それからが大忙しだった。
前日に当主が宣言していた通り、結婚式は今日――プロポーズした直後のその日のうちになのだ!
隆之と未央が抱擁を終えるなり、壬生屋家当主が式の段取りを説明。
それが終わるなり、未央は花嫁衣装に着替えるために母親と共に退室してしまう。
すると、それまでずっと黙っていた希望が、
「私にもお手伝いさせてください。」
と、自ら手伝いを名乗り出た。
笑顔ではあるが、どこか硬質な笑みで、
「希望・・・すまない。」
愛する未央を妻に迎えると決めただけで何も悪いことはしていないのに、つい謝罪の言葉が出てしまう。
そんな情けない顔の隆之に、希望は大きなため息を吐くと、
「すまない・・・じゃないわよ!
 貴方は愛する未央さんを選んだだけで、私に謝るようなことなんかしてないでしょ!
 ・・・まったく、情けない弟を持つと姉は苦労するわ。
 いい、隆之?
 私は母さんが死んでからずっと1人で父さんを支えてきたわ。
 だからこれからだって、ずっと大丈夫。
 しっかり者の姉を心配してる暇があったら、未央さんを幸せにすることだけを考えてなさい。」
不出来な弟へと説教した。
・・・これから先はずっと、こんな風に幼なじみの姉弟としてしか接することは出来なくなるだろう。
今度会うときは子供でも連れてくるのであろうか?
隆之の腕に抱えられているその子供はきっと、自分にではなく未央にそっくりに違いない。
(はぁ・・・嫌んなっちゃうなぁ。)
いつまで経っても素直に祝福出来ない自分がうっとうしい。
そんな自分を振り払うよう、より晴れやかに希望は微笑んだ。
「未央さん、泣かすんじゃないわよ!」
そして隆之に背を向けて歩き出す。
後はもう、振り向いてやらない。
そのまま大広間を後にした。


 隆之は希望が出ていった扉を見つめる。
「希望・・・。」
希望の気持ちは知っていた。
希望は両親と血が繋がっておらず、育ての父が亡くなったら独りになってしまうのはわかっている。
でも、自分が愛しているのは未央だから彼女の気持ちには答えられなかった。
それは別に間違ったことではないが、かける言葉が見つからない。
だからといって、これ以上謝罪の言葉を投げかけるのは彼女の誇りにとって失礼だ。
(最後まで情けない男でごめん・・・。
 未央のこと、精いっぱい幸せにするよ。)
隆之は心の底で未だ燻っていた迷いをかき消すべく、目を閉じて希望に語りかけた。
少しして目を開けると、当主の方へと振り向いた。
「お養父さん・・・未央の準備が終わるまで、俺に何か出来ることはないですか?」
迷いが晴れて前だけを見る瞳で、自分の義理の父となった男に問いかけた。
すると当主は人の良い笑みで、
「もちろんあるとも!
 実はな、山奥の村に腕のいいヴェール職人がおってな。
 娘のためにと注文してあったものがそろそろ出来るはずだ。
 悪いが取りに行ってもらえんかね?
 その頃には未央の準備も終わっているだろう。」
・・・いや、大金持ちの商人らしいしてやったりの顔で頼んできた。
式は今日なのに、ヴェールが完成するのは今日?
・・・ということは、元々隆之に取りに行かせること前提で注文したのか?
(・・・娘を奪った男に対する嫌がらせじゃないよな?)
しかし、式を挙げてもらうのに文句は言えない。
「わかりました、すぐに取ってきます。」
二つ返事で隆之は養父に一礼して、ヴェールを受け取りに向かった。
ヴェールを届けたらもう、流石にこれから挙式の男にこれ以上の無茶はさせまい。
だが、
(・・・これから先、何かにつけてお養父さんにこき使われるんじゃなかろうか?)
嫌な予感がした。


