ユニオン、人革連、AEUの三大勢力による合同演習。
それは中国北西にあるタクラマカン砂漠への武力介入へ向かうガンダム達を鹵獲するために仕組まれた罠。
その罠はあまりにもわざとらしいものだったが、
紛争が起きようというのなら、罠とわかっていてもあえて敵中に飛び込まねばならない。
それはソレスタルビーイングが掲げる理想のために。
それがガンダムマイスターの行動理念。
後に手に入れた情報によると、合同演習という名の鹵獲作戦に参加した機体はおよそ1000。
機体性能で遥かに劣る三大勢力は圧倒的物量でガンダムに消耗戦を仕掛ける。
戦闘時間は15時間にも及んだ。
そのあまりにも長い戦闘に疲弊し、ついにガンダムは膝をつく。
絶体絶命かと思われたその瞬間、ガンダムスローネと名乗る謎の機体が彼らを救った。
それから数時間後。
プトレマイオスのブリッジオペレーター、フェルト=グレイスは艦内を歩いていた。
紙袋を大切そうに両手で抱えながら。
フェルトはとある部屋の前にたどり着くと足を止めた。
部屋の横にあるスイッチを押すと、施錠されていなかったドアは横にスライドして開いた。
そのまま部屋に入る。
この部屋は誰かの私室になっているので、
わずかではあるが、本やアクセサリーなど個人の趣味を示すものが置いてあった。
それらを目の端で見つつ、フェルトは奥のベッドで休んでいる人物の顔を見た。
「よかった・・・ロックオン、眠ってる・・・。」
ベッドの上の人物、ロックオン=ストラトスはガンダムマイスターとして今回の作戦に参加。
絶望的と思われる戦場から奇跡的に生還し、機体を母艦に収めコックピットから出た途端、
戦闘による疲労で倒れこみ、そのまま気を失ってしまった。
他のマイスター達も同様で、彼らは待機していた男性クルーらによって医務室へ運ばれた。
それからDr.モレノにより身体状態のチェックと点滴による水分と栄養の補給。
窮屈なパイロットスーツから病人用の寝間着に着替えさせられた後、
アレルヤは脳粒子波の影響によるダメージが心配なのでまだ医務室にいるが、
他の3人は各々の部屋に運ばれ休んでいる。
フェルトはマイスター達が帰還するまで、ずっと無事に帰ってくるよう祈り続けていた。
祈ることしかできなかった。
もし戦場にいたとしても、非戦闘員である自分に出来ることなどないのだが、
それでも何もできなかったという無力さを感じずにはいられない。
だから、せめて・・・、
「これ、ポプリっていうんだって。色んな種類の花びらがたくさん入ってるの。
お花を匂いを嗅いでるとよく眠れるっていうから・・・。」
自分に出来ることをしよう。
留美の別荘の花壇で咲いていた花を見ていたら、
それに気づいた家の者が“そんなに気に入ったのなら”といって、
作り置いてあったポプリを分けてくれた。
貰った時はビンに入っていたが、今は手製の小さな布袋に移しかえてある。
そのポプリをまさかこんなところで使うとは思わなかったが、
必死で戦い抜いたマイスター達が少しでもよく眠れるよう、彼らに渡そうと思った。
渡すといっても、全員眠っているので、枕もとに置いて黙って立ち去るのみになってしまうのだが・・・。
「ロックオン、眉間にしわ・・・。」
フェルトはロックオンの寝顔を見ていた。
眉間にしわを寄せて、寝苦しそうである。
悪い夢でも見ているのだろうか?
