5月10日、放課後。
今日のこの放送は、瀬戸口によるラジオ番組の最終回だった。
各教室のスピーカー前では、いつもより多くの瀬戸口ファンが集まり聞き入っている。
『・・・というわけで、1位はこのような結果になりました。
皆、参考になったかな?
では、1位を選んでくれた人の中で1番多かったリクエスト曲はこちらです!どうぞ!!』
(BGM2、アウト。リクエスト曲、イン。)
リクエスト曲が流れ始めると、
「瀬戸口君!」
録音室の扉が開き、ミナが入ってきた。
ちなみに瀬戸口のマイクはOFFになっているので、ミナの声が入ってしまっている心配はない。
「ん?何か問題あった?」
放送中にミナが録音室に入ってくるのは滅多にない。
DJとしての瀬戸口の腕を信頼していたし、たった1人の裏方であるミナは仕事が多くてなかなか手が離せないのだ。
「いえいえ、全く問題ないですよ〜。
それより、急で申し訳ないですが原稿を変えていただきたいのですよ。」
「原稿の変更?なんでまた?」
番組の作り方というのは色々あるらしいが、ミナはしっかりと打ち合わせしてから本番に臨むタイプのようなので、
本番中に何かを変更するということはしない。
だから瀬戸口は、突然の変更を申し出てきたミナが不思議で仕方がない。
だが、
「まぁまぁ、細かいことは置いておいて。
瀬戸口君だったらちゃんと対応できますから。
ね?お願いしますよ。」
ミナは説明してくれない。
「いや、細かいことは置いといてって・・・、」
「あっ!曲が終わっちゃうからもう出ないと!!」
別に不満なわけではなく、とりあえずこれからどうすればいいのか聞きたいのだが、
それをはぐらかすようにしてミナは先に録音室から出てしまった。
「ちょっ・・・おいって!!」
慌てた瀬戸口は録音室から声をかけるが、本当にリクエスト曲が終わるところだったらしく、
音量が下がっていき、やがて止まってしまった。
『曲終わっちゃいましたよ!ほら出番ですよ!!』
ヘッドホンからはミナの声が聞こえて、進行するように急かす。
ラジオ番組だからあまりにも無音状態が続くのはまずい。
番組が終わったと思われてしまうのだ。
あまりにも突然の出来事で納得できないことだらけだが、仕方がない。
終わってからきちんと話をしよう。
そう気持ちを切り替えると、瀬戸口はマイクをONにした。
『次はリスナーからいただいたエピソードを紹介します!
え〜、何々?
【私にはずっと片想いしている人がいます。】
おっ?恋の相談かな?
【ずっと好きだったのにうまく話せなくて、その人とは喧嘩ばかりしています。
言い合うだけのときならまだいいのですが、時には逃げるその人を追いかけたり。】』
(・・・あれ?)
読みながら瀬戸口の頭には疑問が浮かんだ。
自分がどっかで体験したようなエピソードな気がする。
よくよく見ると、なんだか見覚えのある筆跡だ。
『【同じ隊だから以前は顔を合わす機会があったのですが、
最近はその人の方が忙しくて声をかけられず仕舞です。
もうすぐ自然休戦期で隊が一時解散してしまうから、
それまでにまた話せたらいいのに・・・。
でも、話せたら話せたらでまた喧嘩になってしまうのかもしれないと思うと、とても不安です。
ちゃんと話せるのか怖くて仕方がないのです。
解散前にきちんと自分の気持ちを伝えたいのに、どうすればいいのかわかりません。
私がもっとしっかりしていればこんなに悩まなくて良かったのでしょうか?
ペンネーム・リボン小町。】』
何かが心に引っかかりながら原稿に書かれているエピソードをそのまま読み、最後にペンネームを読むとその横には、
(・・・って、ええっ!!)
“壬生屋未央”。
いつもは原稿には書かない、そのエピソードを投稿した人物の本名がそこには書いてあった。
(ミ、ミナ・・・消し忘れたのか?って、それより、壬生屋なのか、これ?
