1年前、世界が崩壊した。
"裁きの光"によって引き裂かれた世界の中で、
仲間達とは離れ離れになり1人きりになってしまっていたが、
フィガロが砂に埋まったまま浮上できなくなってしまったため、
国王である俺には絶望に浸る暇もなかった。
盗賊達の目を欺き、駆けつけてくれたセリスとマッシュの協力により、
無事に城を救うことができたのだが、
それまでの間ずっと他の誰よりも愛しい彼女のことを忘れることはなかった。
やっとの思いで再会した彼女は愛するものを護るためにと言って、再び戦場に立つ決意をする。
彼女と再び旅が出来るという嬉しさもあったが、
同時に、これ以上彼女に傷ついて欲しくないとも思う。
だが、その毅然とした面持ちは俺に彼女を止めることを許してはくれなかった。
なら、せめて俺は―――。
最後の戦いに備え、俺達は3日間の休養を取ることにした。
ファルコンをサウスフィガロの近くに泊めて各々が自由に体を休め英気を養う。
いい機会だから俺は国に戻って様子を見に行くことにした。
つい先日まで砂の中に埋まっていたというのに、国王である俺が長い間留守を任せているのだ。
大臣やばあや達がよくやってくれているとは思うが、それでも心配は尽きない。
それに、公務も溜まっている。
ティナと一緒にゆっくり時を過ごすことができないのは、
残念で仕方なかったが・・・・国王の悲しい性、とでもいうのだろうか?
寂しげに俺を見上げたティナを抱きしめ、
ずっとそのままでいようとした腕をどうにか理性でもって引き離し、
ティナの心が少しでも紛れるようにと、俺の代わりだと言って懐中時計を手渡し、ファルコンを後にした。
この3日間、あの可憐な笑顔が側にないというのは、かなり辛かったがそれももうすぐ終わる――。
心軽やかに俺はフィガロを後にし、ファルコンへと向かう。
この時を、どんなに待ちわびたことか。
ようやく、ティナに会える――。
しかし、俺の心とは裏腹に、体はひどく疲れていた。
頭がふらつき、目蓋も足も重い・・・・。
当たり前だ。
戦闘により蓄積された疲れに、次の戦いに備え夜遅くまで策を練る毎日。
加えてこの3日間の徹夜同然の仕事っぷり・・・・。
これは疲れない人間の方がおかしい。
きっと俺はレディ達には見せられないくらい、疲れた顔をしているのだろうな・・・。
フィガロとサウスフィガロを結ぶ洞窟の中で、近くにあった泉に顔を映す。
そこに映った俺の顔は俺が想像していたとおりの酷い顔だった。
「こんな顔で、ティナに会うわけにはいかないよなぁ・・・。」
俺はため息混じりに呟く。
明日、いよいよがれきの塔に乗り込むというのに、
この様子では仲間達に遅れを取ってしまうし、何より先に、ティナが心配する・・・。
・・・・仕方ない、この洞窟を抜けたら少し仮眠を取ろう。
ティナには・・・・・とても悪いが仕方ない。
少しでもティナに会える時間を早めるようにと、俺は足早に洞窟を抜け、
近くにあった葉無しの木の根元に腰掛け、幹に背を預けて目を閉じた。
その時、俺は昔のことを夢に見た。
あれは即位してから1年経つか経たないかの頃・・・・。
何気なく見上げた青空に、二隻の飛空挺が並んで飛んでいた。
二隻の飛空挺が自由に、そして誇らしげに飛ぶ様を見て、
俺は昔、ほんの一時だが飛空挺のメカニックになりたいと思っていた時のことを思い出す。
あまりに些細な夢だったので親父にもばあやにも、
生まれたときからずっと隣にいたマッシュにさえも話したことはない。
俺が国王以外のものになりたいと願ったのを知っているのは俺だけだ。
すぐにあきらめた夢だというのに、この時はなんだか無性に泣きたくなった。
マッシュに自由を譲り、
自らの意思で国王になったということはとっくにわかりきっているはずなのに、
この時ほど他に選択肢はなかったのかと自分の運命を嘆いたことはなかった。
今は大臣やばあや達に国を任せ、仲間達と旅をしている。
仲間たちの前では国王らしく振舞う必要もないので、
俺は俺らしく笑うことができる、自由な気がする。
しかし、ケフカを倒し、城に帰ったら俺は・・・・?
今のように笑えるのか?
今と同じように仲間達と自分らしく話すことはできるのか?
ティナは・・・・・・俺の側にいてくれるのか?
辺りは暗く闇に包まれ、仲間達の姿が浮かび、1つ1つ消えていく。
最後にはティナが残った。
ティナの姿を捕まえようときつく抱きしめた。
すると、その瞬間、闇は消え、辺りは暖かな光に包まれた。
冷たい風に震え、そこで俺は目が覚めた。
昔のことを夢に見るとは、よほど疲れているんだな・・・・・。
自嘲気味にそう思うと、俺は先ほどとは全く違う体位になっていることに気が付いた。
そしてすぐに自分の頭部にある温かなぬくもりに気付く。
このぬくもりの正体は・・・・・考えるまでもない、ティナだ――。
なるほど、さっきの暖かな光の正体は君かい?
「ティナ。」
彼女の名前をささやくように呼んだ。
すると、
「・・・・すー・・・・・・・すー・・・・。」
小さな寝息が返ってきた。
どうやら眠ってしまったらしい。
そんなティナの様子に愛おしさがこみ上げ、俺は優しく微笑みを浮かべると、
ティナを起こさないように起き上がり、ティナの隣に腰掛ける。
見つめたティナの寝顔は美しくてあどけなくて、とても愛しいものだった。
ずっとこのまま見つめていたい、と思った。
しかし、冷たい風は吹く。
このままでは風邪を引いてしまう。
そう思った俺はティナの体をそっと抱き上げ、俺の膝の上に乗せ、
片膝を立てティナのための背もたれ代わりにし、
凍えてしまわないようにと俺のマントで包み込み、そのまま抱きしめた。
「う・・・・。」
ティナの口元から一息漏れるが、ティナは目を覚まさず、
温かさを求めるようにこちらに擦り寄ってきた。
俺はそんなティナの仕草に嬉しく思い、彼女の額にそっと口唇を落とす。
そして顔を上げ、またティナの寝顔を見た。
規則正しく寝息を立てているティナからは、
帝国の兵士として何人もの人を殺めてきた過去も、
その身に強大な力を秘めている事実も想像できない。
本当は誰にでも優しくて、純粋で、
それゆえに心を痛めやすい娘なのにどうして彼女は戦ってばかりなのだろう?
ティナが望んだわけでもないのに、何故戦いを求められ、傷ついてばかりなのだろう?
そして今は、護るためにと自ら――。
俺が知らないところで、君はどのくらい戦ってきたのだろう?
君はどのくらい傷ついたのだろう?
もういい、もう十分だ、君はこれ以上戦わなくていい。
俺はこれ以上、君が傷つくところを見たくない。
だから――。
「戦いはもう、終わらせる。君が傷つかないように、
この旅が終わっても俺がずっと君を護ってみせるから。愛してるよ、ティナ・・・・。」
俺は絶対に叶うようにとティナの額に自分の額を重ね、誓った。
この誓いが叶うなら、俺は何を差し出しても構わないと思った。
ティナにはこの誓い、届いているだろうか?
「ん・・・・エドガー・・・・・?」
誓いを終え、額を離すとティナが寝ぼけた声で俺の名を呼び、目をゆっくりと開いた。