小夜のバレンタイン大作戦!


  

 朝から夕方まで降り続いた白い雪が東京市を覆った。
そんな街を歩いてきた小夜は屋敷の扉を開ける。
「た、ただいま戻りました・・・!」
2月14日、PM8:21。
バイト先のコンビニから小夜は大急ぎで帰ってきた。
両手には大きなビニール袋を持っている。
「お帰りなさいませ、小夜様。
 ・・・おや、そのような大荷物を抱えて、どうなさいましたか?」
小夜を出迎えた万能執事ミュンヒハウゼンが顔には出さないが不思議に思い、訊ねる。
里から離れたばかりでどうしようもないほどの世間知らずな小夜は、
たまにだまされてとんでもないものを買ってくる事があるから、気にせずにはいられない。
ミュンヒハウゼンが眼鏡の奥から袋の中をのぞき見ると、
そこには大量の板チョコが入っていた。
「あの・・・その・・・ちょっと。
 と、ところでミュンヒハウゼンさん、お勝手を使わせていただけませんか?」
ミュンヒハウゼンに袋の中を観察されていることに気づかずに、小夜は大慌てで訊ねる。
訊ねられた言葉と袋の中身で小夜の買い物の謎が一瞬で解けた。
その答えについ微笑ましくなり、ミュンヒハウゼンはわずかに顔をほころばせながら答える。
「かまいませんよ。
 どうぞお好きなだけお使いくださいませ。」
「あ、ありがとうございます!!」
ミュンヒハウゼンの承諾を得るなり、小夜はお勝手―厨房の方へ駆け出した。
「ふみこお嬢様ならお出かけになっています。
 ゆっくりなさっても大丈夫ですよ。」
そんな小夜の背に、ミュンヒハウゼンは親切心でもう一声かけた。
急いでいた理由を当てられたためか、小夜はびくりと肩を跳ね上げる。
「わ、わかりました!ご忠告、痛み入ります!!」
そして振り向いてお辞儀すると、また厨房へと駆け出した。

 厨房に着き、袋を降ろし、小夜は割烹着を纏う。
頭には三角巾のフル装備だ。
そしてメモを取り出し、必要器具を探して揃える。
全ての準備が終わり、小夜は一度目を閉じ、深く深呼吸した後、
「よし・・・。
 “ばりんたいでーちょこ”作り、開始です!!」
・・・それを言うなら、『バレンタインデー』である。

 事の発端は今日の夕方。
ここ数日間でやたらと伸びたチョコレート類の売上げを不審に思った小夜が、
思い切って同僚のレジ打ちの女性に聞いてみたことから始まる。
「なんでって・・・今日、バレンタインデーじゃん?」
「ば・・・、ばりれたいるでー?」
「違う違う、バレンタインデー。
 ・・・そっか、小夜ちゃんはお嬢様だもんね。」
今厄介になっている所がふみこの屋敷で普段着が和服であることから、
この同僚にはそう思われている。
「バレンタインデーって言うのは、ちょっとしたイベントのことでね、
 女の子が好きな男の子にチョコを渡して告白する日なの。」
「こ、告白ですか!?」
「そっ、告白。まぁ、渡すのはチョコじゃなくてもいいんだけどね。
 クッキーだったり、ケーキだったり。
 頑張って、手作りのマフラーをあげたりする人もいるね。
 好きな相手に限ったことじゃなくても、職場の上司とかお世話になってる人にあげたりとかも。
 私もさっき、店長に渡してきたよ。」
「そ、そうですか・・・。
 そのような日があるのですね・・・。」
同僚の女性の話を聞いて、小夜は己の世間知らずを再確認した。
「元は外国のイベントで、日本がそれに便乗してやってるわけだけど、
 普段告白できない女の子にとっては、イベントにかこつけて勇気を出せる日でもある、と。
 そう考えると、日本の“楽しいことは皆パクッちゃえ主義”も捨てたもんじゃないよね♪」
「は、はあ・・・。」
彼女命名のなんとか主義のことはわからないが、とりあえず小夜は返事を返した。
「それでさ、小夜ちゃんには送りたい人はいないの?」
「はあっ?」
同僚の女性から藪から棒に聞かれ、小夜は思わず変なところから声をあげた。
普段告白できない女の子の下りを聞いてから、思い浮かんだ顔がある。
浮かんだ直後に声をかけられたのだ。
「・・・いるんだ〜。」
小夜の反応を見て、同僚の女性はにやりと笑う。
「ち、ちちちちちち、違います!あ、あの人はそんなんじゃあ・・・!!」
「ふ〜ん・・・あの人ねぇ・・・。」
「だ、だから・・・あわわわわわ!」
小夜は真っ赤になって必死に否定したが、逆に墓穴を掘っていた。
「まあまあ。あんまり必死にならないの。
 そうだ!せっかくだから小夜ちゃんも、何か作ってみたら?
 溶かして型にはめて固めるだけだから、初心者でも簡単に作れるよ。
 教えてあげるからやってみなよ。
 大量に仕入れてた分の板チョコがまだ残ってるし。」

