――夜になり。
戦況が有利になってからは珍しく日付が変わるまで仕事をしていた整備班班長の原素子が、
女子校の1階廊下へやってきた。
パイロット達の成長に伴い機体を壊されることは少なくなったので、今日は修理をしていたから遅くなったのではない。
溜まりに溜まった発言力を使って代替機を大量に陳情した分が、今日一気に届いたからだ。
現在使っている機体が万全だとはいえ、いつ代替機が必要になるかわからない以上、
初期調整だけでもすぐに行わなくてはならない。
整備班総出で作業にかかり、半刻ほど前に全て終わらせて整備班の者達は帰っていったが、
自分は班長として報告書を書くなどの仕事が残っている。
その前に一度顔でも洗ってスッキリしようかと、トイレにやってきたのだ。
すると、深夜にも関わらずトイレには先客がいて、
「・・・え?」
時間が時間だからトイレの○子さんかと想像しそうだが、違う。
そこで見た人物は、
「・・・み、みぶや・・・さん?」
心霊現象とは全く縁がない恰好をしていたので、怖くも何ともない。
それすらも超越してただビックリな格好なのだ。
「は、はら・・・さん・・・。」
小声で疑問符混じりで呼びかけてきた原の声に、
壬生屋は何かまずいところを見られたらしく、ぎこちなくゆっくりと振り向いた。
その顔は、真夏の太陽に長時間さらされたのではと思うくらいに茶色の肌で目の周りをパンダのように白く塗り、
大きめの付けまつげを付けて、アイシャドウや口紅は派手な色に。
髪型は、おそらくはカラースプレーか何かを使って茶色にし、ヘアーアイロンでパーマがかかっている。
ここまで普段の彼女とかけ離れていたら“え?誰?”となるはずだが、
服装はいつもの胴着なので逆に彼女だとしか思い当たらない。
しかも当の本人はこれから着替えるつもりだったらしく、
手には派手な色のミニスカートとルーズソックスが握られていた。
普通ならば、服装と化粧と髪型があまりにもミスマッチなのですぐにでも笑いだしてしまいそうではあるが、
それをしている人物が人物なので、笑うよりも先に呆気に取られてしまうのは仕方がない。
(え?えっ、ちょっ、だ、誰も止めなかったの?ちょっと、え?というか、何?私以外に誰もここに来なかったの?)
・・・いつも冷静な原がここまでテンパるのは、5121に来て以来初めてかもしれない。
と、とりあえず、何事か聞かねばならない。
「み、壬生屋さん・・・。どうしたの、その恰好・・・?」
何とかこんがらがる頭を抑えて、原は尋ねた。
すると、
「は、原さ〜〜ん・・・。」
その声で原の混乱を察したためか、壬生屋は情けない声を上げて泣き出した。
少し経って、
「落ち着いた?」
「はい・・・申し訳ございません。」
2人は、校舎の外、グラウンド脇の土手に座っていた。
2人とも手には自販機で買った飲み物を持っている。
壬生屋は元の姿に戻っていた。
日焼けしたような茶色の肌は濃い色のファンデーションで、パーマがかかった髪はカツラであった。
化粧も原が常に携帯している化粧落としを使ったらすぐに落ちた。
よかった。
本当によかった、と原はしみじみ思う。
「それで、一体何があったの?」
そして眠気覚ましの缶コーヒーを飲んで尋ねる。
「そ、それは・・・。」
尋ねられた壬生屋は言いづらそうに下を向く。
「その・・・。」
「貴女が最近瀬戸口君を避けているのと何か関係があるの?」
「えっ・・・!?」
原は口ごもっている壬生屋に代わり、思い当たることを尋ねた。
どうやらそれは図星だったらしく、
「ど、どうしてそれを・・・?」
よくあるリアクションで返ってきた。
「私は整備班主任よ。パイロットの様子・・・いえ、隊員全員の様子を常に観察していないわけがないでしょう?
