大広間の席に着いていた者達が退場し、隆之も屋敷を去ろうと振り返ったとき、
「ちょっとあんた!
うちのお父様の刀剣コレクションに用があったんじゃないの?」
再び階上から素子の声が聞こえてきた。
素子は階段をゆっくりと下りてきている。
「あ、そうだ・・・忘れてた。」
「刀剣コレクション?」
当主は首をかしげると、素子に尋ねる。
「未央が言ってたんだけど、なんでもその小魚、虎鉄の前の飼い主なんですって。
それでどうやら、虎鉄が倒れてたときに持ってた剣が小魚のお父様の形見の物らしいわよ。」
「とりあえず、まずは見せていただこうと思って屋敷にお邪魔したんですけど・・・。」
隆之が素子の言葉を引き継いで説明した。
「未央の花婿候補達に試練を与える場に出くわした・・・ということか。」
当主は何度も頷いた。
とても納得した、ということだろう。
「わかった。
父親の形見というのなら、返さないわけにもいくまい。
瀬戸口君・・・といったかな、貴殿は。
私についてきなさい。」
当主は階上に隆之を導き、
「は、はい!」
隆之が慌ててその後をついていく。
隆之が素子とすれ違ったとき、
「そういえば素子、未央はどうしている?
自分が招いた客人なら、自分が案内するべきであろうに。」
当主が素子に尋ねた。
素子は呆れたように眉を顰めると、
「未央なら自分の部屋に閉じ籠ってるわよ。
大方、ベッドの中で泣いてるんじゃないかしら?」
と、ややトゲのある言い方で答えた。
それを聞くと、
「そうか・・・。」
当主は俯き、小さな声で呟いた。
素子はその様子を横目で見やると、わざとらしいくらいに大きく伸びをして、
「はぁ〜あ・・・めんどくさいことになったわね。
あの子の代わりに虎鉄のご飯をあげてくるように頼まれちゃったわ〜。
まったく・・・誰かさんがあの子が部屋に閉じ籠るようなことするから・・・。
さて、と・・・めんどうだけど行ってくるわ〜。」
わざとらしいくらいに大きな声で言って、そのまま大広間から玄関へと向かった。
父親と娘の間でそれを聞いていた隆之が複雑そうな表情で素子の背中を見送っていると、
「瀬戸口君、何をしている。置いていくぞ!」
当主は何事もなかったかのように堂々とした足取りで階段を上がりきり、2階から隆之に声をかけていた。
2階の奥にある当主夫婦の寝室。
そのまたさらに奥の部屋には、
「うわ・・・。」
何本もの刀剣が飾られていた。
豪華な飾り付けで高そうな剣や、古い歴史を感じさせる刀まで。
その全てが綺麗に手入れされ、ガラスケースに収まっていたり壁に掛けられたりしている。
「瀬戸口君、こちらへ。」
隆之が当主のコレクションに目を奪われていると、奥から当主が呼んでくる。
そちらの方に行くと、当主の目の前には豪華でかつ丈夫そうな宝箱があった。
「虎鉄が持っていた剣・・・君のお父上の剣はこの箱の中にある。
長年に渡って使い込まれ、それでいて入念な手入れが施された立派な剣でな。
特に刃は実に美しく、名のある剣士にしか生み出せない力強さと精錬さがある。
それ故に私のコレクションに加えさせてもらった。
・・・君のお父上は、素晴らしい戦士だったのだな。」
「はい。自慢の父です。」
当主は、隆之のその答えに満足そうに頷くと、
「だがな、それだけの剣であるからこそ、悪しき者に渡すわけにはいかない。
君を疑うわけではないが、この中の剣が誠に君のお父上のものであるか証明させてほしい。いいかね?」
一転して、厳しい眼差しで問い掛けた。
隆之はその眼差しを真摯に受け止め、
「はい。お望みの通りに。」
当主の目を真っ直ぐに見て答えた。
当主は隆之の眼差しに満足気に大きく1つ頷くと、
「よろしい。では、私からの質問に答えてもらおう。
君のお父上の剣には、鍔の所に宝石が埋まっていたな。何色だったかな?」
隆之は当主の質問に、1度目を瞬かせ、首を傾げると、
「宝石?・・・いえ、父の剣にそんな高価なものは埋まっていませんでしたが?」
質問内容に訝りながらも父の剣について知っていることを答えた。
「柄の先端に紋章がある。何の紋章かね?」
当主は答え合わせをせずに、そのまま質問を続ける。
「俺が物心つくことには潰されていたので、何が描かれてあったのかは・・・。
戦闘でではなく、硬い石か何かで意図的に潰されたような感じでした。
ただ、右上の端だけがわずかに残っていて、鳥の翼のように見えます。」
「確か両刃だったかな?」
「違います、片刃です。」
