世界を越えるエールを君に

世界を越えるエールを君に 

 「はい・・・申し訳ありませんでした。」
小夜は店長に向けて深く頭を下げた。
落胆し切った声で謝罪の言葉を絞り出す。
「・・・もういいよ。レジに戻って。同じミスはしないよう気をつけてください。」
「はい・・・。」
小夜は先ほどの謝罪の言葉では足りていないような気がして、
かといってまた口にするのは逆に不誠実だと思ったので、
一礼だけして事務室を出た。
レジに入っても気分は晴れず、ずっと沈んだ顔をしている。
(・・・いけない。お客様の前で微笑みを絶やしてはいけない。
 なのに・・・。・・・ダメです。今の私の精神状態では、とてもできそうもありません・・・。)
ちら、と店内を見てみる。
幸い今日は祝日。そして昼。
小夜のバイト先―コンビニエンスストアへの来客が一番少ない時間帯。
実際店内に客の姿はない。
早急に今の沈んだ状態から抜け出し、
顔面の神経及び筋肉に無理を言わせてでも笑顔を作る必要がないのですぐに安心する。
しかし、
(ダメだ。お客様が居ないからといって力を抜く。
 そのような気の持ち方をしているからこそ、油断しているからこそ、私は失敗ばかりするんだ。)
少しでも気を抜こうとする自分に嫌気がさし、よりいっそう気が沈んだ。
(そう、油断。ただでさえ私は失敗が多い。
 なのに油断してさらに失敗を重ねるなど、言語道断なのです。
 さっきの失敗だってそう。
 きちんと、一つずつ確認を怠ったりなどしなければ・・・。)
小夜はさっきの失敗―先ほど店長に叱られた原因について思い出した。
 
 それはお昼の時間、コンビニエンスストアに弁当や菓子パンなど昼食を買いに来る人達で混雑する時間のこと。
この店は大通りに面し、近隣に住居が多いのでこの時間レジに列を作ってしまうのはしかたのないことだった。
小夜はこの店に勤め始めてから日が浅い。
だから混雑する時間にレジに入るなどまずありえない。
しかし、人手がいないのなら話は別だ。
今日はどういうわけか他の店員が学校やら用事やらで休みを取ってしまい、
その時間帯にレジに入れたのは小夜ともう一人だけだった。
いちおうレジは一通り打てるのだが、まだあまり早く打てないし、
商品の袋詰めを手伝ってくれる者もいない。
どんなに不安でも、どんなに客が待っていたとしても、全部一人でこなさなければならないのだ。
そうしているうちに列は段々長くなる。
待たせている時間と客の数が増えていく。
焦ると手がもたついて、さらに作業効率は悪くなり、それがもとでさらに焦りがつのる。
そんな時。
そんな時に限って、性質の悪い客というのは来るものだ。
「い、いらっしゃいませ!」
「急いでるんや。早うしてくれや、姉ちゃん。」
「は、はいっ!」
そう言ったのはつなぎ姿で髪を金に染めた無精ひげの、少し荒々しい感じの男だった。
その客は待たされたことが不愉快らしく、随分とイライラしていた。
その様子がさらに小夜を追い詰める。
客が差し出したカゴの中には弁当とアイスクリームが入っていた。
小夜はカゴの中身を取り出し、
「お弁当は温めますか?」
とマニュアル通りに尋ねる。
「ああ。」
肯定の返事が返ってきたので、弁当をレンジの中に入れてスイッチを押した。
その間に会計を済まし、つり銭を渡す。
袋を広げてから、弁当を出すべくレンジのドアを開けた。
すると、
「ああっ!」
弁当の上でアイスクリームが溶けているではないか!
しかも溶けたアイスクリームは流れてレンジの中をベタベタにしていた。
無論、一緒に温められていた弁当も・・・。
「何やっとんじゃ姉ちゃん!!」
「も、申し訳ありません!!」
「何分も待たされといてこれかい!責任者呼ばんかい、責任者ぁ!!」
「・・・て、店長っ!!」

 その後、奥で品出しをしていた店長がすぐに駆けつけ、
小夜と一緒にその男に謝罪した。
お詫びに商品のお代は結構です、ということでなんとか男の気は収まった。
謝っている間、小夜側のレジは一時停止。
並んでいた客にはもう一方のレジに改めて並んでもらうことになってしまったが、
幸運にもそのレジに入っていた者の驚異的ながんばりでどうにか客を捌き切れたし、
レンジも故障しておらず、拭いたらすぐに使えた。
しかし、この失敗のせいで小夜は男が買いに来た商品を台無しにしてしまったし、
並んでいた客やもう一方のレジに入っていた者にも迷惑をかけた。
何より一緒に謝ってくれた店長に対して申し訳なかった。
『もう二度と来るかこんな店!』
店の外で頭を下げる小夜と店長に向けて男が放った言葉が、
ずっと小夜の頭の中で駆け回る。

