隆之達は洞窟のさらに奥へと進んだ。
洞窟は火山の内部と繋がっているらしく、進めば進むほど暑くなるし、溶岩がそこかしこで道を覆っていた。
立ちふさがるモンスターは相変わらず強敵な上、さらに暑さと疲れは容赦なく隆之達から戦う力を奪う。
「ギャアァァン!!」
「クックルッ!」
たった今、クックルが敵の魔物使いの鞭を翼に強く打ち込まれてしまった。
そのまま吹っ飛ばされ溶岩の海に落ちそうになるのを、ピエールが受け止め九死に一生を得た。
「大丈夫かクックル!ピエール!!」
残りのモンスターを全て仕留めた隆之と未央が駆け寄る。
「拙者達はなんとか・・・ご主人、クックルに回復呪文をお願いするでござる。
 拙者の魔力は、とうに尽きてしまったが故・・・。」
「わかった。今治すからな、クックル・・・うっ!」
隆之は呪文を唱えようとしたところで、額を抑えてうずくまった。
「ご主人っ!」
「どうなさったんですか!?まさか、どこかに怪我を?」
異変を起こした隆之に、ピエールと未央が心配そうな顔で覗き込む。
隆之は2〜3度頭を振って頭を起こすと、
「いや、俺はなんともない。
 ・・・でも、俺の魔力もそろそろ尽きるみたいだ。」
と言って、力を抜けそうなのを堪えて仲間達を心配させないように顔を笑顔を作る。
そして隆之は呪文を唱え、
《ホイミ!》
簡易回復呪文をクックルの翼に施した。
クックルの翼を滲ませていた血の色が消える。
「ごめんなクックル。
 俺の今の魔力じゃこれ以上の呪文は唱えられない。
 傷は塞いだけど飛べるほどには回復していないから、しばらく馬車でゆっくり休んでてくれ。」
「クー・・・。」
隆之が静かな声で、労うようにクックルの怪我の状態について説明し、待機を命じる。
クックルは弱った声で力なく一声鳴くと、翼を使わず足の力のみのジャンプで馬車の中に入った。
「これで戦力は、ご主人とお嬢さんと虎鉄・・・そして、拙者だけでござるか・・・。」
ピエールは、馬車の外にいるメンバーを見上げて呟いた。
スラりんとピエールの相棒のスラフィーネは洞窟内の熱気にやられたままだし、
マーリンは魔力切れ、ドラきちも先程のクックルと同様、深手を負い戦線離脱を余儀なくされた。
馬車の外にいる2人と2匹はなんとか戦えるだけの体力は残っているものの、
未央の魔力は尽きたままであるし、ピエールの魔力も尽きてしまっていた。
虎鉄は元から魔力がなく回復呪文は唱えられないし、隆之はあとホイミを2〜3回唱えるのがやっとである。
薬草は数枚残ってはいるけれど、洞窟があとどのくらい深くなっているのかわからないのに無闇に使いたくない。
「準備が足りなかったな・・・くそっ。」
(これじゃ俺もお嬢さんと変わらんか・・・。)
隆之は頭に巻いたターバンを外し、乱れた髪をかき上げながら悪態を吐く。
「どうするでござる?1度サラボナに戻って、出直してきた方が・・・。」
ピエールが、控えめな声で一時撤退を提案する。
しかし、
「でも・・・そうすると炎のリングが誰かに取られてしまいます・・・。」
「・・・そうだ。天空の盾を手に入れるためにも、ここで引き返すことは出来ない。」
未央と隆之が口々にその提案に異を唱えた。
状況がどんなに不利でも引き返せない理由がそこにはあるのだ。
ピエールが虎鉄に目をやると、未央に寄り添う虎鉄の目には迷いが無く、
どこまでも主人についていくとその目が語っている。
虎鉄の目を見て、ピエールは軽く息を吐くと視線を自らの主人に戻し、
「拙者達はこれまでに、花婿候補として残った全ての者達を追い抜いて進んできた。
 花婿候補の顔はご主人とお嬢さんが確認したから、間違いないでござる。
 つまり、拙者達より先に進んでいる者はおらず、当分は誰かに先を越される心配はない。
 ・・・それに見たところ、他の花婿候補にここまでやってくる力量はないでござる。
 1度街に戻って体制を立て直してからでも、遅くはないでござるよ。」
主人に撤退の指示を出すように説得する。
仲間を守るためにあえて主君に逆らうのも、侍の役目である。
それを聞き、隆之は1度目を閉じて深く考えるが、
「・・・でもダメだ。せっかく見つけた天空の勇者の手がかりだ。
 そう簡単に諦めることは出来ない。
 それに、もう洞窟のかなり奥まで進んだんだ。
 あと少し進めば、炎のリングが見つかるかもしれない。」
それでも隆之はピエールの提案を拒否した。
ピエールが今度は未央の目を見ると、
「・・・・・・。」
未央は何も言わないが、その目には撤退の意志はない。
ここまで来ると、ピエールは何も言えなくなり、
「・・・わかったでござる。
 ただし、この最後の魔法の聖水、これは拙者に預からせていただくでござる。
