脱出呪文で洞窟から抜け出し、瞬間移動呪文でサラボナへ移動する。
炎のリングを探すために街へ出たのは昼前だったが、今は日が暮れてオレンジの太陽が世界を染めていた。
洞窟で隆之が炎のリングを手に入れてから、隆之と未央は互いに一言も言葉を交わさなかった。
無理もない。
未央の花婿候補に与えられた試練は炎のリングと水のリングを手に入れること。
2つのリングは花嫁と花婿の結婚指輪になる予定なので、
どちらか一方が欠けただけでも試練を乗り越えたことにはならない。
ならば、逆に言えば隆之が炎のリングを手に入れた時点で他の者が花婿になる可能性はほぼなくなったということになる。
隆之が水のリングを手に入れる前に命を落とすかしない限り、隆之以外の誰も未央の花婿になることは出来ない。
天空の盾を手に入れるためにはなんともしても未央の花婿にならなければならない隆之にとってはいいのだが、
未央にとってはこれで隆之が自分の夫となることが確定してしまったも同然なのだ。
父の出した条件で一方的に、しかも出会って数日も経っていない相手と将来を誓い合わなければならないのだから
どうしても複雑な心境になってしまう。
別に隆之が嫌いというわけではないのだが、だからすんなり了承出来るというものではないのだ。
その気持ちが隆之にもよくわかっているので、どう声をかけてやったらいいものかわからずに、
結局サラボナへ戻りその足で教会へ行き、
「ピキー!」
「スラりん、おかえり。」
洞窟で戦闘不能となったスラりんの魂を神父の祈りにより還すまで、言葉どころか目すらもまともに合わせない。
結局まともな会話になったのは、
「スラりんちゃん、よかったわね・・・。」
未央がスラりんの頭を優しく撫でた後の、
「・・・それではわたくしは、ここで失礼致します。」
「ああ・・・それじゃあ。」
だけであった。
未央はそのまま振り向くことなく教会を後にし、隆之もその背を見送るようなことはしなかった。
隆之はスラりんを街の外に停めた馬車へ送るために、1度街の外へ戻る。
それから仲間モンスターを1人も従えずに、炎のリングを壬生屋の父へ渡すために屋敷へ向かった。
1人で向かうのは、花嫁の父に無事に第1の試練を終えたことを報告するためだからだ。
人間とモンスターは相容れないものだとして忌み嫌う者も少なくない。
虎鉄をペットとして受けている以上、壬生屋の父を含め壬生屋家の者全員がそのタイプではないと思うが、
それでも正式な場へ行く以上こちらも配慮をせねばならない。
でもまあ、もし仮に隆之の仲間モンスター達を受け入れてもらえなかったとしても、
結婚式には何としても同席させるつもりではあるが。
街の入り口から壬生屋邸の前まで寄り道もせずにまっすぐ歩いてきた隆之は、玄関の扉をノックする。
すぐに扉から顔を出したメイドに招かれて敷居をまたぎ、この家の当主が待つ大広間へと案内された。
隆之が壬生屋邸を訪れる少し前――。
「お姉様・・・お姉様!」
壬生屋邸の裏手の3階の窓に向かって、周りに聞かれないように様子を伺いながら声をかけた。
するとその部屋の主、未央の姉の素子が顔を出した。
「あら、意外に時間がかかったわね。いいかげん待ちくだびれたところよ。
・・・表のテラスの方へ行きなさい。ロープを下ろすわ。」
そして必要なことだけを言うとすぐに顔を引っ込めた。
姉の指示通り、人影が無いか辺りを警戒しながらテラスへ向かうと、
素子がテラスの手すりからロープを下ろして待っていた。
未央がそのロープを掴むと、虎鉄が壁に前足を這わせるようにして二本足で立つ。
上へと伸び上がって1階と2階の中間くらいの高さになった。
「ごめんなさいね、虎鉄・・・ありがとう。」
背の高くなった虎鉄に断りを入れ、未央は虎鉄の体をよじ登る。
虎鉄の額に片足を乗せるところまで来ると、2階のテラスにたどり着くまであと少しだ。
ここからは素子にロープを引っ張ってもらうのと虎鉄に押し上げられるので、なんとかテラスの手すりを乗り越える。
