「そんなことない!シオネ、しっかり!!」
「ありがとう、童子……。でもね、もう………ねぇ、童子?」
「なに?」
「最後に……お願いを1つ、聞いてくれる…?」
「うんうん!おで、なんでも聞く!!」
「私をね、殺して欲しいの……貴方の手で。」
「え……?」
「力を持った者として、恐れられて殺される前に……私は私のままで死にたいの………。
貴方になら頼めるから……ね?」
「い、いやだ!そんなこと、おで、できない!!シオネただ、病気だからそう言うだけ元気なれば平気!
そだ、おで、薬草取って来る!!」
「あっ!待って、童子!!」
「……口!瀬戸口!おいっ!!」
「はっ……!」
瀬戸口が目を開けるとそこはかみかぜの格納庫の中で、目の前には舞がいた。
いつの間にか眠っていたらしくそこを舞に起こされたようだ。
「大丈夫か?うなされていたぞ。」
「ああ……うん。」
現実がまだ帰りきらない瀬戸口は弱々しく頷いた。
舞は瀬戸口の隣に腰を降ろした。
「悩んでいるな、随分と。話してみてはどうだ?抱え込むよりマシになるぞ。」
瀬戸口は隣に座っている舞の顔を見た。
そうだ、こいつも何でも1人でどうにかしようとする奴だったな……。
「同じ事を言うんだ、あいつ。あの人と……。」
「あの人?……先代のシオネ=アラダのことか?」
「ああ。俺に殺してくれって。ひどいよな、俺の気なんて知らないで。」
「そうか……。それでお前は、先代のときはどうしたんだ?」
「……選べなかった。薬草を取りに行くって、言い訳してあの人から逃げたよ。
そしてしばらくしてあの人のところに戻ったら……あの人は…。
……無残にも人間共に八つ裂きにされて、花で飾られてたよ。」
「…………。」
「俺があの人の願いを聞いていればよかった。俺があの人のそばにずっといればよかった!
俺が逃げなければあの人は………。でも、俺はどっちも選べなかった!!」
瀬戸口はここで言葉を切って鼻をすすった。
「壬生屋がどんどんシオネに似ていくんだ。
似ていくからまた同じ事が起きるんじゃないかって、怖かった。
シオネに似ていくのが怖くてあいつから逃げた。
でも……また……。
どうすりゃいいんだよ……。
どうすればっ……!」
瀬戸口は膝を抱えてうずくまる。
「……どうもしなくていいんじゃないか?」
「え?」
舞は瀬戸口の肩を抱く。
「お前がシオネにしたことは別に間違いでも逃げでもない。
私だって厚志に同じ事を言われたら同じ事をするかもしれない。
ただ、結果がそうなっただけだ。」
舞は瀬戸口に上を向かせて涙を拭いてやる。
「確かに同じ事を言われただろう。だがあの時とは状況が違う。
お前はその時は他に誰もなく1人で決断しなくてはならなかったが、今は私がいる。
厚志も、ののみも、赤松もいる。
お前1人が全てを負わなくて良いんだ。
だからお前が好きなように選べ。もし間違っていたら我らがそれを止めよう。
決して未央にシオネと同じ道をたどらせはしない。決してな。」
舞は瀬戸口の肩を優しく叩くと立ち上がった。
「そうだ。未央を誤解するなよ?
未央はお前を苦しめるためにお前に頼んだのではないぞ。
お前になら全てを預けられる……それだけだ。
私も同じ女だからわかる。
……さて、私の用は終わった。
決意が固まったら研究室に来るがいい。……待ってるぞ。」
瀬戸口をその場に残し、舞は去っていった。
舞と入れ替わりに、
「ちぇっ……言おうとしたこと、ほとんど言われちまったし……。」
赤松が入ってきた。
「なんだよ、笑いに来たのか?」
「ばっ!……ちげーよ、あんたに言いたいことがあって来ただけだよ。」
赤松は照れ臭そうに頭を掻く。
「あーなんだ、悪かったな。」
「何が?」
「但馬さん達のこととか…隊長のこととか……とにかく悪かった!