 と、いうわけである。
小夜は教えてもらったとおりに、メモを睨みながら
“ばりんたんでーちょこ”ならぬ“バレンタインデーチョコ”作りを進める。
確かに、同僚の女性が言ったとおり、作業自体は簡単である。
しかし、それは慣れている人間の話であった。
小夜は料理が出来ないわけではないが、お菓子作りにはこつがいる。
現に、今現在小夜はメモの、
『@ 板チョコを包丁で細かく削る。』
という文章に困惑している。
「い、板ちょこを削る・・・のですよね?
 で、でも包丁は切るためのものじゃ・・・。」
そう。
包丁は切るためである。
“包丁で削る”はただのちょっとした表現で、実際には“包丁で細かく千切り”する作業なのだ。
しかし、そんな表現方法を知らない小夜は、
「削る・・・削る。
 ・・・“削る”ならばおろし金の方が・・・。
 いや、でもそうしたら包丁は・・・。」
・・・小夜はこの文の解釈に30分かけました。

 「と・・・とりあえず、これでいいですよね?」
小夜は細かくしたチョコを小さい方のボールに入れた。
考えに考え疲れた小夜は“切る”のか“削る”のかの解釈は置いといて、
とりあえず板チョコを“細かく”することにした。
ようは板チョコを微塵切りにしたのである。
別に失敗ではないが、削った方が溶かす時に短時間で済むんだけど・・・。
まあいいや、置いておこう。
話が進まない。
小夜は次の文を読む。
『A チョコを湯せんで溶かす。』
「ゆ、湯せん・・・。」
(き、来たっ・・・!)
小夜はその3文字を見て雷に撃たれたような衝撃を受ける。
そう、湯せん。
それはバレンタインデーチョコ作りの肝と言ってもいい、最も難関な作業である。
これの出来不出来がチョコの完成度を決めると言ってもいい。
だから慎重に、と同僚の女性に釘を刺されていたのだ。
小夜は知らず知らずのうちに、喉を鳴らす。
「だ、大丈夫、大丈夫・・・。」
小夜は自分にそう言い聞かせて、沸騰したお湯を大きい方のボールに流し入れた。
そしてそこに小さい方のボールを浮かす。
しばらくそのままボールを支えていると、ボール越しにお湯の熱を感じ取ったチョコが溶け出した。
溶け出したチョコを見ながら小夜は、やけに静かに作業が進んでいるなと思う。
「そうだ、ふみこさんがいないからだ・・・。」
ふみこがいたら、厨房でバレンタインデーチョコ作りに精を出している小夜をからかいに来るだろう。
そういえば、朝からふみこが出かけていた。
小夜に意味深な笑みを残して。
ひょっとしたらふみこは光太郎のところへ行ったのかもしれない。
そして今日という日の意味を知らない小夜をほくそ笑みながら、
またいつものごとく光太郎に言い寄っているのだ。
さらに言い寄られてすっかり調子に乗った光太郎は・・・光太郎はきっと!!
「ふ、不潔です!!!」
小夜は顔を真っ赤にしながら突然叫んだ。
「あ、あの人という人は女の人となれば誰にだって、いい顔をして!
 今日だって、“ばらばんたいでーちょこ”をたくさんもらったに違いありません!
 数多の女性にへらへらと・・・不潔です、不純です、不道徳です〜〜!!!」
そして両手で頭を抱えてうんうん唸った。
・・・え、両手を?
「あ。し・・・しまったぁ!!」
我に帰った小夜がボールを見やると、ボールの中にお湯が入り込んでいた。
『注意事項!(←必ず厳守しなさいよ!)
 湯せん時にボールの中にお湯が入らないように!入ったらその場で失敗確定!!』
メモに大きく書いてあった注意事項。
チョコに水分が入ると、粘土が高くなり変な塊になってしまうのだ。
風味も当然失われる。
そんな注意事項をあっさり小夜は破ってしまった。
泣く泣く小夜の作業は、ここで振り出しに戻る・・・。

