それから数時間後、とある中東の国の遥か上空で。
アレルヤが操るガンダムキュリオスは飛行形態で待機していた。
「目標補足・・・発射!」
アレルヤは狙いを定めると、砲弾を発射した。
しかし、それらは人々の命を奪うミサイルなどではなかった。
それらの砲弾はある程度落下するとその1つ1つの体から落下傘が出てきて、
やがてゆらゆらと落ちていった。
その落下地点には人が住む集落があり、
人々が突如落ちてきた落下傘付きの物体に近付いてみるとそれは、
「あっ、お人形よ!」
「こっちにはボールが入ってる!」
「美味しそうな缶詰もあるぞ!!」
透明なケースに入れられたおもちゃや食べ物などだった。
1つずつ丁寧にラッピングされていて、まるで天からの贈り物だ。
“何か危険なものでは?”と警戒する者もいたが、
きちんと納得するまで調べれば安心してその贈り物を受け入れることが出来るだろうから、さして問題ではない。
アレルヤは弾倉の中に収めていた贈り物達を全て問題なく打ち尽くしたことを確認すると、
「ミッション、終了。トレミーへ帰還する。」
トレミーへ通信を送り、帰路についた。

 事の発端は、Noelのお願いをソレスタルビーイングのメンバーが受け入れた後すぐのこと。
『あと、ご迷惑ついでにお願いがあるのですけど・・・。』
と、にこやかにまた話し始めたのがきっかけだった。
何でも、世界中の貧困に苦しむ子供達にクリスマスプレゼントを渡したい。
用意してあるから指定の場所まで取りに行って、代わりに届けて欲しいとのことだった。
そのアイデア自体に賛成する者も多く、乗りかかった船だからとことん付き合おうということで、
任務を受けたアレルヤは、キュリオスで世界中に砲弾ではなくプレゼントを降らせたのだった。
「理解できないな。こんなことして、一体何になる。」
キュリオスをハンガーに収めてヘルメットを片手に通路へ出ると、
自分と同じくパイロットスーツ姿のティエリアが壁に背をつけたまま、話し掛けてきた。
ティエリアだけは、Noelのお願いを受け入れた辺りからずっと不機嫌だった。
どこの誰ともしれないプログラムの感情論に乗って、
自分達の計画を中止しているのだから面白くはないのだろう。
しかも、彼の頼みの綱であるヴェーダはそれに関して反対はしないし、
あまつさえ、アレルヤと同じくプレゼントを降らす係にされてしまった。
(まぁ・・・GNバズーカだったら、1度にたくさんの量を贈れるからね・・・。)
とにかく色々あって、ティエリアは不機嫌なままだ。
しかし、自分は・・・。
「戦争根絶には繋がらないけど、悪いことではないと思うよ。
 僕らのせいで親をなくす子供もいるわけだから、たまにはこういうこともしないとね。」
対照的に、晴れ晴れした気持ちでいる。
誰かを殺すためではなく、笑顔のために働けたのでなんだか誇らしい気持ちになる。
そんなアレルヤの様子を見て、ティエリアは耳に聞こえるほどの大きなため息をつく。
「どうせまた戦争が起こるのなら、そのプレゼントとやらも燃えてしまうだろう?
 だったら、やはり意味はない。」
変わらずに、いや、確実に不機嫌が増したティエリアに、それでもアレルヤは苦笑しながら答える。
「そうだね。
 でも、もらえたときはとても嬉しいと思うから。
 僕は生まれてからずっと、誰からもクリスマスプレゼントをもらったことはないけれど、
 もらったらきっと、とても嬉しいんだと思う。」
そして、まるで自分がプレゼントをもらったかのように嬉しそうに微笑んだ。

