未央の指示通りに赤い川を右に曲がると、そこは下り坂になっていた。
坂を下っていくうちに赤い川はなくなっていき、完全に下りきると、
「まあ・・・!」
「・・・なんだ、ここ・・・。」
未央と隆之が驚きに目を見張って呟いた。
他の仲間達も、呆然としながら辺りを見回す。
坂を下りきったところには、青みがかった透明な水が満たされた美しい泉があった。
その泉を中心に火山の熱気が鎮められていて、この場所だけは冷んやりとしていて心地良かった。
邪気を祓うかのような清らかな空気に満ちていて、そこはまるで“神の泉”のようだった。
モンスターの巣窟の中だというのに、神秘的で美しい彫像が泉の周りを囲っている。
「わたくしが感じた聖なる気配・・・ここのことだったんですね・・・。」
未央が馬車から降りて彫像を見上げる。
彫像は大きな翼を持った女性の姿をしていて、聖書に出てきた天空の女神を彷彿させる。
「ピキー!!」
「ピピキッ♪」
「スラりん!スラフィーネッ!」
そして、馬車の方から久しく聞いていなかった元気な鳴き声に驚き、振り返ると、
清らかな空気に包まれたことによってすっかり元の調子に戻ったスライム2匹が
元気良く馬車から飛び出してくるところだった。
熱気にやられて溶けてしまいそうだったのに、今はしっかりと己の形を保っている。
馬車の外にいた隆之がそれを嬉しそうな笑顔で迎えていた。
「あんなにまいってた2匹がこんなに元気になるなんて。
この泉には不思議な力があるみたいだな・・・どれ。」
試しに、隆之が泉の水を手で掬い飲んでみた。
すると、
「・・・えっ!?ま、魔力が戻った・・・疲れもなくなってる。」
驚いたことに、尽きかけていた魔力が全快まで戻り、疲れも嘘のように吹っ飛んでいた。
もしやと思い、隆之が溶けて穴が開き始めた靴を脱いでそのまま泉の中に入れると、
「嘘だろ・・・おい。」
熱い石を踏み越えて火傷だらけになっていた足が、一瞬で完治してしまった。
隆之は泉の力に驚き目を見張るが、
こんな誰もが傷ついて疲れきっているときにこの場所へやって来れた安心と喜びの方が勝っていた。
「こんなに聖なる気に包まれた所だったら、邪悪なモンスターなんか出てこないだろう。
ここでしばらく休憩を取る。各自、ここの泉の力で存分に回復するようにっ!」
隆之が仲間のモンスター達に号令をかける。
それを聞いた仲間達は待ってましたと言わんばかりに泉へと飛び込んだ。
仲間のモンスター達は泉の中で泳ぎ回っている。
虎鉄も隆之の仲間達とともにはしゃぎ、マーリンだけが歳のためか泳がずに膝先だけを泉に浸けて休んでいた。
「さてと・・・。」
隆之は手ぬぐいを取り出すと、
「・・・!きゃあっ!」
「ん?どした?」
マントとターバンを脱ぎ捨て、上半身を露わにした。
手ぬぐいを泉の水に浸しながら、未央を振り向く。
「あの・・・その、あの・・・。」
隆之が振り向くと、未央は顔を真っ赤にして目を逸らしていた。
無理もない。
未央はずっと壬生屋家で大事にされてきたし、花嫁修業ということで幼少のときから過ごした修道院では、
男性など全くいなくて、ごくたまに旅人が一夜の宿を求めるくらいだ。
成人男性の身体など、見たことが皆無と言っていいほどない。
その上、隆之は過酷な旅で鍛えられた身体をしており、
盛り過ぎない程度に硬くなった筋肉や厚い胸板は年頃の少女の頬を染めるのに十分過ぎるくらいの完成度である。
しかし、修道院育ちで男性に全くの免疫がない未央は、何故己の顔がこんなに熱くなるのかよくわからなかった。
胸がどきどきして、隆之を直視出来ないでいると、
「ああ、そうか・・・うん。」
未央が真っ赤になって硬直している理由をようやく隆之が察した。
「すまん、デリカシーがなかった。
ずっと奴隷として男女関係なく同じ部屋での生活を強いられてたせいか、そういうのに疎くなってるみたいだ。
体を拭くだけで泳ぎはしないから、ちょっと我慢しててくれ。」
そう言って気を遣ってくれた隆之に、
「は・・・はい!」
未央は真っ赤になりながらもなんとか返事だけをすると、
(な・・・なんでこんなにも・・・。)
両手で頬を押さえて、視界から隆之を追い出すかのようにそのまま背中を向けた。
「おまたせ。もういいぞー。」
水が何度も跳ねる音が続いて、服を再び纏う衣擦れの音が終わると、隆之が未央の背中に声をかけた。
未央が振り返ると、隆之が手ぬぐいをまた濡らして絞っているところだった。
頭から水を被ったのだろうか。
髪が濡れているため、ターバンはまだ外したままだった。
ふと、ここで体を綺麗にしてさっぱりした隆之の隣に立ち、泉ではしゃぐ魔物達を見る。
「・・・・・・。」
そして、今度はまだ汚れたままの己の体を見下ろして・・・、
「ん?どした?」
ずっと黙りこくったままの未央を見上げて、隆之が先ほどと同じような声で尋ねる。
先ほどほどではないが未央がまた頬を赤らめて、
「・・・わたくしも、水の中に入りたい・・・。」
と、言った。
