「はぁ・・・はぁ・・・。」
炭鉱都市ナルシェと砂漠の城フィガロの間にある森の中、
セリスは大きな木の根元に大きく掘られた穴の中に、
動物や魔物がいないか確認してから身を隠すように入った。
その穴は深く、しゃがむと全身が地面の下に隠れる。
流血している右足に気をつけながら腰を降ろし、
ここにいることを誰にも悟られぬよう、無理矢理息を静める。
事の起こりは数時間前、夕方のことだった。
突如姿を変えたティナを追うため、セリス達はコーリンゲンに向かうことにしたのだが、
その途中の森の中で魔物の大群に襲われ、セリスは仲間と離れてしまった。
足をやられ、そのうえ魔法力が尽きて傷を回復することもできない。
ポーションなどの道具は他の仲間が持っている。
戦うことも仲間を探すことも出来なくなったセリスは夜の暗闇と穴の中で姿を隠してやり過ごすことにした。
「油断したな・・・・私としたことが・・・。」
息が落ち着き自嘲気味に呟いて、恐る恐る傷口に触れた。
神経まで焼かれるような激しい痛みに顔を歪ませる。
「くっ・・・・!この分では歩くこともできないな・・・。」
とすればあとはもう、仲間達が見つけてくれるまで待つしかなかった。
(仲間、か・・・・。)
セリスは共にナルシェを発った仲間達の顔を思い出した。
ロックとカイエンとエドガーだ。
今は彼らを待つしかない。だが、
「本当に・・・・私を探しているのか?」
本当に自分を探しているか疑問に思った。
忘れるな!おぬしを信用したわけではないぞ。≠ニ言った、
国と愛する家族を奪われたカイエンが
帝国の将軍だった自分に対する憎しみをこんな短期間で消化するとは思えないし、
エドガーは帝国は悪だ。だが、そこにいた者全てが悪ではない。
と口では言ったものの目には警戒の色が浮かんでいた。
俺が守ってみせる!≠ニ言って自分の命を救ってくれたロックでさえも怪しく思えてくる。
ここまで疑ってしまうと自分は仲間達のうちの誰からも心配されていないのか、
見捨てられてしまったのではないかとマイナスなことばかり頭に浮かんでくる。
頭が痛くなってきて泣きたくなってきたセリスは無事な左足を抱え、
膝に額を押し付けうずくまる。
「ここで死ぬのか・・・・私は。」
「セリスーーッ!!どこだ、返事をしろーーっ!!!」
夜の暗い森の中、見渡しが悪く魔物だけでなく凶暴な動物が
人間を含めた他の動物を襲うには絶好の状態であるというのにロック達は森を出ずにいた。
「落ち着けロック!何か出てきたらどうするんだ!」
後ろを歩いていた(というかロックが一人でどんどん先に行こうとするから)
エドガーに頭頂部に手刀を入れられる。
「痛ってぇなぁ!何すんだよっ!!」
ロックが振り向き、お返しに殴りかかろうとする。
「落ち着けと言っているんだ!こんな状態で魔物や凶暴な動物に出くわしたらどうするんだ。」
ロックが放った拳をエドガーは片手で受け止める。
それでもロックは拳を引くつもりはなく、エドガーも殴られてやるつもりはない。
「んなことよりセリスを見つけるのが先だろう!こんな森の中に一人にしとくわけにも行かない!!
のんびりしてるヒマはないんだ!!!」
「だからその前に落ち着けお前は!死ぬ気かこの泥棒野郎!!」
「泥棒だとぉ!俺はトレジャーハンターだ!!いいかげん覚えやがれナンパ王がっ!!」
「なんだとこの、」
「二人とも、落ち着くでござる。静かに。」
カイエンは二人の間に入り、落ち着かせるように二人の肩に手を置いた。
それにより二人の気は落ち着いたらしく、同時に手を引っ込める。
「ワリィ・・・熱くなりすぎた。」
そっぽを向きながらロックが二人に詫びを言う。
「いや。俺も頭に血が上りすぎた。反省してる。」
エドガーは二人から目を逸らさず素直に詫びた。
二人が落ち着いたのを見て、カイエンは小さく息をつく。
「やれやれ・・・・。しかし困ったでござるな・・・。こんなに探してもいないとは・・・。」
「ポーションもエーテルもこちらだ・・・・・ひどい怪我を負ってなければいいが・・・。」
「よし、こうなったら手分けして探そうぜ!その方が早い!!」
言うなりロックは走り出そうとする。
そのロックの肩をカイエンが掴む。
「待つでござる!こんな森の中で単独行動は・・・・。」
「じゃあセリスはどうなんだよ!
