「なんだと!!」
突如、男は男の中で力が失われるのを感じた。
壬生屋を支配していた幻獣の目の呪縛が打ち破られていく。
男は驚きのあまり、動きを止める。
「今だ!はあああっ!!」
舞が右手に剣を持ち、男に切りかかる。
「ちいぃぃっ!!」
本を剣へと変え、舞の剣撃を防ぐ。
が、それは敵わなかった。
舞の剣は炎を纏い男の剣を叩き割り、そのまま男を真っ二つに切り裂いた。
「なっ……!火の国の宝剣だと……!!なぜ、貴様がぁ…っ!!」
「今だ瀬戸口!幻獣の目を潰せ!!」
舞は男の声を無視して遥か天空へと叫ぶ。
「たかちゃん!今だよ!!」
舞の叫びを、装置の中で見守っていたののみが光の先へと繋げる。
「瀬戸口、今だ!!」
かみかぜの中でノートパソコンを抱えてこの瞬間を待っていた赤松が、
仲間に言葉を届けるための無線へ呼びかける。
「…!」
瀬戸口が耳に仕込んでいたイヤホンに赤松からの合図が届く。
壬生屋を抱きしめ優しく目を閉じていた瀬戸口は、カッと目を見開き次の瞬間、
「はあっ!!」
壬生屋の左目を裂いた。
血が薔薇のごとく舞い散る。
それを合図に幻獣達は何の声もあげずに跡形もなく消えていく。
新たに幻獣が生み出されることも無い。
瀬戸口は鬼の姿から人間の姿へ戻った。
「瀬戸口……君……。」
閉じられていた右目から青い瞳を輝かせ、壬生屋は瀬戸口の名を呼び、彼の胸へと倒れこんだ。
壬生屋を受け止めた瀬戸口もその流れに逆らわず、地面へ座り込んだ。
「壬生屋!」
瀬戸口の呼びかけに壬生屋は薄く笑って応えた。
「よかった……貴方に、会えた……。」
「大丈夫か?」
瀬戸口が安堵と心配が入り混じった情けない顔と声で尋ねた。
「はい……でも、ちょっと……疲れてます。」
「……そうか。」
「えぇ。あっ……。」
瀬戸口を見上げている壬生屋の視界に白いものが降ってきた。
雪だ。
「雪……。綺麗……。」
「ああ、そうだな。」
いつか日本で見たのと同じ、真っ白く冷たい雪。
だが、今見ている雪とあの時見た雪は全くの別物だった。
「……不思議です。……寒いはずなのに……暖かい。……変わった雪ですね。」
「ああ。暖かい雪、……だな。」
「……こんな雪も、あったんですね。瀬戸口君……わたくし、なんだか眠いです。
……必ず目を覚ましますから、眠ってもいいですか……?」
「いいよ。おやすみ、壬生屋。」
瀬戸口は壬生屋の右の目元に優しく口付ける。
「おやすみなさい、瀬戸口君……。」
壬生屋はそれを受け入れると目を閉じ、眠りについた。
その寝顔は幸せそのものだった。
降り続く雪の中、瀬戸口は自分の胸で安らかに眠る壬生屋を愛しく抱きしめた。
「終わりだな。私達の勝ちだ。」
舞が倒れた男を見下ろしながら言った。
男は血溜まりに体を2つに分けられたままで苦しんでいる。
「馬鹿なっ……火の国の、宝剣は……頂点の…っ、アラダだけが…っ!」
「その通りだ。だが、奴は貸してくれた。ここだと思ったときに使えとな。」
「くそっ……!ルール違反…がっ!」
「貴様に言われたくはない。それに、勝てばいいのだ。」
「っの、ちきしょーが……。だが、ここで終わらん……ぞ……。」
その言葉を最後に男は息絶えた。
それは男にとって2度目の死だった。
「終わったな……ん?」
舞は男の死を見届けると、男の剣が本の姿に戻っているのに気がついた。
本はひとりでにパラパラとページを捲ると、途中でパタリと動きを止め、また別の姿に変化した。
それは巨大な目の形をした化け物だった。
化け物は触手はにゅるにゅると伸ばし、天空を目指す。
「なっ……!」
舞は宝剣で触手を切り裂き、返し刃で化け物本体を切り裂く。
しかしその傷は一瞬で治りまた天空を目指す。
「まさか……!貴様、図ったな!!自分が死んでもあの目で世界を滅ぼすために!」
舞は息絶えた男に向かって叫ぶ。
しかし、返事をすることの無かったその死に顔は、不気味な笑みを浮かべていた。
次々と再生する触手を斬り続けながら、舞は赤松の持っているノートパソコンに連絡を取った。
「大変だ、瀬戸口!!」
赤松がノートパソコンを抱え、瀬戸口と壬生屋の下へ走ってきた。
「どうした?」
「芝村さんからの連絡だ!」
差し出されたノートパソコンからは舞の声だけが届いていた。
『瀬戸口、事態はまだ終わっていないぞ。
奴め……自分が死んでもあの目が宿主に寄生し続けるように操作していたようだ。』
「なんだって!」
瀬戸口は驚いて壬生屋の左の眼窩に目を落とした。
安らかな寝顔に変わりはないが、左の眼窩が不気味にうごめいている。
『今は私の方で防いでいるがそれも時間の問題だ……。
一体、どうすれば……。』
舞の言葉を聞いて、瀬戸口は壬生屋の寝顔を見つめた。
再び、この穏やかな顔を曇らすわけにはいかない。
そのためにためらうものなどあるだろうか。
「1つだけ、可能性があるぞ。」
『なんだと……!なんだそれは?』
「俺の目を、壬生屋に移植する。」
「はぁ?」
『何っ!』
瀬戸口の提案に赤松と舞は驚きの声を上げた。
「俺は千年の時を生きてきた鬼。その辺の幻獣とは格が違う。
俺の目を埋め込めば、あの目が再生するのを抑えられるだろう。」
「だろう、って!んなことしたらお前は!!」
「片目が不自由になるだけだな。壬生屋のためならそんなの惜しくない。」
『……無駄かも知れんぞ?』
「そしたらまた手を考えればいい。
どうした?時間がないんだろ?だったら早く済まそうぜ。」
赤松と舞の不安や心配など、今の瀬戸口の決断にはどうでもいいらしい。
瀬戸口の提案はもっともなのだが……なんだか……。
そう思う2人はどう言うものかと思案に暮れる。
『いいじゃない。やらせてあげれば?』
そこへ別の声が割って入り、ディスプレイに厚志の姿が映った。
相変わらずぽややんである。
『厚志!』
『あ、舞、宝剣役に立った?……と、まあそれはともかく、僕は瀬戸口の提案に賛成だよ。
多分、どうにかなると思うし。
シンガポール研究所なら十分な医療設備あるから移植も問題なく出来るでしょう。』
『…わかった。そうしよう。
その前に、厚志……?』
『何かな、舞?』
『なぜ私達の会話を……?』
『盗聴器、付けてたから。色んなところに。』
『「「はぁっ?」」』
ノートパソコンとこちらからの色々な声が、同時に驚きの声を上げた。
『ほらぁ、瀬戸口が舞に手を出さないか心配だからさ〜。』
「出すわけ無いだろう!ストーカーかお前は!!」
『う〜ん、せめて探偵みたいって言って欲しいな。
ま、それより早く研究所へ。良い報告を期待してるよ。』