 「すみません。お会計お願いします。」
客に声をかけられて、思案にふけっていた小夜の意識が現実へと返る。
いつの間にお客様がいらしていたのだろう。
考え事に夢中で、全然気がつかなかった。
小夜はまたしても自分の油断を呪った。
呪いつつ、客が差し出した商品をスキャンし、
「お弁当は温めますか?」
とマニュアル通りに尋ねた。
その瞬間、
「・・・ぷっ。あははははははは!!」
客は吹き出し、大きな声で笑い始めた。
「え?え?」
何故笑われているのかわからず、小夜は困惑する。
客は笑いながらも、親切にその理由を教えてくれた。
「それ、ヘアスプレーだよ。」
「ああーっ!!」
言われて初めて小夜は自分が持っている物を見た。
それは弁当ではなく、確かにヘアスプレーだった。
あのまま温めていたら、この店はボン!と大爆発である。
・・・いや、そこまで行かないにしてもそれなりに大惨事にもなりかねない。
運が良かったら(悪かったら?)新聞の地域欄に乗るか、テレビに数分だけ出演できるだろう。
「た、大変申し訳ありません!!」
この客は知らないだろうが、先ほど大きな失敗をやらかした手前、
とにかくすぐに誠心誠意心から謝罪せねばと思った。
謝った相手はそれ以上怒るでもなく、にこやかに言った。
「いやいや。そんなに謝らなくてもいいよ、小夜ちゃん。」
そして小夜の名前を呼んだ。
「は?」
突然自分の名前を呼ばれ、目をパチクリさせる。
顔を上げて、客の顔を見ると、
「やっ♪」
「こ、近衛さん・・・!」
そこには見知った顔―近衛貴之がいた。
「あれぇ?もしかして今気づいたの?ひどいなぁ〜。」
「そ、それはその・・・申し訳ありません。」
「ああ、いやいや。別に謝らなくてもいいよ。・・・それより、どうかしたのかい?」
「え・・・?」
何で?見破られている?
「なんだか元気がないように見えたからね。小夜ちゃんが俺の気配にすぐに気づかなかったのも妙だし。
 何があったのかお兄さんに話してみない?」
「べ、別に・・・。なんでもありません。」
自分は勤務中、相手はお客様。
近衛なら以前光太郎のことで相談に乗ってくれた時と同じように親身になって聞いてくれるとは思うが、
いくら知り合いといえど、仕事場で身の上話をするわけにはいかない。
「ふぅん・・・。」
近衛は小夜の素っ気無い返事を聞くと、少し身を屈めて、小夜と同じ目線になった。
それからじっ、と小夜の瞳を無言で見つめる。
何も言わずただ自分の目を真っ直ぐ見てくる近衛の視線が気まずい。
「な、なんですか・・・。」
「嘘だね。元気がない目をしている。
 さっきの謝り方もなんだか大袈裟すぎる気がしたし。
 ・・・本当に何があったの?
 それは俺にどうにかできることじゃないかもしれないけど、話を聞くくらいならできるよ。
 言いたくないなら構わないけど、君は人に相談するのが苦手みたいだからちょっと心配になるのさ。」
「本当にその・・・、なんでもないです、よ・・・あれ?」
言っていることに反して、小夜の目から涙が出てきた。
近衛の声は優しかった。
その言葉は自分への批判でいっぱいだった心に、じわじわと別の何かをもたらしていたのだ。
「あらら・・・。はい、これ。使って。」
近衛は困ったように笑うと、小夜にハンカチを差し出した。
それを素直に受け取ると、小夜は目に当てた。
「すみません・・・どうしたのでしょう、私としたことが・・・。」
小夜は突然溢れ出してきた涙に困惑する。
今は勤務中だ。
いつ他のお客様が来るかわからない。
だから一刻も早く涙を止めなければならないし、腫れてしまうので目を擦るわけにもいかない。
しかし、止めようと思えば思うほど、涙は止まらなくなる。
その時、奥の事務室から店長の声がした。
「結城さん、たった今交代の方が来たので混まないうちに休憩に行ってきてください。」
その提案は実にちょうどいいタイミングであった。
「・・・だってさ。よかったらお兄さんとお話しない?
 今ならもれなく、ジュースをプレゼント!」
「はい・・・。」
普段なら「“ぷれぜんと”なんてそんな・・・。」と、遠慮する小夜だが、
このままレジにいるわけにはいかないし、事務室へ戻って店長と顔を合わせたくなかった。
自分を店内から連れ出してくれる理由がとにかく必要だったのだ。