 これがなくなると、いざというときに脱出呪文が使えなくなってしまうでござるからな。 
 そして、行けるところまで行ってみてここに留まるのが危険だと判断したら、
 拙者はご主人に逆らってでも地上に連れて帰るでござる!」
主人達の説得を諦めて、しかし、どこまで進むのかきちんと限界を示す。
ここまで言われてしまうと、流石に隆之は主人とはいえ断ることは出来ず、
「ああ、わかったよ。
 ・・・ごめんなピエール、それに皆も。
 あと少しだけ、俺の無茶に付き合って欲しい。」
ピエールが提示した条件を受け入れ、仲間達に向かって頭を下げた。
すると仲間達は、
「拙者の言ったこと、忘れないで欲しいでござる。」
「仕方ないのう・・・もう少し、付き合ってやるわい。」
「ピ・・・キー。」「・・・キキッ。」「クックー・・・。」
疲れ果てて小さな声ではあったが、それでも隆之に向かって精一杯の元気な声で返事をした。
そんな隆之達を見て、未央は傍らに寄り添う虎鉄のたてがみを優しく撫でると、
「ごめんなさいね、虎鉄・・・。
 でも、もう少しわたくし達の無茶に付き合って。」
文句一つ言わずに自分について来てくれる忠実な従者・・・いや、愛すべき家族に声をかける。
虎鉄はたてがみを撫でる未央の手に甘えるように額をすり合わせると、
「ガウ・・・ゴロゴロ。」
地獄の殺し屋と謳われるキラーパンサーとは思えないほど優しい笑顔を浮かべて頷いた。

 
 隆之達は残り少ない薬草と魔力を温存するため、モンスターとの戦闘は極力防げるように慎重に進んだ。
しかし、その必要はまるでなく、洞窟の奥を進むうちにモンスターの姿が少なくなった。
その理由はすぐにわかった。
「おいおいおい・・・。」
「まあ・・・これでは進めませんわ・・・。」
隆之と未央は前方に広がる光景を見つめて、呆然とした。
洞窟が奥へと続いていて、道が右に折れて先がわからなくなっているのが見える。
だが、問題はそこへと続く道。
床を構成している石が熱を持って赤くなっていて、まるで床一面が炎の川のようになっていることだ。
奥へ進むためにはこの赤い川を遡って行くしかないが、
こんなところを歩いたら足に火傷を負ってしまう。
「どうしましょう・・・他に奥へと進む道はありませんし・・・。」
「ご主人、ここまででござる。1度引き返して体制を整えるでござる。」
赤い川を見て、未央の目に諦めの色が生まれ、ピエールはここが撤退時だと悟る。
しかし隆之は、
「・・・・・・。」
ただ無言で赤い川を見つめていた。
そして馬車を引いていた白馬―パトリシアを見上げ、
その背を労うように撫でる。
「ご主人!」
ピエールが何も言わない隆之に痺れを切らせて隆之に向かって声を張り上げると、
「・・・全員、馬車の中に入ってくれ。お嬢さんも虎鉄も、全員。」
隆之は静かな声で、しかし毅然としていて抗い難い声で命じた。
「・・・はっ。」
隆之に何か考えがあると思ったのだろう。
ピエールは一瞬の逡巡の後、何も反論せずに返事だけをして馬車に入った。
「あ、あの・・・。」
未央はピエールが馬車に入るのを見届けて、自分はどうするべきか迷っている。
すると隆之は未央の方に振り向き、近づくと、
「きゃっ!」
今までのように突っかかって口論を始めるようなことなどなく、ただ黙って未央を抱き上げた。
隆之のたくましい腕に抱き上げられて、未央は何も言えなくなって思わず赤面してしまう。
隆之が未央を馬車の中に降ろすと、虎鉄が黙って馬車の中に入り、未央の傍らについた。
「お嬢さんも虎鉄も、馬車の中で休んでてくれ。
 ここは俺に考えがあるから。
 ・・・大丈夫、今更追い返すような真似はしないよ。」
つい先ほどまでのようなこちらに対して怒鳴り散らす様子ではなく、
優しい声で隆之は未央に言った。
「えっ・・・瀬戸口さん?」
そのことの真意が読めず、未央が隆之に尋ねようとするが、
「・・・パトリシア、馬車が重くなって大変だけど、あと少しだけ頼む。」
隆之は未央の声に答えずにただパトリシアの顎を撫でていた。
そして、パトリシアの手綱を掴んで赤い川に向き直ると、
「・・・っ・・・ぐあ・・・。」
なんと、赤い川に足を踏み入れ、遡り始めた。
靴底から伝った熱が、容赦なく隆之の足を傷つける。
「「ご主人っ」」
「ピキ・・・。」「キ、キッ・・・!」「ピー・・・!」
「なんて馬鹿なことをっ!?」
「ガウッ!?」
隆之の突然の行動に、馬車の中にいる全員が驚きの声を上げた。
苦痛に顔を歪めながらも、隆之はなんとか笑顔を作り、その声に答える。
「馬鹿な・・・って、誰かがパトリシアの手綱を引いて先導しないと先に進めんだろう?
