隆之のホワイトデー大作戦!



  2000年、3月7日、朝。
「よし・・・、いよいよあと一週間だな。」
制服姿の瀬戸口は己の部屋の壁に掛かっているカレンダーを見て呟いた。
その一週間後の3月14日には赤いインクで丸が書かれている。
ご存知であろうが、その日はバレンタインデーに受けた愛を返す日、ホワイトデーである。
今年のバレンタインデーは最愛の恋人から今までで最高のバレンタインデーを貰った。
ならば自分もそれに似合うものを返さなければならない。
しかもその相手にとっては生まれて初めて貰うホワイトデープレゼントになるのだ。
それはもう、一生忘れられないくらいのものを渡したい。
そのために瀬戸口はバレンタインデーの翌日からずっと、その日のために構想を練っていた。
練りに練ってようやく決まったその計画のために、今日から準備をしなければならない。
その計画を遂行するには様々な困難や障害がぶつかってくるが、
そんなものはこの愛に燃える男には関係なかった。
気持ちの上ではもう、生身で宇宙空間へ出て太陽に突っ込んでも無傷で還ってくる自信さえある。
「絶対やってやる・・・!
 待ってろ未央!最っっっっっ高のホワイトデーにしてやるからな!!」
瀬戸口は3月14日の赤丸に宣言すると、勢いよく部屋を飛び出した。

 ―ミッションその1:『遅刻、欠席はするな!』
理由は、ホワイトデー当日に遅刻や欠席によるペナルティとしての補習が発生しないように。
そしてもう1つ、それが原因で相手に「体調を崩しているのでは?」と思われないように。
計画成功のためには、どうしてもその日に他の用事が入るわけにはいかないし、
変に心配をかけて「その日は家で寝ているように」と言われるわけにもいかない。
相手がこの日に快く自分と行動を共にしてくれる状態でないといけないのだ。
遅刻と欠席をしないのは当たり前のことのようだが、
その当たり前のことが計画にはとても大切なことなのだ。
なの・・・だが・・・。
「どぅおおおおおっっっ!!!」
なんと瀬戸口、英語の課題のノートを家に忘れてきてしまったぁ!
課題の提出が出来ない=期限漏れ=先生キレる=補習イベント発生。
遅刻や欠席よりもよっぽど補習になる可能性が高いではないか!
しかも英語担当は生徒に向かって「俺より先に恋人を作った奴はぶっ潰す!!」
と言っている恐怖の女教師本田節子。
自分以外のいちゃこいてる人間を陥れるために、わざとその日に補習をぶつけてくるに違いない。
だから、絶対に課題を期限である今日の朝までに渡さなければならない。
登校途中で忘れちゃいけない忘れ物に気づいた瀬戸口はダッシュ・・・、いや、ただのダッシュじゃない。
Bボタン押しっぱなしのかなり速い移動―通称、Bダッシュで自分の部屋へと急ぐ。
全くもう、カレンダー相手に気合入れてる暇あるなら、鞄の中をチェックするくらいしなさい!
だから朝慌てるのよ?
・・・と、ナレーションがそんなことを言っているうちに、瀬戸口は部屋に着いた。
「よし、あった・・・って、あと5分でホームルーム!?マジかよ・・・!」
課題のノートを手にして、提出遅れによる補習の危機は脱した。
しかし、新たに遅刻による補習の危機が急浮上してきた。
瀬戸口の部屋から教室まで大体20分くらいは歩く。
信号待ちに引っかかったらさらに到着時間は遅れる。
あと5分以内に教室に無理な話だ。
しかし、
「道がないなら・・・作るまで!」
この男はあきらめていなかった。
瀬戸口はバルコニーの手すりに足をかけて飛び出す。
そのまま民家の屋根の上に落ちると、すぐに起き上がって他の民家の屋根に飛び移って移動する。
これならば道が混んでいようが曲がっていようが、信号が何色に変わろうが問題ない。
瀬戸口は無理矢理直線距離にしたその道を、縦横無尽にして全速力で跳び駆けていく。
その甲斐あってか、
「ギ、ギリギリセーフ・・・。」
ホームルーム開始30秒前に教室にたどり着いた。
額に汗を浮かせて肩で息をしながら自分の席に着く。
すると、
「た、隆之さんどうなさったのですか?そんなに息を切らせて・・・。」
瀬戸口の恋人―壬生屋未央が心配そうな顔でやってきた。
壬生屋と恋人になり今は随分マシになったが、元々瀬戸口は遅刻常習者。
その遅刻魔が遅刻を免れるために全力で走ってきたというのは、見た側としては不思議な出来事である。
不思議な出来事についての真相を、瀬戸口は知っているのだが、
(ホワイトデーの日に補習を入れられたくないから、って馬鹿正直に言ったら、
 せっかくの計画がバレちまうかもしれないからな・・・。)
というわけで嘘を言うことにする。
「ん〜、別にどうもしないよ。
 未央に極楽トンボを取ってるカッコ悪い姿を見られたくなかっただけ。」
「まあ。そんなのいつものことではありませんか。」
と言って、おかしそうに笑う。
よかった。どうやら嘘には気づいていない。
「そうでもないぞ?
 未央がたまに迎えに来てくれるお蔭で、遅刻は随分減ったんだぞ〜。」
「あら、そうでした?ならば迎えに行った甲斐がありました。」
「そうそう♪何なら、毎日迎えに来てくれない?」
「そんなこと言って。人を目覚し時計代わりにするつもりですか?」
「違うよ〜。未央と一緒に登校したいだけだってば〜。」
「もう♪隆之さんったら冗談ばかりなんですから。」
などと言う朝からアツアツな会話を繰り広げるこのカップル。
そうやって2人の世界に入っているもんだからさー、
「お〜ま〜え〜ら〜〜〜!!!」
すでに教室に入ってきていた本田の姿に全く気づかなかった。
マシンガンを天井に乱射しながら叫ぶ。
「俺の目の前でてめぇらの世界繰り広げてんじゃねー!!
 罰として今から3分以内に校庭20周〜〜〜!!!!!!」
「「は、はいっっ!!」」
暴走する本田に命じられ、2人は校庭へと駆けていった。
無茶であり過酷な罰ではあるが、それを課せられたのが自分達2人きりなのがちょっと嬉しかった。