あんなに長時間戦った後だ、無理もないのかもしれない。
「・・・おやすみ、ロックオン。」
ならばこのポプリが少しでも役立ってくれればいいのだが・・・。
そう思い、フェルトはロックオンの枕もとにポプリをそっと置いた。
置いたら後は睡眠の邪魔にならないように黙って立ち去ろうと思ったが・・・、
「・・・ん?フェルト・・・か?」
起きてしまった。
ロックオンは目を瞬かせ、擦った後に自分の顔を窺う少女を見上げた。
「あ・・・、ごめんなさい。起こしちゃったね。」
見上げられた方・・・フェルトは申し訳なさそうに相手を見ている。
「いや、俺が勝手に起きただけ。昔っからどうも寝付きが良くなくてな。
すぐに目が覚めちまうのさ。」
ロックオンはフェルトを安心させようと、いつもの明るい笑顔を浮かべながら身を起こした。
そして枕もとに置いてあるポプリに気づき、拾い上げる。
「これは・・・?」
「ポプリ。留美の家の人にもらったの。
お花の匂いを嗅いでると良く眠れるって言ってたから・・・マイスター達に。」
「へぇ・・・。」
少し意外だという風に僅かに目を瞬かせると、ロックオンはポプリを顔に近付かせ、花の香りを確かめる。
「うん、優しい良い香りだ。ありがとな、フェルト。」
そして優しく微笑んで、感謝の言葉を告げる。
「ど、どういたしまして・・・。」
微笑まれたフェルトは、小さく顔を赤らめて目を逸らした。
そしてそのままお互い何も話さず無言になる。
ロックオンはただ単にポプリの香りをもう一度楽しんでみたり、布袋の模様を見ているだけなのだが、
フェルトはロックオンに微笑まれて照れたこともあるし、話す内容が見つからない・・・かといって、
立ち去るタイミングを逃してしまったし、何故だかまだ立ち去りたくない気持ちがあって・・・。
表情には出ていないが、とにかく話す内容を探してそれはもう、必死だった。
どうしようかと考えているうちに、抱えていた紙袋の中身について思い出した。
そうだ、これならばきっと・・・!
そう思い、一縷の想いを託したそれを紙袋から取り出し、
「ろ・・・ロックオン、これ・・・!」
意を決して、ロックオンに見せる。
そのときのフェルトは手にも声にも力が入りすぎていたが、元々表情が乏しいこともあってか、どうにかバレなかった。
そして、バレなかった理由がもう1つ。
それはフェルトが手に持っているもののことだ。
「おっ、生花じゃないか!まさかこの艦の中で見られるとは思わなかったよ。確かこの花は・・・、」
「アネモネ。」
「当たり!よく知ってたな〜。」
「ハロが教えてくれたの。」
「へぇ〜。意外にやるなぁ、あいつも。」
ロックオンがハロの博識ぶりに感心して、うんうん、と頷く。
フェルトの手には、アネモネの花が数本束になっている。
無地の安っぽい紙に巻かれているだけでラッピングはされていないが、いちおう“花束”と言えば“花束”だ。
「このお花も、留美の家の人に分けてもらったの。
そ、それでロックオンに・・・。」
フェルトは再び顔を赤らめ、口ごもった。
「え?俺に?」
先ほどよりも“意外だ”と思ったらしく、今度は大きく目を瞬かせながら、右人差し指で自分の顔を指した。
「こ、この前、話聞いてくれたお礼・・・綺麗、だったから。」
フェルトは口ごもりながらも何とか言った。
顔が熱い気がして、何故かつい顔を下に向けてしまう。
「・・・・・・。」
ロックオンは、自らの心情に混乱し俯くフェルトをしばらく無言で見つめると、
「・・・ありがとう、フェルト。嬉しいよ。」
と言って、フェルトの頭に手をポンと置いた。
「う、うん・・・。」
頭に手を置かれて、フェルトの顔の熱さは増した。
しかし、その熱さを嫌だとは思わなかった。
しばらくして、フェルトの顔の熱さを落ち着いた頃。
フェルトはまだ手元にあったアネモネを見て、今度は沈んだ顔になった。
「でもね、このお花、だんだん元気がなくなっていくの・・・。」
留美の家の花壇に咲いていた時は、活力に満ちて輝いて見えた。
しかし、切り取ってもらってこちらに持ってきた後は、力がなくて弱々しくなったように見える。
花の美しさ自体は変わっていない。
だが、その花が元気がなくなってしまったのを見てるとちょっと悲しくなる。
「元気、ねぇ・・・。」
「うん。」
ロックオンはアネモネの花の様子を見た。
そして、あることに気づく。
