西の大陸のサラボナの街、その噴水前で。
隆之と女性はベンチに座っている。
「わたくしの名前は壬生屋未央。
この街の長である壬生屋家の娘でございます。
先程はうちの虎鉄を止めてくださってありがとうございました。
この子ったら急に走り始めて・・・。
でも、虎鉄がわたくし以外の方にこんなに懐くの、初めて見ましたわ。」
未央は自らの名を名乗り、恭しく頭を垂れて礼を言った。
未央は仕立ての良い足首までの白いロングワンピースを着て、桃色の大きなリボンで髪をまとめていた。
真っ直ぐな黒い髪と蒼い目をしていたので、
(母さんと同じだ・・・。)
夢で見た母の面影を思い出して無言で見つめてしまう。
「あ、あの・・・。」
あまりにじっ見つめられたので、未央が困った顔をしてしまう。
「そ、その、あの・・・ごめん。
綺麗な目だなって思ってたら、つい・・・。
俺は瀬戸口隆之。
亡き父代わって母を探して旅をしているんだ。
プックル・・・あ、今は虎鉄か、虎鉄とは昔、一緒に住んでいたんだよ。な?」
「ガウ!」
隆之にたてがみを撫でられて、プックル改め虎鉄は同意するように鳴いた。
隆之の話を聞き、未央は驚きで目を丸くする。
「まあ!そうなのですか?
虎鉄は10年前、わたくしが修道院で修行をするためにビスタ港にやって来たとき、
傷ついて倒れている所を見つけたのです。
あのときはとても弱り切っていて、今にも天に召されてしまいそうで・・・。
修道院のシスター達と一緒に、必死になって看病致しました。
それ以来、すっかり懐かれてしまって、この街に帰ってくるときも一緒についてきてしまったのですよ。」
「そうだったのかぁ・・・。
プックルを助けてくれてありがとう、未央お嬢さん。
プックルも、良い人に拾われてよかったな。」
「グルルル・・・。」
虎鉄は、嬉しそうに喉を鳴らした。
隆之はそんな虎鉄の様子を見て、微笑んだ。
「あっ、そうだわ!」
すると、その様子を見守っていた未央が何かを思い出したかのように、両手の平を合わせた。
「虎鉄が倒れていたとき、一振りの剣を大事そうに持っていました。
片刃で柄が紫色の、とても大きな剣なのですがご存知ありませんか?
父が気に入ってわたくしの家に置いてあるのですけれど、貴方のものならお返ししないと!」
「虎鉄が持っていた剣・・・片刃で大きい・・・ああっ!!
もしかしてそれ、父さんの剣じゃ!?
そうなのか、プックル!!」
「ガウ〜。」
隆之に訊ねられて、虎鉄はまるで人のように首を縦に振って答えた。
「虎鉄、それは本当なのですね?
それならば瀬戸口さん、貴方のお父様の剣、貴方に返さなくては。
今すぐにうちの屋敷へおいでください。
ご案内致しますわ!」
そう言って未央は、立ち上がって隆之を屋敷へ案内しようとする。
「ありがとうお嬢さん。
プックル・・・虎鉄も、剣を守ってくれてありがとうな!」
隆之も立ち上がって、未央と虎鉄に礼を言った。
「ガウッ!」
そして虎鉄も立ち上がり、未央の傍らに寄り添って歩き始めた。
そして2人と1匹は、そのまま壬生屋の屋敷へと向かう。
しかし、未央は忘れていた。
屋敷では、彼女の将来を決める重要な出来事が起こっている最中だということに。
虎鉄を庭に残して壬生屋の屋敷に入り、
「お父様、お父様の刀剣コレクションについてお話が・・・ああっ!!」
未央が大広間のドアを開けると、そこには大勢の男達が椅子に腰かけ、
その前に立つ未央の父親―壬生屋家当主から話を聞いている最中であった。
「未央、今までどこに行っておった!こちらへ来なさい!!」
壬生屋家当主は娘の姿を見つけると、手首を掴んで男達の前へと引っ張ってきた。
「え、え〜っと・・・。」
突然の出来事に、隆之はわけもわからずに立ち尽くしている。
その姿を当主が目に留め、
「ん、なんだ貴殿は?
