ここは日本のとある町にある幼稚園。
この幼稚園では、今まさに入園式が行われていました。
壇上でオレンジの、高級ではありますがちょっとハデめなスーツを着た長髪の男性が、
「諸君、入園おめでとう!今日からこの幼稚園で楽しい日々を過ごしてくれたまえ!」
アレハンドロ理事長がワイングラスを片手に挨拶をしました。
理事長がこんなんでいいんでしょうか?
しかし、それでもこの幼稚園は立派に経営が成り立っているので、
それを前提にこのお話は続いていきます。
また、アレハンドロ理事長のポーズから某お笑いコンビを連想した新入生の何人かが
「ルネ○サーン!」と叫びましたが、
特に誰も気にすることなく、アレハンドロ理事長は舞台から降りました。
舞台から理事長の席までそんなに距離がないのに、いちいち立派な赤じゅうたんが敷かれているあたりに、
この幼稚園がどれだけお金を持っているのかが窺えますね。
余談はさておき、入れ替わりに黒いエプロンに緑のシャツを着た若い先生が壇上に上がって、
アレハンドロ理事長がさっきまでいた位置―マイクの前に立ちました。
その先生は結構カッコいい顔をしているので、保護者席のお母様方が途端に色めきました。
恐らく、数日のうちにファンクラブが結成されることでしょう。
そんな予感が渦巻く体育館を、入園式の進行係である留美先生が場を仕切ります。
「では次に、今年から当幼稚園の先生を務めます、ロックオン=ストラトス先生をご紹介します。
ストラトス先生は今年の3月に教員資格を得たばかりの正真正銘、新人の先生です。
ストラトス先生には年少クラスのみかん組の担任をしていただきます。
それではストラトス先生からご挨拶をいただきましょう。
先生、お願い致します。」
留美先生に促されて、たった今紹介されたばかりのロックオン=ストラトス先生は挨拶をするために息を吸いました。
この物語は彼と、彼の生徒達が織り成すお話です。
ちょっぴり個性的でとっても元気な生徒達と一緒に、新人のロックオン先生のほのぼのストーリーが始まります。
皆さん、温かく見守ってくださいね。
「入園式の挨拶お疲れ様でした、ストラトス先生。」
幼稚園の廊下で、留美先生は隣を歩くストラトス先生に声をかけました。
ストラトス先生は入園式での緊張が取れて、いくらかリラックスしたような表情で返します。
「ありがとうございます。
挨拶はあんな感じで大丈夫ですか?」
「ええ。新人の先生とは思えない、落ち着いた話し方でしたよ。」
「それは良かった。
・・・えっと、次はみかん組の教室に行って、帰りの会ですよね?」
「ええ。入園式の後は簡単に今学期の説明と自己紹介をしたら解散になります。
本格的な授業は明日からですね。
1時間もかかりませんし、今日は保護者の方が一緒だからバスへの引率も必要ないのですが・・・大変ですよ?」
「え?た、大変?」
留美先生が溜めに溜めて言った“大変ですよ”のワードに、ストラトス先生はビックリしました。
「幼稚園児はとても元気がいいですから。
ストラトス先生のような面倒見が良さそうな方は・・・ゲフンゲフン!
