それから時が流れて――。
「・・・ん?」
何かを擦るような音が聞こえて、瀬戸口は目を開けた。
ベッド横にある窓では、
『にゃー!にゃああ!』
金の瞳に茶色のトラ模様で少し毛が長めな子猫が窓ガラスを引っかいていた。
子猫といっても以前よりは大きくなっていて、大人猫より一回り小さいくらいだ。
「ああ、来たのか。今開けるよ。」
瀬戸口が寝ぼけ眼を擦りながら窓を開けると、
『にゃーあ。』
子猫は遠慮なく瀬戸口の部屋に入ってきた。
そしてそのまま、白いゲージの前に座る。
ゲージの中には白い子ウサギが入っていた。
確かに子ウサギだが、こちらも以前よりは大きくなっていて、片手で抱えるのも難しいくらいだ。
ちなみに、飼い主である瀬戸口が眠るときや外出するときはゲージに入れているが、
基本は放し飼いでそれ以外のときはゲージから出している。
「おはようさん。」
子ウサギに朝の挨拶をしながら瀬戸口がゲージを開けると子ウサギが出てきて、子猫に鼻先をすり寄せる。
子猫もまた、子ウサギに応えるように喉を鳴らす。
全く別の動物でありながらも仲が良い1匹と1羽を微笑ましく思いながら見ていると、
ピンポーン♪
玄関のチャイムを鳴らす音が聞こえた。
「おっ♪やっぱり来たか・・・!」
そう言うと瀬戸口は嬉しそうに笑いながら手櫛で髪を整えて玄関のドアを開けると、
「こんにちは、瀬戸口君。あの、こちらにうちの猫来ていませんか?」
そこには壬生屋が立っていた。
「ああ、来てるよ。
お前さんもせっかく来たんだから、俺のために朝飯作って♪」
壬生屋の問いに笑顔で答えると、瀬戸口は壬生屋を部屋に招き入れようとする。
「朝飯って・・・瀬戸口君、もうお昼過ぎですよ?」
「じゃあ朝飯じゃなくて昼飯♪」
「そういう問題ではなくて・・・もう!
瀬戸口君、いくら自然休戦期が終わったばかりで今日が日曜日だからって、たるみ過ぎです!」
「いいだろ〜、ここ何日か出撃は全然ないし、あったとしても幻獣はなんだか少ないし。
平和になってきてる証拠だよ。ささ、入って入って。」
「・・・もう。」
呆れたようにため息を吐くと、壬生屋は玄関のドアをくぐった。
そしてそのままキッチンに入る。
その後を追って、子猫と子ウサギが壬生屋の足元にやって来た。
壬生屋はしゃがんで1匹と1羽の頭を撫でてやると、
「冷蔵庫にあるもの、勝手に使いますよ?」
と瀬戸口に訊ね、
「どーぞー。」
訊ねられた瀬戸口は返事をすると、着替えを持って洗面所に入っていった。
テーブルについた瀬戸口の前に、昼食が用意される。
「いただきます。」
瀬戸口は礼儀正しく手を合わせると、箸を持って食べ始める。
壬生屋が子ウサギのエサを皿に盛ってやってくると、子ウサギの前に置いてやる。
すると子ウサギは腹が減っていたのか、エサにかぶりついた。
子ウサギがかぶりつくところを見届けた壬生屋は、子猫を抱き上げて瀬戸口の正面の席についた。
壬生屋と子猫は昼食を済ませているため、食事はしない。
「うん!美味いぞ、流石は壬生屋だ。」
おかずを咀嚼し終えてから、瀬戸口は壬生屋の料理を褒めた。
それを聞いて、壬生屋は嬉しそうに微笑む。
「ふふっ、ありがとうございます。
そういえば、今日お昼まで寝てらしたのって、またどこかで戦ってらしたのですか?」
そして、少しだけ心配そうな顔をしながら尋ねたが、
「いや、戦ってはないけど、速水の手伝いでちょっと悪い政治家さんのお宅に潜入捜査に。
速水が芝村になってからは、戦いに出かけるのも無くなってきたんだよ。
あのぽややん魔王のおかげで、芝村の体制が変わってきたんじゃないか?」
「速水君だけではなく、舞さんも一緒ですからね。流石は絢爛舞踏のお2人です。」
「そうだな、あの2人のおかげだもんな、幻獣の数が減ったの。
しっかし、残念だねーお前さん。
もうあと十何匹かで絢爛舞踏だったのに、その前に自然休戦期になっちまって。」
そう言って瀬戸口が茶化すと、
「別に、勲章が欲しくて戦っていたわけではないですよ。皆を守るためです。」
壬生屋は困ったように笑った。
「そうだよな。強くなって、俺にふさわしい女になるって言ってたもんな〜。」
「ええ・・・って!
あ、あのその・・・確かに、そう言いました・・・。」
壬生屋は恥ずかしそうに子猫の背に顔を埋めた。
確かに昔、自分でそう言ったが改めて言われると照れてしまう。
「ごちそうさま。」
その間に昼食を食べ終えた瀬戸口は箸を置くと、こちらも同様にエサを食べ終えていた子ウサギを抱き上げる。
「幻獣も少なくなって、戦争、終わりそうだよな・・・。
なあ壬生屋、本当に戦争が終わったらさ、こいつらの呼び方考えないといけないな。」
「え・・・?どうしてですか?」
「いや、ほら・・・あの時の言葉の続き、聞かせてくれるんだろう?
それでその後、お前さんの下の名前呼ぶときにややこしくなるから・・・。」
瀬戸口は照れ臭そうに人差し指で頬を掻きながら、歯切れ悪く言った。
「言葉の続き・・・わたくしの下の名前・・・って?」
瀬戸口に言われても一瞬わからなかったが、やがてその言葉の意味を理解すると、
壬生屋は再び、頬を赤く染めるのであった。