雨。
今日は雨だ。
いつもより空が暗い。
雨は・・・嫌いだ。
この日は朝から雨が降っていた。
世界が崩壊し、常に太陽が分厚い雲に隠されているせいか、
まだ昼過ぎだと言うのに外は日が沈んだ直後のような明るさだ。
神と同等の力を手に入れたケフカの野望を阻止すべく旅を続ける一行は今日は休みを取り、
とある街に買い出しに来ていた。
昨日の夜から宿に泊まり、明日の朝飛空挺に戻って旅を再開する予定になっている。
宿の廊下の奥、あまり明るくないところにリルムは立っていた。
窓辺から雨が降り続ける外を見ている。
―今日は久々の休み、街に出かけられる。
それなのに彼女は寂しげな顔で窓の外を眺めていた。
普段の元気な姿からは想像できない顔だ。
「リルム!こんなところにいたの?」
廊下の先、明るくて仲間達の声で少し騒がしい玄関の方からティナが声をかけながらやってきた。
「ティナ。」
リルムは視線を窓の外から仲間の一人へと向ける。
「これから皆で出かけるけど・・・リルムは行かないの?」
リルムが何故か寂しそうな顔をしているのを見て、ティナは遠慮がちに尋ねた。
「今日はなんだか気が乗らないから・・・・行かない。」
いつも明るく活動的な彼女にしては珍しい返事だ。
こちらに笑顔を向けてこないし、声には張りがなく元気がない。
その様子にティナは心配になったが、一体どうしたのか理由を聞き出せる雰囲気ではないし、
そっとしておいた方がいいのかもしれないと思ったので、
リルムを買い出しに誘うことを諦めた。
「そう・・・わかったわ。何かおみやげ買ってくるからお留守番お願いね。」
「うん。行ってらっしゃい。」
リルムは無理に作ったような笑顔でティナを見送った。
ティナが他の仲間達と共に玄関から出て行くと、
さっきまでにぎやかだった玄関が一気に静かになる。
自分以外の誰の姿もなく誰の声も聞こえない廊下の奥の窓辺で、
リルムは窓のガラスに寄りかかるように膝を抱えて座った。
雨が降る暗い外を見ながら、
「パパ・・・・。」
とポツリと呟いた。
シャドウも仲間達と共に買い出しに行かずに宿に残っていた。
信頼する愛犬以外の誰かと行動を共にするようになっても、
彼は皆と騒ぎ合ったりはしなかった。
彼自身も仲間達もそれに慣れてしまっているので、
彼が買い出しに付き合わずに宿に残ることを気にかける者はいなかった。
「・・・・・・・・。」
宿の一室で、ちょうど自分の武器の手入れをし終えたシャドウが
先ほどまで聞こえていた仲間達の声がピタリと止んだことに気付き顔を上げた。
「・・・・・行ったか・・・。」
誰に言うともなく確かめるようにポツリと呟く。
「インターセプター。」
シャドウは彼の足元に座っていた相棒、インターセプターに声を掛け、席を立った。
立った拍子に視界に入った窓の外では雨が降り続いているのが見え、
歩き出そうとした足が止まる。
雨が止む気配は全くない。
「雨、か・・・・・。」
シャドウは小さく呟いた。
彼が何を思っているのか、その表情は覆面に隠されて見えないが
どうやら彼は雨の日は憂鬱な気分になるらしい。
何気なく下を向くとインターセプターもまた、彼と同じく窓の外を見ていた。
「インターセプター、
お前もこんな雨の日には・・・・あの日のことを思い出すのか・・・・?」
シャドウの問いかけに、まるで肯定の意を示すように、
インターセプターは小さく鳴いて返した。
「そうか・・・。まるであの日に戻ったような気にさせられる・・・。
・・・こんな日は静かに飲みたくなる。」
彼が己の名と娘を捨てた夜も今日のような雨が降っていた。
こんな日は酒の味で気分をごまかすに限る。
「行くぞ、インターセプター・・・・。」
窓の外から目を離し、シャドウは酒場へと歩き出した。
インターセプターはいつもと変わらず定位置であるシャドウの少し後ろを歩き出す。
「・・・・・・・・!」
シャドウがドアを開けるとそこには窓に寄りかかって膝を抱えているリルムの姿があった。
いつもの元気な姿とはあまりに違う姿に目を見開いて驚く。
(お前もなのか・・・リルム・・・。)
今日のような雨の日にあの夜のことを思い出すのは彼と彼の愛犬だけではないらしい。
そして、リルムが―娘が塞ぎこんでいる原因を作ったのは他でもない自分で。
もう二度と会わぬと心に決めた娘に再び出会い、
この光景を見せられてしまった自分の運命をシャドウは呪う。
(放っておけ。俺は過去を捨てたんだ・・・・。)
そう自分に言い聞かせてもこの光景が心に突き刺さり、
目を逸らすことがどうしてもできない。
「どうした・・・?」
気が付くと、彼はリルムに声を掛けてしまっていた。
今更になって、娘を捨てたという自責の念に駆られたのだろうか?