 ――嫌な予感ほど当たるというもので。
隆之が花嫁につけるシルクのヴェールを受け取ってサラボナに戻ってくると、
「やあ隆之君、戻ったかね!」
街の入口のところで養父が待っていた。
・・・いや、養父だけではなく、すっかり準備を整えた壬生屋家一同、客人、
そして幌がかかっていて中が見えないが恐らくは花嫁が乗っているであろう馬車が1つ、隆之を待っていた。
何事かと思っていると、
「やあ、隆之♪」
「あ、厚志!?それに姫さんも!!」
客人の中に親友の厚志とその妻である舞の姿を見つけて、懐かしさに顔がほころぶ。
「久しいな、瀬戸口よ。
 そなたが結婚するとの報せを受け、急いで駆け付けたぞ。」
相変わらずの口調で、婚礼用のドレスを着た舞が言う。
その隣にいる厚志もまた相変わらずのぽややん笑顔で、
「おめでとう、隆之。
 びっくりしたよ、あれほど結婚はしないと宣言していた君にあんなに綺麗な奥さんができるなんて、
 あっ、でも舞が1番可愛いけど。」
「・・・嫁バカも相変わらずか。」
「やだなぁ、君ももうその仲間入りだって!
 陽平も来たがってたんだけど、流石に国王がいきなり国を空けるわけにはいかないからね〜。」
すると、相変わらずのぽややん笑顔だった厚志がどこか困ったような口調になる。
「それよりごめんね〜。
 壬生屋のご当主に、君が“ルーラ”を使えることをうっかりしゃべっちゃったんだよ〜。」
「え?」
隆之は、言われたことが理解出来ずに間抜けな声を出すが、答えはすぐにやってきた。
「いや〜、度々すまないな隆之君。
 結婚式場に私が所有するカジノ船はどうかと思ってな。
 しかし当のカジノ船は山向こうにあるポートセルミ付近に海にあって、
 どうやって全員で移動すればいいのか悩んでおったのだよ。
 するとどうだ!
 こちらの、君の親友にしてラインハット王の兄君であらせられる厚志様が、
 君が瞬間移動呪文を扱えると教えてくださってな。
 山奥の村から帰ってきたところで申し訳ないが、
 君の呪文でここにいる者全員をカジノ船まで移動させてくれんかな?
 場所は私が知っているから問題なかろう。
 頼まれてくれんかな?」
言われて、隆之の体に妙な疲れが襲った。
心の中で後ずさる。
自分の“嫌な予感”の的中率を恨むしかない。
(・・・これだけの人数運ぶのって、相当魔力使うんだけど。)
しかしもう、重ねて言うが自分は結婚式を挙げさせてもらっている側。
「はい、わかりました!しっかり捕まっててください。」
移動した後に自分はぶっ倒れてしまうんじゃないかと思ったが、
そんなことは露ほども表には出さずに笑顔で受け持つ。
・・・あ、お客さんの中に混ざっている希望が憐れんだ目でこっち見た。
隆之はそんな希望の目をあえて見なかったことにして、壬生屋家当主の手をしっかりと握って呪文を唱えた。
「ぬおおおお〜〜〜!!こ、これは〜〜〜〜!!!」
後には、慣れぬ浮遊感に戸惑う当主の声が響いた。