貴殿も我が娘、未央の花婿候補に名をあげるのか?」
「は、花婿候補?」
初めて聞くワードに、瀬戸口が目を瞬かせる。
「お父様、その方は・・・、」
「未央、お前は黙っていなさい。
我が娘、未央にそろそろ似合いの婿をと思っていてな。
街中の男達に声をかけたのだよ。
婿になった者には、壬生屋の家名と家宝の『天空の盾』を継いでもらう。」
(天空の盾・・・!!)
その言葉を聞き、隆之の心に何かが動いた。
次いで、目の色も変わる。
「しかし、未央の婿になるということは、将来は壬生屋家の主となるということ。
なれば軟弱な男に娘をやるわけにはいかない。
よって、今からわしが出す試練を越えられた者・・・炎のリングと水のリングを手に入れられた者に未央をやろうと思うのだ。 ・・・貴殿、その身なりからして旅人だな?
しかも、なかなかの強者と見える・・・。
我が娘の花婿候補に名乗り出るつもりはないか・・・?」
「お父様、その方はお父様の刀剣コレクションに用があるだけです!
それに、わたくしの婿を探すためだからといってこんなこと・・・。
皆さん、2つのリングがある所はいずれもとても危険な場所で行ったら命はないものだと聞いています!
わたくしのために、そのような危ない真似はしないでください!!」
未央は席に座っている男達に、必死になって呼びかけた。
未央が忘れていたこと―それは、自らの伴侶を決めるための試練が今日この屋敷で父の口から発表されるということ。
大体、未央はこんなこと全然乗り気ではなかったし、望んでいなかった。
幼少の頃から父親の言うとおりに家を出て修道院で花嫁修業をし、
10年もそこで過ごし、そこがが第2の故郷だと思っていたところで故郷のこの街に呼び戻され、
今度は“お前も年頃だから結婚して婿を取れ”というのだ。
しかも恋愛をした誰かとではなくて、こんな競争じみたことで決められてしまうだなんて・・・。
それに・・・!
未央は男達の顔を見渡した。
歳が20以上も離れた者、明らかに金にしか興味がない者。
皆、その目は未央を見ていない。
(皆・・・皆!わたくしじゃなくて、天空の盾が目当てなんじゃない!!)
しかし、その中にただ1人だけ、未央を真剣な眼差しで見ている者がいた。
「私は、貴女の花婿候補に立候補します!
必ず2つのリングを手に入れて、貴方を幸せにします!!」
未央がそちらの方に見やると、長い黒髪をした美しい青年が椅子から立ち上がって宣言していた。
「け、圭吾・・・貴方も、なの・・・。」
未央はその姿を見て呆然とした。
当主は感心したように圭吾を見る。
「ほう・・・娘の幼なじみの遠坂圭吾か。
ふん、お主のような軟弱者に、試練が越えられるかな・・・?」
当主が圭吾をからかうように言うが、圭吾はそれにも怯まず真っ直ぐにその目を見返す。
「越えてみせます。
私は、未央を愛していますから。」
「圭吾、貴方までそんなこと・・・!
本当に危険なのよ、幼なじみの貴方にもしものことがあったら、わたくしは・・・。」
「俺も、花婿候補に立候補します。」
未央は圭吾の身を心配して、彼に歩み寄ろうとした。
しかし、それを思いがけない方向から出た声が邪魔をした。
静かであったがよく通る声がした方向に向くと、
「せ、瀬戸口さん・・・そんな、今日出会ったばかりの貴方まで・・・。」
声の主は隆之だった。
(どうして?この人とは今日出会ったばかりなのに、何で・・・?)
未央は、隆之が突然名乗り出た理由に全く検討がつかなかった。
だが、その目は、噴水の側のベンチで一緒に話していたときとは別で、
どこか険しくて遠くを見ているような目で・・・。
「まさか・・・貴方も、盾が・・・天空の盾が目当てな・・・の?」
未央は答えを聞くのが恐ろしくて、それでも掠れた声をやっとのことで出して問い掛けた。
しかし、
「・・・・・・。」
隆之は何も答えなかった。
この場にいる誰もが皆、隆之の答えを待っていて、誰もしゃべらない時間が過ぎる。
じれったくて、この沈黙が耐えられなくなってきた未央が再度問いかけようと口を開くが、
「なぁに〜?