「この花、もらってからそのままにしてたか?」
「・・・そのままって?」
ロックオンに問われても、フェルトにはそれが何のことかいまいちわからなかった。
「あ〜、そっか。それもそうだよな・・・。」
明確な答えをもらったわけではないが、フェルトのその様子で合点がいった。
なので、丁寧に教えてあげることにする。
「花は根っこから地中の養分や水分を吸収して成長する。これは、わかるよな?」
「うん。」
「ということは、切られて根をなくしてしまった花は今の状態だと栄養が取れない。
だから萎れる・・・元気がなくなるというわけだ。」
「そう・・・知らなかった。」
ロックオンの説明を聞いて、フェルトは俯いた。
「どうしよう。私がこんなところに連れてきちゃったから、お花が元気なくなっちゃったんだよね・・・。
そうしなきゃ、このお花はまだ元気でいられたのに。
ひどいこと、しちゃった・・・。」
フェルトは自分の知識の狭さを憂いた。
生まれたときからずっと、ソレスタルビーイングの厳重な機密の中に身を置いていて、
滅多なことでは、自分は地上は愚かプトレマイオスの中から出ない。
プログラミングの技術ばかりではなくて、
フェルトと同い年くらいの子供が学校で習うような勉強や一般常識に付いては、
ハロや周りの大人達に教えてもらっていたが、
それでもふとしたところで、普通の人が当たり前に知っていることを全く知らなかったりする。
だから初めて見たアネモネの花が綺麗で、ロックオンにも見せてあげたいと思った。
世界から争いを無くすために、辛い戦いに赴かねばならない彼の心が少しでも軽くなるなら・・・。
しかし、その思い付きのせいで健気に咲いていた花の命を奪おうとしているのだ。
そう考えると、自分はとても残酷で悪い人間のように思えてくる。
自らの気まぐれで他人の命を奪うテロリスト達と全く変わらない。
「こらこら、そう落ち込むな。」
ロックオンはフェルトの頭をポンポンと、元気付けるように軽く2回叩くと、
フェルトの手からアネモネの花を持ち上げた。
「俺はフェルトがこの花を綺麗だと思って、それを俺にくれたことは決して悪いことじゃないと思うぞ。
それに花を誰かにプレゼントするのは良くあることだから、特に気にすることなんてない。
俺だって、久しぶりに花を見れて嬉しかったし・・・。
だから、本当にありがとうなフェルト!」
「う、うん・・・。」
(また励ましてもらっちゃった・・・。)
自分が彼を励まそうとして花を渡したはずなのに、逆に自分が励まされてしまった。
申し訳ない想いが浮かぶが、同時に嬉しくもある。
そんな複雑な想いを抱えながら、顔を上げようとすると、
「それにさ、こうすれば・・・、」
突然、ロックオンがフェルトの髪に指を入れた。
「アクセサリーにもなるんだぜ♪」
フェルトが何か別のアクションに移る前に、指は引き抜かれた。
何が起こったのかよくわからないフェルトが、指を入れられた方の側頭部を探ると、
「・・・!これ、お花・・・?」
先ほどまで手元にあった花と同じ感触がした。
見てみると、ロックオンが持つ花束を形成する花の数が1つ減っている。
「まあ、ポプリと花束のお礼ってわけじゃないけど、1つお裾分け。
花飾りだよ。
うん、よく似合ってる。どうせだからしばらく付けてろよ。」
「あ・・・、うん。ありがとう・・・。」
自分としては違和感だらけだが、似合うと言われて悪い気はしない。
だから、しばらくは彼に付き合って、付けててやってもいいかと思った。
そう思い立つと、また顔が熱くなってきた気がした。
「あ、そうそう。」
そんなフェルトの心情を知っているのかいないのか。
ロックオンは何かを思い出したとでも言うかのような声を上げた。
「根っこを切り落とした花でもな、水の入った花瓶の中に茎の断面から入れてやるとしばらく保つぞ。」
「かびん?」
フェルトは知らないワードに目を瞬かせた。
「切った花をしばらく綺麗なままにさせとくために使う瓶なんだが・・・この艦の中にはないだろうな。
だからこの際、瓶ならなんでも・・・ミス=スメラギの酒瓶でいいか。
フェルト、ミス=スメラギから空き瓶を貰って、その中に水を入れて、
そしたら花の茎の方を瓶の中の水に漬けるように入れるんだ。
こうやって・・・な?」
ロックオンはジェスチャーを交えながら、フェルトに丁寧にわかりやすく説明した。
元々賢いフェルトは、その説明で無事正確に伝わったらしい。