 小夜がバイトの制服のままなので、喫茶店などに行くわけにもいかず、2人は近くの公園にやってきた。
ベンチに並んで腰を降ろしている。
涙が止まり、落ち着いた小夜は、
近衛から受け取った冷やし梅昆布茶の缶を両手で持ちうつむきながら、今日のバイト中に何があったのか話した。
「ありゃりゃ、それは災難だったね。」
「災難だなんてそんな!あれは私が至らないためにした失敗なのですよ。
 それではあまりにあのお客様に失礼です!!」
生真面目な小夜は自分のせいでお客様のことを悪く言われたと思い、
隣りに座っている近衛の方を向き、抗議する。
「いやいや、そんなことない。災難だったよ。」
と言って、近衛は手に持っていたダイエットぺプシの缶に口をつける。
一口だけ飲んで缶を口から離す。
「それに、相手のお客さんもあんまり良いお客だったとは言えないな。
 昼時の混んでる時間に多少待ってしまうのは仕方のないことだし、
 そんな怖い態度じゃなきゃ君はもっと落ち着いて仕事できてたかもしれない。
 違うかい?」
「それは、その・・・そうかもしれないですけど・・・。」
確かにあの男があのような態度で下手に急かすようなことを言わなければ、
小夜はもっと落ち着いて仕事が出来ていたかもしれないし、
失敗もしなかったかもしれない。
だが、いくら事が起きた後で「もしかしたら」と言っても意味がない。
失敗したという現実は変わらないのだ。
「それでも、私の不注意で失敗したことには変わりません。
 ろくに“れじ”も打てずにお客様をお待たせしてしまう。
 商品のことで尋ねられても何も答えられないし、場所すらわかっていない。
 せめて“まにゅある”の言葉だけは、としっかり覚えたつもりですが全く活かせていませんでした。
 働き始めてからずっと店長には迷惑をお掛けしてばかりなのに、
 今日はお客様に『もう二度と来たくない』とまで・・・。
 本当に、本当に私は店長や他の従業員の方の足を引っ張るばかりです。
 私なんて、私なんていても邪魔になるだけ、」
「ストーップ。ほら、また肩に力が入ってる。」
「なっ!」
どんどん自分を追い詰める小夜を、近衛は彼女の肩に手を置いて止めた。
いきなり肩に触れられたことにびっくりして身構えてしまう。
「ごめんごめん。・・・でもほら、確かに力入ってただろう?」
「あ・・・はい、すみません・・・。」
小夜は己の体中の緊張具合を確認し、謝罪の言葉を口にした。
「いやいや。謝る必要なんてないさ。
 緊張しすぎるのは良くないけど、それだけ君が真剣に仕事をしているという証拠だからね。」
「でも、謝らなくては。
 私、この前も喫茶店で同じお言葉をいただいたばかりです。
 なのに私は、それを身にする事ができていませんでした。
 せっかく・・・せっかく教えていただいたことなのに・・・。」
「ん〜・・・そうだなぁ・・・。
 とりあえず、梅昆布茶でも飲んで落ち着いて。」
「はい・・・。」
そう言われて小夜は渡されたきりであった梅昆布茶の缶を開けた。
一口飲むと梅昆布茶の落ち着いた味が小夜の喉を通過した。
少しだけ、心が静まった気がした。
「別に教えたことをすぐに出来るように、な〜んて大変なこと、俺は願ってなんかいないよ。
 それはまあ、すぐに出来るようになってくれるならありがたいかもしれないけど、
 なんでもすぐにできるなら教える人間なんて最初からいらない訳で・・・。
 人には各々得意なことも、考え方や進み方も違う。
 当然、すぐにできないことが誰にだってあるに決まっている。
 だから、そんな中で大事なのは、どんなに時間がかかってもいいから、
 楽に力を抜いて、自然にできるようになることじゃないかな?
 そうなるまでには辛くて苦しいことが多いかもしれないけど、