「はぁ・・・はぁ・・・ありがとうございます、お姉様。」
誰にも見つからないように静かにそして迅速に壁を登るのは結構疲れた。
未央は息を切らして素子に礼を言う。
「別にいいわ。
あんたを引っ張り上げるくらい、何でもないし。
それより・・・何よその格好、汚いわね〜。」
指摘されて改めて見ると、未央がまとっていた身かわしの服はところどころが黒く焦げていた。
体に付いた煤は落としたつもりだったが、腕などにいくらか残っている。
・・・どおりで教会の神父が何も言ってこない訳だ。
こんな汚れた格好、街一番の富豪の娘とは程遠い。
「まっ、とりあえずさっさとお風呂に入っちゃいなさい。」
素子はそう言いながら家の中へと戻っていった。
「はい。」
ここは素子の言葉に素直に従って、未央もその後に続いた。
風呂で体を綺麗に洗い、いつものワンピースに着替える。
髪を洗って乾かして、リボンでまとめた。
バスルームから出てくると、そこでは素子が壁に背を預けながら待っていた。
綺麗になった未央の姿を見ると、
「あら、やっと元通りになったわね。」
そのままの姿勢で話しかけてきた。
「お姉様にはお手数おかけしました。お陰で助かりましたわ。」
未央はふかぶかと頭を下げて礼を言った。
未央が死の火山まで行けたのは素子の協力があってこそだった。
「別に。大したことじゃないわよ。
でも、結局炎のリングは手に入れられなかったようね。
瀬戸口っていったっけ?今、あの小魚がお父様と話してるわ。」
「そうですか・・・。」
今頃父は大喜びだろう。
がんばったが、結局未央は自らの運命を変えることが出来なかったのでその言葉を聞き、うな垂れる。
しかし、次の素子の言葉が未央の表情を一変させる。
「そういえば、圭吾が帰ってきたんだけどひどい怪我をしたとかで、家で寝たきりになってるみたいよ?」
「な、なんですって!?」
圭吾は未央の花婿候補の1人として死の火山へ向かった。
洞窟内で彼の姿を見たのだが、まさかその後に・・・。
「そ、そんな・・・圭吾は、圭吾は大丈夫なんですか!?」
未央は幼馴染みが重傷を負ったと聞いて、顔色が悪くなる。
素子に食って掛かるように尋ねる。
素子はそんな未央を嫌がるように眉間に皺を寄せる。
「知らないわよ。私は話を聞いただけだから。気になるんなら、お見舞いでも行ってくれば?」
「はい!そうします!!」
素子の言葉を聞き、未央はすぐに幼馴染みのもとへと走り出した。
未央が階段を駆け下り、玄関へ向かうために大広間を横切ろうとすると、
「なんだ未央。ようやく部屋から出てきたのか。」
未央の父がやれやれといった感じで声をかけてきた。
未央が死の火山へ行っている間、ずっと部屋で閉じ籠ったままだと思っていたらしい。
応接用のソファに座った父の向かい側には、テーブルを挟んで隆之が席についていた。
「ちょうどいい。
今、隆之君が炎のリングを手に入れて届けに来てくれたところなんだ。
お前も挨拶していきなさい。」
未央の父はよほど隆之が気に入ったらしい。
呼び方まで変えて、ご機嫌な笑顔で隆之と話をするように勧めてくる。
しかし未央はそれには目もくれず、
「申し訳ございません、お父様!圭吾のお見舞いに行って参ります!!」
と言ってそのまま駆け出していく。
隆之には一言も声をかけなかった。
「おい、コラ未央!客人の前だぞ!!」
壬生屋家当主はその後姿を怒鳴りつけるが、未央を止めることは出来なかった。
扉を開けて大広間を出て行ったのを見送って、諦めた。
ふうっと息を漏らしながら隆之に向き直ると、
「遠坂君がどうかされたのですか?」
隆之が尋ねてきた。
尋ねられた未央の父はソファに再び腰をかけると、
「死の火山で魔物に手酷い怪我を負わされたそうだ。
動けないでいるところを他の花婿候補に助けられ、街まで送り届けられたらしい。
・・・まったく、未央の花婿候補になる名乗り出ておきながら、なんたる様だ!!」
説明し、圭吾への呆れを隠さずに吐いた。
そして今度は娘の未央にも悪態をつく。
「大体未央も未央だ!