これ以上は言えませんわ・・・。」
「え・・ええっ!?」
大きめの咳払いをして話を切り、さらに目をあさっての方向に逸らせた留美先生の行動に、
ストラトス先生は上ずった声を出しました。
「大丈夫ですよ。
ちょっと元気が良すぎて問題っぽい子が何人かいるだけですから。
あとは野となれ山となれ。
時に厳しく、時に優しい。
そんな温かい心で接してくだされば、きっとどうにかなります。
だからまずは・・・、」
若干の哀れみを含んだ目をしながら離していた留美先生が、ふいに足を止めます。
「ま、まずは?」
ストラトス先生もそれにつられて足を止めました。
「ご自分の目で見て肌で触れ、自力でどうにかなさってくださいな!」
そう言うやいなや、留美先生はストラトス先生を両手で力いっぱい押しました。
「うぇぇっ!!」
吹っ飛ばされた方向には引き戸がありましたが、ぶつかりそうになる直前にタイミング良く開き、
ストラトス先生はその中に吸い込まれていきます。
ストラトス先生の体が引き戸の先に入りきると、引き戸はピシャリと、音を立てて閉まりました。
「グッドラック♪」
留美先生は引き戸の先にウインクを飛ばすと、そのまま自分が担当するクラスの教室へと向かいます。
そして、
「貴方もご苦労様、紅龍先生♪」
いつの間にかやや背後を歩いていた、
―肩まで伸びた黒髪を後頭部で1本に結んだ若くて長身の―紅龍先生に話し掛けます。
紅龍先生は入園式の後に職員室でこれからの話を聞いていたストラトス先生の代わりに、
みかん組の生徒を教室に誘導していたのでした。
みかん組担当のストラトス先生が来たので、入れ替わったのです。
「よろしいのですか、お嬢様?」
留美先生に話し掛けられて、紅龍先生は尋ねます。
「あら?何が?」
「新人の先生を・・・文字通り“丸投げ”にしたことです。
せめて初日くらいはご一緒に園児をご指導されても良かったのでは?」
「んー・・・そうねぇ。」
問われた留美先生は、一瞬だけ、顎に人差し指を当てて天井を見ながら考えます。
「私には自分のクラスがあるから。貴方だってそうでしょう、紅龍先生。」
「はい。」
「なら、しょうがないわよ。それに・・・、」
「それに?」
「そうしたら、私が大変だし。」
「要するに、“面倒くさい”のですね?」
「そうとも言えるわね。」
「そうですか。」
紅龍先生は、“やはりそうでしたか”とは言わずに代わりにそう言うと、
留美先生と別れて自分が担当するクラスに入っていきました。
ちなみに、留美先生は年長のぶどう組。
紅龍先生は同じく年長のりんご組です。
さて、丸投げされた後のストラトス先生はというと・・・。
「・・・というわけで、先生については以上です。
みんな、これからはロックオン先生って読んでね!」
丸投げされた直後の生徒達と保護者達の微妙な反応をどうにかクリアしたストラトス先生は、
まずは生徒達に自己紹介をし、生徒達に呼び方についての希望を出しました。
確かに、“ストラトス先生”では舌足らずな生徒達には辛いでしょうから、それは賢明な判断です。
きっと発音し切れずに“ちゅとらとしゅしぇんせい”とかになるのがオチです。
しかしそれでも、
「・・・ろくおんせんせ?」
何人かの生徒がぽつぽつと呟きました。
「違うよ、ロックオン。」
ストラトス先生は繰り返して教えてあげましたが、
「・・・ろくおん!!」
どうもそれでも、上手い具合に発音出来ないようです。
なのでストラトス先生はあきらめて、
「ん〜、じゃあロック先生、でいいや。
ロック先生って読んでみてくれるかな?」
さらに名前を略してくれました。
すると今度は、
「ろっくせんせい!」
先ほどうまく言えなかった何人かもスッキリした様子でストラトス先生の名前を呼びました。
つーわけで、ここからストラトス先生の表記がロック先生に変わります。
某有名RPGの、フ○イナルフ○ンタジーYのバンダナ野郎ではありませんのであしからず。
呼び方が定着しましたので、帰りの会は次に進みます。
「次はみんなの名前を呼ぶから、大きな声で返事してくれるかな?」
『は〜〜い!!』
生徒達は幼稚園児特有の、鼓膜を破く気満々かと思われるような全力の大声で返事をしました。
これから進級及びクラス換えまでの1年間、ほぼ毎日一緒に過ごすことになるから重要ですよね。
そして、幼稚園といったら主役はやはりそこに通う生徒達。
ここ、年少クラスみかん組にはどんな子達がいるのでしょうか?