こんなに男が集まってるのに、辛気臭い空気ねぇ全く。」
奥の階段から降ってきた声に、遮られてしまった。
声の主は大広間での沈黙など全く興味がないかのようにマイペースにゆっくりと階段を下りてきた。
そして、ゆっくりと辺りを見回すと、
「あら、これ皆私の花婿候補かしら。
皆、その辺の虫みたいなシケた面してるわね〜・・・。」
あまりにも無遠慮にそう言って、失礼なくらい盛大なため息を吐いた。
その声の主―女性は、仕立ての良い膝上のピンクのワンピースを着て、短い黒髪に赤い花を挿している。
同じ仕立ての良い服を着ていても、
最小限の飾りで清楚な雰囲気の未央とは対照的で、飾りが多くて派手な印象を受ける。
「素子!この者達はお前ではなく、未央の花婿候補として集まったのだ。
お前のためではない!
大人しく上に戻りなさい!!」
当主に怒鳴られ、素子と呼ばれた女性は呆れ顔で先程よりも大きなため息を吐く。
「未央の花婿候補、ねぇ・・・姉であるこの私を差し置いて。
未央は嫌がってるようだけど、その辺はどうなのお父様?」
「・・・これは、未央のためだ。
もういいからお前は未央を連れて、上へ戻っていなさい。
さぁ、未央も行きなさい。」
「・・・はぁ〜・・・。
はいはい、行けばいいんでしょう?
行くわよ、未央。」
この部屋に入って3度目のため息を吐くと、素子は未央へと歩み寄り未央の手を取った。
そして連れて行こうとする。
「い、いや!お父様、わたくしの話はまだ終わっていません!!」
「まあ、待ちなさいよ。
この頑固者のお父様に今何を言っても無駄無駄。
とりあえず、この場は立ち去った方がいいわ、あら?」
素子は当主の隣りに立つ隆之に目を留めた。
「ふ〜ん・・・。」
それから品定めをするようにマジマジと隆之の顔を観察すると、
「!!」
しっかりと手入れが施された指で隆之の顎を捕らえた。
「貴方、この中では1番マシみたいね。
そうね・・・他の連中がその辺の虫なら、貴方は小魚ってところかしら?」
「こ、小魚・・・?」
そのあんまりな例えに、隆之は思わず小声で呟いた。
「お姉様っ!!」
「でもまあ、それでいい気にならないでね。
小魚は所詮小魚なんだから・・・フフッ。
行くわよ、未央。」
「あっ!ちょっと、お姉様っ!」
素子は唐突に隆之の顎から手を離すと、風を切るように堂々と歩き出した。
未央がそれを慌てて追い、壬生屋家の令嬢姉妹は階上に消えた。
騒がしいのがいなくなったのを頃合いに、当主は席の前へと戻り、演説を再開させる。
「とにかく、我が娘未央の婿になりたいのならば、私が出した試練を乗り越えること!
炎のリングと水のリングを探し出すのだ!
だが、水のリングは船がなくては行けぬ場所にある。
よって、炎のリングを手に入れた者に壬生屋家所有の船を貸し出そう。
まずはサラボナの南東にある死の火山に赴き、炎のリングを手に入れるが良い!
ただし、先程娘が行ったとおり、死の火山は灼熱とモンスターの巣窟であり、生きて戻るのは困難・・・。
仮に命を失ったとしても、壬生屋家は一切の責任を取らん。
腕が立ち、生きて帰る覚悟がある者のみ行ってくるがよい!
2つのリングを見事手に入れた者にのみ、我が娘未央と家宝の天空の盾を渡そう!!」
演説の終了を合図に、花婿候補は立ち上がり、続々と大広間を後にした。
花婿候補達の目には諦め、野心、迷い、様々な色が映っている。
隆之がそれを見やっていると、
不意に先程全員の前で2つのリングを手に入れると宣言した未央の幼なじみの青年、圭吾と目が合った。
圭吾は立ち止まると、
「初めまして。
貴方は旅慣れていて腕に自信があるようですが、未央を想う心は誰にも負けません。
もちろん、貴方にも未央は渡しませんからね。」
覚悟に満ちた目で隆之に挨拶をして去っていった。