こうして隆之君が花婿候補として無事に炎のリングを手に入れて帰ってきたのに、挨拶も何も無いとは!!」
「まあまあ、お嬢さんは幼馴染みが心配なだけですよ。」
実際は一緒に死の火山で旅をしていたので、
隆之が炎のリングを手に入れたことなどわかりきっているから、今更挨拶する気になどならないだけだが。
そのことを知っている隆之は、やんわりと未央の父を宥める。
「俺も遠坂君が心配です。後で見舞いに行ってみますよ。」
すると未央の父の苛立ちも少しは収まったようで、
「・・・すまないな、隆之君。心遣い、感謝する。」
隆之の気遣いに礼を言う。
そして気を取り直して、
「だが、炎のリングだけでは未央をやるわけにはいかん。
わしが出した試練は炎のリングと水のリングを探し出しここへ持ってくること。
それはわかっとるね?」
花婿候補への試練の話をする。
「はい。」
「貴殿が炎のリングを手に入れた以上、未央の花婿は貴殿でほぼ決まりのようなものだが約束は約束。
未央を手に入れるためには水のリングを手に入れてもらおう。
水のリングは街の東に流れる川を遡った先、滝の洞窟にあると言われている。
しかし、滝の洞窟に行くためには船で川を上らなくてはならない。
・・・貴殿は船を持っていなかったな?
よし!わしが船を貸してやろう。
もう川に出してあるから、好きに使ってよいぞ。」
「はい、ありがとうございます。」
隆之は当主の太っ腹ぶりに驚きつつもきちんと礼を言った。
「うむ。
そして、滝の洞窟へ向かうには近くの村で管理している水門を開かねばならない。
これは村の人間に頼んで開けてもらうがいい。
村も同じく川を遡ったところにあるからな。」
「水門を村人に・・・ですね。わかりました。」
「そうだ。では、健闘を祈るぞ。
・・・ところで、このまますぐに村へ向かうのかね?」
当主は水のリングの在り処を話すと、隆之に尋ねてきた。
その質問の意図がわからず、頭に疑問符を浮かべながら答える。
「・・・いいえ?
仲間達を休ませたいので、明日の昼までこの街で休ませていただくつもりですけど・・・。」
「ならば我が家へ泊まりなさい!