ロック先生はクラス名簿を確認しながら、
名字あいうえお順(アルファベットでなくカタカナ)で生徒の名前を呼びます。
「ティエリア=アーデ君。」
「はい!」
やや長めの紫色の髪をした眼鏡の、パッと見女の子のような男の子が手を上げながら返事をしました。
「ラッセ=アイオン君。」
「はい!」
硬そうな黒髪をギリギリまで短く刈った、
幼児のくせにしっかりした筋肉を持っている男の子が手を上げながら返事をしました。
「フェルト=グレイスちゃん。」
「・・・はい。」
ピンクの髪を2つにくくった、大人しそうな女の子が小さく手を上げて返事をしました。
「クリスティナ=シエラちゃん。」
「はい!」
茶色の髪を1つにくくった、活発そうでややたれ目気味の女の子が手を上げながら返事をしました。
「刹那=F=セイエイ君。」
「・・・・・・・。」
独特のくせを持つ黒髪の、仏頂面の男の子が声を出さずに手を上げて返事をしました。
「リヒテンダール=ツェーリ君。」
「はいっ!」
柔らかそうな茶色の髪をした、若干お調子者っぽい男の子が手を上げながら返事をしました。
「スメラギ=李=ノリエガちゃん。」
「はい。」
長いこげ茶の巻き髪をした、幼稚園児にしては大人っぽい雰囲気の女の子が手を上げて返事をしました。
「アレルヤ=ハプティズム君。」
「はい。」
やや緑がかった黒くて長い前髪で右目を隠している、落ち着いた雰囲気の男の子が手を上げて返事をしました。
もちろん、他にも生徒はいるのですがいちいちみんな書いてると大変なことになるので、
あとは省略させていただきます(←ひでぇ)。
覚え切れているかどうかは置いておいて、
先生と生徒達がこのクラスにいる生徒達の名前と顔をとりあえず覚えたとき、
運動場に面している側のガラス戸が開かれ、
「やぁ。皆、入園おめでとう!」
麦わら帽子を被り、首にはタオル、手には軍手という用務員ルックが大変よく似合う
50過ぎのおじさんが入ってきました。
「あ、イアン先生。」
ストラトス先生は入ってきたのがイアン先生だと認識すると、
「みんな、こちらは用務員のイアン先生だ。
はい、みんな元気にご挨拶!」
「こんにちは!!」
生徒達がやはり大音量で挨拶をしました。
しかし、イアン先生はそれには動じずに、
「はい、こんにちは。
みんな元気に挨拶できて偉いなぁ。」
にこやかに挨拶を返しました。
大地を揺り動かさんばかりの大声を物ともしないで生徒達にちゃんと対応できる辺り、
少なくてもロック先生よりは教員生活(といっても用務員だけど)が長いのでしょう。
「今日は入園のお祝いにおもちゃを持ってきた。皆で仲良く使うんだぞ。」
といって、イアン先生はどこからともなく大きな布袋を取り出し、
そこからおもちゃを出してくれました。
『わぁ〜〜!!』
生徒達は瞳を輝かせて、イアン先生の元へ群がりました。
(あ・・・行っちゃった。)
帰りの会の途中なのに、あっという間にイアン先生の(もといおもちゃの)元へ行ってしまった生徒達を見て、
ロック先生はちょっと寂しげです。
仕方ありませんよ、まだまだヤツらは生まれて4年とそこそこです。
落ち着きなんてあって無いようなものでしょう。
ドンマイ!!
・・・とまぁ、ロック先生を励ますのはこれでいいとして、
生徒達はどんなおもちゃをもらったのでしょう?
見てみると男の子達の手には戦いごっこで使う剣やピストル、
そして足こぎ車などいかにも男の子が好きそうな物。
女の子達の手にはぬいぐるみやおままごとの道具、
そしてごっご遊び用のお洋服など女の子が好きそうな物ばかりでした。
思わぬプレゼントに生徒達ははしゃぎまくりです。
「せんせい、せんせい!みてみて〜〜!!」
テンション上がりまくりの生徒達のうち何人かはロック先生のところまで見せに来てくれます。
「あ、ああ。良かったな〜。」
そうにっこり笑って、ロック先生は見せに来てくれた生徒の頭を撫でてあげました。
というか、ちゃんと構ってくれる子がいて良かったね、ロック先生。
しかし、問題はここから起こるのでした。
おもちゃをもらってテンション上がりまくりの生徒達は、
帰りの会の途中だというのを忘れて遊び始めました。
(おっと、こりゃあまずい!)
そう思ったロック先生は、
「みんなー、今は帰りの会だから遊ぶの止めて先生の話を聞いて欲しいなー。」
大きな声で、やんわりと注意を促しました。
相手は幼稚園児です。
いきなり怒鳴ったらまずいですからね。
『はーい。』
と、何人かの素直な生徒は言うことを聞いてくれましたが、
人の話を聞いてくれないのがこの歳のくらいの子の特殊能力です。
刹那君やティエリア君達は他の男の子達と戦いごっこに夢中です。
それぞれが手に剣やピストルを持って駆け回っています。
アレルヤ君は足こぎ車を随分気に入ったようで乗り回しています。
乗りたそうにしているリヒティ君が足こぎ車の後をとことことついていきます。
言うことを聞かないのは主に男の子達ですが、
クリスちゃんやスメラギちゃんなどは、ごっこ遊び用のお洋服を制服の上から着てはしゃいでいます。
さっきの呼びかけに応じてくれたのはラッセ君やフェルトちゃんとあと何人かくらいでした。
椅子に腰掛けて、ロック先生の話の続きを待っています。
その健気さに、
(良い子だね〜、君達は。)
感動し、内心涙を流しました。
でも、そんな場合じゃないんだ、ロック先生!
