朝日が昇り、光が世界を包んで――。
その日は誰もが空を見上げるような晴れやかな日だった。
誰もが遠くへ出かけたくなるような陽気だが、サラボナの街は異様な緊張に包まれていた。
その発信源である壬生屋邸の大広間に、隆之は約束の時間に遅れずにやってきた。
そこには既に未央、希望、素子そして壬生屋家当主夫妻――。
共演者が全員舞台に入っていた。
1番奥に当主夫妻。
その前、左から順に希望、未央、素子が立っている。
隆之が花嫁候補3人の前に立ち止まるのを確認すると、当主が口を開き厳かな口調で言う。
「隆之君、よく来てくれたな。
 昨夜は誰を妻に迎えるか、随分悩んだことだろう。
 それで、もう答えは出たのであろうな?」
「はい。俺の心はもう決まりました。」
当主の言葉を受け、隆之は当主の目をまっすぐに見つめて答えた。
その目には迷いがなく、強い意志が込められている。
隆之の視線を受けて当主は力強く頷くと、
「では、己が妻とせん者の前に立ち、求婚の言葉を捧げたまえ!!」
あとは全てを隆之に託し、ここに新たな絆が誕生するのを見守る。
隆之は当主から3人の女性へと向き直る。
素子はいついかなるときでも自信に満ちた表情で堂々として。
希望は隆之の顔を真っすぐに見つめて、全ての決断を彼に預けている。
そして、
(やれやれ・・・。)
隆之は心の中で苦笑した。
未央は、自分は選ばれないと思い、力なく俯いて足元を見ている。
(まったく・・・こんなときにまでしょげた顔してさ・・・。)
「お嬢さん、どうかお顔を上げてください。」
「っ!・・・えっ?」
俯いていた未央の視界に隆之の靴が映りこんだ。
それから、聞こえてきた声に驚いて顔を上げる。
不安で揺らいだ未央の瞳には、穏やかにほほ笑んだ隆之の顔が映し出されていた。
「そんな泣きそうな顔しないでくれよ、お嬢さん。
 俺は、あんたの笑った顔が見たいんだから。」
不安げな未央に、隆之は砕けた口調で微笑みながら言う。
そんな風に穏やかに言うのは、死の火山の洞窟以来だ。
「・・・・・・。」
それでも未央は何が起きているのかわからずに隆之の顔を見上げている。
すると、隆之は意を決した表情になり、そのまま未央の足元に跪く。
強張って胸の前で組み合わされたままの未央の右手を取って、未央の蒼い瞳を真摯に見つめて、

「俺は、貴女のことが好きです。
 幸せなときも、辛いときもずっと貴女に側にいてほしい。
 どうか、俺の旅についてきてください。」

 未央に求婚の言葉を捧げた。
隆之が選んだのは未央だった。
幼なじみの希望ではなく、出会って数日の未央を。
ずっと、あの蒼い瞳が気になっていた。
それは夢で見た母さんらしき女性に似ていて、とても懐かしくて。
その瞳が怒りや真摯さを浮かべて様変わりする度に心が動かされる。
昨夜、その瞳が閉ざされて涙が流れるのを見たとき、一気に胸が苦しくなってそのときに気づいた。
(俺は、お前さんにこの街で出会った瞬間にお前さんの瞳に囚われたんだ。一目惚れしたんだよ。)
笑った顔など、もっと眩しいんだろうな。
この街で初めて出会ったときからお前さんはずっと張り詰めてて、明るく笑ったところなんて見たところがない。
きっと、今までのどんな表情よりも俺を虜にする笑顔をずっと俺に向けていてほしい。
――だからどうか、こんな俺でいいのなら、笑って――。

 「嘘・・・。」
「嘘じゃないよ。ほら、信じて笑ってくれ。」
「だってわたくしは、希望さんみたいに明るく笑えないし、お姉様みたいに強くはないし・・・。」
「お前さんは辛くても理不尽な目に遭っても、まっすぐに戦えてたじゃないか。
 俺は、そんなお前さんがいいんだ。」
「でも、でも・・・っ。」
「お嬢さん・・・いや、この呼び方はもう良くないな。
 未央、俺はもう自分の気持ちを言ったよ。
 今度はお前さんの気持ちを・・・返事を聞かせてくれ。」
「わたし・・・わたくしは・・・っ、」

 未央の瞳から、涙が零れた。
しかしこれは、悲しみの涙ではなくて。
「嬉しい・・・っ!
 わたくしも、瀬戸口さん・・・隆之さんのことをお慕い申しております・・・っ!
 ふっ、不束者ですがどうかっ・・・どうかっ。」
涙で上手く言葉が出てこない。
わたくしがこの人に惹かれていたのはいつからだろう?
過酷な運命を背負わされて、それでも逃げることなく受け入れて歩いていくこの人の深い瞳を見て。
優しさと、強さと、それと悲しさに触れて、気づいたらこの人の幸せを願うわたくしがいた。
でも、この人のために離れようとしたときに、それが苦しくて出来ないと悲しむわたくしがいるのがわかって。
ずっと側に居させて欲しいと願っているのに気づいた。
これが、誰かを愛するということだというのに気づいたんです。
――貴方がわたくしを選んでくれるというのなら、私は――。

 「貴方に、ついていきますっ!
  どうか・・・どうかっ、わたくしを貰い受けてくださいっっ!!」

 そしてそれからはもう、未央の瞳からは止め処なく涙が溢れて。
「・・・ありがとう。お前さんの気持ちを俺に伝えてくれて。」
隆之は立ち上がると、そんな未央を落ち着かせるように優しく胸に抱き締めた。
一瞬、未央は驚いて目を瞠ったが、そんな隆之の優しさが嬉しくてまた涙を流して隆之の胸に額を当てた。
そして涙を流しながらも、幸せそうに微笑んだ。
「・・・どうやら、決まったようだな。」
ずっと娘を見守っていた当主が口を開いた。
目には、うっすらと涙が溜まっていたようだが、瞬いてそれを打ち消した。
「ええ・・・未央も彼となら幸せになれるでしょう。」
当主の妻も今生涯の伴侶と結ばれた娘を優しく見守る。
「あ〜あ、しらけちゃったわ。
 まっ、精々私を選ばなかったことを後悔しないようにすることね!」
(何だ、ちゃんと言えるじゃない。
 小魚、未央を泣かせたら私が承知しないわよ!!)
素子は自分を差し置いて幸せになった妹とその夫となる男に肩をすくめると、
そのままらせん階段を上って去っていった。
(隆之・・・未央さん。どうか、お幸せに・・・っ)
そして、隆之からの求婚の言葉を貰い受けることが出来なかった希望は静かに・・・、
本当は流れてしまいそうな涙を抑えて、笑顔で2人を祝福するのだった。



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