 こんなこともあろうかと板チョコを大量に買っておいてよかった。
@とAの作業を、集中して大急ぎで行う。
先ほどは邪念に囚われた自分が悪いのだ。
あんな邪念に振り回されず、冷静に落ち着いて行えばこんなことには・・・。
そう思うと、ふみこがいない今でも自分はふみこに振り回されているようで腹ただしくなる。
「違う!・・・しっかりしなさい。
 それでも貴女は魔道兵器ですか。壬生谷の巫女ですか!」
再び浮かび上がる邪念を、小夜は自らを叱咤激励することで振り払う。
「無数のあしきものを狩る巫女がこの程度のことで我を失ってどうします!
 必要ならば心を凍らせろ。必要ならば痛みなど捨て置きなさい。
 あらゆるものを越えて行きなさい!!」
・・・チョコ作りに、そこまで必死にならないでも。
しかし、小夜にとってそれは命がけの作業なのだ。
いや!作業などという簡単な言葉で済ませてはいけない!
そう、これは戦い・・・。
戦いなのだ!!
女がたった1人の男のために全てを捧げて行う熱き聖戦なのだ!!!
「ふみこさんがなんですか!今日“ばれんたりでー”を知ったからってなんですか!!
 それがどうした・・・それがどうした!!!」
その速さは疾風迅雷!
その動きは天衣無縫!
その勢いは一騎当千!
この厨房という名の戦場を窓から覗き見た1匹の猫が後に語った。
―そこには幾多の戦場をくぐりぬけた1人の女戦士がいた、と。
必死にチョコと戦う小夜は、遅れを取り戻すことに成功した。