 同じ頃、オペレーションルームにて。
「アレルヤとティエリアがついさっき帰還したわ。
 プレゼントも滞りなく届け終えたそうよ。」
スメラギは画面に向かって話し掛けた。
『・・・そうですか。
 あああ、ありがとうございます。と・・・ても嬉しいです。
 これもまた、“もしお願いできそうな組織がいた、ら・・・代わりに頼んでほしい”と、
 命令・・・されていたのですよ。
 お会いしたあなた達・・・が、や、優しい人でよか・・・た。』
画面の向こうでNoelが嬉しそうに笑っている。
しかし、その姿はテレビの砂嵐のようにノイズだらけでちっとも安定しない。
時折画面から消えてしまったり、声も聞き取りにくくなってきた。
もうじき、彼女はこの画面から完全に姿を消すのだろう。
そうしたら後はもう、彼女は消滅するその瞬間まで、世界中の科学者やプログラマーと戦うことになる。
それにも関わらず、彼女は変わらずに微笑んでいるのであった。
とても痛々しくて、相手はプログラムであるとはいえ、見ている側の胸が痛んだ。
「なあ、これは提案なんだがな。
 ヴェーダの対ハッカー用防御プログラムは強力だ。
 世界中のコンピューターからあんたを切り離して、
 科学者やプログラマー達から保護することが出来るかもしれん。どうだ?」
イアンが渋い顔をしてNoelに提案した。
この方法なら、Noelを死の運命から逃がすことが出来るかもしれない。
しかしNoelはやはり穏やかな顔で首を横に振るのだった。
『そうし、たら、Noelが支・・・配する時間が短くなって、しま、いま・・・す。
 Noelは・・・ほんの数瞬でも長く戦争が止ま、っている状態を維持したいのです。
 それに・・・Noelはマスター、のもとに逝きたいのです。
 マスターを失って、から199・・・年。
 Noel・・・はずっ、と一人ぼっちで寂しかったです。
 だから、皆さんとお話出来・・・て本当に嬉しいですし、その提案も嬉しく、思います。
 でも、それでも・・・Noelはマスターに会いたいのののの、です。』
Noelの決意は固く、揺るぎそうもない。
「・・・そうか。ならもう聞かんよ。・・・すまんな。」
イアンはNoelを説得するのをあきらめた。
残念そうな顔をし、思わず謝罪の言葉をあげてしまう。
助けられる命かもしれないのに、助けることが出来ない。
そんな心情だろうか?
『そ・・・んな!とんでもないで、す。』
その言葉を聞き、Noelは慌ててフォローを入れる。
『世界中のコンピュ・・・ターを1度に操れるプロ、グラムなど、悪い人に使われたら大変・・・す。
 だから、このまま消えてしま、うの・・・が1番良いんですよ。
 ヴェーダダダダさんも、Noelの機能とネ・・・ットワークを手に入れたいから、
 Noel、に協力してくれたんです。
 皆さん・・・と会うことでNoelの気持ちが、変わるかもしれないと思っ・・・たのでしょうけど、
 それは無理、でした。残・・・念ながら。』
そう言うと、Noelの姿が大きく歪んだ。
そろそろ、限界の時間だ。
Noelにもそれがわかっているらしく、
『そろそろ時間・・・のよ、うです。
 少しでも長く・・・戦争を止められるよう、がんば、りますね。
 そうそう、協力して、くれた皆さんのた・・・めにプレゼントがあります。
 後でその場所に行っ・・・てみてください。データ、を送ります。』
イアンが持っている端末に、データが送られてきた。
その時、Noelの姿がまた大きく揺れた。
『皆さん、本当にあ・・・りがとうございました。
 これ、で失、礼致します。
 これからの時代を、・・・どうかよよよよろしくお願いします。
 では・・・メリークリスマス。』
と言って、最後に明るく微笑むと、Noelの姿は白い光となって霧散した。
その様は、雪が舞うようだ。
散る瞬間にヴェールが捲れ上がって、一瞬だけNoelの、いや、彼女のマスターの素顔が見えた。
その顔は喜びに満ち足りていて、とても美しい笑顔だった。
何も映さなくなった画面を見つめながら、しばらく動けないでいる。
しばらくして、
「・・・そういえば。」
モレノがゆっくりと口を開いた。
「以前見た資料でイオリアの研究室に、
 核兵器による放射能漏れの影響で若くして亡くなった女性がいたらしい。
 ・・・まぁ、その女性の詳しい資料はないし、イオリアがその時何歳だったのかもわからないから、
 イオリアとその女性がどんな関係だったのかは、今ではもう誰もわからないがな。」
そう語ったモレノの眼差しは、かけているサングラスのせいでよく見えない。
しかし、その声は何か確信を持っているような声だった。
「そう・・・でも。」
するとスメラギは、手にしていたシャンパンを空け、グラスに注いだ。
そして、グラスを持ち上げると、
「今になってはもう、どうにもならないことだわ。」
画面の向こうを讃えるように掲げて、グラスの中身を一気にあおった。
「・・・違いないな。」
と、モレノは短く言うと画面の向こうを見て、そして目を閉じて黙祷を捧げた。