 「・・・・・・あれ?」
隆之がふと気付くと、視線の先に壁が見えた。
いや、自分が仰向けに寝ている体勢だと気付いたので、それは壁ではなく天井だ。
でも、どこの天井だ?というか、自分は何でこんなところで眠っていたんだ?
隆之が見知らぬ天井を見ながらぼうっと考えていると、
「隆之さん、お目覚めになられましたか?」
横から未央の声が聞こえてきた。
自分がここで眠っていた経緯は置いといて、
目覚めたときすぐに未央の優しい声が聞こえてくるというのが何ともいえない。
何だかこそばゆいでも嫌じゃない、そんな感じで声が聞こえてきた方を向くと、
「・・・!!!」
そこで見たものに驚いて跳ね起きた!
なんと!そこにはウエディングドレス姿の未央が椅子に腰かけてこちらを見ていた。
部屋の中央に置かれた椅子に腰かけている。
ドレスの裾が長い上に膨らんでいるので、ベッドの側には座れずにどうしてもベッドとは距離が開けてしまうのだが、
愛しい人の花嫁姿は距離関係なしに隆之の胸を正確に射抜く。
何も言えずにその純白の花嫁姿に見惚れていると、未央が済まなそうな顔になって説明してくる。
「貴方はこのカジノ船に全員を移動させた後、疲労で倒れてしまったのです。
 昨夜はずっと眠れずに悩み抜いてらして、ろくに眠れていなかったでしょうに・・・。
 なのに、父が無茶なお願いばかりをしてしまい、申し訳ございません。」
未央の説明を聞いて、何があったか思い出したし納得した。
「いや、これくらい何ともないよ。
 それに、疲労をため込んでいたのは俺のミスだし。」
初めてサラボナを訪れたときより前から無茶ばかりだったのだから、
養父の無茶や2つのリング探しのせいだとは言えないし。
自分のせいだと思い込んでいる未央のためにフォローの言葉をかけたのだが、
「いえ、そんなことはその・・・ありがとうございます。」
表情は変わらなかった。
「あの・・・聞きたいことが。」
俯いて、己の膝上に置かれたレース手袋に包まれた両手を見ている。
隆之は一体どうしたのかと思いベッドから降りて未央のもとへと向かう。
少し頭がふらついたが、本当に少しだけなので問題ない。
隆之が歩を進めている間、未央は顔を上げずに、
「わたくしは貴方ほど強くはありません。
 守られているばかりで、足手まといになってしまうだけです。
 貴方の旅を、わたくしが邪魔をしてしまうのではないかと、とても不安で・・・。」
ポツリと呟く。
彼が愛してくれるのは嬉しい。
でも、自分はそれに応えられるのか。
「そんなわたくしが、貴方と結婚してもよろしいのでしょうか・・・?」
その力ない問いかけを聞いたとき、隆之は未央の真正面にやってきた。
これがマリッジブルーというやつだろうか?
こんなしょぼくれた表情、花嫁に似つかわしくない。
未央が答えを聞くのが怖くて俯いたまま震えていると、不意に隆之に両肩を掴まれ、
「・・・・・・っ!」
突然のことに反応が遅れた。
隆之が未央の唇に口づけをしたのだ。
隆之が床に膝をついて、俯いていた未央に対して下から顔を近づけて。
家族以外の異性と口づけをするのは初めてだったので、唇だけではなく全身が痺れるような感じがした。
合せるだけの口づけを数秒間行って、離れる。
顔中熱くなっているのを感じながら隆之の顔を見ると、
「花嫁姿を見てたら・・・つい。
 それに、初めてのキスが結婚式本番ってのもなんだし。
 でもさ、その・・・そんな風に動いてしまったことこそが答えってことになるんじゃないか?」
自分と同じものを感じていたらしく、顔を真っ赤にして頬を人差し指で掻いていた。
「そう・・・ですね。」
それでもう、わかった。
自分を気遣ってくれる優しい言葉と真っ赤になった彼の顔、そして口づけが与えた熱で、
心に巣くっていた悩みがどうでもよくなってしまった。
これら全てを失いたくない。
これが愛しさというのだろう。
「んっ・・・!」
それに気づいた未央は両手を隆之の頬に添えて彼の唇へと口づけた。
隆之が驚いて目を見張る。
唇を放すまで目を閉じなかった彼が何だか可愛らしく見えて、笑みがこぼれる。
未央の楽しそうな笑顔を見て、隆之もいたずらを思いついた子供のような笑顔になる。
「化粧・・・せっかくしたのに取れるぞ?」
「そうですね。・・・でも、直せるから問題ないです。」
そして、花嫁の父や式場の案内人が来る前に3度目のキスをした。


 それからしばらくして。
花婿用のマントを纏った花婿が、カジノ船の甲板に設けられた教会の祭壇の前で花嫁を待っていた。
今日は快晴で空も海も花嫁の瞳の蒼のように鮮やかで、遥かなる天空と母なる海から祝福されているように感じる。
すると神父により式の開始を宣言されファンファーレが鳴り響き、船室から父と共に花嫁が現れた。
ヴァージンロードを淑やかに歩く。
そして父と別れ祭壇に着き、花婿の隣りに立った。
神父の言葉に従い、誓いの言葉を告げて指輪を交換する。
花婿の指には炎のリングを。
花嫁の指には水のリングを。
そして最後に口づけを交わした2人は、これで夫婦となった。
神への儀式を終え、祭壇を後にする2人を、
「奥さんを大事にするんだよ〜!!」
「末長く、幸せにな!!」
「2人とも、本当におめでとう!!」
「おめでとうでござる!!」
「幸せにの〜〜!!」
「ピキー♪」
「パタパタッ!」
「ピーヒュー!」
「ピピキ!」
「ガウ〜〜〜!!」
2人の幸せを祝福するためにやってきた大切な友人達が声を張り上げて祝福した。



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