貴女と瀬戸口君、ようやくいい感じになってきたなって思って見ていたのに・・・一体何があったの?」
種明かしをして、年長者として部下の悩みについて窺ってみる。
壬生屋は、
「・・・・・・。」
すぐには答えずに原の顔をまじまじと見つめ、
「・・・・・・っ。」
そして俯いてしまう。
原はその意図がわからずに、
「・・・私の顔がどうかした?」
と、再度尋ねると、
「・・・原さんは綺麗ですね。」
と、脈絡のない言葉が返ってきた。
「は?」
言葉の意味がわからずに原の頭に疑問符が飛ぶ。
どうしたのかと思っていると、
「お化粧も丁寧で、私服だって大人っぽくておしゃれで・・・。
わたくしなんて、足元にも及ばない・・・いえ、比べるのもおこがましい・・・。」
次の言葉を聞いて、何となく察しが付いてきた。
「ようするに、自分の容姿に自信がなくなった、と。」
「はい。・・・いいえ、少し違います。
元々、自信なんてありませんでした。
でも、瀬戸口君はそれでもわたくしを選んでくれた。
それで安心したんです、“わたくしはこのままでいい”って。
だけど、瀬戸口君と以前お付き合いがあった方に言われてしまったんです。
“貴女は瀬戸口君に相応しくない”って・・・。
そうしたらもう、瀬戸口君に申し訳なくなってしまって、隣りにいるのが恥ずかしくなって・・・。
だからここで、魅力の訓練を始めたんです。
街でファッション雑誌を買って、
瀬戸口君と以前お付き合いしていた方と同じお化粧や服装が出来るように訓練していたのですが・・・。」
「失敗した、と?・・・でも、合ってたんじゃない?メイクの仕方と服選びは。」
原は壬生屋の横に置いてあるファッション雑誌を横目で見ながら言葉を受け継いだ。
ファンデーションやカツラは日焼けサロンや美容院に行く前の試しであったのだろう。
壬生屋が先ほどまでしていた化粧も持っていた服も、
ファッション雑誌に載っている女子高生のそれと同じであった。
しかし、それは正解ではなく。
「いいえ、そういうことではないんです。
訓練して、せっかく似せれるようになったのに・・・ただ、なんだか違和感があって。
“これがわたくしなんだろうか?わたくしはこれでいいんだろうか?”と思ってしまって・・・。
せっかく瀬戸口君の隣りに立てるように訓練したのに・・・自分が情けなくて・・・。」
そう言って、壬生屋は肩を震わせながら俯いてしまった。
静かに涙を流す。
壬生屋の言葉を聞いて、原は壬生屋の悩みの正体を理解した。
思えば、かつて自分も同じことで悩んだことがあった。
・・・昔のことで、もう忘れてしまいたいのだが。
「壬生屋さん、泣かないの。
貴女はとってもキレイなんだから。」
励ましながら、原は壬生屋の肩を抱き寄せた。
悩んでいる可愛い後輩に体温を分けるように。
「いいえ、わたくしは綺麗ではありません・・・。」
普段ならば、急に抱き寄せられればびっくりして飛び上がるだろうにそれすらせずに、
壬生屋はただそのままで原の言葉を否定する。
それでも原はそれを認めずに励ます。
「違う、とってもキレイなの、恋する女の子はね。
完璧なメイクをしなくても、流行りの服を着ていなくてもそれだけでキラキラに輝くの。
女の子は好きな男の子が出来たら、誰だって“もっとキレイになりたい!”って悩むわ。
でもね、壬生屋さん、貴女はそんな変なメイクや服を着なくたって十分にキレイなの。
そのままでも、とびっきりの美人だわ。
貴女が持った違和感の正体、それは貴女がさっきのメイクや服装に抵抗があるからよ。
自分が好きでもない恰好をしてたら、それは落ち着かなくてしょうがないでしょう?」
「で、でも!綺麗になるためだったら、自分の好みに合わないからって!!」
壬生屋は顔を上げて反論する。
しかし、原はやんわりと言葉を返す。
「だからって、自分が好きでもない恰好をしていたら楽しくないし辛いでしょう?
そんな状態で可愛く笑えたりする?」
「それは・・・。」
原の言ったことは正解だ。
何より、自分がそう思っていたことは揺るぎない事実なのだから。
しかし、だからといって、
「でも・・・そうしたらわたくしはどうすれば・・・。」
問題が解決したわけではない。
自分は、おしゃれではない自分のままだ。
今はそれで良しとしても、またいつか自分は瀬戸口君に相応しくないと悩むようになる。
すると、
「だ・か・ら!」
原は壬生屋の両肩を掴んで、自分と目を合わさせると陽気な口調で、
「私が手伝ってあげるんでしょ♪」
頼もしげに、ウインクをしながらそう言った。