 ―ミッションその2『相手が当日に他の用事を入れないようにする!』
これは読んで字の如く、単純に相手が3月14日に他の用事を入れるのを防ぐためだ。
もし他のミッションが上手くいっててもそれを受け取る本人の予定が合わなければ仕様がない。
なので、今のうちから予約を入れることにする。
「うまい!流っ石、未央だよな〜。」
昼休み。
瀬戸口と壬生屋は屋上で弁当箱を広げて食べていた。
壬生屋作の弁当を口に運び、大変ご満悦の様子の瀬戸口。
「そ、そんな・・・、照れます・・・。」
瀬戸口の言葉に、小さく顔を赤らめる。
そのあまりの可愛さに、なんかもう、色々したくなるが、
そこはグッと堪えてやるべきことをすることにする。
「そうそう。未央、14日の予定、空けておけよ。」
「14日ですか?構いませんが、その日は朝から授業がありますよね。
 だったら空くとしたら仕事が終わってからになるのですが、よろしいですか?」
壬生屋は多目的結晶でその日の曜日を確認しながら言った。
だが瀬戸口はそのことはさほど重要でもないかのように、
「オッケー、オッケー。
 でも大丈夫。そんなに待たされなないよう、手はずは付けておいたから。」
「“手はずは付けた”って・・・。
 どうもそれ、人が見ていないところでいやらしい動きがあるみたいに聞こえますよ。
 何だか不潔です・・・。」
壬生屋は突然出てきたその言葉がどうしても気に掛かる。
壬生屋を不安にさせたと気づいた瀬戸口は、真剣な眼差しで言う。
「そんなことないって。
 何かは言えないけど、未央を悲しませるようなことでは絶対にないから。
 だから信じてくれ。頼む。」
普段はにこやかでどこか軽薄な瀬戸口にそんな目をされると、
壬生屋はもう、何も言えなくなってしまう。
「・・・はい。わかりました。・・・隆之さんを信じます。」
ちょっとずるいなと思いながらも、壬生屋は頬を赤く染めながらそう答えた。

