オーストラリア上空 1113時
「くそっ!何がどうしたというのだ!!あと1歩だったというものを!!!」
舞は操縦桿に拳を打ちつけた。
迫ってくる幻獣を振り切るために、ずいぶんとエアーズロックから遠ざかってしまった。
「隊長……せっかく会えたと思ったのに…。何で……。」
涙声の赤松は助手席で俯いている。
(壬生屋………。)
瀬戸口は外を眺めながら、退却の際に壬生屋が自分に向かって頼んだことを思い出す。
壬生屋を保護し、あの左目さえどうにかすればと思っていた。
しかし保護することは不可能だったし、原因を探ることもできなかった。
こうしている間にも暗殺計画は進んでいる。
何をするにしても一刻の猶予もないのだ。
このわずかの間に自分達ができること、彼女が願うこと……。
「殺してやるしかないのかな……あいつのこと。」
外を眺めながら瀬戸口が呟いた。
「駄目に決まってるだろ!ふざけんなよ!!」
瀬戸口の呟きを耳にした赤松が瀬戸口の胸倉を掴んで立たせた。
先ほどの呟きは瀬戸口の意思があって出たものではない。
悩みからつい言葉に出てしまったのだ。
なのに、本心からそう思っているかのように決め付けている赤松の行動に腹が立った。
「じゃあどうすりゃいいんだよ!!俺達に何ができるってんだよ!!!」
「知るかよ!それを考えればいいんだろうが!!」
「瀬戸口、赤松……やめろ、やめてくれ!」
舞が静止させようとするが2人は聞く耳を持たない。
「時間がないんだよ!壬生屋が暗殺されるよりはいいだろうが!!」
「いいわけねぇだろ!まだどうにかなるかもしれねぇじゃんか!!」
「ふざけんなよ!!何もできないやつが偉そうな口聞くんじゃない!!!」
「なっ……!!……てめぇ何様だよ!ちっとばかり特殊能力があるからってでかい口叩くな!」
「………んだよ…!」
瀬戸口は赤松の手を振り解き突き飛ばした。
「好きでこうなったんじゃねぇよ!どいつもこいつも力があるからって、俺に厄介事ばっかり持ち込みやがって!!
どうして俺ばっかりこんな目に合うんだ!ちっとは自分らでどうにかしろよ!!俺にばっかり悩ませるな!!!」
叫び終わると瀬戸口はコックピット後ろのドアを開け、格納庫へ入った。
ドアを派手な音を立てて閉める。
ドアを背に瀬戸口は頭を抱えてうずくまった。
いつもの余裕ある姿とは似ても似つかない弱々しい姿だ。
子供のようにわめき散らした彼がどうしようもなく小さく見えて、赤松は後を追ったりはできなかった。
舞にもかけるべき言葉が見つからない。
2人は呆然と格納庫のドアを見ているしかなかった。
だが、ののみは違った。
「たかちゃん、大丈夫なのよ。ののみがいるのよ。」
ののみは格納庫のドアの前で膝をついた。
「たかちゃんは未央ちゃんのこと必死に考えてるから、ぐちゃぐちゃになっちゃったんだよね?