しかも、この喧嘩の相手って俺じゃないか!!)
様々なことが頭の中を渦巻き、瀬戸口は黙ってしまった。
『瀬戸口君!放送事故!!』
(あっ!しまった!!)
ヘッドホンから聞こえるミナの声に瀬戸口は我に帰り、
『あー、ごめんごめん。
ついエピソードについて考え込んじゃった。
そうだなー、何て言えばいいかなー・・・。』
(壬生屋のやつ・・・こんなこと考えてたんだな・・・。)
何とか言葉を出して場を繋げながら瀬戸口は、壬生屋のことを思い出していた。
壬生屋が何で自分に突っかかってくるか、実は随分前からわかっていた。
自分は自分で壬生屋のことが気になっていたが、自分もまた自分の気持ちをうまく言葉に出来なくて。
だからからかったり皮肉を言っていたら、いつの間にか喧嘩になってしまっていて。
瀬戸口も壬生屋と同じくもっと別のことを話したいと願っていたのだが、
最近は人の壁に遮られて近付くことすら出来なかったし、それを寂しいと思っていた。
壬生屋の気持ちも瀬戸口の気持ちも、一緒だったのだ。
そして壬生屋はその状況を打破すべく、こうして行動に移してきた。
ならば、自分が言うべきことは・・・。
『そう・・・だな。
“喧嘩するほど仲が良い”っていうのかな。
相手の方も、君と喧嘩出来なくて・・・話せなくて残念に思っていると思う。
俺も同じ男だからわかるよ、間違いない。
上手く言葉に出来なくてもいいじゃない。喧嘩になってもいい。
とにかくこのままお別れになってしまう前に、何でもいいからお話しようじゃないか。
しっかりなんてしてなくていいよ。
今のありのままの君の気持ちで彼に話して欲しい。
相手が忙しかったり、恋のライバルはいるのかもしれないけどさ、
俺の番組にメッセージを出してくれた勇気をそのまま出して彼に向かっていったのなら、
彼はきっと君の気持ちに応えてくれるから。
恋が実って、今よりももっと仲の良い2人になれるのかもしれないよ。
だからみ・・・リボン小町ちゃん。
がんばって、あきらめないでね。
俺は君の恋が実るよう、応援しているよ。』
(これでなんとか、伝わってくれたか・・・?)
今の瀬戸口はDJなのだ。
伝えられる言葉には限度がある。
そしてふとここで、今までこの番組にメッセージをくれた皆のことを思い出した。
内容は様々だが、どのメッセージも健気で一生懸命だった。
(そうだな。壬生屋だけじゃなくて、なるべくなら多くの子に幸せになってもらいたいな・・・。)
瀬戸口は持っていた原稿を机に置くと、
『皆、今日まで放送を聞いてくれてありがとう。
“瀬戸口隆之のラヴァーズミュージックレディオ”は今日で最終回だけど、
皆と恋のお話ができてとても楽しかった。
色んな悩みがあると思うけどこの少ない青春時代に悔いを残さないようぶつかっていこうよ。
困難な壁を突破しちゃえば、そこに待ってるのはきっと素敵な掛け替えのないもののはず。
明日からは自然休戦期。輝かしい夏はもうすぐそこ。
いつもより素敵な夏になれるよう、放送が終わった後でも応援しているよ。』
原稿に書いてある準備してあった言葉ではなく、今の自分の気持ちをリスナーに伝えた。
その心は、どれだけの人に届いているかはわからないが、
それでも聞いてくれているリスナーの幸せを願う心に変わりはない。
『それでは最後はこの曲を聞きながらお別れしましょう。
お相手は、愛の伝道師こと瀬戸口隆之でしたっ!』
(“勇気を出して向かっていったら、彼は君の気持ちに応えてくれる”か・・・。
そう言っちまった以上、俺も覚悟をしないとな・・・。)
無事に最後の放送が終わって手元のマイクをOFFにし、背もたれに身を沈めながら思った。
自分がそう言った以上、必ずあの女は勝負を仕掛けてくるだろう。
あきらめないでと言った以上、きっと何度でも。
しかし、すでに自分には壬生屋とずっと一緒にいたいと思う気持ちがある。
だからこそ自分も彼女と同じく、誤魔化さずに真っ直ぐに相手へと立ち向かっていかなければ。
勇気を出さなければならないのは自分も同じなのだ。
(しっかりしろよ瀬戸口隆之。今度こそ逃げるなよ。)