生徒達の遊びはどんどんエスカレートしていき、
「とりゃー!」
「たー!」
「・・・・!」
何人かの男の子と刹那君は剣で激しくぶつかり合い滅茶苦茶に移動するものだから、
「きゃあ!」
「あぶない!」
ごっこ遊び用のお洋服を着てはしゃいでいた女の子達にぶつかりそうになりました。
「なにするの!」
「あぶないからやめて!」
ぶつかりそうになった女の子達は男の子達に怒りながらそう言うと、
「なんだよー!」
「そんなところにいるほうがいけないんじゃないか!」
「・・・・っ!!」
男の子達も言い返し、刹那君は無言で睨み返しました。
『なによー!』
『なんだよー!』
「・・・・・っっ!!」
女の子達と男の子達は言い争いを始め、刹那君はより強く女の子達を睨むのでした。
その様子を見かねたロック先生は、
「ちょっと、みんないい加減に・・・。」
と、流石にシリアスな声になって間に入ろうとしましたが、
「わあーん!」
別のところから聞こえてきた泣き声に遮られました。
ロック先生がそちらの方を向くと、
「それはおれのくるまだろー!はやくおりろよ!!」
「ぼくだってのりたいんだもん!!」
アレルヤ君とリヒティ君が足こぎ車の取り合いをしていました。
アレルヤ君は足こぎ車を取られて、かなりご立腹の様子です。
さっきまでの大人しそうな雰囲気はどっかに行って、
リヒティ君はそのあまりの変わりっぷりに半泣き状態です。
「なんだよばーか!」
なんと、アレルヤ君はリヒティ君の頭をポカリと、一発グーで叩きました。
「うわぁぁん!」
それを受けたリヒティ君は大きな声で泣き出しました。
勝利を確信したアレルヤ君は涙を拭っているリヒティ君を引っ張って、
足こぎ車から引きずり降ろしました。
リヒティ君は床に座ってさらに大きな声でわんわん泣き出します。
それを見ていたラッセ君は椅子から立ち上がり、
「こらー!わるいことしたらいけないんだぞー!」
と叫びながら、アレルヤ君の腕を引っ張って足こぎ車から降ろそうとします。
「じゃまするなよー!」
「うるせーばーか!」
「ばかっていうほうがばかなんだぞー!!」
アレルヤ君とラッセ君は互いを押したり引っ張ったりし、
次第に取っ組み合いのケンカになっていきました。
―今、この教室で2つの戦争が勃発しています。
そんな悲しい光景を見て、
「みんな・・・ケンカはやめてよぉ。」
悲しくなってしまったフェルトちゃんが目に涙を溜めて言いましたが、
言い争ったり取っ組み合ったりする音が大きくて、誰も聞いてくれません。
いっくらなんでも我慢の限界に来たロック先生は、
「こら!おまえらいい加減に、」
“しろ!”と一喝する予定だったのですが、
「びえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇん!!!!!」
成人男性が腹から出す怒り声を打ち消してしまうほどの大声が教室中に響きました。
それはもう、ガラスが割れていそうなぐらいの勢いです。
言い争っていた子達も、泣いていたリヒティ君も、取っ組み合っていたアレルヤ君とラッセ君も静かになり、
フェルトちゃんの涙もびっくりして引っ込んでしまいました。
刹那君だけは元から静かだったので、特に変化無しです。
「びええええええっ!!」
今も尚続く泣き声の正体を確かめるべく、キンキン鳴ってる耳を抑えながらロック先生がそちらの方に向くと、
「ええええええんっっ!!」
泣いているのはティエリア君でした。
「ど、どうしたんだティエリア君・・・?」
あまりの泣き声に面食らいながらも、ロック先生は床に膝をついて、目線を合わせながら尋ねました。
「びええええええええーーっ!!」
しかし、ティエリア君は泣いているばっかりでちっとも答えてくれません。
泣いてばかりのティエリア君に、ロック先生は困ってしまってわんわんわわーんって感じです(某歌より)。
(あー・・・どうしよう・・・。
泣き止んでくれないと帰りの会出来ないし、でも泣いてる理由がわからないし・・・。
つーか、みんながケンカしてるのも止めないと・・・。)
とりあえず、まずはティエリア君の泣いている理由を知りたいところですが、
「えーーーーーんっ!!」
ちっとも落ち着いてくれないので、話を聞くことが出来ません。
すると、近くでティエリア君を見ていたイアン先生が、
「実は、ワシが持ってきたおもちゃのバズーカが重くて持ち上げられなくてな。
どうやらそれが悔しくて泣いてしまったらしい。」
と、説明してくれました。
ロック先生がそのバズーカを見てみると・・・なるほど、確かに幼児の身長の半分くらいある大きなおもちゃです。
『こんなでっかいもん作んなよ!』と、イアン先生にツッコミたいところですが、
ティエリア君をなだめるためにも、そんなことしている暇はありません。
(まずはティエリア君を泣き止ますのが先だ。
他の子達を叱るのは後!!