 ―ミッションその3『仕事と機体の状態に注意する!』
何故かというと、3月14日に出撃がかからないようにするためである。
もしその日までの出撃で敗退するようなことがあったら、
戦況が悪くなりまた出撃がかかってしまう確率が上がる。
せっかくのホワイトデーに幻獣とドンパチやるのは嫌だ。
仕事の甘さや機体の状態悪化は敗北する原因の1つだ。
それに生真面目な壬生屋のこと。
機体の状態が悪ければ、たとえその日がホワイトデーでも修理に励むことであろう。
だからそれらを防ぐために瀬戸口は、
自分の仕事はもちろん、他の部署手伝ってそれなりに良い状態に保たねばならない。
しかし、かといって残業はしない。
さすがに他の部署を助けねばならないときは仕方ないが、
他のミッションとの兼ね合いもあるし、下手に残業ばかりでは壬生屋に不審に思われてしまう。
“何かわたくしに隠し事をしているのではありませんか?”と問い詰められ、
泣く泣く計画を全てバラすようなことにはしたくないのだ。
そこで瀬戸口は、
「暗号解読開始。
 ・・・よし、クリア。
 続いて機器操作チェック。
 ののみ、そこのファイル取ってくれ。」
ものすごいスピードでそれらをこなす事を選んだ。
普段はののみに合わせてゆっくりやっていくのに、
今日はののみが手を出す隙もないほど高速で動いている。
その上、普段以上に細かくチェックし、性能も格段に上がっている。
「はい、これ。」
「ああ、ありがとう。」
礼もそこそこに瀬戸口はファイルを受け取り、また機器に目を落とす。
それらの素早く無駄がない動きを、ののみは楽しそうに目を輝かせながら見ている。
「ふぁ〜、すごいねたかちゃん!手がおどってるみたい〜。」
「あ〜、悪いなののみ。仕事取っちまって。」
娘のように可愛がっているののみが話し掛けても、瀬戸口は機器から目を逸らさずに話す。
そんな態度を取られても、ののみはちっとも不機嫌にならなかった。
「いいのよ。たかちゃんはやりたいことをするために、がんばってるんでしょ?
 なら、ののみは邪魔になっちゃいけないから、今はここで見てるの。」
「ののみ・・・。」
瀬戸口はののみの心遣いに思わず涙が浮かびそうになった。
「ありがとう。ここは俺が責任持って片付けるから、遊んでおいで。」
その想いに報いるために、瀬戸口は一旦手を止め、ちゃんと向き合って礼を言った。
その想いを受け、ののみの顔がより一層明るく輝く。
「うん、わかったの!
 でもののみはがんばってるたかちゃんの力になりたいから、
 もえちゃんのお手伝いをする!」
「そうか・・・。
 本当にありがとうな、ののみ。」
ののみの健気さに感動中の瀬戸口は、ののみの頭を優しく撫でた。
頭を撫でられてののみは嬉しくなり、こそばゆいような笑みを浮かべる。
「えへへへ〜。
 じゃあね、たかちゃん。ののみ、行ってくるね!」
瀬戸口が手を離すと、ののみは最後に笑顔でそう言って駆けていった。
それを見送った瀬戸口はオペレーターの仕事を速攻で片付け、
損傷を負ってる2番機の修理を手伝いに速攻で向かった。