瀬戸口は心の中で自分にそう言い聞かせると、自らの頬を叩いて気合を入れた。
「・・・よし。」
そして立ち上がり扉まで歩いて、
「お疲れさん。」
瀬戸口は録音室から出てきた。
「お疲れ様でした♪」
そこにはミナが、“してやったり”とでも言いたそうなにんまりした笑顔で立っていた。
そしてその楽しそうな笑顔のまま、
「瀬戸口君、お客さんが来てますよ。」
と言って半身をずらすと、ミナの背後にあった棚の陰から、
「壬生屋・・・。」
壬生屋が現れた。
いつの間に放送室に入ってきていたのだろうか。
頬を赤く染めて俯きながらも、瀬戸口の顔を窺っている。
「せ、瀬戸口君・・・あの、その・・・えっと・・・。」
壬生屋は瀬戸口に何かを言いたくて、しどろもどろになりながらも瀬戸口の前まで進み出てきた。
「あ、ああ・・・。メッセージ聞いたよ、その・・・お前さんからの。」
瀬戸口の方も柄にもなく照れていて、それを誤魔化すかのように視線をあちこちへと飛ばしている。
「あ、はい・・・すみません。きゅ、急にあのような手紙を送ってしまい・・・。」
「いや、いいよ。どうせその・・・ミナが仕組んだことなんだろ?
で、でも・・・さ、俺的にはその・・・ちょうど良かったわけで・・・。」
「そ、そうですかっ。なな、なら良かったです・・・はい・・・えっと・・・。」
「わ、わかってくれたのならいいんだ・・・うん・・・あ〜・・・その・・・。」
壬生屋も瀬戸口も、それぞれ言いたいことがあるのだがうまく言葉に出来ない。
いや、1番言いたいことが何かはわかっているのだが、それを言葉に出す決心がなかなかつかない。
しかし、今日こそはどうしても伝えなくては!
「「あの!」」
意を決した2人が同時に同じ言葉を叫ぶように言った。
しかし、
「じ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ。」
「「はっ・・・!」」
自分達の中での葛藤が長すぎてすっかり忘れていた。
すぐそばで、自分達の言いよどむ様をずっと見ていた人物がいたことに。
壬生屋と瀬戸口が茫然としながらその人物を見ていると、
「あ、気にせず続けちゃってください♪」
ミナが笑顔で先を促してきた。
「なっ・・・!
そ、そんなことできるわけないじゃないですか!!
せ、せせ、瀬戸口君!!」
「は、はい?」
先に我に帰った壬生屋は寄り一層顔を真っ赤にして瀬戸口の手を取り、
「ばば、場所を変えます。ついて来て下さい!!」
放送室の出口へと向かい、歩き出した。
「ば、場所を変えるって、どこへ?」
壬生屋に引っ張られながらもなんとか瀬戸口が訊ねると、
「プレハブ校舎の屋上です!!」
色々吹っ切れて気合十分になった壬生屋が勢いよく扉を開けた。
そこには、
「あ、やった来たわ!瀬戸口くーーーん!!」「あっ!何よあの子!!」「たしか、瀬戸口君と同じ隊の・・・。」
放送を聞き終えたばかりの瀬戸口ファン達がいて、
放送室の扉を開けて出てきた壬生屋と瀬戸口の姿を見た途端、それぞれが何かを叫んだが、
「行きますよ。手を離さずに、しっかりついてきてくださいね!」
壬生屋はそれらには屈さず、目の前の障害に負けないという強い意志が込められた声で瀬戸口に言った。
その言葉と想いを受けた瀬戸口は、一度は驚きに目を見張ったが、
「わかった。この手は絶対に離さない。」
フッと笑って覚悟を決めると、壬生屋の手を握り返した。
それに満足した壬生屋はしっかりと頷くと、
「参ります!!」
瀬戸口の手を取りながら恋のライバル達が覆い尽くす廊下へと、勇ましく走り出した。
「あらま〜、気合十分ですね〜。」
壬生屋が瀬戸口の手を取って駆け出し、
瀬戸口ファンがそれを追いかけて一気に静かになった放送室の中でミナが呟いた。
「でも、流石の壬生屋さんでもあの数相手じゃ大変でしょう。やれやれ。」
本当に“やれやれ”と思うほど困ってはいないが、
言葉遊びのようにあえてそう付け足すと、今度はこっそり持っていた小型の無線機に向かって、
「あー、もしもし。尚敬高校放送部部長の徳川です〜。
またご協力していただきたいんですけど、いいですかぁ?