「わかった。じゃあ、行って来る!」
「ああ、頼んだぞ!」
フェルトは、“頼んだぞ!”と言われたことが嬉しくて、
「うん!」
と、いつもより大きな声で返事をすると部屋の外へと駆け出す。
ロックオンに頼まれたことをやり遂げることに意識が行き過ぎていて、
頭に花を挿したままでいることを忘れたままスメラギの部屋へと向かった。
フェルトが部屋から出ていった後、ロックオンはポプリの香りを嗅いだ。
その甘い香りはガンダムのコックピットや硝煙の立ち昇る戦場とは全く縁のないもので、
それ故に戦いのために研ぎ澄まされてしまった彼の心を鎮めてくれた。
しかし数時間後、ガンダムスローネのパイロット達がプトレマイオスにやってくる。
今は軽くなったこの心も、すぐに別の何かを背負うことになってしまう。
ならばその何かに備えて、今はしっかり休むべきであろう。
寝つきの悪い自分が上手く休めるか疑問であったが、それでも休むしかない。
機体の整備を手伝うべきかとも思ったが、
恐らく、“いいから休んどけ”と言われるのがオチだ。
「・・・はいはい、わかりましたよ。」
と、彼は苦笑交じりにそう呟くと、あとどのくらい休む時間があるのかを確かめるために、
ベッドサイドにあるパネルをタッチした。
「・・・あれ?」
するとそこに浮かぶ数字を見て、本気で驚き目を瞬かせた。
『2308.3.3 15:08』
「・・・なんてこった。今日、俺の誕生日じゃないか・・・。」
その数字は、今日は彼がこの世に生れ落ちてからちょうど25年目であることを表している。
他でもない自分のことなのに、ここのところの任務での緊張感などですっかり忘れていた。
昔は家族が祝ってくれるのが嬉しくて、直前になると早くその日にならないかとワクワクしたはずなのに。
ソレスタルビーイングは機密保持が厳密で、構成員は互いの誕生日はおろか本名すら知らない。
だから、自分からその機密を破らない限り、誰も誕生日を祝ってはくれないだろう。
“実は内緒でプレゼントを用意してました”なんて絶対にあり得ないし、
かといって、今更自分からバラして祝ってもらおうとするのもなんだか馬鹿らしくてできない。
そう思うと、本当に自分は日常と・・・そして平和とずいぶんかけ離れたところにいる気がする。
もっとも、世界の何処で誰が紛争の犠牲になるかわからない今の世の中に、
“平和”なんて言葉を期待する気はほとほと起きないが。
しかし、そんな状況なのにどんな偶然か。
この本人すら忘れていた誕生日に、まだ幼いとはいえ女性から花束をもらってしまった。
奇跡的なまでの偶然に、くすぐったいような想いがしてたまらずに口元に笑みが浮かぶ。
「まったく、俺って運が良いんだかな。
今日が誕生日だって誰にも言ってないのに、プレゼント貰っちまうなんてさ!」
当然、送った本人も彼の誕生日のことなんて何も知らない。
でも、偶然とはいえ誕生日にプレゼントを貰ったことが彼の心に平穏だった頃の感覚を思い起こさせた。
それがとても懐かしくて、嬉しい。
彼は腹の底から笑い声を上げると、ベッドに寝転んで天井を見上げた。
「ありがとうな、フェルト。」
そしてプレゼントと共に大切な思い出を呼び覚ませてくれた人物に礼を言った。
「こりゃあ、フェルトの誕生日にはお返しに何か贈らないとな。
いつだろうな・・・過ぎたばっかだと困るが。
まぁ、いくら機密でもそのくらいなら聞いても構わないだろ。
そうだ!せっかくだから皆でパーティーでもするか!
そういうの、やったことないだろうから良い経験になるだろうし。」
できれば世界が平和になった後でやりたいところだが、
それが無理なら、せめてその日はどうにか休暇にしてもらって、任務のことなど忘れて思い切り盛り上がりたい。
皆で、本人には内緒でプレゼントを用意したりパーティーの準備をするのがとても楽しそうで、
考えるだけでもう、口元がほころんでくる。
誕生日当日、フェルトが突然誰かに目隠しをされたまま会場まで連れられて、
そこでやっと目隠しを外していいよと言われる。
そして目隠しを外して視界がクリアになった瞬間にクラッカーが鳴って、
その場にいる全員から“誕生日おめでとう!”と言われるのだ。
その瞬間、あの表情が乏しい少女はどんな表情を浮かべるだろう。
これには想像がつかないが、絶対に良いものだと思う。
・・・よし、ならば絶対にやってやる!