「・・・ふむ、全て正解だ。」
当主は隆之の答え全てに満足すると、宝箱を開けた。
するとそこには、
「・・・!父さん・・・。」
そこには、見慣れた父の剣が納められていた。
鍔に宝石の類は埋まっておらず、柄の先端に紋章らしきものが意図的に潰されている。
右上の端だけがかろうじて残っていて、鳥の翼のようなものが確認できる。
刃はこの地方では珍しい、片刃だった。
思い出の中にある父の剣と寸分違わず一緒であるのは間違いないのに、
いざ手に取って見ると感じられる重さが昔とは違っていて、長さも以前より短く感じる。
それは、この剣と別れてから10年以上経っているため。
6歳の子供が持つのと17歳の少年が持つのではあまりに違いがある。
そして、柄に巻かれている紫色の布が少しだけ黒く焦げてるのを初めて見た。
この焦げ痕を見て、隆之は父の死に様・・・邪悪な炎によって焼かれていくところを思い出す。
「うっ・・・。」
あのときの父の悲痛な叫びを思い出し、隆之は痛くなった胸を押さえた。
「大丈夫かね?」
当主が心配そうに隆之を窺う。
「・・・大丈夫です。
ちょっと・・・父のことを思い出しただけで。」
「そうか・・・。
とにかく、それが君のお父上のものだったということははっきりとわかった。
これからは、君がその剣を持っているがよい。」
「ありがとうございます、父の形見の品を譲って頂いて。
そして、今日まで大事にして頂いて。」
「構わんよ。私も本来の持ち主に手渡せて満足だ。
剣もその方が嬉しかろう。」
礼儀正しく隆之が頭を下げて礼を告げると、当主は実に満足そうに笑った。
「そして、花婿候補の中では君が最も腕が立つ者だと見える。
君には期待しているよ。」
「え・・・あ、はい。
・・・そのことなんですけど。」
「ん?どうかしたかね?」
困った顔をしている隆之に、当主が訊ねる。
「俺は今日初めて未央お嬢さんとお会いしたばかりです。
花嫁候補だって、母さんを探す手がかりに天空の盾が欲しいから名乗り出ただけで・・・。
そんな男に大事なお嬢さんと結婚させてよろしいんですか?」
「そうだな、君の言うとおりだ。」
隆之の言葉を聞き、当主は神妙な顔で何度も頷く。
「だが、いつ何時モンスターに襲われるかわからないこの時代だからこそ、
娘を護れるほどの、それなりに腕が立つ者でないと娘は幸せになれないと思うのだよ。
未央には可哀想なことをしているが、これもあの子を思うが故・・・。
君は、未央のことをどう思う?多少なりとも気に入ってくれているか?」
「俺は・・・。」
隆之は答えようとして言葉を詰まらせた。
(俺の目的は、天空の盾だ。父さんとの約束通り、母さんを見つけ出すために盾が必要だから。
だからと言って、初めて会ったあのお嬢さんが気に入ったか、結婚出来るかって聞かれても困る。
でも・・・。)
隆之の脳裏に、先程圭吾が花婿候補に立候補すると高々と宣言したときのことが過ぎる。
(なのに、あの男が名乗り出た瞬間、ものすごく嫌な気分になって、
いつの間にか俺も立候補するって口に出してた。
俺が欲しいのは盾だけで、お嬢さんではないのに・・・何でだ?)
しかし、理由を考えようとしても何も浮かんでこない。
考えすぎて眉間の辺りに皺が寄ろうとしてきたとき、これ以上考えても仕方がないと判断し考えを打ち切る。
「正直に言うと、わかりません。
俺はつい最近まで人らしい生活をしていなかったから、異性を好きになるってことがよくわからなくて。
でも・・・、」
ただ1つだけ。
未央が他の女性と違ったところがあった。
「未央お嬢さんに会ったとき、懐かしい気持ちになったんです。
夢で見た母らしき人の面影に似ていて・・・。
だからその所為でしょうか、未央お嬢さんには幸せになって欲しいと思います。」
「そうか・・・。」
当主は隆之の答えに否定も肯定もせず、
「未央の幸せを願ってくれて、ありがとうな・・・。」
ただ礼の言葉を口にした。
つかの間、隆之も当主も話さない無言のときが流れる。
先に口を開いたのは隆之だった。
「それでは俺はもう失礼させていただきます。
街の外に仲間を待たせてますし、死の火山に行かないと。」
「おおっ、そうだったな。
すっかり長居させて悪かった。」
「いえ、俺の方こそ父の剣を譲っていただいてありがとうございました。
では、失礼します。」
「ああ、気をつけてな。」
当主に見送られて、隆之は当主のコレクション部屋を後にした。