悪政が続き、悪い噂が絶えなかった大国ラインハット。
その元凶であった偽太后事件も無事解決し、すっかり平和になってから数ヶ月。
城の最上階にある王兄の部屋で、その平和の立役者達が午後のお茶を楽しんでいた。
「しっかしな〜、お前さん達が結婚していたとは思わなかったよ。」
赤茶の髪に菫色の瞳、紫のマントを身につけた旅人風の青年が目の前に座る友人をからかうように言った。
青年の名前は瀬戸口隆之。
凶悪な魔物とも心を通わせるという稀有な特技を持っており、
仲間にした魔物と共に旅を続ける魔物使いの青年。
「こっちだって、僕達の結婚式には君に出てもらいたかったよ。
でも、隆之ってばどの辺を旅してるかわからなかったから、招待状を送れなかったんだもん。」
旅人風の青年の言葉を、言葉をかけられた方―黒髪に青い瞳、いかにも身分の高そうな衣装を身に纏う少年が、
膨れっ面で返した。
少年の名前は厚志=速水=ラインハット。
ラインハット国王の兄にあたり、瀬戸口にとっては親分であり親友である。
「あーそれは・・・本当に申し訳ない、厚志。」
隆之が困ったように笑いながら謝る。
しかし、
「僕は君の親分だよね?子分だったら、親分の結婚式には顔を出さないとさ〜。」
厚志は機嫌を直さなかった。
「ああっ、本当に悪かったって〜〜!」
すっかり拗ねてしまった厚志に、隆之は両手を重ねて拝むように謝る。
「ふ〜んだ!」
それでも拗ねたままの厚志を、その隣りで見ていた人物が呆れたような口調で、
「厚志、からかうのもそれくらいにしたらどうだ?」
と言ってたしなめた。
「舞!」
「・・・おい、俺はからかわれただけだったのかよ。」
厚志が嬉しそうな笑顔で隣りを振り向いたのと、隆之が不貞腐れたように呟いたのは同時だった。
厚志は隆之の言葉(もしかしたら存在ごと?)を忘れて隣りに座る人物を抱きしめた。
「ええい、やめんか!客の目の前で!!」
厚志に抱きつかれているのは、舞=芝村=ラインハット。
つい先日結ばれたばかりの、彼の最愛の妻である。
彼女はつい先日まで修道院でシスターの見習いをしていたが、
聖職を辞し、厚志と結婚した。
ちなみに名前についてだが、ラインハット領では『名前=母の名字=継ぐべき家の名字』でフルネームとなっている。
この名乗り方は遥か昔からの慣習で、
最近は母の名字だけ省略して名前と家の名字だけ名乗るのが主流であるが、
厚志達王家は慣習に乗っ取って、省略せずにきちんと名乗る。
隆之はラインハット領出身ではないので、この名乗り方はしない。
長くなってしまったが、そのナレーションの長い説明の間もずっと厚志は嫁に引っ付いていたのだが、
「客って言っても〜、どうせ隆之だし〜。」
「私が構うわ!!」
舞はなんとかして夫を引き剥がした。
引き剥がされた夫は、テーブルに突っ伏して、
「ちぇ〜・・・(まあいいや、隆之が帰った後に覚えてろよ。)。」
子供みたいに口を尖らせた。
「ははっ!親分も嫁さんには敵わないみたいだな〜。」
隆之は先程からかわれたことへの仕返しとばかりに、厚志を笑ってやった。
そんな隆之に厚志は、
「ふんだ。」
と言って、そっぽを向くと、
「男は皆、愛する奥さんには弱いんだよ。
隆之にも奥さんが出来たらわかるって。
・・・そうだ隆之、君結婚したいなーってのはないの?」
一転して真面目な顔で問い掛けた。
「はぁ?なんだよいきなり?」
隆之にはその質問の出所がわからない。
「だってさー、10年前君のお父さんに“母さんを探せ。”って頼まれて以来、
ずっとそれがまるで人生の目的であるかのように何かにつけて言ってたでしょう?
そういうのじゃなくて、隆之自身が幸せになるような目標とかってないのかなぁって。」
「俺自身が幸せに、ね・・・。」
隆之はそれだけ呟くと、神妙な顔になって考える。
やがて、フッと息を漏らすと、
「せっかくだけど、今は母さんを見つけることしか考えられないよ。
その件に関しては、無事見つけた後にゆっくりと考えることにするよ。」
と、どこか寂しそうに言った。
そして残っていた紅茶を一口で煽り、
「それじゃ、新婚さんの邪魔をしちゃいけないから、俺はそろそろ行くよ。
ルラフェンに仲間を置いてきたままだしな。」
席を立って廊下に続くドアへと向かおうとする。
「・・・お父さんが死んだの、自分のせいだと思ってないよね?」
テーブルに肘を付いて顎を乗せたまま言った厚志の言葉が、隆之の足を止めた。
隆之を歩みを止めたのを見て、厚志がやや乱暴な速さで席から立ち上がる。
「あれは僕のせいだ。
だから、隆之が自分の幸せを忘れてまで責任を感じる必要は、」
「厚志!」
「・・・っ!!」
尚も言い募ろうとする厚志の言葉を、隆之が大きな声で彼の名を呼んで止めさせた。
詳しい事情を知らない舞が、その間で2人を交互に見上げながら心配そうにしている。
不自然な間が空いて、隆之がゆっくり厚志を振り返ると、
「隆之・・・。」
意外なことに、隆之は優しく微笑んでいた。
てっきり険しい表情をしていると思った厚志と舞が息を呑む。
「父さんの件についてはお前さんは何も悪くないし、もうそのことは言わない約束だろ?