 幸い、この辺りにはモンスターは出ないみたいだから、
 馬車の外にいるのは俺だけでも大丈夫・・・うっ!」
話しながらも、隆之はパトリシアを先導しながら先に進んでいく。
しかし、赤い川が持っている熱は冷めることがなく、隆之の足を確実に傷つけていく。
底が厚くて丈夫な旅人用の靴を履いているため、熱を持った石に直接触れてはいないが、
靴底が溶けて足が石に触れるのも時間の問題である。
赤くなるほど熱を持った石に直接触れたら、軽い火傷では済まないだろう。
「ご主人、無茶でござる!
 今すぐにやめてほしいでござるっ!」
「そうじゃよ!早く引き返し・・・いや、リレミトで洞窟から出るんじゃ!
 そしてすぐに足を治療するんじゃ!!」
自ら苦行を行っている主人を見ていられなくなったのだろう。
ピエールとマーリンが声を荒げて説得する。
他の傷ついた仲間達も心配そうに見守る。
それは未央も同様で、
「瀬戸口さん、もうやめてください!皆さん心配していますよ!」
必死に隆之を説得する。
だが隆之は、馬車にいる全ての仲間からの説得を受けても、
足を止めることも脱出呪文を唱えることもせずに、痛みに耐えて一歩一歩先へ進んでいく。
「駄目だ・・・天空の盾をどうしても手に入れるんだ・・・!
 父さんのために・・・母さんのために・・・。
 やっと・・・やっと見つけた手がかりなんだっ!」
隆之は、吐き捨てるようにそれだけを言うと、
あとは仲間達が必死に説得しても何も言わずに黙々と歩を進めた。
パトリシアもまた、主人の気に押されるように熱に耐えながら馬車を引く。
「そんな・・・何で、何であんな盾なんかのために・・・ここまで。」
未央は呆然として呟いた。
仲間の声を振り切り、自らの体を傷つけてまで天空の盾を手に入れようとする隆之。
そしてそれを自分の身に降りかかっていることのように悲痛な想いで見ている仲間達。
隆之が何故あの盾を欲するのかわからないが、その必死な想いは痛々しいまでに伝わってきて。
それ故に自らの命さえ投げ出してしまいそうな彼を見て、胸が苦しくなる。
居た堪れなくなって、未央は胸の前で手を組んだ。
(このままでは、瀬戸口さんが危ない・・・!
 それに、他の皆さんももう戦える力なんて残ってないのに・・・。
 瀬戸口さんに何かあったら、皆の心は傷ついてしまう・・・。
 どうすれば・・・わたくしはどうしたら・・・。
 ・・・ああ、神様!どうか、わたくし達をお導きください!!)
未央は隆之達の悲痛な心をどうにかしたくて、神に祈った。
修道女だったときと同じように、誰かの幸福を祈る聖なる心で祈っていると、
不意に体の底から力を溢れてくるような気がした。
(あれ・・・何なのでしょう、この感覚は・・・。)
体の疲れが軽くなり、全ての感覚がクリアになって研ぎ澄まされているのがわかる。
「・・・!!」
そのとき、未央は馬車の進む先に何かがあるのに気づいた。
「瀬戸口さん!もう少し進んだところに、分かれ道があります! 
 そうしたらどうか、右へ進んでください!
 何か・・・神様がいらっしゃるような・・・聖なる気配を感じますっ!」
「分かれ道・・・だって?・・・あっ!」
未央に言われて隆之が前方に目を凝らすと、ちょうど分かれ道が姿を現したところだった。
隆之は、まだ目に見えていないところにあったものの存在を感じ取った未央に素直に驚き、
「・・・右、でいいんだな?」
未央の提案に乗ることにした。
その声に未央は自信を持って頷く。
「ええ。間違えありません。神様がわたくし達を導いてくださっています。
 きっと、力を貸してくださるのだと思います。」
隆之は分かれ道の先を見つめる未央の目を見ると、
「わかった。」
しっかりと頷いて足先を右へと向けた。



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