こんな森の中で身動きすら取れてねぇかもしれないのにいちいち待ってられっか!!」
カイエンの手を振り解きロックは走り出した。
ロックの姿は一瞬で見えなくなる。
「待てロック!・・・・あの馬鹿!!」
エドガーは苦虫を噛み潰したような顔になり、
その場にあった木の根元の腰を降ろし片手で額を覆い下を向く。
「ロック殿のあの様子・・・・何かあったのでござるか?」
カイエンの問いにエドガーは顔を上げて答える。
「あいつは昔、帝国に愛しる女性を殺されたことがあって、
その時彼女の側にいることができず守ってやれなかった自分を責め続けてる。
だからあいつは目の前に女性が危機に瀕していたら見逃せずに守りきろうとするし、
女性に限らず自分が失いたくないと思っている人間を傷つけまいと
自ら敵中に飛び込んでいこうとするんだ。・・・ちょうど今みたいに。」
「・・・・そうでござったか・・・・。
しかし、あんな様子では命がいくつあっても足りないでござる。」
「ああ。まったく・・・・・レディをこんな所に独りにしてしまった自分に
激しく怒っている最中だというのにあいつは!少しは俺に気を使え!!」
「まぁまぁ、落ち着くでござるよ。」
さっきと同じようにカイエンはエドガーの肩を二〜三回叩いて落ち着かせる。
「エドガー殿は随分とロック殿を心配されるでござるな。」
いくらか落ち着いたらしくエドガーは深いため息をつく。
「まぁ・・・・・唯一友と呼べる奴だし・・・・あんなのでも。
それよりカイエン、貴方はてっきりあんな女放っておくべきだ
とか言うのかと思っていたけどセリスのことは許したのか・・・?」
エドガーの問いにカイエンは一度天を仰ぎ、エドガーの顔を見据え、そして答えた。
「正直言うとまだ、疑いの念は消えないでござる。
マランダであの娘がしたこと、
帝国がドマにしたことを忘れることはできないでござるからな。
しかしあの娘は拙者達とナルシェを守るために共に戦った。
あの時の彼女は間違いなく帝国の者ではなくリターナーの、
平和を願う者だと拙者の目には映ったでござる。
だから今は・・・彼女を、セリス殿を信じてみようと思うでござる。」
カイエンの言葉を聞いたエドガーは満足そうに微笑み、言った。
「そうか、安心した。」
「は?」
カイエンは疑問符を頭の上に浮かべた。
「いやね、彼女は帝国の元将軍だ。だからその・・・何というか、
彼女は俺達に怯えてるように見えた。
改心して帝国を裏切ったとはいえ今までやってきたことがやってきたことだ、
まだ真っ直ぐ俺達の方を見てくれてないんだ。」
エドガーの言葉を聞き、カイエンは目を伏せて考える。
「確かに・・・・そうでござるな。」
「なに、時間はかかるだろうけどきっと彼女は俺達に笑いかけてきてくれるさ。」
エドガーは立ち上がる。
「さ、俺達も探しに行こう。あんまり遅いとロックがうるさい。」
時間が経過し、夜の暗闇はますます暗くなる。
時折聞こえる鳥の鳴き声や狼または魔物の雄叫びが恐怖と孤独感をさらに煽る。
セリスは穴の中で震え続けていた。
「寒くなってきたな・・・いや、私の体が冷たくなってきただけか・・・・?」
穴の中に入ってから大分時間が経っていた。
曇っているせいか月明かりすらも届いてこない。
穴から顔を出して見た周りの様子は黒一色で遠くまで見えなかった。
はっきり言ってこんな状態で女を探し出そうとする方が無謀だ。
そこまで悟って、セリスは絶望を通り越して諦めの念が頭を支配する。
「あいつら、きっともうこの森にはいないだろうな・・・。」
呟くと、セリスの口から自嘲の笑みが漏れる。
「ハハッ、お笑いぐさだな!
戦場で何人もの命を奪ってきたこの私が戦場ではなくこんな森の中で死ぬとはな!」
しかし、彼女の口はすぐに笑みの形をやめた。
「いや、お似合いか・・・。
こんな血に塗れた私には・・・人の温もりとは遠いところで無様に死ぬのがな。」
(ん・・・?温、もり・・・?)