無意識だったとはいえシャドウは自分の行動に激しく後悔した。
「・・・・シャドウ?」
シャドウの声に気付き、リルムは顔を上げた。
その顔は涙を流してこそはいなかったが今すぐに流れ出してもおかしくない。
シャドウの後ろに控えていたインターセプターは自らの主を追い越し、
リルムの顔を一度だけ舐めて心配そうな声で鼻を鳴らす。
リルムは側にやってきたインターセプターを抱きしめながら
「何でもないよ。」
と、無理に作った笑顔で応えた。
その笑顔がさらに泣き出しそうな顔に見える。
シャドウの中で娘を心配する父の心が話し掛けてしまったという後悔を完全に消した。
(せめて、今だけでも・・・・。)
シャドウはリルムの正面に膝をつき、
(せめて今だけでもこいつのために何か出来たら・・・。)
リルムと目線を合わせて言う。
「そんな顔をして何もないはずはないだろう。話くらいは聞いてやる。」
かなりそっけない言い方だが、彼にはこんな言い方しか思い浮かばなかった。
しかしリルムは、
(あれ・・・・なんだろう?シャドウの声聞くと安心する・・・。)
ほんの少しだが気持ちが落ち着き、不思議と目の前にいる男に自分のことを話す気になれた。
ゆっくりと、リルムが話し出す。
「ちょっとね、パパのこと思い出したの・・・パパが家を出てった日のこと。
あの日は今日みたいに雨がザーザー降ってて、真っ暗な真夜中だった。
リルムね、まだ夜中なのに雨の音で目が覚めちゃったんだ。
その時、外がどうしても気になったから外を見たの。
そしたら・・・家からどんどん遠ざかっていくパパの背中が見えた。
きっとお出かけしに行ったんだ、朝になれば帰ってくる、
雨が止む頃には帰ってくる・・・って・・・そう思った。
だからリルム、ずっと寝ないでパパが帰ってくるのを待ってたの。
帰ってきたら真っ先におかえりって言ってパパをビックリさせようと思った、
全然寝てなかったんだよって言ってパパが困った顔を見たかった。
でも・・・パパは帰ってこなかった・・・。
朝になっても、雨が止んでもパパは帰ってこなかった!
・・・だから、ね・・・
こんな雨で空が暗い日はパパがいなくなった夜のことを思い出しちゃうんだ・・・。」
リルムはここまで言って、一旦話すのをやめた。
再び口を開くまで、ほんの一瞬だが二人と一匹の耳に雨の音が響く。
「普段は思い出してさみしくなることなんて全然ないんだけどね。特に最近は皆がいるし。
でも・・・こんな日は幾つになってもダメ。なんでだろ?変だよね、ホント!」
リルムは舌を出して困ったように笑った、強がって。
そのリルムの笑顔を見て、シャドウは残してきた娘がどんな思いでいるのか初めて、
そして皮肉にもはっきりとわかってしまった。
シャドウの心に激痛が走る。
「すまない・・・・。」
謝罪の言葉がぽつりと漏れる。
リルムはその言葉に目をぱちくりさせる。
「どうして?シャドウはリルムのパパじゃないでしょ?」
リルムが言ったその言葉にシャドウは自分と娘との間に壁があることを感じる。
その壁は透明で向こう側が見えるのに、あまりに厚くて壊れることなどない―そんな壁だ。
「・・・・そうだな・・・。」
その壁を前にし、シャドウは覆面に隠れて見えないが寂しそうな顔をし、
リルムから目を逸らす。
「でも・・・。」
リルムが再び口を開くとシャドウは目線をリルムに戻した。
ちょうど良い言葉が出てこないのか、戸惑いながら話す。
「あの、ね・・・シャドウってなんだか・・・パパに似てる気がする。
なんとなく・・・だけど、その、うまく言えないけど・・・そんな感じがするの。」
するとリルムは父のこと思い出したのかまた泣きそうな顔になる。
インターセプターはリルムに抱きつかれながら心配そうにリルムの顔を見つめる。
「リルム・・・。」
今のリルムの様子に、シャドウはリルムを抱きしめてしまおうか、
そして自分が父だと打ち明けてしまおうかと考えてしまう。
しかしそのとき、リルムはインターセプターから体を離し、
彼女の方からシャドウの胸に抱きついてきた。
「ごめん・・・・。今だけはリルムのパパになって、パパって呼ばせて・・・。」
そしてシャドウの胸に顔を埋める。
リルムの涙のにじんだ声を聞き、シャドウはリルムの背中に手を回した。
「ああ・・・・。」
そう応えてリルムの背中をさすりながらシャドウは思う。
(せめて今だけはこいつの父に戻ろう。
滑稽でしかないかもしれないがそれが・・・俺が娘に出来る唯一のことなのだから。)
雨が窓を叩きつける音の中、親子は抱きしめ合う。
雨が止み、太陽が顔を出し、仲間達が帰ってくることにはもう、親子は他人に戻っていた。