ぐちゃぐちゃになっちゃったのに、またいっぱい考えちゃうのはめーなの。
ねぇ舞ちゃん、ゆうちゃん。
たかちゃんをちょっとお休みさせてあげようよ。
ののみも一緒に考えるからね、お願いなのよ。」
ののみは舞と赤松を振り返った。
「舞ちゃん、あっちゃんにも相談してみようよ?皆で考えてわからないなら、他の人にも聞いてみよう?ね?」
ののみの目はまだ絶望していなかった。
その目に見つめられて、舞と赤松は先ほどまでの絶望が小さなものに思えた。
そして絶望していたことを恥じた。
何に怯えてそこまで絶望していたのだろう。
まだ全てが終わったわけではいないのに。
「ああそうだな!すぐに回線を繋ごう!!」
舞が操縦席のパネルを操作し始めた。
「うん!」
大きく頷くとののみは操縦席に駆け寄った。
1人取り残された赤松はドアに向かって、
「悪かったな……つい、言い過ぎた。誰だって、何も悩まないなんてこと、ないもんな。」
謝ると助手席に着いた。
かみかぜの内壁は厚い。
ののみと赤松の声が格納庫まで届いたかどうかはわからなかった。
画面に厚志の顔が映った。
にこやかに笑いかける。
『やぁ舞。その様子だとあまり良い展開ではないみたいだね。』
その笑顔に舞と赤松は気が楽になった。
特に舞にはその効果は絶大だった。
『泣きそうだよ、大丈夫かい?辛いなら何時でも言ってね。僕が聞くから。』
「大丈夫だ。………礼を言う、ありがとう。」
舞は優しく微笑んで厚志の言葉に応えた。
しかしすぐにきっと口元を結んで凛々しい表情になった。
「厚志、連合本部の方はどうなっている?」
『今すぐに準備に取り掛かりたいらしいけど、新型のウイルスに感染されたとかでうまく行かないみたい。
いやぁ〜僕にも扱える代物でよかったよ、舞って教え方、ホントにうまいよね。
ずっと見張りを続けてるけどあと3日は動けない感じかな。』
「そうか……なら3日は安心というところか。
…こちらは未央の保護に失敗した。
そして例の目を潰しても無意味のようだ。
シンガポールの研究所で調べようにも例の目を制御することができない以上、連れて行くことが出来ない。」
『瀬戸口の力では?』
「幻獣を葬ることは可能だが数に限りがないゆえ、根本的な解決にはならない。
それに、奴でも対処できん幻獣が現れる可能性もある。
……言葉は届いているんだがな。」
『そっか……研究所に連れて行くことができないなら、その場でなんとかしなきゃね……。
せめてあの目の謎が解ければまだなんとか……壬生屋さんのコントロール下ではないんだよね……?』
「ああ……全くもって謎だらけだ…。」
厚志と舞は考え込む。
赤松は考えるのは専門外とわかっているらしく、2人の成り行きを見守る。
そんな静かな時の中、ののみがぽつりと言った。
「……そういえば、声が聞こえたの……。」
『「「声?」」』
画面の向こうの1人とこちら側の2人が同時に聞き返した。
「うん。させん……させんぞぉっ!!≠チて怖い声だったの。
声は………えっと、未央ちゃんの目から聞こえてきたの。
暖かい気持ちのときはなんともなったのに、その声が聞こえてから幻獣さんが出てきたのよ。」
『壬生屋さんの目から?ということは…。』
「あの目は何者かの意思が介入しているということか。
そうか…それならまだ方法がある!」
「えっ……?い、一体どうするんですか?」
「赤松、お前は運が良いな。再び芝村の科学の粋をその目に納めることができるのだぞ。
ののみ、協力してくれるな?
お前の力が必要で、お前にしかできないことだ。」
「ほんとう!うんっ、がんばるのよっ!!」
「うむ。厚志!」
『了解。しっかりと準備しておくよ。
じゃあ、くれぐれも無茶はしないようにね。
瀬戸口に元気を出すように言っておいて。』
「………知ってたのか?」
『いや、なんとなく察しが付くだけ。わかりやすいからね、結構。じゃあね♪』
「ああ。頼んだぞ。」
厚志と舞は不敵に笑うと通信を切った。
「科学の粋って……一体何をするんですか?」
赤松の質問に舞は最強の笑顔で応えた。
かみかぜの速度を最高に設定する。
「それは見てのお楽しみだ。では向かうぞ!行き先はシンガポールだ!!」
(そうだあの男……。)
舞は先ほど降格処分に処す決意をした相手を思い出した。
(帰ったら昇進させてやろう。)
遠い祖国、日本。
某基地内部で1人のおっちゃんが本日2度目の壮大な親父くしゃみをした。
鼻をすする。
「う〜……風邪かぁ?」