わしは貴殿が気に入ったのだ。ぜひ旅の話を聞かせていただきたい。
なぁに、お仲間がモンスターでも気にするな。
わしはそんなことは気にならないし、何より虎鉄で慣れておる。」
当主は実に太っ腹な提案をしてきた。
「ええっ!!」
隆之はそれこそ本気で驚き、しばし考えたが、
「それではお言葉に甘えて。
仲間達を久々にふかふかのベッドで眠らせてあげることが出来て嬉しいです。」
と言って、申し出を受け入れることにした。
隆之は壬生屋家当主の申し出を受けて仲間モンスターを屋敷へ連れて行き、
それから圭吾のお見舞いへ向かう。
夕日が山の向こうへ沈みきり、辺りはすっかり夜の帳に包まれていた。
あまり遅い時間にお見舞いに行っては迷惑なので、急いで遠坂家へと向かう。
見舞いに向かった主人を待っているのか、虎鉄が家の前で丸まっている。
すると、
「・・・・・・。」
街灯のランプの灯りに照らされて1人の少女が2階にある窓を見つめているのが見えた。
丸いレンズの眼鏡をかけて、青い髪を三つ編みにし左右に垂らしている。
隆之が遠坂家へ近づき、この家の来訪者だと気づくと、
「あ、あの!すみません!」
慌てた様子でこちらへ駆け寄ってきた。
その際に、どういう仕掛けかわからないが、
「あう!」
突然どこからともなく降ってきたタライが頭に直撃する。
「だ、大丈夫かい?お嬢さん・・・。」
目の前の光景に唖然としつつも、少女を抱え起こしてやる。
すると少女は頭をさすりながらも、
「だ、大丈夫です。慣れているんで・・・。」
と、笑顔で答える。
しばらくさすって痛みをひかせると、改めてこちらへ話しかけてくる。
「心配してくださってありがとうございます。
あの、見ず知らずの方に突然申し訳ないのですが、
その・・・このお薬・・・火傷に効く塗り薬なんですけど、
これをけ、圭吾さんに届けてもらえませんか?お、お願いします!」
そう言うと少女は薬のビンが入った籠を差し出しながら、90度くらいの深いお辞儀をした。
見ず知らずの少女の突然のお願いに面食らいながらも、
「え、と・・・別に頼まれてもいいけど、せめて名前を教えてもらえないかな?
誰が渡した薬かはっきりわからないと、何かと怖いと思うし。」
と、きちんと対応した。
すると少女は俯き、
「それはその・・・言えません、ごめんなさい・・・。」
沈んだ声で謝る。
薬を渡したいが名前を名乗ってくれないとなると、流石に隆之も困り果ててしまう。
「う〜ん・・・名前を教えてくれないんじゃ悪いけど渡すわけにはいかないなぁ・・・。」
「そんな!」
隆之の言葉を聞き、少女は弾かれたように頭を上げた。
そして両手を組み合わせ、隆之を見上げて必死になって頼み込む。
「お願いです!薬を届けてください!!
訳あって私は圭吾さんに名乗ることは出来ないのですが、それでも圭吾さんが心配なのです!
圭吾さん、火傷でうなされ続けていると聞きました。
この薬を塗れば、きっと楽になるはずです!
だからどうか・・・どうか、お願いします!!」
少女はそこまで言うと、あとはひたすら“お願いします”と言いながら頭を下げ続ける。
あまりに少女が必死だったため、その声を聞きつけた通行人が何事かとこちらに集まってきていた。
事態が厄介な方向に進みそうで面食らった隆之は、
「あーわかったわかった!わかったから顔を上げてくれ!!
薬をちゃんと圭吾に届けるから、顔を上げてくれ!!」
少女の頼みを引き受けることにした。
「本当ですか!?ありがとうございます!!」
「ただし、俺は渡すだけだ。
使うかどうかは圭吾かその親御さん次第だからな。
それは承知しておいてくれよ!」
「はい、ありがとうございます!お願いします!!」
こうして少女から薬を受け取った隆之は、礼の言葉を何回も言われながら圭吾の家へと入った。
1階の居間には圭吾の両親がいた。
見舞いをしてもよいか了承を得て、次いで薬のことについて尋ねる。
この薬の差出人が名を名乗らなかったこともきちんと伝える。
圭吾の火傷は相当重傷で、どの薬を試してもよくならないという。
ならばそんなに効くというのなら、どうか使わせてもらいたいということだ。
圭吾は2階の寝室で眠っていて、見舞いにやってきた未央が自分が看病すると言って聞かないらしい。
圭吾の両親は2人とも高齢で、