楽しいアイデアがどんどん浮かんできた彼の心は、それを必ず実行に移すことを決めた。
「・・・ん?」
頭の中が大騒ぎして色々考えたせいか。
彼の体に、ごく自然に睡魔がやってきた。
(珍しいな・・・普段は疲れててもなかなか寝付けないのに・・・。)
そうだ、フェルトが瓶に水を入れて戻ってくるんだ。
紳士としては寝こけている姿を女性には見せたくないのだが・・・。
ダメだ、睡魔は普段の疲れをも味方につけたようで、自分には抗うことを許してくれない。
とりあえず、花束を無意識に潰してしまわないようベッド横のサイドボードに置いた。
サイドボードへと伸びた姿勢から戻るとき、ポプリの香りが鼻腔をかすめた。
その甘い香りもどうやら睡魔の味方になったらしい。
こりゃダメだ。
まいったものだ、花の香りの魔力には。
確か、入っている花の名前は、花束と同じアネモネ・・・。
(あれ?)
眠りに落ちる寸前の頭で、ロックオンはあることを思い出した。
それは、以前付き合ったロマンチックな趣味の女性が言っていたこと。
(アネモネの花言葉は、“あなたを愛す”だったか・・・?
でもまさかな。フェルトがそんなつもりで渡すはずは・・・。)
頭の中でそこまで呟くと、ロックオンの意識は睡魔に完敗し、眠りへと落ちていった。
しばらくして、フェルトがワインの代わりに水が入った瓶を抱えて戻ってきた。
「ロックオン、瓶貰って・・・ん?」
フェルトがロックオンの顔を覗き込むと、彼はベッドの中で熟睡していた。
ただでさえ、昨日15時間も休みなしで戦ったのだ。
もっと話したかった気はするが、疲れていて眠ってしまったのなら起こすのは可哀想である。
寝かせてあげよう。
フェルトはなるべく音を立てないように細心の注意を払いながら、
サイドボードから花束を取り、代わりに瓶を置いた。
そして、1本1本、ゆっくり花を瓶の口へ差し入れていく。
花を活けるなど今までやったこともないので、緊張して手が震えてしまうが、
それでも茎を折ったりなどせず、全ての花を水に浸すことができた。
なんとなくバランスが悪いように見える箇所を動かして調整した後、
「・・・ごめんね、今まで苦しい想いをさせて。もう大丈夫だからね。」
体を瓶の中に入れて、そこから顔を出している花達に優しく語りかけた。
入れたばかりなのだが、花達が元気になったように見えて嬉しくなる。
花束を包んでいた紙をどうしようか迷ったけれど、
ここに置いていても意味がないので、丸めて紙袋に入れた。
それからどうするかと部屋をざっと見て考える。
部屋の主は眠っているし、花も無事に活けた。
ならば、もう自分がここですることはないし、
静かに寝かせてやりたいので、黙って部屋を出ることにする。
紙袋を抱えて、最後にベッドで眠っている人物の顔を見ると、
「ロックオン、寝顔が子供みたい・・・変なの。」
その油断しきって眠っている顔を見て、口元をほころばせた。
しばらくその顔を見つめた後、フェルトは静かにこの部屋を後にした。
あれから数日後。
フェルトは封筒に便箋を入れた後、さらにそこに、とある物を入れた。
それは長方形に切られた厚紙で、片面に花びらが押し花にされて張ってある。
その花びらはロックオンに一輪だけ分けてもらったアネモネの花のもの。
こちらも水を張った空き瓶の中に入れておいたのだが、
それでも枯れていくのを止めることはできない。
なので、この花の美しい姿をどうにかして残せないものかと同僚のクリスに相談したところ、
“押し花”という方法を教えてくれた。
枯れるのを止めたわけではないが、乾かして保存できるものにしたことにより、
あの時の美しさや健やかさを、花が枯れた後の今でも思い出すことができる。
封筒を閉じる前に、もう一度中身が入っているか確認する。
想いをつづった便箋と押し花が張られているカード。
2つとも、確かに入っている。
送るべきものがきちんと入れられているのを確認して、封をした。
その封筒の宛名には“ロックオン”と書かれている。
彼は今、遠くへ行ってしまってここにはいない。
それでも手紙が届いて押し花のカードを見たときに、
あのときにフェルトが贈った花のことを思い出してくれれば。
そしてそれを見て少しでも笑ってくれたら。
心を過ぎる想いはたくさんある。
今も昔も伝えられないままだけど、いつか伝えられる日が来るように。
どうかそれまで、この花の色と一緒に、私のことも覚えておいてください。
フェルトは封筒を胸に目を閉じ祈ったあと、ガンダムが納められているハンガーへ向かった。