 俺は君が辛そうな顔だけじゃなくて、楽しんでできるようになっていってほしいから。
 ・・・たぶんさ、店長さん達も同じようなこと考えてるはずだよ。」
「・・・そう、でしょうか・・・?」
小夜の問いかけに、近衛は大きく頷く。
「そうだよ。
 でなきゃ君を助けたりなんかしないよ。
 本当に足手まといや邪魔だと思うなら、相手にしたりしないだろうし。
 君は誠実で思いやりがあって正々堂々としている。
 困難から逃げ出さずにいつか乗り越えられると信じられる。
 だから、俺や店長さん達は君に色々なことを教えたり、
 できるようになる日を楽しみに待つ事が出来るんだよ。
 君はバイト先の皆が嫌いかい?」
「いいえ!皆さんとてもお優しいです。
 ・・・いつも、いつも助けていただいています。」
「それがわかっているなら大丈夫だよ。
 ならあとはそれを忘れずに、焦らず、ゆっくりできるようになっていけばいい。
 ・・・君は若い。
 だからこれからできることを増やしていけるんだ。
 例えこれから先何かが起こって、別れ別れになった後でも、
 君にできることが増えて、それで君が楽しそうに笑えるなら、
 お兄さんはとっても嬉しいよ。」
そう言って、近衛は優しく頼むしく微笑んだ。
その微笑みは小夜の心に光を与える。
今までのできなかった自分を忘れるわけじゃないが、
なんだかこれからどうにでもできるような気がしてきた。
「はい。私、またがんばってみます。
 それだけでも何か変わるかもしれません。」
そう言ったその目に陰はなかった。
真っ直ぐ未来を見始めて微笑んでいる。
「そう!それそれ!その意気だ♪」
小夜の強い目を見て、近衛は満足したようにニカッと笑う。
「よ〜し、じゃあお兄さんが特別にもう一つアドバイスをあげよう!
 小夜ちゃん、今日からお客さん全員にじゃなくて、店長さん達と優しいお客さんのためだけにがんばろう♪」
「はい!・・・って、ええ〜っ!?」
気合満タンでつい返事をした小夜は、その数秒後に全力で驚いた。
「ほら、お客さんと一口に言っても色々いるじゃない?
 自分と相性が悪かったり、どうしても好きになれなかったりね。
 なのにお客さん全員に満足のいくサービスをって、大分難しいよ。
 嫌な客をまともに相手して落ち込んでしまったせいで、
 他の何人もいる優しいお客さんに対してしっかり対応できなかったら嫌でしょ?
 がんばりと優しさのインフレだよ。」
「い、いんふれ・・・?」
「無駄遣いしすぎて価値が薄れてしまうってこと。
 君はよく気がつく娘だから。
 嫌な奴に君の優しさをあげるのはもったいないよ。
 バイトのマニュアルって、誰にでも丁寧にできるよう作られてるんだろうけど、
 来る人全員に同じように接するってもなんだか愛のない話じゃないかな?
 俺はあんまり好きじゃないかも。
 だから小夜ちゃんには、店長さん達や小夜ちゃんに優しくしてくれた人に優しく接して欲しいな。
 そうすればたぶん、今までよりきっといいことあるよ。」
「そ、そうでしょうか・・・?」
「そうそう♪ま、俺に騙されたと思って、そしてとりあえず俺を信じてやってみて。」
なんのこっちゃ。
「ほらほら、そろそろ休憩時間が終わるよ。」
「え・・・?ほ、本当!大変です!」
小夜は公園の時計を見ると、大急ぎで梅昆布茶を喉に流し込んだ。
「近衛さん!今日はありがとうございました。
 お先に失礼致します。」
立ち上がって近衛に向き直り、礼儀正しく一礼をした。
「いやいや、全く問題ないよ。
 それよりも小夜ちゃん、さあ、早速挑戦だ!
 やってみよ〜〜!!」
「はいっ!!」
小夜は元気に地面を蹴って走り出した。
近衛は手を振って小夜の背中を見送った。


