オーストラリア北海岸上空、0619時。
一機の超高速大型輸送ヘリ「かみかぜ」がオーストラリア大陸へやってきた。
かみかぜは大型輸送ヘリ「きたかぜ」の後継機としてつい先日開発されたものだ。
まだ片手で数えるほどの数しか生産されておらず、一部の国のトップクラスの人間しかお目にかかったことがない。
一般兵士の耳にその存在が入るまでにまだ時間がかかるだろう。
「着いたぞ。オーストラリアだ。」
かみかぜの操縦席に座っている舞が隣の席の瀬戸口に言う。
「早いなぁ……。1時間前に熊本を経ったばかりだろう?」
日本とオーストラリアは時差的には1時間の差しかないが距離的に近いわけではない。
どのくらい遠いか第7世界の人間に合わせて分かりやすく例えると、
東京の空港からオーストラリアまで旅客機で7〜8時間はかかる。
「このかみかぜは我らが開発した超高速大型輸送ヘリだ。超高速の名は伊達ではない。」
「一部のお偉いさん方しか知らない超高速ヘリを、俺らが個人的に使うとはね。」
「世界のために戦い続けた友のためだ。友のためならば私はあらゆる手を尽くそう。……お前はどうなんだ?」
「………さぁね。」
オーストラリアの最北端、ダーウィン基地の上空へ差し掛かる。
かみかぜは着陸態勢に入った。
「ここで1人、協力者を拾う。補給とブリーフィングも兼ねて一時着陸だ。」
最新兵器のかみかぜがダーウィン基地へと降り立つ。
「遠路はるばるお疲れ様です!芝村竜師ならびに瀬戸口千翼長!!」
ダーウィン基地内会議室に入った途端、若い兵士が舞と瀬戸口に敬礼する。
どこかで見た顔だった。
「敬礼は必要ない。我らは友を助けるために個人的理由で来たのだ。………久しぶりだな、赤松。」
「は、はいっ!」
舞が親しげな笑みを浮かべると赤松と呼ばれた若い兵士は緊張のためか顔を真っ赤にし、上ずった声で返事をした。
「芝村、こいつは?」
芝村は赤松と面識があるようだが瀬戸口にはない。
「ああ、この者の名は赤松勇也。未央の下で衛星官をやっていた者だ。十翼長だ」
「壬生屋の……?そうか……。」
訝しげに瀬戸口は赤松を一瞥し、それから1人で何かを納得したかのように呟く。
その態度に赤松は何か引っかかるものを感じた。
「ケアンズの生き残りだ。我らに協力してもらう。赤松、この部屋の盗聴対策は万全か?」
「はい、芝村竜師。竜師の指示通り細かく調べました。
それにダーウィン基地内は事態の収拾に追われていて、
今この基地には自分達以外に数人しかおりません。」
その赤松の応えを聞いて瀬戸口は
(堅物だな。)
と思った。
舞は苦笑を浮かべる。
「これは任務ではない。階級で呼ぶな、芝村でいい。」
「え?」
「聞こえなかったか?」
「い、いいえ!し、しば…むらさん。」
「そうだ。現状はどうなっている?」
赤松は表情を曇らせる。
「………あれから壬生屋隊長はオーストラリアを南下しながら人が集まるところを片っ端から潰しています。
今はおそらくエアーズロックの辺りですね。」
「エアーズロック。オーストラリアの中心部か………わかった。では、補給を済ませ次第向かおう。」
瀬戸口はヘリポートにいた。
会議室があった建物の壁に寄りかかり、ぼおっとかみかぜを見ている。
芝村は整備班長に話があるとかでどこかに行ってしまった。
いよいよ壬生屋と再会するのだと思うとため息が出てくる。
(一体どんな顔して会えばいいんだよ………俺に、何ができるって言うんだ?)
幻獣の母となった壬生屋を救いに来たと言ったら彼女はどんな顔をするだろう。
あれだけ傷つけておいて何を今更。
暗くなるばかりの考えを振り払うかのように瀬戸口は頭を掻き回す。
頭はボサボサだ。
「おいあんた。瀬戸口って言ったよな?」
不意に横から声を掛けられた。
先ほど初めて顔を合わせたばかりの赤松だった。
「ああ。自己紹介がまだだったよな?俺は瀬戸口隆之。事務官で千翼長をやっている。」
瀬戸口は赤松に向き直ると手を差し出して握手を求める。
赤松はその手を取らなかった。
「………俺は赤松勇也。壬生屋隊長には随分と世話になった。」
「ああ、そうだろうな。」
瀬戸口は握手に応じない赤松に眉をひそめて差し出した手を引っ込めた。
「さっき芝村さんに聞いたよ。………あんたなんだってな、隊長を捨てた男ってのは。」
赤松は瀬戸口を威嚇するようににらみつける。
(芝村め……余計なことを。)
その視線から横を向いて外れ、心の中でその情報を提供した人物に毒づいた。
毒づくと赤松をにらみ返す。
「だったら……どうするんだ?」
「別にどうもしねぇよ。………俺以外の隊員は皆死んだ。わかってるよな?」
「ああ。但馬って奴も。そいつの話を聞いたことがある。」
瀬戸口が但馬の名前を出すと、赤松の目はさらに険しくなった。
「………隊長がああなったのはお前のせいだ。但馬さん達が死んだのはお前のせいだからな!」
激昂した赤松は瀬戸口の顔面目掛けて右ストレートを放つ。
赤松は瀬戸口より10センチほど背が低いので若干アッパー気味だ。
瀬戸口は赤松渾身の右ストレートを片手であっさりと受け止める。
赤松の右拳を、受けた手で握り締める。
「ぅぐっ…!!」
赤松が右手の自由を取り戻そうともがくが瀬戸口の手を振り解くことはできない。
(こいつ、事務官じゃなかったのか!?)
苦痛の表情を浮かべる赤松に対し、瀬戸口は冷たい表情と低い声で呟くように言う。
「他人のせいにすんなよ。俺は今機嫌が悪い。八つ当たりなら他をあたりな。それに……」
瀬戸口はそこで一旦言葉を切り、赤松の右手を離した。
弾みで赤松は転んだ。
「……大人の事情に首を突っ込んじゃないよ、坊やが。」
地べたに座りながら右手を擦っている赤松に目もくれずに、瀬戸口はかみかぜへと歩き出した。
(大人の事情ってなんだよ……。)
赤松は奥歯をかみ締める。
瀬戸口に対して燃え狂わんばかりの怒りを抱いているのに、力では絶対的に敵わなかった。
「なんなんだよ……隊長を泣かせといてなんなんだよ!!お前に、お前なんかに何ができるってんだよ!!!」
赤松は遠ざかる瀬戸口の背中にありったけの声をぶつけた。
(わかってるよ……そんなことは全部、わかってるんだよ……!!)
赤松の声を背中に浴びて歩き続けながら、瀬戸口は己の両拳を握り締めた。