翌日、瀬戸口と赤松はかみかぜでオーストラリアへ向かった。
舞が昨日、万が一のため密かに壬生屋に仕掛けた発信機は、
壬生屋がエアーズロックから移動していないことを示していた。
『こちらはこれより作戦を開始する。そちらはどうだ?』
助手席の瀬戸口の膝の上にあるノートパソコンのディスプレイに、舞の姿が映り、話し掛けてきた。
舞は現在、電脳世界に降りている。
「もうすぐ目的の場所に着くよ。」
『そうか。事が起こり次第連絡を入れる。……武運を祈るぞ。』
「武運って……。戦いに行くわけじゃないんだけどなぁ。まっ……きっちり話つけてくるさ。
お前さんも気をつけてな。」
『無論だ。』
言い終わらないうちに舞はディスプレイから姿を消した。
これからののみのシンパシー能力という名のケーブルを通り、
相手の意識という名のコンピューターにハッキングをかけるのだ。
失敗は許されない重大な任務で、この2人の働きがなければ壬生屋の呪縛を解くことはできないだろう。
瀬戸口はここにはいない2人に感謝した。
「着いたぞ。ここから先に、隊長はいる。」
赤松はレーダーが青い点を示すところ手前の岩山の陰にかみかぜを着陸させた。
「俺はここで待ってるけど、芝村さん特製の人工衛星を使ってあんたと隊長のこと見てるからな。
何かあったら……あ〜っと…とにかく何かするからな!安心して行ってこい!!」
「ああ、頼んだぞ。」
頼もしく笑うと瀬戸口はノートパソコンを赤松に手渡した。
赤松にも感謝の念は尽きない。
そして陰で支えてくれている厚志にも。
「それじゃあ、行ってきますか!」
共に戦う友を誇りながら、瀬戸口はかみかぜから地面へと降り立った。
こちらは電脳空間。
舞の意識は研究所の装置の中にいる。
「ののみ、聞こえるか?」
『うんっ。大丈夫なのよ。』
頭上からののみの声が聞こえた。
ののみは索敵のためにリンクされた別の装置の中に居るため、舞と同じ場所にはいない。
いないが舞の様子は手に取るようにわかっている。
「……見つかったか?」
『うん。まだののみに見つかったこと、気づいてないみたいなの。
どうするの舞ちゃん?行くの?』
舞が唇をきゅっと引き締める。
「ああ。すぐにでも賊を叩き、未央を少しでも早く解放する。
ののみ、案内してくれ。」
『わかったの!こっちだよ。』
ののみが指し示す先をみつめて、舞は研究所の装置から姿を消し、ターゲットへと飛び出した。
瀬戸口は足を止めた。
視線の先、少し離れたところに壬生屋がうなだれ立ちつくしている。
「壬生屋。また来てやったぞ。」
「…………………。」
壬生屋からの返事はなかった。
「壬生屋、お前さんに話したいことがあるんだ。聞いてもらえないかな?」
「…………………。」
さらに返事はない。
瀬戸口は別段取り乱すということもなく壬生屋に近づこうとした。
その瞬間、
「………っ。」
壬生はが操り人形が糸で引かれたかのように急に頭を上げた。
乱れた髪の間から覗く左目の赤い目がまがまがしく光る。
様子がおかしい。
「壬生屋、俺の声、聞こえるか?」
心配になって瀬戸口が三度声をかける。
が、しかし。
「うぅぅぅ………ぎゃあああああ!」
またもや返事はなく、替わりに無数の幻獣を生み出した。
「くそぉ……!俺の言葉は届いていないのか……!」
瀬戸口は自身の体を鬼化させ、迫り来る幻獣達を片っ端から葬り去る。
「待ってろよ、すぐにお前さんの下へ行くからな……!」
どこかにある、とある空間。
そこに黒いスーツ姿の男がたたずんでいる。
黒い帽子を深く被っているので顔や年齢を窺い知ることは出来ないが、雰囲気からして若者ではないようだ。
男は革張りの分厚い本を読んでほくそえんでいる。
開かれたページには幻獣を生み出す壬生屋と、鬼の姿となって戦う瀬戸口の姿が映っている。
「無駄だよ……。お前に何ができる?」
