――もう嫌、何もかも……。
わたくしが弱いばかりに但馬さん達を死なせてしまい、瀬戸口君達に迷惑をかけた。
……瀬戸口君達……無事に逃げられたでしょうか?
もし逃げられても、2度とわたくしに会いに来てはくれないでしょうね。
こんな血塗れた姿を見てしまったのですから……。
それに来てくれたとしても、その時こそ瀬戸口君達を殺してしまうかもしれない。
いえ、もしかしたらあの時逃げられずに……!
嫌……そんなの嫌!!
これ以上あの方達に迷惑かけたくない!
苦しむ姿なんて見たくない!
こんなに弱い血塗れたわたくしを見て欲しくない!
だから……もう、会いたくない……側に来ないで。
わたくしのことは放っておいて……わたくしのことなんて忘れて。
もう、何も考えたくない。
誰か、なんでもいいから早く終わらせて。
誰でもいいからわたくしを殺して……お願い。
「駄目だよ未央ちゃん。そんなこと言っちゃ。」
初めて聞いたはずなのに妙に聞き慣れたソプラノが聞こえ、漆黒の暗闇で壬生屋はぼんやりと目を開いた。
目の前に黒いインナーに白い法衣姿の女性の姿があった。
肩までの短い黒髪に白いヴェール。
顔は目がぼやけてよく見えないが優しげな黒い目をしているのはわかる。
自分と同い年くらいのはずだが、なんとなく少女っぽく見える。
――誰?
「ちょっと名乗れない事情があってね、それは言えないんだ。
強いて言うなら私は誰よりも君を知る者で君に近しい者、って感じかな?」
――……………。
「わからないだろうけど仕方ないさ、私は……って、そんな暇はないんだ。
未央ちゃん、これを見て。」
女性は両手から紫色の光を放ち、球状にする。
その時、黒かった瞳も紫色になった。
壬生屋はなんとなく瀬戸口君に似ている……と思いながら女性と光球を見ている。
女性が光球を宙に浮かび上がらせると、そこから瀬戸口の声が聞こえた。
必死に、そして優しく壬生屋に呼びかける瀬戸口の声。
――瀬戸口君……なんで……。
「なんでって、これがぐっちーの……瀬戸口の本当の気持ちだよ。」
――瀬戸口君の……本当の気持ち……。
「そう。あのヘタレ……じゃない、瀬戸口は今、未央ちゃんのためにがんばってるよ。
さてどうしようか?」
――……瀬戸口君は今、戦ってらっしゃるんですか?
「……。戦ってるねぇ、必死だよ。
どんなに傷つけられても引き下がりはしない。
死んでも戦い続けるだろうね、他でもない君のために。」
――わたくしなんかのために……。
「そうだね。で、どうしようか?」
――どうしようかって……。
こんなところにいるわたくしには何も思いつきません。
それにここから出たところで、わたくしに一体何が……。
「それは違うよ、未央ちゃん。
“何ができるか”が重要なんじゃない。
“何をしたいか”が重要なんだよ。
どんなに能力があったって、心が無きゃ何も生まれない。
逆に、能力が足りなくても心があればどうにかなる。
そのことを私は、君から教わったんだよ?」
――わたくし、そのようなこと貴女に教えてはいませんが……。
「んまぁ、こっちの話。
で、未央ちゃんはどうしたい?
お姉さんに言ってごらん?」
――……瀬戸口君がわたくしのせいで傷つくのは嫌。
すぐにでも戦いを止めたい。
もし許されるのならば、瀬戸口君と一緒にいたい……!
もう離れたくない……!!
「……1個駄目出し、“自分のせい”なんて思っちゃ駄目。
それだけ未央ちゃんが瀬戸口に愛されてるって証拠なんだから胸張りなさい。
未央ちゃんも、瀬戸口が好きなんでしょ?」
――……はい。
お慕いしています……。
「……それだけわかってるならもう十分だね。
それじゃ、私はここらで退散します。」
言うなり女性は光球を消し去り、黒い瞳に戻った。
宙にふわふわと浮き上がり、壬生屋を見下ろす。
――ちょっ……退散するって!
わたくし、その……鎖が。
「あぁ〜平気平気、問題ない。
今の君なら、自分で鎖を断ち切れる。
……思い描いてごらん、鎖を断ち切り愛しい人のところへ飛び出す自分を。」
――鎖を断ち切り……愛しい人のところへ……。
壬生屋は目を閉じ、祈った。
鎖を断ち切る力をください、あの人に会わせてください、と。
壬生屋の曇っていた心が澄み渡り、愛しい人の笑顔を思い出した瞬間、
壬生屋は光の結晶体となり、漆黒の闇を光の速さで駆け上っていった。
自身を絡めていた鎖なんて、何の束縛にもならなかった。
後には女性が1人残されていた。
「そう、それでいいんだよ、未央ちゃん。
着いたらもう、離れるんじゃないよ。
瀬戸口を救えるのは君だけなんだから……。」
呟き1つを遥か天上へと残すと、女性の姿は掻き消えた。