 イアンからデータを渡され指定された場所へ刹那とロックオンはやってきて、
「ありがとうございました〜♪」
という、明るい女の子の声を背に受けながらその建物から出てきた。
2人とも両手には大きな紙袋を下げている。
「なかなか粋なことをするね〜、彼女。」
「何の事だ?」
楽しそうに笑っているロックオンに、刹那は仏頂面で問いかけた。
「Noel。
 彼女、協力してくれたお礼にって、俺達にプレゼントを用意してくれてたんだとさ。
 しかも、とびきり上等なやつだ。
 いいね〜、皆喜ぶぞ〜。
 ミス・スメラギ、いいシャンパン持ってるかな〜。」
「嬉しそうだな。」
テンション高く話すロックオンに、刹那が変わらない調子で言った。
「嬉しい、というより、楽しいな。
 考えてみればクリスマスを楽しんでいるなんて、何年ぶりだろう?」
そう答えている間も、ロックオンはにこやかに笑ったままである。
その様子に、刹那が眉を寄せる。
「楽しむものなのか、クリスマスというのは。
 俺は・・・よくわからない。ずっと戦っていたからな。」
「そうか・・・。」
刹那の言葉に、ロックオンは苦笑を浮かべた。
「いいんじゃないか、今から知っていけば。
 運良くこういう機会にめぐり会えたわけなんだし、たまには任務を忘れてみるのも。」
「だが、俺は任務を忘れることなど・・・。」
“出来ない”、と続けようとした刹那の言葉が止まる。
理由は刹那の視線の先、紙袋の中であった。
突如黙った刹那の目線を追い、ロックオンは原因のものを引っ張りあげた。
「メッセージカードだ・・・。Noelからか?何が書いてあるんだ?」
ロックオンがメッセージカードを開くと、そこには、

『イオリアのことは嫌いだけど、平和のために戦うあなた達のことは嫌いじゃないです。
 というか、大昔の人間が考えた無茶なやり方でも、
 必死にそして真剣に実行しようとしているあなた達こそが、
 ひょっとしたらこの世界のことを1番想っているのかもしれませんね。
 そんなあなた達に、ささやかではありますがクリスマスプレゼントです。
 あなた達もせめて、今日1日くらいは、仲間と楽しくそしてのんびり過ごされますように。

         ご武運をお祈りしています     Noel            』

と書いてあった。
「・・・だとさ。まいったね・・・本当に至れり尽せりだな。
 ここまでやられちゃ、のんびりするしかないんじゃないか?」
メッセージを読んだロックオンは肩をすくめて苦笑する。
“降参です。参りました。”といった感じだ。
メッセージカードを覗き込んでいた刹那は仏頂面なままだが、
「・・・そうだな。
 それがNoelに報いることならば、やってみよう。
 上手く出来るかはわからないが。」
と言って、今日は任務を忘れることを決めた。
その言葉にロックオンは意外だと言うように目を見張る。
「物分りがいいんだな、今回は。
 何だ?Noel達の考えに惹かれたとか?」
「それはない。
 どうしても俺は、戦うことしか出来ないから。
 ただ、俺達とやり方は違っても、あいつもまた戦争根絶のために戦ってきた。
 イオリア=シュヘンベルグが生きていた時代からずっと。
 ならば、少しくらいはその想いに報いてやってもいい。」
変わらずに仏頂面のままの刹那から出た言葉としては意外であったが、
どこか刹那らしくもあった。
ロックオンもその言葉に納得し、口元に笑みを浮かべる。
「・・・そうだな。
 お前さんが言うんじゃ、その通りだろうな。
 よし!せっかくだから、七面鳥も買ってってやるか!
 ・・・っと、刹那、鳥は食べても大丈夫なのか?」
「問題ない。俺は神を信じていない。」
「ならいい。行こうぜ。・・・おっ。」
再び歩き出そうとしたロックオンの視界に、白いものが降ってくる。
「何だ、これは・・・?」
その白いものの正体を知らない刹那が、疑問を口にする。
「何って・・・雪だよ、雪。
 そっか、お前さんが生まれたところじゃ降らないもんな。」
「ああ。実物を見たのは初めてだ。」
「そうか。なら、見られて良かったな。
 しかも今日はホワイトクリスマスだ。皆で見られないのは残念だが。」
2人はしばらく雪を見上げていた。
ゆるやかに絶え間なく降っていて、当分止みそうもない。
おそろく積もるのだろう。
人がコンクリートで固めた地面も、書かれた文字も隠してしまうほどに。
戦場に降るのなら、爆発でえぐられた地面や飛び散った血液でさえも隠してしまうのだろうか。
(だが・・・それでもずっと隠していられるわけじゃない。)
ロックオンは見上げながら、遥か故郷に降る雪を思い出した。
そして感慨に耽りながら、白い衣装に身を包んでいたNoelを思い出す。
「彼女・・・なんだか雪に似ているな。」
「雪、か?」
「ああ。静かにやってきて世界をあっという間に包み込んでくくせに、
 消えるときはあっけない・・・。」
「・・・・・・。」
ロックオンの言葉に、刹那は答えなかった。
そして、なんとなく手を伸ばし、雪に触れる。
刹那の体温に温められた雪は、数秒も保たずに消え去った。
データを渡されるときに聞いたが、
Noelの姿もまた、白い光となって消えてしまったのだという。
その光景を今降っている雪を重ね合わせて、
自らの使命をまっとう出来るのなら、このまま死んでしまっても構わないと言った彼女の顔を思い出す。
ヴェールに隠されていて見ることが出来なかったその表情は、一体どんなものだったのだろうか?
自分達が消えるときには何を想い、どんな表情を浮かべるのだろうか?
(だが、俺達はこんなにもあっさりと消えるわけにはいかない。
 俺達の目的は、まだ果たされていないのだから。)
「ロックオン、俺は・・・俺達はガンダムだ。」
強い決意を宿した瞳で、ロックオンを見上げる。
だが、
「・・・え?」
その表情は、いつもと変わらず仏頂面だ。
なので、刹那としては何かを考えて出した言葉なのだろうが、
一体何を言いたいのかがわからない。
ロックオンが刹那の言葉の意味を図りかねて考えているが、
「・・・ちょっ!
 おい、待てよ刹那、勝手に行くな!!」
黙って歩き出した刹那を追いかけなくてはならなくなってしまった。
結局、刹那の言葉の意味をロックオンが知ることはなかった。