「それはどうかな。」
男の耳に女の声が響いた。
取り乱すことなく冷静に男は周りを見渡すが姿はない。
「!」
突然、男の背後に閃光が駆けた。
間一髪のところで男はそれをかわすと、ゆっくりと振り返った。
「ほぅ……これはこれは。芝村の末姫殿ではないか。
こんなところで出会うとは思ってもいなかったよ。
どうやってきたんだい?お父上の力かな。
よろしかったら私に教えていただけないか?」
男の視線の先にはウォードレス姿の舞がいた。
「貴様ごときに話すことはないな。今すぐにここで死んでもらう。」
舞がどこからか銃を出現させ、狙いをつけて撃った。
再び閃光が男へと駆ける。
男はそれを笑いながらいとも簡単に避ける。
怯むことなく舞は閃光を連射させるが、男はそれを避け続ける。
「おや、つれないな。せめて自己紹介くらいさせてくれたまえよ。」
避けながら男は言った。
舞は連射しながら言葉を返す。
「未央を苦しめた輩に持ってやる興味などない!どうしても名乗りたいのなら即座に未央の呪縛を解くがいい!!」
「呪縛か、フフフ。ずいぶんな言われようだな。あれはあの女が受け入れたものだというのに。」
「なんだと!」
舞の撃つ手が止まった。
距離を開けて男も立ち止まる。
「ようやく話を聞いてもらえるようだね。まずは私の名前……、」
「そんなものを知ってやるつもりはない!未央が呪縛を受け入れたとはどういうことだ!!」
「……やれやれ。そうだな、私の名はどうでもいいか。
私はこの世界の人間には知られてはならない存在なのだから。
末姫殿の疑問を解決するにはまずはこれを見ていただこう。」
男が指を鳴らすと男の背後に、いくつもの鎖に絡まれ倒れている壬生屋が現れた。
「未央!」
舞が光の速さで宙を駆け、壬生屋に駆け寄ろうとした。
「おっと。」
舞が壬生屋の元へたどり着く直前に男は再度指を鳴らし、壬生屋の姿を消した。
膝をついて壬生屋を抱き起こそうとしたその腕を震わせながら舞は男を振り返る。
「未央に何をした!!」
男は笑いを押し殺しながら言う。
「困った末姫殿だな。すぐに激昂するとは芝村らしくない。」
「何をしたと聞いている!!!」
「ふむ仕方ない、お答えしよう。……この世界に対する復讐だよ。
私を裏切り、私を殺した世界への。
私を陥れたお前達へのな……!」
男の口調が穏やかなものから恐ろしいものに変わった。
「私を殺した、だと?では、貴様は……。」
「私の体はすでにないよ。頭を撃ち抜かれた、即死だ。
だが、こうなるかもしれないことを予期していた私は、精神をこの世界にバックアップしておいた。
私が私自身の復讐をするためにな!」
「どういうことだ!何を言っている!!」
「ククク……芝村なら気づくはずなんだがな…。」
舞は男の言動と姿ですぐに答えにたどり着いた。
「貴様、まさか……!?」
「そうだ、そのまさかだよ!ハハハハハハ!!こんな形で出会うことになるとは思わなかったよなぁ、お互い。」
「全くだ。……貴様らは人の命を、運命をいたずらに弄ぶ最も忌むべき存在。
そんな者に私の友が苦しめられているかと思うと、怒り以外の何も感じられん。
……未央を取り戻す理由が1つ増えたな。」
舞が鋭い目で男を睨むが、男の余裕は変わらない。
「だから無理なんだよ。きっかけはそう、移植用の眼球を私がプログラムしたものとすり替えたのだ。
私の復讐の道具、私のために働く美しきマリオネットとなってもらうためにな……。
だがあれはもう、私の意志ではなく自分の意志であの目を受け入れているんだ。
私に操られ目を使っているうちに勝手に絶望していってな。
今じゃ私が動かずとも勝手に幻獣を生み出し、勝手に人を殺し、勝手に世界を滅ぼそうとしていてくれているよ。」
「………!」
奥歯をかみ締める舞。
男の顔に邪悪な笑みが浮かんでいく。
「……でも、それもいつまでかな?