これ以上、生徒を泣かしては先生の名が廃るぜ!!)
ティエリア君が泣いている理由がわかったロック先生は、やるべきことを決め、決意を固めました。
「イアン先生!」
「ん?なんだ?」
「ティエリア君が持ち運べるよう、台車か何かいただけませんか?
この子の力ではまだ持ち上げることはできないけど、運ぶことはそれでできるはず!」
「わかった!ちょっと待ってろ!!」
ロック先生はイアン先生に頼むと、イアン先生はすぐに教室からすっ飛んで行きました。
ティエリア君はこの間もずっと泣いたままです。
「よしよし・・・大丈夫だからな〜。
ちょっと待ってな〜。」
ロック先生はティエリア君の頭を撫でてやりながら待っています。
すると、何分もかからないうちにイアン先生が、
「おお、ティエリア!待たせたなー。」
と言って、幼児でも簡単に扱えるような小さいサイズの台車を持ってきました。
「ありがとう、イアン先生!」
ロック先生は台車を受け取ると、バズーカを台車の上に載せました。
「よし、ティエリア君!
イアン先生がティエリア君でも運べるよう、台車を持ってきてくれたぞー。
ちょっと押してみないか?」
「びえ・・・。」
ロック先生に言われて、ティエリア君はとりあえずは泣き止みました。
そして、台車に手を置きます。
すると、
「うわあ・・・。」
なんと、台車が動きました。
あんなに重くて動かせなかったバズーカを動かすことが出来て、ティエリア君は感動です。
涙はそれで止まってしまいました。
ティアリア君は台車でゆっくり2〜3歩進むと、立ち止まってロック先生を見上げます。
ロック先生はティエリア君のまっすぐな視線を受け止めると、
「やったな〜、ティエリア君。
あんなに重いのを動かしちゃったぞ〜。」
優しい笑顔になってティエリア君を褒めてあげました。
「でも・・・ぼくがはこべたのはこのガラガラがあったから・・・。」
ロック先生の言葉に、ティエリア君は少し沈んだ顔をします。
ちなみに“ガラガラ”とは、台車のことです。
しかし、ロック先生は先ほどと変わらない笑顔で、
「そうだなー、ティエリア君にはまだ重くて、ガラガラがないと運べないなー。
でも、先生もティエリア君くらいの頃はそんなに重いの持てなかったんだぞ?」
「・・・ほんとう?」
「ああ、本当さ。
でも、ティエリア君が大きくなったら、ちゃんと1人で持ち上げられるようになるよ。
だから、全然かっこ悪くなんかないんだぞ。な?」
「うん!!」
ここでやっとティエリア君が笑顔になりました。
「よし!じゃー、台車をくれたイアン先生にお礼を言おう。」
「はーい!ありがとう、イアン先生。」
ロック先生に促されて、ティエリア君はイアン先生に素直にお礼を言いました。
「はい、どういたしまして。運べるようになってよかったなー、ティエリア。」
「うん!!」
ティエリアにお礼を言われたイアン先生は優しくティエリア君の頭を撫でました。
ロック先生はティエリア君の件を収めると、成り行きを見守っていた生徒達を席に座らせました。
そして、まずは言い争っていた男の子達と女の子達を黒板の前まで出てこさせました。
「いいか、男の子諸君。
戦いごっこをするのはいいけど、剣を振り回して他の人に当たったら危ないだろう?