 刹那とロックオンがトレミーに帰還したその後。
「うわ〜〜〜〜〜〜♪」
食堂で、クリスティナが喜びの歓声をあげた。
テーブルの上には刹那とロックオンが持ってきたNoelからのクリスマスプレゼントらしき白い箱が
いくつか乗っていた。
「・・・これ、何?」
クリスティナと共に白い箱を覗き込んでいるフェルトが訊ねた。
ラッセ、リヒテンダールも共にテーブルを囲んでいる。
「ふっふ〜ん♪これはねぇ〜〜・・・。」
かなり上機嫌なクリスティナが白い箱の1つを開けると、
「うわ〜・・・。」
「へぇ・・・こいつは手を込んでるなぁ・・・。」
「・・・?」
箱の中身を見たリヒテンダールとラッセは感嘆の声を上げたが、
フェルトには今ひとつよくわからなかったようで、
それを察したクリスティナが親切に解説してくれる。
「これはね、ブッシュ・ド・ノエル。
 クリスマスの時だけに食べる、特別なケーキよ。」
「ケーキ・・・。
 そっか、変わった形だから、わからなかった。
 ・・・あれ、でも“ノエル”って・・・。」
初めて聞いた名前なのに、不思議と聞き覚えがあるような錯覚したのは、
名前の一部にこれの贈り主の名前が入っているからだ。
「フランス語で“クリスマス”っていう意味。
 でも・・・どっちかというと彼女、サンタクロースみたいだったわね。」
「さんた・・・?」
今度は完全に聞き慣れない言葉に、フェルトを目を瞬かせる。
「このケーキに乗ってる奴だよ。」
といって、ラッセはケーキの上に乗っている赤い人形を指差した。
「クリスマスの前日の夜にやってきて、
 今年1年良い子にしていた子供にプレゼントを置いていくという、伝説上の人物だ。」
「プレゼントを・・・そっか。
 なら、あの人もサンタクロースだね。」
ラッセの説明を聞いて、フェルトが小さく微笑んだ。
「そう考えると、本当にサンタクロースにもらったみたいで嬉しくなっちゃいますよね〜。
 フェルトはケーキ食べたことは・・・流石にありますよね・・・うん。」
自分から訊ねておきながら、リヒテンダールの声は尻すぼみしていった。
流石に失礼な質問だと思ったらしい。
しかし、フェルトはそれに害した様子もなく微笑みながら答える。
「あるよ。
 パンケーキとかホットケーキは、携帯食糧であるじゃない。」
「ううん!フェルト、違う、違うわよ!!
 このケーキは、そういうのとは別物なの!!」
「え・・・?」
フェルトの言葉を聞いたクリスティナが、突然熱く語りだした。
「い〜い、乗っているクリームの甘さやフルーツのみずみずしさ、
 トッピングでかかっているチョコレートやクランベリーソースの良さなんて、
 携帯食糧のものとは比べ物にならないくらいの素晴らしい味わいなのよ!
 ・・・というか、この前買物に行ったときに一緒に喫茶店で食べたでしょ!!」
「え・・・う・・・あの、その・・・、
 クリスに振り回されて疲れてたから、よく覚えていないの・・・。
 半分、寝てたかも・・・。」
ケーキを前にして、人が変わってしまったのだろうか?
クリスティナの勢いに圧されて、フェルトはたじたじである。
なおも続くケーキ講座とそれを聞いている(聞かされている)フェルトを、
やや離れた位置で男子2人が見守っていてあげている。
「なぁ、女ってやっぱり、甘いものに目がないのか・・・?」
「さぁ・・・?でも、どっちかというと人格まで変わるとは聞いたことないです・・・。」
口撃されているフェルトを可哀想だと思う反面、
自分にとばっちりが来ないようにと祈っている2人である。
だが、
「ちょっとリヒティ!!
 何勝手につまみ食いしようとしてんのよ!!」
クリームを指で掬い取ろうとそろそろと手を伸ばしたリヒテンダールの腕を、
クリスティナが“ガッ”って掴む。
ターゲットと議題を変えて、今度はクリスティナによるお説教が始まった。
そしてそれは、他のクルーがやってくるまで続いた。

