そこは、どこかの国の玉座の前だった。
荘厳にして豪華な衣装に身を包む1人の男が、落ち着かない様子で辺りを行ったり来たりしている。
普段は威厳と誇りを感じさせる堂々とした人物であろうに、
壁に掛かった時計を見ながらソワソワしている様がそれを台無しにしている。
玉座の前を何往復したか、時計を何回見上げたかもうすっかりわからないが、
本人にとって気が遠くなるほどの時間が過ぎたとき、上へと続く階段の方からざわめきが聞こえてきた。
やがて1人の女中が興奮した様子で駆けて来ると、
「王様、お、おう、お生まれになりました!」
静まらない心と声でなんとかそう伝えた。
それを聞き、王と呼ばれた男は落ち着かない様子から一変、顔をほころばせると、
「そうか・・・生まれたか。」
嬉しさのあまり騒ぎ出してしまいそうになるのを抑え、落ち着いた声で言う。
「王に似た凛々しい男の子です。さ、こちらへ!」
女中は身を翻して王を階上へと案内する。
上の階に上がって奥に進み、女中が開いた扉をくぐって寝室の中に入ると、
「あなた・・・。」
そこには大きな使命を終えた女性が、気だるい様子でこちらを呼んだ。
女性は黒くて長い真っ直ぐな髪に、蒼い瞳をしていた。
黒髪と蒼の組み合わせは、なかなか珍しいものだ。
王が妻が寝ているベッドに近付くと、妻の隣りに生まれたばかりの彼の子供の姿が見えた。
今日初めて彼の息子となった小さな命は、目を閉じてスヤスヤと眠っている。
「シオネ・・・よく頑張ったな、でかしたぞ。」
王は初めて見た息子の姿に感動すると、妻を労うように手の平で頬を撫でた。
王妃はくすぐったそうに目を細めると、
「抱いてあげてくださいな。」
と、夫に息子を抱くよう促した。
促された夫は、慣れない手つきで戸惑いながらも息子を抱き上げた。
出産の疲れからか、息子は父に抱き上げられても眠ったままである。
父はしばし無言で我が子の鼓動と体温を感じ、目を細めると、
「早速名前を付けてやらなければな・・・トンヌラというのはどうだ?」
生まれてきたばかりの息子に、最初の贈り物を授けようと提案した。
すると妻は優しく微笑み、
「素敵な名前。
 でも、わたくしもこの子にどんな名前を付けようか考えていたの。
 隆之、というのはどうかしら?」
提案を提案で返した。
すると夫は首を捻ったが、
「う〜む・・・どうもパッとしない名前だな・・・。
 だが、お前が気に入ったというのならそうしよう!」
結局、息子の名付け親は妻となった。
そして、
「よし、お前は今日から隆之だ!
 強き男になれよ、ハッハッハッハッ!!」
腕の中の息子に名前を与えると、両手で高く掲げ、大きく笑うのだった。

 
 「・・・・・・。」
隆之が目を開け、身を起こすと、そこはほこらの中にある宿泊者用の客室だった。
しばらくここが現実なのか夢の世界なのかわからなくて、ぼうっとする。
すると、先に起きて剣の手入れをしていたらしいピエールがこちらに気づいて、
「おや、お目覚めですか、ご主人。」
そう声をかけてきた。
その声を聞き、こちらが現実の世界なのだと認識すると、
「ああ。
 ・・・なんだか変な夢を見たよ。
 どうやら俺が生まれた日みたいで、父さんが王様みたいな格好してるんだ。」
さっきまで見ていた夢の話をする。
「すると、ご主人は王子様ですか?」
「そうなるんだろうな。まっ、現実には絶対有り得ないけどな〜。」
そう、有り得ない。
自分はサンタローズという田舎村の出身なのだ。
王子など100%有り得ない。
しかし、
(父さんが王様で俺が王子・・・なら、一緒に居た王妃が母さん?)
有り得ない夢だが、再度思い出して考え込む。
夢で鮮明に見たはずの母の顔を思い出そうとしたが、
(ダメだ、覚えてない・・・。
 黒髪と蒼い目だったことしか・・・。)
どうしてもそれ以外は思い出せなかった。