女の子達は、剣がぶつかりそうで怖かったんだからな。
戦いごっこをするときは、他の人が危なくないように気をつけること。
先生との約束だからな?わかったか?」
「はーい・・・。」
「わかった・・・。」
「・・・・・・・。」
ロック先生に叱られて、男の子達は俯きながら返事をします。
刹那君もすまなそうな顔をしました。
どうやらわかってもらえたようです。
ロック先生はその様子を見て満足そうに頷くと、
「よし!じゃあ、女の子達にごめんなさいしような?」
と言って、男の子達と女の子達を向かい合わせました。
そして、
『ごめんなさい!』
男の子達は女の子達に頭を下げて謝りました。
いきなり一斉に頭を下げられて戸惑っている女の子達に、
「・・・だってさ。
男の子達、ちゃんと謝ってるから許してくれるかな?」
と訊ねます。
すると、
「・・・わかった。ゆるしてあげる。」
クリスちゃんがそう言って、明るく笑いました。
「もう、ぶつかりそうなのはやめてね。」
スメラギちゃんも笑顔で言って、男の子達を許してくれました。
他の女の子達も、みんな男の子達を許してくれたようです。
見事和解に成功した両軍を見て、ロック先生は嬉しそうに笑いました。
和解した男の子達と女の子達を席へ戻すと、今度はアレルヤ君とラッセ君、リヒティ君を黒板の前に呼びました。
「まずはアレルヤ君とリヒティ君。
脚こぎ車は1つしかないんだから、交代で使おうな。
使いたくなったら交代してってお願いして、交代してって言われたら交代してあげること。
脚こぎ車を使いたいのは、自分だけじゃないんだからな、わかったか?」
「うん・・・。」
「ごめんなさい・・・。」
ロック先生に叱られて、アレルヤ君とリヒティ君は反省したようです。
今度はラッセ君に向き直ると、
「ラッセ君、泣いているリヒティ君を助けようとしたのは偉かったぞ。
友達のピンチに駆けつけられるのは偉い。
でも、今度からは叩きあいのケンカにならないようにしてくれな、もちろんアレルヤ君も。
自分が叩かれたら痛いように、叩かれた方も痛いんだから。
だから、みんなが痛くないようにしような。」
「・・・わかった、きをつける。」
「ぼくも。たたかないようにする。」
ロック先生に注意されて、ラッセ君とアレルヤ君は約束してくれました。
アレルヤ君もリヒティ君もラッセ君も悪かったところがどこか、これからどうすればいいのかわかってくれて、
「よし!約束してくれてありがとうな3人とも!!」
ロック先生はまたも嬉しくなり、満面の笑顔になりました。
こうして、騒がしいことになってしまった帰りの会もなんとか終わり、生徒達は帰っていきました。
2つの戦争とティエリア君の涙を止めたロック先生の手腕を保護者の方々は認めてくれたようで、
保護者一同・・・というか、
お母様方はロック先生に熱いまなざしと共に精一杯のアピールをして自分の子と共に帰っていきました。
こりゃあ、授業参観など親が来るイベントでは波乱がありそうです。
その後ロック先生は職員室で今日の出来事を日誌に書き、本日の業務を終えると、
「それじゃあ、お先に失礼します。」
と言って、帰路に着きました。
門の前で掃き掃除をしていたイアン先生にも挨拶をして、幼稚園から去っていきました。
等間隔に街路樹が植えられた歩道を歩きながら、ロック先生は今日のことを振り返りました。
(色々あったけど、元気な良い子達ばっかりだったよなー・・・疲れたけど。)
幼稚園児達は底なしの体力を持っているので、ずっと相手にしていると疲れます。
ロック先生は肩を少し下げ、眠そうな顔で歩いているのでした。
しかし、
(でもま、先生になった以上、ちゃんと見守ってあげましょうかね!)
ロック先生は疲れすらも凌駕するほどの教師魂を持つと、
天に手を突き出すように伸びをして肩の凝りを取ると、元気に歩き出すのでした。
本格的な授業は明日から。
果たして、彼の教師生活はどうなっていくのでしょうか?
生徒達はどう成長していくのでしょうか?
それらは、今始まったばかり。
花を輝かせる春の光に負けないくらいに、ロック先生も生徒達を照らしていけたらいいですね♪