 ソレスタルビーイングのメンバー達がNoelが贈ったケーキと
刹那とロックオンが買ってきた七面鳥を食べて騒いで、
やがて眠りについて少し経った頃―。
電脳世界、どこかのコンピューターの中にNoelは居た。
姿はなくて、もう彼女の存在は僅かなデータの切れ端ほどしかない。
限界まで戦って、あとはもう、存在ごと消滅するだけだ。
しかし彼女の心に後悔はなかった。
たった1日だけでも、誰も傷つけることなく世界を平和に出来たのだ。
雪が解けるような儚いほどの短い時間であったのだが、
その時だけでも、確かに人々は戦争から解放されたのだから。
だが、少し寂しくはある。
199年間ずっと1人で、死に際もやはり1人なのだから。
それは計画通りで当然起こるべくやってきた事実なのに、そう思うなんて思わなかった。
寂しさを持て余しながらNoelが電脳世界の闇を見つめていると、
突然闇の向こうからオレンジ色の点が現れた。
そしてそれはどんどん近付いてきて、
「ハロ!ハロ!」
ピョンピョンと辺りを跳ねまわっている。
オレンジの点の正体はソレスタルビーイングの一員である人工AI、ハロであった。
「ハロ、Noelへプレゼント!
 ソレスタルビーイングカラ、Noelへ。
 皆、カンシャ、カンシャ!!」
そう言うとハロの目が虹色に輝き、次の瞬間、辺りは満開の花畑となった。
ああ・・・!
Noelは音の出ない声で感嘆の声をあげて、花畑を見入った。
見えるところ全てが花畑で、闇などはどこにもなかった。
これならば、全然寂しくも何ともない。
明るい花畑に囲まれて、Noelは最後の力を振り絞ってハロに語りかける。
『皆さんに伝えてください。
 皆さんに会えて本当によかった。
 お蔭様でNoelの寂しさは、どこかへいなくなってしまいました。
 Noelは世界が平和になるよう、いつまでも祈っていますから!
 どうか、皆さんが幸せになりますように!!』
祈りの言葉を口にすると、彼女の意識は暗闇に消えた。
それと同時に花畑も消えて、
「リョーカイ、リョーカイ。Noel、オツカレサマ。」
最後にはハロがただ1体、闇に残されていた。

 彼女が戦争を止められたのは、たったの1日である。
そのために、199年もの歳月を費やして。
その想いを、どれだけの人がわかってくれるのだろうか?
祈りの声は届くのだろうか?
Noelの、世界の平和を願い続けた1つのプログラムの存在が消えた時、
世界中のコンピューターが息を吹き返した。



―終―



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