セリスは自分の口から普段全く使わない言葉が出たのに驚いた。
痛みでいまいちはっきりしない頭を必死に動かして言葉の出所を探る。
「そうだ、あの時だ・・・・。」
―守る!俺が守ってみせる!―
サウスフィガロの地下、帝国兵に捕らえられ明日には処刑される運命。
そんな運命からセリスの手を盗ったのは・・・
「お前はあの時、私の手を引いて陽の当たる場所に出してくれたな。
・・・・お前の手は温かかったぞ、ロック。だが・・・。」
この穴の中に入ってからずっと泣き出しそうだったセリスの目から、ついに一粒の涙が零れる。
「もう、お前には会えないな・・・。」
今までは泣き出しそうになっても、我慢出来てしまった。
それなのにロックに二度と会えないと思った瞬間に耐え切れなくなった。
零れてしまったらもう、溢れる涙は止めることはできない。
帝国の研究所に連れてこられ、
幼い頃から英才教育を受けてきたセリスには心を許せる友などいなかった。
だから泣きたい時は一人きりになって、気が済むまで泣く。
たった一人、実の親のようにかわいがってくれたシド博士の前でさえも、
困らせたくないからと我慢してしまう。
一人きりで泣いて、泣いた後は気がついたら眠っていた。
そうだ、泣きつかれて眠ってしまえばもう、辛いことばかり考えずに済む。
ロックは暗くて視界が全く利かない森の中を全力で走っていた。
「セリスーッ!セリスーッ!」
魔物や凶暴な動物をおびき寄せるのを覚悟で必死に彼女の名前を叫び続ける。
「あだっ!!」
暗くて見えない足元が木の根につまづいたらしく、受身を取る間もなく転んでしまう。
「てててて・・・・ちっ!」
ロックの手や足には擦り傷や切り傷が無数にあった。
転んでしまったのはこのときだけではない。
「あぁ、ちくしょう!!どこにいるんだよ、セリス!!!」
あまりにもどかしくて森中に届くかのような大声で叫ぶ。
痛みを抑えて立ち上がったそのときだった。
「・・・・・・・ん?」
ロックの頭に何かが響く。
耳は何も捉えていないのになぜか頭に響いた。
「よし、あっちか!」
ロックは頭に響いた何かを頼りに先だけを見つめて走り出した。
セリスは穴の中で涙を流し続けていた。
さっきから頭の中でロックの笑顔ばかり浮かぶ。
その笑顔とここに彼がいないことが、より一層セリスの目から零れる涙の量を増やした。
「ロック・・・。ロック・・・。」
「見つけた・・・。探したぜ、セリス・・・。」
優しくかけられた言葉と頭にぽんと乗せられた自分よりいくらか大きい手。
セリスが涙で濡れた顔を上げるとそこにはずっと自分が待ち望んでいた相手がいた。
やっと顔を出した月の光に照らされているその顔は、優しく穏やかに微笑んでいた。
「ロック・・・。」
枯れた喉が目の前にいる男の名を小さく呟く。
頭に乗せられた手はそのままセリスの頭をゆっくりと撫でる。
「おいおいなんだよ。泣いてたのか、ずっと。」
「・・・!・・・泣いてなんかないっ!」
ロックが頭を撫でるのとは別の手でセリスを涙を拭おうとしたが、
セリスはこれを振り払い顔を背けた。
「泣いてないって・・・泣いてんじゃねぇか。」
「泣いてない!」
再びロックが差し出した手をセリスが払う。
「それが泣いてない奴の声かよ・・・。」
「泣いてないといったら泣いてない!」
「強がんなよ。ここには俺以外いないぞ?」
「私は別に、強がってなどいない!」
「ほら、今傷の手当てしてやるから。」
「頼んだ覚えなどない!」
ロックは何度も手を差し出したが何度も振り払われてしまう。
(やれやれ・・・。)
ロックからセリス耳には聞こえない程度の呆れのため息が漏れる。
セリスは頭が混乱したのか、別にロックが手を差し出したわけでもないのに言い募ってくる。
「だから私は・・・!」
「はいはい。」
ロックはセリスが振り回した手を避け、セリスを抱きしめた。
「な、何をする!離せ!」
ロックの胸の中に閉じ込められ、セリスは彼の胸を叩いたり押したりして脱出しようとしたが、
「ダーメ。離しませーん。」
ロックの腕は解かれようとしなかった。
「貴様っ、」
「もう無理すんなよ?」
セリスの言葉を塞ぐように、ロックはセリスの頭の上で囁いた。
「泣きたきゃ泣けよ。一人で泣いたって気なんて晴れないだろ?