暗殺されるのが先か、お前達に殺されるのが先か。
それとも邪魔するもの全てを消し去り世界を滅ぼし尽くすか……。
本当に便利な女だよ、彼女は……まさかここまで狂って、ここまで立派に働いてくれるとは思わなかった!
そうだ、感謝しなくてはな、心から!!」
「うるさい!」
男の発言に耐えかねた舞が閃光を放つ。
怒りで狙いが定まっていない。
男は聞くだけでも胸焼けがするような笑い声を続けながら閃光を避けていく。
「ハッハッハッ!!!当たらんなぁ……ちっとも当たらないし掠りもしない!!!
こうしている間にも、壬生屋の絶望は瀬戸口を殺しているかもしれないなぁ……いや逆もありえるかな?
愉快だ、茶番だ、悲劇だ、喜劇だ!!お前達が苦しんでいる様を見るのは本当に楽しいよ、最高だよぉ!!!」
無数の閃光の中で、男の狂ったような笑いが響き続ける。
「はああああっ!!!」
瀬戸口の鬼の爪は一振りで何体もの幻獣を切り裂く。
しかし、瞬く間にまた新たな幻獣が押し寄せてくるため、全然前に進めない。
それでもあきらめずに1歩1歩壬生屋へと近づき、ようやく触れられる距離までたどり着いた。
「壬生屋っ!!」
最後の1歩を大きく踏み出し、瀬戸口は壬生屋を抱きしめた。
「壬生屋、壬生屋!しっかりしろよ!!俺だ、瀬戸口だ。」
瀬戸口は必死に呼びかけるが壬生屋からの返事はない。
左目から幻獣を産み続けるばかりだ。
それでも瀬戸口は壬生屋へ語りかけるのをやめない。
「俺、お前に言いたいことがあるんだ。答えられなくてもいいから聞いてくれ。
……お前は俺に殺してくれと言ったが、絶対に聞いてやらん。
俺はお前が好きだ、愛している。お前と共に生きたい。
だから俺は千回死んでもお前を殺してなんかやらない。」
今の壬生屋は自我を失っていて、自分の言葉が届いているのかわからない。
わからないがそれでも瀬戸口は優しく壬生屋に微笑んだ。
「お前をずっと護り続けるよ。もう二度と誰にも奪われないように。
それでもお前は俺に殺せと言うかもしれないが、絶対に嫌だ。
わがままな俺は何があっても、誰に邪魔されても、お前の側にいる……側にいられる未来を望み続けるよ。」
瀬戸口は壬生屋の唇に優しく、愛しく口付けた。
そして抱きしめ、耳元で囁く。
「愛してるよ……壬生屋。もう離れない……離さないから。だから戻って来い、壬生屋。」
そのまま抱く手に力を込めて、頬を寄せる。
壬生屋の存在を全身で感じ、おだやかな笑みを浮かべて目を閉じた。
幻獣達が瀬戸口の体に無数の傷を作っていくが全く気にならない。
この鬼の体は勝手に再生していくし、壬生屋をつかまえた時点で幻獣と戦う理由などないのだ。
………ただ単純に、この両手を壬生屋から離したくない。ただ、それだけだ。
それに今の壬生屋は泣いているようにしか見えないから手を離しちゃいけない。そう思ったんだ………。