 ――そして時は流れ 遠い世界で――

 「隆之さん、何を読んでるんですか?」
「ん・・・?ああ、これね。前、別の世界に行ったときに一緒に戦った娘からの手紙。
 ついさっき、新井木が届けてくれたんだよ。」
「まあ!新井木さんがいらしてたんですか?
 わたくし、ちっとも気がつきませんでした。
 せっかく久しぶりにこちらに来られたというのに・・・お会いしたかったです。」
「うん、そうだな。
 あいつ、渡すなりすぐにまた他の世界に飛んでいっちまったよ。
 ちょっとくらいのんびりすればいいのに。
 若い子はせっかちだねぇ〜。」
「何言ってるんですか。
 私達、新井木さんとそんなに歳変わらないでしょう?」
「ははは、そうでした。」
「全くもう。
 ・・・ん?そういえばその手紙、まさか女子からの恋文ではないでしょうね?」
「え?違うよ、そんなわけないだろう。」
「そうですか?
 でも隆之さん、先ほど“一緒に戦った娘”と言いましたよね・・・?」
「ああ、うん・・・そういうことはちゃんと聞いてるんだねぇ。」
「何か?」
「いやいや。
 違うよ、ラブレターなんかじゃない。
 不肖、瀬戸口隆之。
 愛する壬生屋未央からの期待を裏切ってなどおりません。
 その証拠に、未央も一緒に手紙呼んでみるかい?」
「そうですね。本当に貴方が浮気していないか、確かめさせていただきます。」

  『拝啓、近衛貴之様

    夏の日差しが眩しく感じられる今日この頃、いかがお過ごしでしょうか?
   東京の暑さにはまだ慣れませんが、私は体調を崩すこともなく、元気に過ごしております。

    先日は貴重なご助言、誠にありがとうございました。
   それまでは焦っていて気がつかなかったのですが、
   私が商品をお渡しした後に「ありがとう」と言ってくださる方が何人かいらっしゃいました。
   まだまだわからないことが多くて未熟な私に優しく声をかけてくださる方がいること。
   そのことに気がついてからは、そういったお客様にお会いするのが楽しみになっていきました。
   そうしたら、お店に来るお客様一人一人に何かお手伝いする事がないかと気になりだして、
   ある時、お店にいらした高齢の女性の方が籠を大変重そうに持ってらしたので、
   代わりにお持ちしましたら、そのお客様が帰られた後、
   店長に「結城さんよく気がつきましたね。成長しましたね。」
   とお褒めの言葉をいただきました。
    “あるばいと”のことでお褒めいただいたのが初めてだったので、
   とても驚いたのですが、とても嬉しかったです。
   何も出来ないと嘆いてばかりいましたが、今回のことで「私にも何か出来るのではないか」と
   考えられるようになりました。
   
    東京での生活のこと、“こんびに”でのお仕事のこと、それに・・・光太郎さんのこと。
   まだわからないことやできないことばかりですが、これから少しずつわかるように、
   またできるようになりたいと思います。
   それが叶った時、私がどう成長しているか。
   それが楽しみでなりません。
   あの時、近衛さんとお話できたからこそ、私はたくさんのことに気づけました。
   本当に、本当にありがとうございます。
   生きる世界が違いますからなかなか会う事が叶いませんが、
   もしまたお会いする機会があるのなら、
   近衛さんを驚かせてしまうくらい強く、そして楽しく成長してご覧にいれますね。

    それではここで失礼致します。
   そちらの世界でも今は夏ですか?
   また、そちらの世界の夏は暑いのですか?
   いずれにせよ、息災であるに越したことはありません。
   くれぐれも体調を崩されませんように。
   こちらの世界に来られるようなことがあれば、
   せひ遊びにいらしてくださいね。

                       結城小夜       敬具』


 「・・・だ、そうだよ?」
「・・・どうやら、恋文のようではなさそうですね。」
「納得しました?」
「はい。ちゃんとわたくしの言い付けを守っていたようで安心しました。」
「言い付けって・・・俺、犬でも子供でもないんだけど。」
「何か?」
「いいえ!何でもありません!」
「それにしても、この小夜さんはずいぶんと貴方に良い意味で影響されたようですね・・・。」
「そうみたいね。慣れない都会暮らしとか、意中の相手のこととか、随分真剣に考えて悩みまくってるみたいだったからね。
 ついつい色々アドバイスしたくなってさ。
 ・・・って、痛ててて!
 み、未央さん!何でつねってらっしゃるんですか?」
「・・・わたくしが学兵だったときはここまで親身になってくれなかったくせに。」
「あーれーは〜・・・その・・・俺がガキでした。すみません・・・。」
「冗談です。子供だったのはわたくしも同じですし。
 わたくし達は2人で前に進めれば良いのです。」
「そうだな。これからもよろしくな、未央。」
「はい。」



〜〜終〜〜




私も接客関係のアルバイトをしているのですが、慣れない頃は失敗ばかりでした。
「やめよう。」と何度も思いましたが、不器用なりにがんばって、
未だに続いてるんですよね。




式神の城メニューへ