 ―ミッションその4『夜のお仕事に手を抜くな!』
夜のお仕事といっても、いやらしいものではない。
ただ単に、夜中に入っている仕事をするだけだ。
とはいえ、あまり長時間する気はない。
睡眠不足で壬生屋に心配かけるわけにはいかないからだ。
寝ずに学校に行くのは流石にきつい。
ならば速攻で片付けるに限る!
その前に瀬戸口は仕事の雇い主に報酬の確認を取る。
「・・・報酬の件、ちゃんと覚えてるよな?」
瀬戸口は狭いコックピット内でモニター越しに相手を見る。
すると、
『芝村に忘却はない。交わした約束は必ず守る。』
白い軍服を着た黒髪でかえる顔の男―芝村準竜師は口元を吊り上げた表情を変えないままそう言った。
準竜師のその言葉をとりあえず肯定の言葉と受け取った瀬戸口は、
視線をモニターから外し、目の前の幻獣を見据える。
「その言葉、絶対に忘れるなよ!・・・出るぞ!!」
最後にもう1つだけ念を押し瀬戸口は、いや、士魂号西洋型は無数にいる幻獣に踊りかかった。
突進してきたミノタウロスを紙一重で交わし、その背後に大太刀を刺し入れる。
その手首を返し、ミノタウロスの体内を抉り回してトドメを刺しつつ、
もう一方の手に持つもう1本の大太刀で四方八方から襲い掛かってくるヒトウバンの群れを
横薙ぎの一閃で一掃する。
ミノタウロスの背後に入れていた大太刀を抜くと同時にジャンプ。
上空から砲撃の機会を窺っていたコンビのきたかぜゾンビを切り伏せ、
爆発する前にその片方を踏み台にしさらに遠くへ進めるようにジャンプ。
普通のパイロット、いや、エースパイロットでも思いつかないような移動方法でやってきた西洋型に対処しきれず
空中要塞として恐れられる幻獣スキュラは、この戦場において何も出来ずにその活動を停止することになった。
撃破数12、所有時間わずか14秒。
あまりの速さで仲間を半数ほどに減らされた幻獣達は、
真っ赤な瞳に怒りの炎を燃やしながら西洋型を睨みつける。
西洋型はゆっくりと振り返り、憎悪に満ちた幻獣に対峙する。
その中で瀬戸口は、
「まだまだだ!来いよっ!!」
と吠え、また敵陣へと突っ込んでいく。
ちなみにその声は深い憎しみを込めた低い所から出る声ではなく、
前へ放つような気合が入った声。
いつもは真夜中に人知れず大太刀を振るいたった1人で幻獣の憎悪を受け続けている瀬戸口。
何の目的もなく己の手で生き物の命を絶つその剣はなんだか重く感じた。
しかし今日は明確な目的があって、それは愛する人の笑顔に繋がる。
やっていること自体は変わらないし、あまり気持ちのいいものではないが、
それでも誰かのためという目的がある今の剣はいつもよりもずっと軽く感じる。
今日なら何体でも倒せるというような気持ちになった瀬戸口は、
知らず知らずのうちに嬉々として次の獲物を求めるようになった。
モニターの向こう側で、副官のウィチタ更紗が瀬戸口に聞こえないように小声で準竜師に尋ねる。
「今日はなんだか張り切っているようですね・・・。彼、一体何があったのですか?」
その問いに準竜師は口元の笑みをより一層深くして答えた。
「フッ・・・。なぁに、単純な話だ。
 愛の力は偉大、ということだよ・・・。」
「は・・・?」
ウィチタは自分が仕えるべく相手のことが、いつも以上によく分からなかった。
気が狂ったのかと内心で思っていたが、
「何を呆けている。
 そうしている暇があったら、データの解析でもしていろ。」
と命じられすぐに次の行動を開始した。

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 4つのミッションを1週間完璧にこなし、
(途中、寝坊して遅刻しそうになったり、
 出撃がかかり損傷を受けた機体を直すのに夜明けまで手伝ったりの違いがあったが)
ついに3月14日がやってきた。
男子はホワイトデーのプレゼントをいつ渡そうか、
女子はいつ何を渡されるんだろうとという、
ほぼ全ての生徒が胸にドキドキを隠しながら席に座って
担任の到着とホームルームの開始を待つ。
やがて担任の本田節子が入ってきたのだが、今日は妙に機嫌が良い。
ホワイトデーという、カップルのためのイベントがある日に関わらずだ。
しかしその数秒後、その理由を知った生徒たちは納得し、次の瞬間には喜びの声を上げる。
「ここ数日の学兵の奮闘の甲斐があってか、幻獣軍がわずかながら戦線を後退させたそうだ。
 本部観測班より本日、幻獣との戦闘が行われる可能性は極めて低いということで、
 熊本の学兵達には臨時に休暇を与えることにする。
 つーわけでお前等、今日は授業も仕事もなし!
 今日1日、好きに過ごせ!解散!!」
そう言うなり本田は外に出て行ってしまった。
残された生徒達はしばらく茫然としていたが、
やがて誰かが、
「よっしゃ〜〜!休みだ休み〜〜。」
と叫ぶと、他の生徒も同様に喜びを声に出して騒ぐ。
「・・・。」
そんな様子を自分の席から無言で見つめている壬生屋は、まだ何が何やらわからずにボ〜ッとしている。
するといつの前にか背後に回ってきた瀬戸口が壬生屋の耳元で囁く。
「ねぇ未央〜。こんなことになっちゃったし、せっかくだから遊びに行かない?
 遊園地のチケット、もらってあるんだ〜。」
そして壬生屋の眼前に遊園地のチケット2枚を閃かす。
遊園地のチケットも学兵の急な休日も、
彼が準竜師に掛け合って自力の手に入れたものなのだが、
頼んだ相手が相手なため期待は半分ほどしかしていなかったので、
本当に希望通りになって嬉しい。
がんばってよかった。
その思いが自然と顔に出る。
壬生屋の方はあまりに突然の出来事なのでどうしようかと思うが、
今日はホワイトデーで相手からは“予定を空けておくように。”と言われている。
それに目の前の楽しそうな笑顔。
ならばその案に乗らない理由はないだろう。
「はい。行きます!」
壬生屋は元気に返事をして席を立った。