母さんを見つけるのは父さんのためでもあるけど、俺自身が母さんに会ってみたいから。
・・・大丈夫だって、『俺の幸せ』ってやつは時が来たらちゃんと考えるから。
ほら!親分なら、子分をちゃんと信頼しろよ!」
隆之の言葉を受け、厚志は再び隆之の優しい微笑みを見た。
そして、何か言おうと口を開きかけたが、
「・・・うん、そうだね。親分は子分を信じて送り出さなきゃ!」
出てきたのは結局別の言葉だった。
厚志は何とか笑顔の形を作った。
「そうそう!
それじゃあな、厚志。今度会うときは子供の顔でも見せてくれな!」
隆之は厚志の言葉と笑顔に満足してニカッと笑い、今度はそのまま部屋を出て行った。
隆之が部屋を出て、そのまま階段を上がり屋上で瞬間移動呪文を唱えようとしていると、
「師匠!」
「ん?」
隆之が振り返ると階段の降り口からラインハット国王、陽平=滝川=ラインハットが顔を出していた。
彼はその名から見てわかる通り、厚志とは母親が違う。
前国王とその後妻である母親から生まれた第2王子で、本来ならば正妻の子である厚志が王位を継ぐはずだったが、
10年前厚志が何者かに攫われ行方不明になってしまったので、陽平が王位を継ぐことになった。
10年経ってようやく厚志が帰ってきたので彼は王位を厚志に返そうとしたが、
厚志はそれを断り、兄として陽平を支えることにしたのだ。
ちなみに、何故か一国の王である陽平は隆之のことを『師匠』と呼ぶ。
何でも、偽太后事件のときに魔物と戦った隆之の強さを見て、
“自分もあんな風に強くなれたら”と思ったとかなんとか。
その『自称・弟子』である陽平が、よほど急いで来たのか、息を切らせて階段を登る。
「良かった〜・・・まだ出発してなくて。
実は、少しでも師匠の役に立てるように、城の者に天空の勇者について調べさせてたんですよ。
で、ついさっき遠方に送った使者が帰ってきて、有力な情報が手に入ったのでそれをお伝えしようと。」
「なんだって!勇者がいたのか!?」
陽平の言葉を聞いて、隆之の目の色が変わる。
思わず両手で陽平の肩を掴んだ。
それを見て、彼の背後に控えていた兵士が顔を強張らせ槍を構えるが、
「良い!控えておれ!!」
陽平が兵士に命じ、槍を下げさせた。
「も、申し訳ない・・・俺としたことが。」
陽平の一喝に我に帰った隆之が、床に膝を付き頭を垂れる。
それを見た陽平は慌てて首と軽く上げた両手の平を振り、
「いいい、いいですってそんなに恐縮しなくても!
貴方は兄の親友で、この国を救った英雄なんですから。ね、師匠?」
そして隆之の右手を両手で引っ張り、立たせた。
陽平はずっと王室で過ごしていたため、武術の手ほどきを一応は受けているのだが、
小さい頃から旅慣れている隆之と比べると遥かに非力である。
隆之を立たせると、
「それに、見つけたのは勇者本人の手がかりじゃないですし・・・。」
そう言ってしょげたように俯いた。
それを見て、今度は隆之が慌てる。
「いや、どんなに些細な手がかりでも今は貴重なんだ!
わざわざこんな俺のために力を割いてもらって、本当にありがたいよ。
・・・で、どんな情報なんだい?」
隆之に促され、陽平は顔を上げ、真剣な面持ちになる。
「はい。何でも、サラボナという街の大富豪が天空の盾を所有しているそうです。
師匠は天空の勇者を探すために“天空”と名の付く装備を集めているんでしょう?
なら、行ってみるべきだと思います。
サラボナはちょうど、ルラフェンの南にあたりますし・・・おい、地図をこちらへ!」
「ははっ!」
陽平に呼ばれ、兵士が速やかにやってきて地図を広げて差し出す。
「サラボナはここです。」
陽平が地図の一点を指差し、隆之がそれを見る。
「うん、これならルラフェンから歩いて行けるな、途中に人が休める所もあるし・・・。
ありがとう、早速行ってみるよ!」
隆之は笑顔を浮かべて、心からの礼を言った。
それを受けて、陽平が嬉しそうに顔をほころばせる。
「お役に立てたようで嬉しいです!
えっと、もう行かれるんですよね?
またいつでも遊びに来てください。
そしたら兄も嬉しいでしょうし、国の皆で歓迎させてもらいますよ。」
すると陽平は、かかとを揃えて礼儀正しく頭を下げた。
「ああ、そうさせてもらうよ。
次に会う時は天空の盾を見せてやるよ!」
対して隆之は、陽気に二カッと笑うと呪文の詠唱に入り、
《ルーラッ!!》
瞬間移動呪文を発動させ、あっという間にラインハット城の屋上から姿を消した。
隆之が屋上から居なくなった後、陽平は茫然とした瞳で、
「流石は師匠・・・瞬間移動なんてなかなか出来ないぜ・・・。」
改めて師匠の偉大さを知るのだった。