お前は隊長を泣かせた最低な奴だけど、お前はお前で何かあったんだよな。
なのに何にも考えずに……とにかくごめん。」
そんな赤松の様子に瀬戸口の口から笑みがこぼれる。
「フッ……いいさ、別に。しかたないさ。」
「なんだよ、笑うなよな……。」
赤松は瀬戸口の隣に腰を降ろした。
瀬戸口が隣の赤松に薄く笑って話し掛ける。
「なぁ、お前達の隊にいたときの壬生屋は……どんな奴だった?」
「う〜ん……そうだなぁ……凛々しくて誰よりも勇敢。男相手にも退けを取らないほどの武道家。
かといって威張ったりせず、自然に他人を思いやられる優しい人。大和撫子ってやつだよな。」
「ああ。」
そこはシオネと同じだなぁ…と瀬戸口は思った。
「と思いきや、すごいドジッ子でおっちょこちょい。世間知らずで特に男女事にはとことん無知。
ある時“隊の皆に”って料理したときは、何をどうしたのか砂糖と塩を間違えたらしくすんごいモノが出来上がってた。」
「あはは。そりゃあ、壬生屋ならやりそうだな。」
そのときの壬生屋の様子を想像して、瀬戸口は声を上げて笑った。
「そうなんだよなぁ、生真面目なくせにどっか抜けてるんだよなぁ。
で、隊の皆……特に但馬さん辺りが“隊長が作った物を残すわけにはいかーん!”とか言って、死ぬ気で食ってた。
そしたら全員腹痛起こして、衛星官の俺様はどえらい目に遭ったってわけよ。
隊長は真っ赤になって“すみません、すみません!”って必死になって謝ってたな。」
「ははっ。壬生屋、そういうところは昔っからちっとも変わってない…。
……仲良かったんだな、お前らと。」
「ああ。……いつ死ぬかわからない所にいるって言うのに、暗くなる暇なんてちっともなかった。」
「そうか。」
「ああ…。」
2人は無言になり、それぞれの想いに馳せた。
数分が経って、先に赤松が口を開いた。
「但馬さんな、隊長のことが好きだったんだ……。」
「へぇ……。」
「でもな、“隊長の目には他の奴が映ってる。だから隊長を幸せにできる奴は俺じゃない”って……。
結局告白もできないまま死んじまった。」
「………。」
「俺、芝村さんとあんたの話、たまたま聞いてた。
シオネさんがどんな人か知らないし、何があったかはわからないけどこれだけは言える。
俺達隊員にとって、隊長は壬生屋未央。
他の壬生屋未央なんて会ったことないし、知らない。
あの隊長が俺達の隊長なんだ。
だから隊長を泣かせる奴は許せない。」
赤松がまっすぐに瀬戸口の顔を見た。
そして、軽い右ストレートを瀬戸口の頬に押し当てる。
「うっ……!」
「へへっ、隙あり!しがない衛星官でも、へたれてる奴には一発くらいは当てられるさ。
今のは情けないあんたの姿を見て、どっかで腹立ててる但馬さんの代わりに殴った。
……悔しいけどさ、隊長にとっては俺達の言葉よりあんたの言葉の方が何倍も、何十倍も、何百倍も効くんだよ。
力だってあるくせに、昔の女に似てるとかなんとかでうじうじされるのはたまったもんじゃない。
もっとはっきりしろ、天国の但馬さんを安心させてやってくれよ。
但馬さんは……俺達は、隊長の幸せを願ってるんだからよ……。」
それだけ言うと、赤松は立ち上がりその場を後にした。
「ったく、どいつもこいつも言いたいことばっか言いやがって…。」
赤松が去った後、瀬戸口は頬を抑えた。
痛みなど全くないが、何故かじんと残るものがある。
ため息を1つ吐くと舞と赤松が言った言葉が心に甦ってきた。
その言葉は瀬戸口の心を濁らせていた何かを取り去り、透き通らせていく。
そしてそこに強い想いが生まれた。
「俺のやりたいこと……できること……!」
心に確かにある自らの意志を確認するように呟くと、瀬戸口は立ち上がった。
「来たか。待っていたぞ。」
瀬戸口が研究室に足を踏み入れると、舞が温かな笑顔でそう言って迎えた。
ののみと赤松の目も温かなものだった。
「して……お前はどうする?」
舞が尋ねる。
一呼吸置き、自らの決意を力強く守るように再度心に響かせてから瀬戸口は口を開いた。
「……壬生屋にもう一度会って、あの時シオネに言いたかったことを言う。
もし結末があの人と同じでも、同じ後悔をしないようにしたい。
あの時と、今と、少しでも何かが違うならそいつに全部かけてやる!
これが………俺のやりたいこととできることだ。」
「それでいいのか?」
舞が瀬戸口を見据える。
「ああ、文句は言わせない。」
瀬戸口がその目を見つめ返す。
やや間があって、舞が声を立てて笑い出した。
次いで瀬戸口が笑い出す。
最後にののみと赤松が明るく笑う。
「よし、瀬戸口。お前と赤松は未央を迎えに行ってやれ。
私とののみはここに残って共に黒幕を叩く。
今は休んで翌朝、作戦を実行する。
作戦については赤松に未央の下へ向かうときにでも聞くがいい。」
「ああ、わかった。」
瀬戸口が大きく頷いた。
「ねぇねぇたかちゃん〜。」
ののみはベッドから下りて、瀬戸口の正面まで駆け寄ってくる。
「ののみにもね、できることあったよ♪」
ののみと目線を合わせるために瀬戸口は身を屈めて言う。
「ああ、まいったよ。降参。俺の負けです。」
楽しげな声だった。