 溶かすのに成功したチョコを型に入れる。
小夜のバイト先にバレンタインデーに合わせて仕入れていた、ハート型のアルミのカップだ。
『B 型にチョコを流し入れて、軽く台に叩いて形を整える。』
その作業も落ち着いて、慎重に取り組む。
その甲斐あってかチョコは綺麗に型に収まった。
同様にあといくつか同じ物を作る。
そうしたら次は・・・、
『C 冷蔵庫に30分ほど入れて冷やして固める。』
「冷蔵庫に入れるのですね。わかりました。」
そして小夜はチョコを冷蔵庫に収めた。
一段落着いて、肩から力を抜く。
「あ、そうだ。
 30分、計らないと・・・。」
出来上がりがいつになるのかと、小夜はここで初めて壁時計を見上げた。
そこには・・・、
「う、嘘・・・。」
PM11:25。
確かにそう表示されていた。
「ど、どうしよう・・・!
 “ばりれんたいんでーちょこ”が出来上がるのが12時5分前。
 光太郎さん達の事務所へは走っても10分はかかってしまう・・・!
 そんな、とても間に合いません・・・!!」
もうすぐバレンタインデーは終わってしまう。
それまでにチョコを渡せなくては意味がないのだ。
バレンタインデーは“普段告白できない女の子にとっては、イベントにかこつけて勇気を出せる日”。
ならば小夜にとっても特別な日なのだから。
それを知らなかったのは仕方がないし、取り返しがつかない。
そのせいですっかりふみこに先を越されてしまったのも、悔しいが負けを認めざるを得ない。
しかしそれでもあきらめずにバイトから帰ってすぐ、疲れた体を気にも留めないで作っていたのだ。
なのに渡せないのはとても辛い。
ふみこが気持ちを渡したのに、自分は渡さなかったとしたらあの人はどう思うだろう。
「は、早く・・・。
 早く固まってくれれば・・・。」
そうは思うが、今冷蔵庫を開けたら余計に完成から遠ざかる。
ラッピングは袋に入れてリボンを結べはそれで終了なのだ。
すぐにその作業に取り掛かれるように準備はしてある。
PM11:45。
待てるギリギリの時間まで待って、小夜は冷蔵庫を開ける。
しかし、
「・・・駄目。
 まだ固まっていない・・・。」
小夜はカップの中のチョコの表面に触れる。
確かに冷たくはなっているが、まだ固まってはいない。
小夜の指にチョコが付く。
目じりが熱くなりながらも、それでもあきらめきれない小夜はおろおろと辺りを見回しながら打開策を探す。
「どうしよう・・・どうすれば・・・。
 せめて、冷やしながら持っていければ・・・!」
ここで小夜は今日、外がやけに冷え込んだのを思い出した。
なぜ冷え込んだのだろう・・・?
そういえば今日は、夕方まで雪が降って・・・。
「そうだ・・・これならば!」
何かを思いついた小夜は、小型のタッパーを手にした。

