世界連合軍日本支部熊本基地、1330時。
世界の国々は幻獣を滅ぼすために1つの軍となった。
元九州生徒会連合の建物であった場所に基地が建てられている。
………最も、世界連合なんて幻獣が地上から滅び去るまでの刹那的な繋がりでしかないのだが。
熊本基地の門前に軍服を着た女性が堂々と腕を組み門に寄りかかって立っていた。
2003年、芝村舞、19歳。
舞はやってきた瀬戸口とののみの姿を認めると門から背を離した。
「来たか。」
「芝村竜師自らの出迎えとはありがたいね。」
瀬戸口が軽口を言うが、悲痛を称えたその目ではそうは聞こえない。
「舞ちゃん………。」
とりあえずは泣き止んだののみが不安げに舞を見上げる。
あれから随分と背が伸びたののみだが、まだ舞より頭1つ分小さい。
成長障害は解除されたのだが後遺症のためか、同い年の健常な子供よりは成長発達が遅い。
知能の発達にも不安があり1年ほど研究所で調整を行っていたので、他の同い年の子より遅く今の中学校に入学した。
ののみは本来なら去年入学の中学校2年生だが、1年生の教室で勉強している。
遅くとも確実に成長できることをののみは心から喜んだ。
かつての仲間達もそれは同様である。
だが、心の絆は成長しても変わらないものでののみは今でも舞のことを姉のように慕っている。
「大丈夫だののみ。未央は必ず助ける。」
舞は安心させるように優しく微笑むと今にも泣き出しそうな妹の頭をなでた。
「瀬戸口、ここで話すことはできない。中へ行くぞ。」
頭を上げ、瀬戸口を射殺すような真剣な目で舞は基地内へと促した。
「ああ。わかった。」
「この者達は私の友人だ。さっさと通すがよい。」
舞はチェックゲート担当の兵に呼び止められる度にそう言って退けた。
芝村竜師の計らいで面倒くさいセキュリティチェックを省いて先に進む。
司令室手前にある会議室の前で舞は立ち止まった。
「ののみが来れるのはここまでだ。この部屋で待っていてくれ。」
「えっ……?これから未央ちゃんを助けるお話をするんでしょ?なんでののみだけ?」
ののみが不安と寂しさが混じった声で尋ねた。
「ここから先の話をお前に聞かせるわけにはいかない。お前を巻き込めないんだ。」
舞がかがんでののみの目線に合わせ、ささやくように優しく言った。
「ののみだけ……ののみじゃ駄目なの?たかちゃんはいいのに!!」
ののみは舞の両腕を掴んで必死に訴えた。
ののみはもう13歳だ。
素直な聞き分けがいいだけの子供じゃない。
「ののみ!……頼む、わかってくれ。」
舞は苦しげに声を絞り出す。
ののみの必死さは舞にもわかっている。
だからこそ辛い。
「……ののみ、もう子供じゃないもん!ののみだって、未央ちゃんを助けたいの!!だからののみも一緒に行く!!!
………ねぇたかちゃん、ののみも一緒でいいよね……?」
最後の一言は後ろで成り行きを見守っている瀬戸口に向けた。
必死なすがりつく様な目だ。
「駄目だ。大人しく待ってるんだ。」
瀬戸口は表情を殺して冷たく応える。
「……なんで?なんでののみは駄目なの?」
ののみにとって瀬戸口は兄であり父のような存在だ。
幼かったののみにいつも優しく微笑んでいたし、ちょっとワガママなお願いも快く引き受けてくれた。
こんな冷たい目で見られたのは初めての気がする。
うろたえた目で自分を見上げるののみに瀬戸口は表情を変えずに言う。
「ののみが行っても無駄だからだ。だから大人しく待っていなさい。」
ののみは自分の動揺に全く態度を変えず、厳しい父のように言った瀬戸口に怒りを感じた。
「嫌っ!!ののみも行くの!無駄なんかないもん!!ののみだって、ののみだって未央ちゃんを助けるんだから!!!」
「聞き分けのないのことを言うな!!!」
パァーーーン。
廊下に軽く鋭い音が響いた。
舞は驚いて目を見張る。
一瞬、時が止まったような気がした。
「……っ!………痛ぁい……。」
ドサッと、人が倒れるような音がして、そこで時が流れを再開した。
ののみの声で何が起こったかの認識が始まる。
――瀬戸口がののみを平手で殴った。
「ののみは……ののみは邪魔なの?」
殴られ赤くなった頬を押さえながら、涙を浮かべた目で瀬戸口を見上げた。
瀬戸口は息を乱しながらも冷たい目を変えない。
「……ああ、そうだよ!」
「……っく!!たかちゃんの……たかちゃんのばかぁ〜〜〜っっ!!!」
ののみはありったけの大きい声で瀬戸口を正面から怒鳴りつけると会議室へ駆け込んだ。
ドアを乱暴な音を立てて閉め、鍵を掛ける。
「っあああああああああん!!!」
鍵が掛かったドアの向こうから、ののみの大きな泣き声が聞こえ始めた。
「よかった…のか?」
舞が控えめに瀬戸口に声を掛けた。
「ああ……。あのくらいじゃないと、ののみを止められそうもなかった。でも、」
瀬戸口は一旦言葉を切って、さっきののみを殴った手のひらを見る。
「まさか殴るとは思わなかった……。」
その手のひらは真っ赤になっていた。
「そうか……済まなかったな。」
「別に。あの娘に聞かせたくない話なんだろ?」
2人は小声になる。
ののみの泣き声にかき消されそうだったが、うるさいとは思わなかった。
「ああ。いちおう念のため、見張りの兵を配置しておく予定になっている。」
「頼む。」
「では、行くぞ。」
舞と瀬戸口はののみの泣き声を振り切り、司令室に入った。