未央がやってくるまでずっと息子の看病をしていて疲れ果ててしまったので、もう休むとのこと。
だからその薬は見舞いついでに未央に渡してほしい。
それを聞き入れた隆之は薬を持って2階へ上がった。
寝室の扉をノックすると、
「・・・はい。」
未央の声が返ってきた。
「よぉ・・・。」
隆之が扉を開けて気まずそうに挨拶をした。
未央は隆之の来訪に目を丸くして驚いたが、すぐに俯いてベッドに横たわる圭吾に視線を落とした。
圭吾はうつ伏せになってうなされていた。
意識が無いのか隆之が入っていたことすら気づかずに、小さく呻き声を上げている。
背中には広範囲にわたって赤く焼けただれていて、焼けすぎて黒くなっているところもあった。
「・・・ひどいな、こりゃあ。」
隆之が圭吾の傷の具合を見て感想を漏らした。
「・・・モンスターに襲われて、溶岩の中へ投げ出されたそうです。
幸い近くを通りがかった人によってすぐに助け出されたからよかったのですが・・・。」
未央はずっと意気消沈している。
隆之が炎のリングを手にしてからずっと互いに会話を避けていたのに、今はそんなことを気にする余裕はないようだ。
「これ薬、火傷に効くんだと。使ってやれ。」
隆之は圭吾の傷が良くなって、少しでも未央の気持ちが上向きになるように早速薬を未央に手渡した。
「・・・!ありがとうございます!!」
薬を受け取ると、未央は懸命になって薬を圭吾の背中に塗った。
「・・・うぅっ!」
薬が沁みるのか、圭吾が声を上げた。
「ごめんね、圭吾・・・ちょっとだけ我慢してね。」
未央は少しでも圭吾に痛みを感じさせないように、そっと労わるようにして薬を塗る。
幼馴染みが心配なのか、とても献身的に看病している。
いや、その何かにすがりつく様に必死になる様はむしろ・・・。
薬が塗り終わり効果が出てきたのか、圭吾の呻き声が減ってきたように思える。
頃合を見計らって、圭吾を見つめる未央に声をかけた。
「なぁ・・・こいつが怪我したのは、別にあんたのせいじゃないんだぞ。」
すがりつく様に必死になる様ははむしろ、懺悔のように見えた。
「・・・・・・・。」
未央は隆之の言葉に何も返さず、ただ視線を膝の上に置いた自分の手に落とす。
しばらく沈黙が続くと、
「・・・いえ、わたくしのせいです。」
呻くような声で、搾り出すようにそう言った。
(泣いているのか・・・?)
「だからお前さんのせいじゃないって!
こいつは自分の意思で花婿候補になって、自分の意思で死の火山へ向かったんだ。
戦ったのもこいつが決めたことで、怪我をしたのはこいつが弱かったからだ。
お前さんがそこまで気にする必要なんて少しも、」
「だったらやっぱりわたくしのせいじゃないですか!!」
未央は、隆之の言葉を遮るように叫んだ。
気圧されて隆之が口を噤む。
「わたくしなんかのために、今までモンスターと・・・人とすら争ったことがない圭吾が戦いなんて・・・。
弱いなんて当たり前で、だから行かないで欲しかったのに・・・。
あんな危ない所、死んでいてもおかしくなかった。
わたくしが・・・わたくしが圭吾を死なせてしまうところだった!
だから、だから・・・わたくしのせいに決まってるんです!!」
「だからって、ずっとしょぼくれながらこいつの面倒見る気か!?
お前さんだって死の火山でモンスターと戦って帰ってきたばかりで疲れてるのに、
こんなことで倒れちまったらどうするんだよ!!」
「こんなことって何ですか!?圭吾はわたくしのせいで死にそうな目に遭ったのです!
だったら、わたくしが看病をするのは当然の義務ではないですか!!」
「義務って・・・!お前さん、こいつの嫁になったわけでもないだろうが!
心配して言ってやってるんだから、いい加減それくらいわかれよ!!」
未央に合わせて、隆之も怪我人が横にいることも忘れて声を荒げる。
扉を開けたとき、未央は覇気がなくて顔色が悪かった。
思いつめて自分を責めていたのだろう。
自責の念からか、看病しないと気が済まなくなって。
そして今にも倒れそうで心配なのに、それなのにずっと圭吾のことばかり言っている。
未央が自分を苦しめてまで圭吾のことを気にしている様を見ていて、なんだか段々イライラしてきた。
(お前さん、俺よりもそいつの方が気になるっていうのかよ・・・!!)