もうすぐそっちに壬生屋さんと瀬戸口君が行くから、結界の発動をお願いしたいのですよ。」
すると無線機から声が返ってくる。
『結界ねぇ・・・別に構わないけど、それ相応のものが見られるということかしら?』
「もちろんですよ〜。だって、2人の行き先はそちらの校舎の屋上ですよ?
5121小隊でお決まりの、そこで男女2人が行うイベントっていったら・・・。」
『なぁるほど・・・。それは確かに見物ね。
結界とかオカルト的なものは嫌いだけど、邪魔者を追い払うくらいのことは遠慮なくさせてもらうわ。』
「わ〜い♪何から何まで恩に着ま〜す♪
瀬戸口君を長期間貸していただいただけでもありがたいのに、
ファンの皆さんが予想以上にそちらへ流れたから
それで余計にご迷惑をかけちゃったりしたのに、アフターケアもお願いしちゃって・・・。
本当に申し訳ないです。」
『いいのよ、別に。
平和で暇してたところだから迷惑だなんて全然思ってないし、
騒がしいのが来た分は今日これから見られるイベントの分でチャラにしてあげるわ♪』
「やったぁ!ありがとうございます〜。さすがはあの有名な奥様戦隊ですね♪」
元気いっぱいに礼を言うと、ミナは明るい笑顔でVサインをした。
そしてさらにその翌日。5月11日。
春の風が吹き込んでくる暖かな午後、鳥の声しか聞こえてこない静かな放送室で。
「この原稿、ペンネームの横に本名書いてあったぞ。
しかもそれだけは君の筆跡で。
アイツに原稿を書かせてまでして、一体君は何を企んでいたのかな〜?」
瀬戸口はミナに問いただした。
顔は笑っているし別に怒ってはいないが、いたずらに引っかかったようで妙に悔しい。
ミナはミナでにんまり笑顔を変えずに、
「え〜何のことですか〜?」
と言ってとぼける。
しかし瀬戸口はそれでも引き下がらずに、
「とーぼーけーるーな!