・・・・俺が付き合ってやるからさ。」
その言葉を合図にセリスは抜け出そうとするのをやめた。
代わりにロックの上着を掴んで泣いた。
声を上げて泣いた。
「よしよし・・・・。」
ロックは自分の胸で泣く少女から離れることなく、彼女が泣き止むまでずっと、
彼女の背中を擦っていた。
「あの、ロック・・・。」
セリスが泣き止み落ち着いた。
今はロックに傷の手当てをされているのを大人しく見ている。
「なんだよ?」
ロックは手を休めずに尋ねる。
持っていたポーションだけでは傷が塞がりきらなかったので、
彼愛用のバンダナを包帯代わりにセリスの足に縛り付ける。
「なぜ・・・私がいるところがわかった?」
「ん〜・・・そうだなぁ・・・。」
セリスの質問に、ちょうど手当てが終わったロックは小さく伸びをしてから答える。
「聞こえたんだよ、お前の泣き声が。」
ロックの言葉にセリスは顔を真っ赤にしてしまう。
「嘘!そんなに大声で泣いてたのか!」
恥ずかしいのか両手で顔を覆う。
「いや、そういうわけじゃないんだ。なんつーかそのなぁ・・・。」
「・・・なんだ?」
セリスが先ほどとは全く別の意味の涙目でロックを睨む。
「頭に直接届いてきたんだ。テレパシーってやつか?」
「・・・・なんだ、それは。」
「ほら、つまりあれだよ。お前が俺を呼んだってこと♪」
「・・・そうだな、確かに私はずっと呼んでいたよ、お前のことを。」
セリスは小さく微笑んで言った。
「私はお前達に見捨てられて、一人でここで死んでゆくのかと思った。
そうしたら不思議とお前の顔ばかり浮かぶんだ。
そしたら無性にお前に会いたくなって、泣きたくなったんだ。
だから・・・お前が来てくれてとても安心した。感謝してる。」
自分の気持ちを隠さずに話すセリスにロックは少し驚いて軽く目を見張った。
「へぇ〜。今日は珍しく素直じゃねぇか〜。惚れたかい?」
それからからかうように、そして楽しそうに笑う。
「なっ・・・!人がせっかく褒めてやってるというのに何だその態度は!」
セリスが怒ってロックに食って掛かる。
「あっはっはっは!かわいーな〜、セリスは。」
その様子すらロックには楽しくてしょうがないらしい。
「でもひでぇな〜、俺達がお前を見捨てるわけないだろ?
エドガーだって、カイエンだってお前のこと探してたんだぜ?もっと俺達を信じてくれよ〜。」
「うっ!」
ロックの言葉にセリスは申し訳なさそうに俯く。
「悪かった・・・反省してる。」
「本当か・・・・あっ、そうだ?」
「・・・なんだ?」
嫌な予感がしたらしく恐る恐るセリスが顔を上げると、
そこにはいかにも何かを企んでいるロックの顔があった。
「セリス〜、本当に反省してるならちゃんと行動で表してもらおうかぁ・・・。」
「な、なんだ・・・・?」
「ふっふっふ・・・。」
怪しげな笑みを浮かべてロックはセリスに近寄る。
セリスは怖くなって後ずさるが、すぐに背中が壁にくっつく。
この男、セリスが立てないのをいいことに何をする気なのか。
逃げ場がなくなったセリスの左肩を右手で掴み、左人差し指をセリスの唇に当て、言った。
「・・・もう将軍言葉は禁止な?」
「・・・・・は?」
セリスが言ってる意味がわからずきょとんとすると、
ロックはセリスの唇に当てていた指を離してから説明した。
「将軍言葉だとなんかこう、上から見られてるカンジっつーか、
俺達と対等じゃないみたいなんだよな〜。
もっと軽くしゃべってくれた方が俺達も親しみやすいしな。」
「そうなのか・・・?」
「じゃない。そうなの?=v
「そう・・なの?」
慣れない言葉遣いに途惑って、セリスは俯き加減の上目遣いでロックの顔を窺う。
その顔は満足そうににんまりと笑っている。
「そうそう♪セリスにはそっちの方が似合うし・・・かわいいぞ♪」
するとロックは先ほどセリスの唇に当てた指の先でセリスの眉間をつんと押した。
「・・・貴様っ!何をする!」
からかわれたことに腹を立てたセリスがまたロックに食って掛かった。