隆之がイラつきながら未央の言葉を待つ。
すると未央は何も言い返さず、
「・・・ここでは怪我人が寝ています。それにこれ以上の言い争いは不毛です。お帰りください。」
隆之から顔を背け、圭吾へと視線を戻して淡々と言った。
「心配してくださってありがとうございます。
ですが、わたくしは幼馴染みが心配なのです。だからもう、放っておいてください。」
続く言葉も、やはり隆之の方を見向きもせずに淡々と言った。
このどこまでも隆之の心配を拒絶するような言葉と態度に、隆之の我慢は限界を越えた。
「ああそうかいわかったよ!もう勝手にしろ!!ぶっ倒れても知らないからな!!」
溢れ出す感情をそのままに、こちらを見なくなった未央の背中に言葉をぶつける。
そしてそのまま隆之は扉へと足を踏み鳴らすように大股で歩き、そのまま寝室から出て行った。
それでも未央が振り向くことはなかった。
「ぶっ倒れても知らないからな!!」
遠坂家の2階から隆之の怒鳴り声が聞こえて、外で丸まっていた虎鉄が畳んでいた耳をピクリと上げた。
隆之の怒鳴り声がいくら大きいとはいえ、流石に外にまで漏れてしまうほど壁が薄いわけではないのだが、
五感の鋭いことで知られる地獄の殺し屋キラーパンサーの耳にはよく聞こえた。
怒鳴り声の直後に誰かが階段を下りる音が聞こえ、玄関の扉が開いた。
虎鉄が身を起こし、
「ぐるる・・・。」
出てきた人物を呼ぶように喉を鳴らす。
「虎鉄・・・。」
出てきた人物は虎鉄の予想通り、隆之だった。
隆之はしゃがんで、何かあったのかと伺うようにこちらを見る虎鉄と視線を合わすと、
腹の底から搾り出すような深いため息を吐いた。
「お前さんの主人は強情だな。
せっかく心配してるっていうのに聞きゃあしないし、結婚するのが不安になってきたよ。」
隆之の言葉に虎鉄は同意も否定もせず、ただ隆之の瞳を見る。
話がまだ終わっていないのがわかっているからだ。
虎鉄が思ったとおり、隆之は1度言葉を切ると再び口を開いた。
「まっ、そりゃそうだよな。
これはお嬢さんが望んだ結婚じゃないし。別に恋人同士ってわけでもないんだし・・・。
俺よりか幼馴染みの方がいいのかもな・・・お前さんはどう思う?」
そう尋ねた隆之の声はいつも軽口を叩いているときと同じ調子だった。
だが、何故かその顔に浮かぶのはなんだか別の感情のように見える。
それは本人にすら自覚がないもののようで、ほんの僅かだがどこか寂しそうに見える。
しかし、そう見えたのはほんの一瞬で、
「ま、お前さんに聞いてもしょうがないか。選ぶのはお嬢さんなんだし。」
また大きなため息を吐くと、ゆっくりと立ち上がった。
「結局は指輪云々よりお嬢さん次第なんだよな・・・。
俺が心配しようがしまいが、どーせ本人には関係ないんだろうし。
あー、思い出したら腹が立ってきた・・・。
ったく・・・あんの無鉄砲の聞かんぼうが!
虎鉄!あの強情娘に付き合ってたら夜が明けるぞ!ほどほどにして戻れよ!!」
隆之は1人でぶつぶつ言いながら怒りを思い出し虎鉄に一言かけると、そのままイラつきながら壬生屋邸へ戻った。
「がう・・・。」
虎鉄は歩き去っていく隆之の後ろ姿を見送ると、再び体を伏せて丸くなった。
しかし、虎鉄は一瞬だけ見せた隆之の表情が気になって頭から離れなかった。