本番中に何の相談もなしにあんな原稿渡されて、こっちはかなり焦ったんだぞ。」
笑い顔のまま、若干語気を強めて問い詰める。
ここできちんと話をつけておかないと、最初から最後まで踊られっぱなしで何だか癪だ。
なので、今回ばかりは逃がすつもりはない。
瀬戸口のやんわりとした脅迫に、流石にミナも折れて、
「あーはは〜・・・。
そんなに怒っちゃやーですよ〜。」
両手の平を顔の横まで上げる“降参”のポーズをしながら苦笑し、語り始める。
「いやー、あのですね。
先に言っておきますけど、原稿の内容はご本人の気持ちそのままですよ。
でもペンネームだけだとご本人かどうかわからないから、内緒で書いておきました。
で、理由の方なのですが、そもそも何でこんなラジオ番組をやろうと思ったかというとですね、
恋する乙女達を応援したかったんですよ。」
「おう・・・えん?」
先程までとは打って変わりミナが真面目な話をし始めたのに少し驚き、軽く目を見張ったが、
せっかく話し始めたことをしっかり聞くために、瀬戸口は黙って話を聞くことにする。
「だって、私たちは学生なんですよ。10代の子供なんですよ。
恋だってしたいし夢だって叶えたいのに、現実では戦争に邪魔されてダメになってしまう・・・。
でもですね、だからって負けたくないじゃないですか。
なので私は精一杯の抵抗を、戦いを始めたんです。
すっと作ってみたかったラジオ番組を作って、リスナーさんと恋のお話で盛り上がる。
それで女子からの人気も高くて恋愛経験も豊富な瀬戸口君に協力をお願いしたんですけど、
そのせいで壬生屋さんの恋を邪魔してしまいました。」
ここで1度言葉を切り、ミナは改めて瀬戸口の顔を見返す。
「いえ、壬生屋さんだけでなく、瀬戸口君の恋も。」
「・・・!」
ミナの言葉を聞いた瀬戸口が驚いて頬を染めた。
だがミナは、
「瀬戸口君がDJを務めるに値するかどうか、声をかける数日前からずっと見てたんですよ。
だからそのころから気付いちゃってたんですよ、瀬戸口君は壬生屋さんが好きだっていうこと。」
反論の余地を与えるより早く先に言葉を続け、そして、
「放送部部長の・・・いえ、花の乙女の洞察力、甘く見ないでくださいな!」
元気よく啖呵を切った。
その自信満々な態度に、
「はいはい。そりゃあ参りました。」
負けを認めた。
その様子に満足したミナは、
「で、そこで一計を案じて、一芝居打ったというわけですよ!
2人の恋を、叶えて差し上げたかったですからね。」
説明をきっちりと閉めた。
ミナがきちんと説明したので、瀬戸口にはもう追求する気はなく、
「そうか・・・。
なら、逆に感謝するべきかな、お前さんには。」
穏やかな顔で微笑んだ。
対するミナもまた、明るく穏やかに、
「いやいや、これは私が好きでやったことだから気にしないでいいですよ。」
と言って、微笑みを返す。
最初から最後までずっと明るい笑顔だったミナを見て、瀬戸口は今度は困ったように笑い、
「そう言われると何だか申し訳ない気持ちでいっぱいだな・・・本当に頭が下がるよ。
やってもらいっ放しもなんだし・・・そうだ!
俺は愛の伝道師、DJ瀬戸口。
番組内ではないけど、恋の相談に乗って差し上げましょう。
・・・で、何かないかい?気になってる奴がいるとか。
いないならいないで、いい彼氏が見つかるようアドバイスしてあげちゃうよ?」
と言って思いつき、いつもの明るく気さくな感じで提案をする。
すると今度はミナが困ったような笑顔になって言った。
「いや〜、大丈夫ですよ。
真っ先に相談に乗っていただきましたもん!」
「え?」
ミナは瀬戸口に何かを相談したと言うのだが、瀬戸口には全く身に覚えがなかった。
一体どういうことか訊ねようと口を開きかけるが、
―コン、コン。
放送室の扉をノックする音に止められてしまった。
「あっ。」
ノックした人物に心当たりがあるのか、瀬戸口はミナへの質問を中断し扉へと振り向いた。
その様子にミナはクスリと笑うと、
「あっ、彼女さんからのお迎えですよ〜。
は〜い!瀬戸口君、もう間もなく出撃で〜す!しばしお待ちを〜。」
勝手に瀬戸口の代わりに返事をし、
「いいな〜瀬戸口君、告白された翌日の初デート!!」
冷やかした。
その冷やかしに瀬戸口は若干むきになって、
「違う。デートじゃなくて、部隊全員で遊びに行くんだよ。
それに・・・告白されたんじゃない!したの!!」
と言ったが、
「え〜?でも全てのきっかけは彼女さんの行動でしょ〜?」
と言って返した。
これには瀬戸口も二の句も継げなくなり、
「・・・あ〜・・・そうとも言うけどさぁ・・・。」
と言って口ごもってしまった。
その様子がおかしくてたまらないミナは腹を抱えて笑い出すと、
「・・・ちょっ・・・!笑うなよっ!」
瀬戸口が激しく反論した。
「あー、はいはい!わかりました〜。
それより、早く行った方がいいんじゃないですか?