「いいじゃねぇか!ホントのことなんだし♪それよりも、言葉遣い言葉遣い(笑)」
「うっ!むぅぅ・・・・。」
「あーはっはっは!かわいなーお前〜。」
腹を抱えて大笑いするロック。
「からかうな!・・・じゃない、から・・・からかわないで!」
照れのせいか怒りのせいか、セリスは顔を赤くして怒る。
「ははは・・・・悪かったって。そんなにむくれるなよ。」
落ち着くまで笑ったあと、ロックはセリスに謝る。
「もう、お前なんて知らないっ!」
セリスはすっかりふてくされてしまい、ぷいとロックから顔を背けた。
「あ〜、だから悪かったって!ほら謝ってるじゃねぇか・・・ん?」
ロックは怒ってこちらを見ようとしないセリスに両手の平を合わせて謝っていたが途中で、
「おっ。朝が来たみたいだな・・・・。」
穴の外から弱い太陽の光が差し込んできたのに気付いた。
ロックの言葉につられてセリスは顔をそちらに、つまり穴の外の方に向けた。
「あ・・・本当だ・・・。」
「だろ?」
「うん・・・。」
どうやらからかわれた怒りはもう、どうでもいいらしい。
しばらく二人で朝の光を感じていたが、ロックが両手をポンと鳴らし、
「さて、そろそろこっから出てあの二人を探すか。」
セリスに手を差し出した。
「うん。」
小さく微笑んでセリスはロックの手を掴んだ。
ロックはセリスを抱き上げ、先に穴から出してやる。
足の怪我で立つことができないセリスはロックが穴から出てくるまでその場に座って待っていた。
穴から出て服の汚れを払うロックに、セリスは心配そうに声をかける。
「でもロック、これからどうする?私歩けない・・・よ?」
「ああ。わかってる。」
セリスの心配を吹き飛ばすかのように、ロックは頼もしげに一度大きくうなづくと、
「ほれ。」
しゃがんでセリスに背を向けた。
「?・・・何?」
ロックの仕草の意味がわからないセリスは首を傾げる。
ロックは少し呆れたように言う。
「何、じゃないだろ。おんぶだよ、お・ん・ぶ。知ってるだろ?
運んでやるから乗れって言ってんだよ。」
「え・・・あ、うん・・・。」
ロックの仕草の意味がわかったセリスは恥ずかしそうに俯く。
「なんだよ?嫌なら別にお姫サマだっこでもいいんだぜ、俺は。」
ロックはわざと大きめの声で大げさに言った。
「わ、わかったっ。乗る!」
ロックの言葉に慌てふためいたセリスは、急いでロックの首に腕を回した。
セリスからは見えないがロックは嬉しそうな笑顔で立ち上がり、
セリスの膝の下から腕を通し腰の後ろで手を組む。
セリスの足の傷に響かないよう、一度だけそっと小さく体を弾ませて位置を調節する。
「よし。しっかりつかまってろよ?」
「うん・・・。」
声をかけ、セリスの返事を待ってからロックはゆっくりと歩き出した。
ロックがセリスをおぶりながら歩き出してから少し経ったったとき、
セリスは何かを思い出したらしくポツリと、悲しそうに呟いた。
「そういえば私・・・誰かにおぶってもらった記憶、ないな・・・。」
ロックは前を見たままで、
「そうか・・・。」
とだけ返した。
「うん・・・ロック・・・・。」
「ん?」
ロックに小さく呼びかけた後、セリスはロックの肩に額を当てて言った。
「すごく・・・温かい。ありがとう、ロック・・・。」
「ああ。」
自分の背に体を預けるセリスを受け入れるように、ロックは優しく返事をした。
その声に嬉しそうに微笑んだセリスはゆっくり目蓋を閉じる。
その時、セリスの瞳から涙が一滴だけ零れた。
ロック達とはぐれた後、セリスは不安で一睡もしていない。
ロックの体温とロックが歩く度に生じる揺れが眠りを誘ったらしい。
すっかり安心しきったセリスはロックの背中で静かに寝息を立て始めた。
「セリス・・・?・・・・寝ちまったか。」
ロックは一度立ち止まり背中を窺い、
(全く・・・・レイチェルより手間がかかるな、コイツは・・・。)
と心の中だけで呟き、照れてくすぐったそうに微笑むとまた前へと歩き始めた。