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 PM11:56。
何者かがH&K探偵事務所のドアを叩く。
H&KのKの方―玖珂光太郎は事務所で書類整理をしていた。
ちなみにHの方は久々に入った仕事で外出している。
「はいはいどちら様?」
こんな夜中に誰だろう?
そう思いながらドアを叩くと、そこには、
「ば・・・“ばれんたいんでー”、おめでとうございます!!」
走ってきたのか、息を弾ませながら結城小夜がそんなことを言ってきた。
一体、何がおめでとうなんだか。
光太郎は何が何なのかわからない。
だが、その言葉以上に訳がわからないものを、小夜は差し出している。
「な・・・どしたん?小夜さん・・・。
 デカイ雪玉なんて持って・・・。」
小夜が差し出したもの。
それはサッカーボール大の大きな雪玉だった。
それを手袋もせずに素手で持ち、差し出している。
光太郎に説明を求められて、小夜は真っ赤な顔で口ごもりながら説明を始める。
「こ・・・これはその、あの・・・。
 “ばれんたいんでーちょこ”を作ったのですが、冷やす時間がなくて・・・。
 だから“たっぱー”に入れて、こうして雪で冷やしているのです。」
「はあ・・・なるほどな・・・。」
とりあえず、この雪玉の正体はわかった。
1つの謎が解けて納得していると、小夜が今度は青い顔をしながら説明を続ける。
「でも・・・でも、駄目ですね・・・。
 飾り付けをする時間、ありませんでした・・・。
 せっかく、貴方のために作った“ばれんたいんでーちょこ”でしたのに・・・。」
言っているうちに小夜の声は涙ぐんできていた。
今日初めてバレンタインデーを知った。
知ったからこそ頑張った。
光太郎のために必死になって作って、慣れないお菓子作りに挑戦した。
アクシデントが起こってもあきらめずに立ち向かい続けて、自分は今ここにいる。
自分は間違いなく、自分が出来るベストを尽くしていた。
しかし、それでも出来なかったこと、間に合わなかったことが多すぎる。
それが“仕方ない”や“よくやった”で済まされていいことであっても、
気にせずに捨て去ることがどうしても出来ない。
―途中で他のことに気を取られ、失敗をしてしまった。
―そのせいで完成は遅れ、ラッピングが出来なかった。
―雪玉の中のチョコがどうなっているのかわからない。
―完成したチョコを光太郎が気に入ってくれるかわからない。
―もし、光太郎がチョコを食べてくれなかったら?
―いや、受け取ってすらくれなかったら?
様々な想いが、小夜の中で交錯する。
こんな暗くて重くて寒くなるような感情、以前なら―光太郎に会う前なら感じはしなかった。
(怖い・・・痛い。)
こんな想いをするくらいなら、光太郎に出会わなければよかった。
しかし、
「あ〜もう、泣くなよ。
 ラッピングくらい、俺は・・・あ!」
何かを思いついた光太郎は、足元の雪を丸め始めた。
それが終わると、一旦事務所に引っ込んで、何かを取ってくる。
そして丸めた雪玉を小夜の持っている雪玉の上に乗せ、
乗せた方の雪玉に何かをくっつける。
「ぃよっし!」
その出来映えに満足し、光太郎は小夜の両手から雪玉達を受け取る。
そして、向きを変えて小夜に見せてやった。
「ほら。これでいいだろ?」
それは大きい雪玉の上に小さい雪玉が乗っている。
小さい方の雪玉にはホワイトボードにくっ付いていた黒の丸いマグネットが2つと、
黒のボールペンのキャップが2つ。
何だか顔・・・みたい。
「・・・これは?」
「雪だるま。
 雪だるまがラッピング代わりのバレンタインデーチョコも、
 何かカッコ良くって俺は好きだぜ。
 だからありがとな、小夜たん!」
そう言って、太陽のような笑顔を小夜に向けた。
明るくて温かくて、輝いている笑顔。
そうだ、この笑顔の近くにいたいと、自分は望みこの街に残ったのだ。
そんな大好きな笑顔を見ることができて、小夜は今ここで死んでも笑って逝けると思った。
「はい!こちらこそありがとうございます、光太郎さん!」
小夜は幸せな気持ちで光太郎に礼を言う。
光太郎の笑顔ほど輝けないかもしれないが、それでも輝いて映っていてほしいと思った。
「お、おう・・・!」
それが通じてか通じないかはわからないが、
光太郎は少し照れ臭そうに、そっぽを向いて言った。
その瞬間―壁にかかっているネジ巻き式のゼンマイ時計が鳴った。
電気代削減のために使っているその時計は、今この瞬間に日付が変わったのを告げる。
その時、小夜が作ったバレンタインデーチョコを持っていたのは光太郎。
小夜は間に合った。
バレンタインデーチョコをその日のうちに渡すことができたのだ。
(よかった・・・。)
小夜は心の中だけでそう、呟いた。
「・・・って、それよりお前!」
さっきの時計の音で我に帰った光太郎が、小夜の手を凝視しながら言う。
「手!すっかり赤くなってるじゃねぇか。霜焼けか?
 って・・・こんな冷たいものをわざわざ持ってきたんだから当たり前だよな・・・。
 よし、ちょっとコーヒーでも飲んでいけ!」
「え・・・その、あの・・・。」
「所長が仕事でいないから、ちょうど話相手に困ってたんだよ。
 飲み終わったら送ってやるから心配すんなって。」
「えっ・・・ちょ、ちょっと・・・。」
小夜は困惑していた。
所長がいない・・・、ならばそれは光太郎と2人きりということではないか。
あまりに突然のチャンスで、小夜はどうすればいいかわからない。
しかし光太郎は、外は寒いし雪だるまが冷たいわで早く事務所の中へ入りたかった。
しびれを切らした光太郎は、片手で雪だるまを持ち、
さらにもう片方の手で小夜の手を取った。
「冷てっ!あんた、よくこんなんで雪玉なんて持ってたな・・・。
 とにかく、早く入って温まろうぜ。風邪ひいちまう。」
「ちょ・・・あの!」
そしてそのまま、小夜は事務所の中へ引っ張り込まれたのであった。
もし何のアクシデントもなく、つつがなく全て上手くいっていたら、
彼がこの手を取ることはなかったであろう。
それは小夜が起こした奇跡。
小夜のみが起こせる奇跡。
色々自分に対して言いたいことはあるが、とりあえず今日はいいだろう。
事務所のドアが閉まった時、そこで小夜は初めて光太郎の手の温かさを感じた。

  
         
〜終〜                           



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