 着替えと準備があるので、一旦双方の家に戻って遊園地前で集合。
遊園地に入った頃には時計の針が天辺を越していた。
「どうする、まず何乗る?あー、でもこの時間なら先に昼メシかな?」
実に楽しそうに声をかける瀬戸口。
そんな瀬戸口を愛しく思いながら壬生屋は質問に答える。
「そうですね・・・あれ、あれに乗りたいです!」
そう言って壬生屋がある乗り物を指し示す。
指し示した先は、
「観覧車・・・?あれでいいのか?」
観覧車があった。
ここの遊園地の観覧車は他の遊園地の観覧車より大きい。
ちょっとした名物なのである。
「はい。あんなに大きな観覧車があるんですから、
 上から園の様子を見て、次に何に乗りたいか決めるのも有りだと思いますし。」
「そうだな、行ってみるか!」
そして2人は観覧車の乗り場まで歩き、乗った。
ゴンドラに乗ってしまうと、そこはもう2人しかいなくなる。
他の誰かの視線が届いてこないところで向き合いながら座ることができるのだ。
そんな状況で何もしないカップルはいなかろう。
大人しく景色なんて見るわけがない。
しかしこの2人は・・・、
「ぐー・・・くー・・・。」
そんな雰囲気になどならなかった。
原因は瀬戸口が乗って早々に寝入ってしまったからだ。
だが、それは無理もないことだった。
ここ1週間、愛する者のためにさまざまな努力を重ねてきたのだ。
眠れないほどのことをやってきたわけではなかったのだが、
ずっと遅れたり誤りのないように、気を張っていた。
それがたった今解けてしまい、つい寝入ってしまった。
だから誰にも責める権利はない。
それに・・・、
「フフッ、良かった。眠ってくれて・・・。」
それが壬生屋の狙いだったからだ。
瀬戸口がこの7日間に何をやっていたか壬生屋はわからないままだが、
気を張って何かに懸命に取り組んでいるのはわかっていた。
眠る時間や食事の時間を消したわけではないのはわかっているが、
長期間根詰めているたので疲労は貯まっているはずだ。
それでもデートに誘ってくれるのは嬉しいのだが、少し休んで欲しかった。
しかし、ストレートにそのことを説明しても、
“俺なら大丈夫。だから好きなのに乗って良いんだぞ”と言われて終わりだと思った。
ならばせめて眠れそうな乗り物の中で、乗っている間だけでも寝かせてあげたい。
そう思ったのだ。
「ん・・・未央・・・ホワイト、デー・・・んにゃ・・・。」
実に気持ち良さそうに眠っている。寝言まで言って。
「もう、幸せそうな寝顔をして、この人は・・・。」
それを見守る壬生屋も愛しい人の寝顔を独占できて、とても幸せな気持ちになった。
そして自分達のゴンドラが残り半周も満たなくなっているのに気がつき、
係の者に言って、瀬戸口には内緒でこのままもう一周乗せてもらおうかなと思った。


                     
〜終〜


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