隣りのレジで小夜ちゃんが変な野郎に怒鳴られてる。
アイスも一緒にチンしちゃったかぁ・・・。
やっちゃったねぇ。
でも、相手の野郎も気に食わない。
しょうがないだろ、待っちゃうのは。
他の客もいるんだから大人しく待ってろって話。
気分が悪いからさっさと去れ。
あ、店長来た。
助かった・・・。
でも、しばらくは私一人でレジか・・・。
・・・ふっ、上等だ。
「お客様、少々お待ちくださいませ。」
さっきまでお会計をしていた客を送り出し、
新たな客に切り替わる時、
私はそのお客さんに断りを入れて後ろを向いた。
―ズシャアァッ。
―ドサッッ。
私は制服の袖の下に隠すようにつけていたリストバンドを外した。
否、これらはただのリストバンドではない。
中に重りが入ったアンクルリストだ。
片方で250グラム、両手合計で500グラムだ。
少々軽いのかもしれないが、私が女であることを考慮するとこんなもんだろう。
本来は体力をつけるためにつけ始めたのだが、
レジに入りまくっているせいか、
意識せずとも自在に打て過ぎて困るのでそれをセーブする役目も担っている。
まるで息をするようにレジを打つんだろうな・・・って、私はどこの絢爛舞踏だ。
慣れるのは良いけど、早すぎてお客さんの心変わりに対応できない時あるし。
後で返品操作するのめんどいんだよね・・・。
ちなみに、私は風邪を引くわけにはいかないから制服は夏でも長袖だ。
冷房、苦手なんだ、許してくれ。
私は用をすませるとお客さんに向き直った。
「お待たせいたしました、いらっしゃいませ。」
・・・貴様ら相手にこれを外す日が来るとはな・・・。
しかしまあ、今はそれも心地良い・・・。
さっきまで重りをつけていたせいか、両手が軽い軽い。
今まで喋り込んできたお決まりの台詞も噛まずにスラスラ言える。
・・・たまにうっかり数字を読み間違えるのはまあ、ご愛敬ということで。
あんなチンケな野郎のためにわざわざ店の外にまで行っていた小夜ちゃんと店長が戻ってきた頃、
並んでいた列は一つのレジで捌き切れる程度の長さになっていた。
「店長。お先に失礼します。」
「お疲れ様です。今日は大変でしたから居てくれて助かりました。」
「いえいえ。大したことしてないです。では、お疲れさまです。」
「はい、お疲れ様です。」
事務室に顔を出して、店長に挨拶する。
そのままレジの前を横切って店を出るのだが、レジに入っている小夜ちゃんにも挨拶をせねば。
「小夜ちゃん、お先に失礼します。お疲れ様です。」
「・・・あ、はい・・・お疲れ様です。」
やっぱり、落ち込んでるなぁ・・・。
私もバイトしたての頃はあんなんだったっけ。
―大丈夫、慣れてくればどうにかなるから。
本来は声をかけるべきなのかもしれないが、
声をかけるのは簡単、問題なのはその内容。
気休めを言って痛みを忘れさせることはできるかもしれないが、本人が乗り越えなきゃいけない痛みだから。
私は気の利いたアドバイスが思いつかないから黙っている。
その代わり、サポートは惜しみなくさせてもらうよ。
そのまま小走りで店を出た直後、誰かにぶつかった。
「うわっ!」
「おっと!・・・大丈夫、おっさん?」
「・・・おっさんって。俺はまだ25だ!」
「うわわ、ごめんなさ〜い!」
ぶつかった男に謝って、私は再び走り出した。
・・・あれ?さっきの、若かったよね?
なんで、おっさんなんて呼んだんだろう?
私はチラッと後ろを振り返った。
男は店に入る所だった。
「あ、そっか・・・。あいつはあの人の・・・。」
そっか、それで・・・。
だからつい、間違えたのか。
「・・・ごめんね、間違えちゃった。」
私は足を止めて間違えた相手にちゃんと謝ると、
何かを振り切るように再び走り出した。
ねえ、師匠。
私はあなた方の下を離れる事になってしまいましたが、
私はまだ、召喚士の世界から離れる事ができそうにありません。
先のことはわからないし、どんな方法で続けていくかはまだ分かりませんが、修行は死ぬまで続ける所存です。
挨拶する間がなかったのが残念でなりませんが、
私の選択に間違いがなかったら、また縁があることでしょう。
私が覚えているあなた方の教えと注意点を私がクリアして行けるのなら、
可能性は増えていくのでしょうし、もしかしたらあなた方の下に居続けるよりも効果があるのかもしれません。
・・・ただ、私が一つ怖いのは。
私にとって、師匠はあなた方を含めて何人かしかいませんが、
あなた方にとって私は何百人も居る教え子のうちの一人です。
忘れられてしまうのではないか。
それだけがどうしても気がかりです。
私は出来の良い教え子ではなかったです。
もしかしたら、嫌われているのかもしれません。
それでも、私はあなた方に教わる事が出来てよかった。
だから、
“ここを離れることになっても、あきらめる必要はないからまた挑戦して欲しい。”と、
大勢の教え子の前であなた方が言った言葉の対象に、私が含まれていると信じて良いですか?
私に向けてくださった笑顔を信じて良いですか?
「・・・ねぇ、夜の暗さに迷う全ての女を守る騎士さん。
朝が来るのを信じる子供のために戦う騎士さん。
私もその対象に入ってる?
潔く諦めて他の生き方を選べない馬鹿な私の夢を見守ってくれる?」
私はゆっくりと歩きながら、遥か背後にある店の中に居るであろう人物に尋ねた。
―でも、その答えがどうでも、この痛みは私が越えるべきであるには違いないか。
〜〜終〜〜