彼女さん、お待たせしてますよ。」
ミナが笑いの余韻を残しながら瀬戸口に訊ねると、
「ああっ!そうだった!!」
と言って、慌てて瀬戸口は扉へと体の向きを変えた。
急いで出ようとすると、
「瀬戸口君。」
ミナが落ち着いた声で呼び止める。
急に変わった声色に何かと思った瀬戸口が振り返ると、ミナは90度近くの深いお辞儀をしていた。
そして頭を上げると、
「一緒にラジオ番組を作っていて楽しかったです。
協力して頂いて、本当にありがとうございました。」
誠心誠意の礼を言った。
ミナの改まった態度を見て、瀬戸口は体の向きをミナへと戻して真っ直ぐ彼女を見ると、
「こっちも楽しかったよ、ありがとう。
また何か番組を作るときは協力する。」
瀬戸口もまた誠心誠意の礼を言った。
しかしミナはゆっくりと首を横に振り、
「いいえ、いつまでも瀬戸口君に頼るわけにはいかないですよ。
昨日の番組が感動したって、ラジオ番組作りに興味を持ってくれた人が何人かいるんです。
もちろん、瀬戸口君のおっかけじゃなくて本当に興味を持ってくれている人。
だから今度はその人達と作りたいのですよ。
瀬戸口君は、彼女さんとの時間を大切にしてください。」
柔らかく微笑んだ。
その笑顔を受けて瀬戸口は若干寂しく思ったが、
「そうか・・・。なら、俺は応援に専念するよ。
がんばって。楽しんでな。」
ミナの決意を受け止めた。
そして、
(俺じゃなくて、この子の方が“愛の伝道師”だな。)
と思い、改めてミナのことを見直した。
そうして感慨に耽っていると、
「ほらほら!彼女さんがお待ちですよ〜、急いで急いで!」
こっちに近付いてきて扉を開け、瀬戸口を廊下へと押し出した。
廊下では瀬戸口の恋人が目を丸くして見ている。
無事に瀬戸口を追い出すと、ミナは埃を払うかのように手を2〜3度叩き、
「はぁ〜、全く。
こっちはこれから、戦場帰りのボーイフレンドを迎える準備で忙しいんですから〜。」
と呟くと、そのまま放送室の扉を閉めた。
その呟きは瀬戸口の耳にも届いていて、
「・・・あっ!おい、それって・・・!」
振り返って訊ねようとしたが、扉は閉まった後でその声は届かなかった。
茫然として扉を見ていると、
「・・・瀬戸口君?」
彼の恋人が遠慮がちに声をかけてきた。
瀬戸口は恋人に向き直り、そして一度だけ扉を振り返ったが、
(・・・まあ、いいか。)
ミナへの問いかけを諦めた。
そして恋人へと向き直るとその手を取って、
「何でもない。待たせてごめん。
――行こうか、壬生屋。」
手をつないで仲良く廊下を歩き出した。
「がんばれ〜2人とも。末永くお幸せに。」
廊下を歩く1組のカップルの背中を僅かに開けた扉の隙間から見ながら、ミナが小さく声をかけた。
そして扉を閉めて放送室の中で、
「・・・帰って来たらいっぱいデート。
もし浮気してたら思いっきり怒って・・・それから私の魅力で振り向かせる・・・よし!」
ぶつぶつ呟き、そして気合を入れた。
すると、窓から装甲の厚くて重い戦車がやってくるとても重苦しい音が聞こえて、
「あ!来たっ!」
ミナは満面の笑顔になると、扉ではなく放送室の窓から元気よく飛び出した。