 
 それからほこらを出て、洞窟を通り、少し歩くと・・・。
「見えた!あれがサラボナの街だ・・・!」
隆之達の前方、草原の先にかかっている橋の向こうに街が見えた。
街の隣りには3階建てくらいのそれほど高くない塔が建っている。
「や、やっと着いたかの・・・。」
「マーリン、大丈夫か?」
隆之は、馬車の中で腰を押さえているマーリンに話し掛ける。
「ちょっとさっきの戦闘で腰を痛めてしまってのう・・・。
 まぁ、しばらく休んでいれば治まるわい。。」
「そうか。くれぐれも、無理はしないでくれよ?」
「ええ、そのつもりじゃよ。
 しっかし、こういうときは空を飛べるドラきちやクックルが羨ましくなるのぉ。」
「まぁ、そうだな。
 でも、マーリンの呪文攻撃、皆頼りにしてるんだぜ?
 なっ、ドラきち、クックル?」
「キキー!」
「ピピッ♪」
話を向けられたドラきちとクックルが、同意したように鳴いた。
それを聞いて、マーリンが笑顔になる。
「ありがとうのぉ・・・。
 わしゃ、これからもがんばるよ。」
そんな会話をしているうちに、一行は街の入り口にたどり着いた。
隆之が馬車の方を振り向き、パーティーを見渡す。
「ん〜・・・この町はモンスター連れでも大丈夫かどうかわからんしな・・・。」
街の外には人間を襲うモンスターが少なくない為、
街によってはモンスターが入らないよう厳重に警戒しているところもあるのだ。
(ピエールぐらいなら誤魔化しが効くけど、
 ピエールを連れて行ったらマーリンが本調子じゃないから馬車の守りが手薄になるな。)
「よし、とりあえず俺が1人で街に入って、モンスターが入れそうな街かどうか見てくるよ。
 それまでは皆、馬車の守りを頼んだ。」
「了解でござる!」「わかった。」「ピキー!」「キッキー♪」「クックー。」
5匹が、それぞれ了解の返事を出す。
「よし。
 ピエール、俺が居ない間はお前さんがリーダーだからな。
 任せたぞ。」
そしてピエールの肩に手を置いて、念を押した。
「あい、わかった!拙者にお任せあれ!!」
直々に頼まれたピエールは、剣を掲げて騎士のように受け持った。
「おっ、さすがピエール!気合十分だな〜。
 ・・・よっし、んじゃあ行ってくるよ!」
隆之が手を振りながら町の入り口へと向き直り、歩を進めた。
5匹は、
「いってらっしゃいませ!」「気をつけてのぉ〜。」「ピッピキピ♪」「パタタッ!」「ピーヒュ〜。」
やはりそれぞれの言葉で、隆之を見送った。

 
 隆之がサラボナの街に入って少し歩くと、
「お!立派な噴水だな〜・・・。」
街の中央に大きな噴水があった。
美しい彫刻を施された白亜の石で出来ていて、見る者の心を射止める。
思えば隆之は、少年期から過酷な人生を強いられ、
人の手が入った立派な芸術品というのを滅多に見たことがなかった。
足を止めて美しい噴水を見上げていると、
「誰か〜!その子を捕まえてくださ〜い!!」
遠くから女性の切羽詰ったような甲高い声が聞こえてきた。
「ん?」
その声に隆之が振り向くと、
「どぅわぁっ!!」
何かもこもこして大きなものが飛び掛ってきた。
「なな、なんだぁ〜?」
隆之が何とか身を起こすと、
「ガウ!ガウウ〜。」
そのもこもこしたものが隆之の頬を舐めてきた。
「うわっ、何だよお前〜。
 人懐っこいなぁ、アハハッ♪」
鳴き声ともこもこした感じで、飛び掛ってきたのは動物だと判断した隆之。
そのままくすぐったそうに顔を舐められながら動物の姿を見てみる。
虎を思わせるような巨体と縞模様とオレンジのたてがみ。
そしてセイウチを思わせるような大きな2本の牙。
その姿は動物、というよりもモンスターと呼ぶにふさわしいくらいに強く凶暴そうであるが・・・。
(ん・・・あれ、もしかして・・・?)
このモンスターのような動物(もしかしたら逆か?)に何か重要なことを思い立った隆之は、
動物の顔を両手で抑え、マジマジとその顔を見ると・・・、
「この毛皮の模様とたてがみに、大きな牙・・・まさしくキラーパンサーだ。
 それに、こんなに俺に懐くなんて・・・まさか、プックル、プックルなのか?」
「ガウ。」
すると動物ではなくモンスター―キラーパンサーは隆之の腰にぶら下がっていた小物入れに鼻を突っ込むと、
中から細長い黄色い布を口に咥えて取り出した。
「それは、昔ののみから貰ったリボン!
 これがわかるってことは、お前さんは間違いなくプックルだ!
 いやぁ・・・久しぶりだなぁプックル!会えて嬉しいよ!!」
プックル。
それは隆之が10年前、古代遺跡で別れたベビーパンサーだった。
ゲマに攫われて以来、プックルは野生に帰ってしまいもう会うことは叶わないを思っていたが、
まさかこんな、故郷から遥か離れた街で再会できるなんて。
隆之は感激し、プックルを抱きしめていると、
「あ、あの・・・。」
「!!」
背後から声をかけられた。
その声はさっき遠くで叫んでいた女性の声とよく似ている・・・というか同じ声だ。
隆之が振り向くと女性は困った顔をして、
「あの、うちの虎鉄に何か・・・?」
問い掛けてきた。



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