートどころか教員一同と隣のクラスの生徒全員が教卓を取り囲んで聞いている。
「きゃああああああっ!!な、なんですか!!!」
「うわぁっ!!何やってんだよお前らっ!!!」
その会話が自分達のものだと認識すると、2人はまず大声を出しラジカセから流れる声をかき消す。
壬生屋は突然の事態に顔を真っ赤にし、固まってしまった。
瀬戸口は全速力で教卓に駆け寄りラジカセをひったくって停止ボタンを押す。
聴衆達は慌ててラジカセを取り返すかと思ったが、
意外にも瀬戸口と壬生屋をにやにやした笑顔(何人かは違うが)で迎えるだけだった。
「無駄だよ。僕達朝から何回も聞いちゃったから。」
といつものぽややんな笑顔で速水。
「いやぁ、朝早くから非常召集がかかって何かと思えばねぇ〜。ご馳走様でした、2人とも♪」
腹の底から楽しそうな笑みを浮かべる新井木。
「ふ、ふん!貴様らのせいで、顔が熱いではないか!!」
と、真っ赤な顔でそっぽ向く芝村。
「……ったく、戦時中に何やってんだか。」
「そんなことないで〜。うちうらやましいわぁ。ねっ、なっちゃん。」
「どうしてそこで僕の名前が出てくるんだ……。」
呆れてため息を吐く狩谷とうらやましそうな加藤。
いちいち書いてたらキリがないのでここで切るが、皆様々な反応を浮かべて2人の動向を窺っている。
瀬戸口は恥ずかしさと込み上げる怒りで体を震わせながらとある人物達のほうに勢いよく首を動かす。
こんなことするのは奴らしかいない。
瀬戸口の視線の先は教室の奥、窓側。
そこにいるは3人の人物。
そう、我らが奥様戦隊だ!
「あんたら何してんですかっ!!」
瀬戸口は声を張り上げて問いただす。
オペレーターは声が命なのに、のどの事など全く気にせずに。
奥様戦隊は、
「フッフッフッフッ…………。」
瀬戸口の怒りを物ともせず、不敵に笑うのであった。
「だってぇ〜…壬生屋さんの初デートよ?観察しないわけにはいかないじゃな〜い。」
と、奥様戦隊参謀の原素子。
「観察とは人聞きが悪い。不慣れな彼女を暖かく見守っていたのですよ。そこに貴方が現れた。」
と、奥様戦隊リーダーの善行忠孝。
「こんなおいしいシチュエーション、滅多にないですからね。永久保存版にしたまでですよ。
2人の愛の記録(メモリー)ってやつです。ちなみにビデオもあります。」
と、奥様戦隊実行部隊の若宮康光。
そりゃそうだ。
奥様戦隊の言うとおり、彼らがこんな潔癖娘の初デートなどという千載一遇のチャンスを逃すはずがない。
そしてそこに現れた意外な人物、予想外の展開。
もしかしたらテレビで恋愛ドラマを見るよりずっとおもしろいかもしれない。
いや、絶対におもしろい!!
今なお勝ち誇ったような笑みを浮かべる奥様戦隊に瀬戸口は開いた口が塞がらない。
読者の皆さんは気づいてくれていたであろうかこのオチを。
序盤で原さんと善行司令がしゃしゃり出てきたのにはこんな意味があったのです。(by 作者)
「2人の愛の記録(メモリー)……。なるほど!感動したっす、師匠!!」
「感動するな!こんな陰謀じみた悪質ないたずらで!!」
目をキラキラさせる滝川に、愛の伝道師こと瀬戸口師匠が一喝。
「ねぇねぇそれはそうとさ、その後はどうしたの〜?もしかしてキスしちゃった?」
こういう話が大好物な新井木が瀬戸口ににやにや笑いで尋ねる。
他の者(一部を除く)も興味津々だ。
昨日今日でそこまで行くはずがないだろう。
でも、不覚にも背中に伝わった壬生屋の体温を思い出して思わず顔を赤らめてしまう。
それを見事に誤解してくれた新井木が両手で頬を覆うと大げさとも言えるくらい大声で言う。
「ってことはしたんだ、きゃーーーーっ!」
「ち、違ーう!!キスなんてするわけないだろう、この特攻バカに!!!」
新井木のリアクションに動揺しまくった瀬戸口が全力で否定する。
だが、この照れ隠しに言った“特攻バカ”が固まっていた壬生屋の時間を戻した。
「とっ…特攻バカ…ですってぇ〜!色欲バカの貴方にバカなんて言われたくありませんっ!!」
「なんだとぉ!本当のことじゃないか、特攻バカなのは!!」
「色欲バカよりか遥かにマシです!」
「バカって言う方がバカなんだぞ!」
「先に言ったのは貴方ですよ!!」
「……!…かわいくねぇ〜……!!」
「かわいくなんてなくったって結構です!貴方なんて知りません!!」
「こっちだって願い下げだっ!!」
あ〜あ……せっかく自分達の想いに素直になって、2人の距離が縮んだと思ったのに。
でも、この2人らしいといえばらしいか。
無理して仲良しを装う関係よりは遥かに素直で楽しいものだろう。
2人のいつもの口喧嘩をしばらく見守った後、原が口喧嘩見物中の野次馬達に向かって大声で言った。
「皆〜!痴話喧嘩中の2人はほっといて、愛の記録(メモリー)ビデオバージョンの上演会をやるわよ〜♪」
原の声を聞いて、こういうことが大好きな何人かが歓声をあげて立ち上がる。
瀬戸口と壬生屋は
「「え?」」
仲良く2人同時に口喧嘩を止めて原の方を向いた。
作戦名「心が見つめる先へ」、ミッションコンプリート