すると今度は隆之が一気に顔を赤らめ、
「はあっ!お、お嬢様がいきなり何を言い出すんだよ、こんな所で!!」
奴隷生活中に男女関係なく同じ部屋で生活させられていたと言ったくせに、何故か動揺し始めた。
「し、仕方ないでしょう!?汗を掻いて気持ち悪いんですから!ご自分だけさっぱりしてずるいです!!」
急に叫んだ隆之に対抗するように、未央はヤケになったように声を荒げて言った。
食って掛かられた隆之はその勢いに思わず目を見張るが、
「あ、そ・・・そりゃあ、そうだよな、うん・・・お嬢様だからな・・・。」
未央の切実な想いを聞いて納得した。
納得すると隆之は、きょとんとした顔でこちらを見ていた仲間達に声をかけた。
「おーい、お前ら〜。泳ぐのはそのくらいにして、そろそろ寝ようぜ〜。」
「・・・そうだな、そうするでござる。」「確かに、そろそろ眠くなってきたわい・・・。」
「ピキー♪」「パタパタッ!」「ピーヒュー・・・♪」
隆之の仲間達は隆之の提案を呑むと、それぞれの言葉で隆之に就寝の挨拶をして馬車へと入っていった。
虎鉄は未央の足元へやって来て、ごろんと横になるとすぐに寝息を立て始めた。
熱い洞窟の中を進んでいたときは未央を護ろうと常に気を張り詰めていたが、ここでは安心し切っているのだろう。
隆之は仲間のモンスター達が泉から馬車へ戻ったのを見送ると、自らの道具を置いた所まで下がって泉に背を向けて座り、
「さっ、もういいぞ。早く入れば?」
立ち尽くして様子を見ていた未央に声をかけた。
未央は、
「は?・・・えっと・・・。」
間抜けな声を出して辺りを何度も見渡すと、
「あ、あの・・・貴方は馬車の中には入らないんですか?」
と、震えた声で尋ねる。
今度は隆之がムキになったように大きな声で言う。
「仕方ないだろう!うちの馬車は全員が寝転べるほど広くないし、剣の手入れはしたいし、
ここが安全でも本当にモンスターが出て来ないとも限らないし、皆を休ませてやりたいし!!
あ、あんたの裸なんて、見ないから安心しろ!!」
「わ、わたくしの裸なんて、ですってぇ・・・!」
言われて、未央はなんだかむっと来た。
「なんだよ、見て欲しいのかよ!?」
隆之もなんだかむっとして首だけ回してこちらを睨んできた。
「そんなわけないでしょう、不潔です!絶対にこちらを向かないでくださいね!」
「わーかってるよ!ぜってー見てなんかやらないからな!!」
お互いがそう言い捨てると、ぷいっと顔を背けた。
こんな所でも、2人はケンカをしてばかりである。
未央はリボンをほどいて着ていた物を脱ぐと、胸を両腕で抱きかかえるようにして隠しながら泉に足を踏み入れた。
泉の水は冷たすぎず温すぎず、ちょうど良い温度で心地よかった。
泉の中心――1番深いところは未央のヘソが水面から隠れるか隠れないかくらいの高さである。
未央は1番深いその場所で1度隆之の方を向き、見られていないかを確認すると、
隆之に背中を見せるように体の向きを変えた。
それから水底に膝をついて、水に肩まで浸かり頭から水を被って髪を洗う。
手ぬぐいと呼べるものは1枚しか持ってこなくてそれを濡らしてしまったら、
泉から上がったときに体を拭くものがなくなるため、
仕方なく未央は自分の手で体を擦って汚れを落とす。
背中・・・は、いちおう手が届くが汚れが落ちたかどうかわからない。
それはしょうがない。
水で洗い流せただけでも十分だろう。
未央が全身を洗い終えるまで、未央も隆之も無言だった。
未央が体を洗う音と隆之が剣を研ぐ音、そして虎鉄の寝息しか聞こえてこない。
その沈黙がだんだん居た堪れなくなってきたので、未央は膝立ちの姿勢から立ち上がると、
「あ、あの!」
背中越しに、思い切って隆之に声をかけた。
髪や肩から落ちた滴が水面に当たって音を立てる。
隆之は突然かけられた声に肩を跳ね上がらせて、
「な、なんだ!」
裏返った声で返事をした。
「え、えっと・・・その。」
未央自身、何か用があって声をかけたわけではない。
慌てて話題を探す。
「あ、足の、き、きき、傷の具合はどうですか?」
噛んでしまったが、何とか言葉になった。
「あ、ああ。ここの泉のおかげで、ばっちり良くなったよ、うん。」
すると、先ほどほどではないにせよ、やはり裏返った声が背中に届く。
隆之も突然話しかけられてどうしたものかと思ったが、
「あんたのお陰だな。一応、礼を言っておく。」
未央が話題を振ってくれたので、会話を終了させずに済んだ。
そして、未央のお陰でこの泉を発見出来たことを思い出し、遅ればせながら礼を言った。
「い、いえ・・・。」
未央はケンカしているときとは違う、隆之の素直な心から出た感謝の言葉を聞き、とても驚いた。
自分と彼は致命的に相性がよろしくなくずっとケンカばかりだったから、こんなに素直に礼を言われるとは思わなかった。
一方、隆之は未央に礼を言ったことを満足して話を続ける。
「しっかし、よくこんなところに泉があるってわかったな〜。
さっすが元修道女だな。神様とかこの泉とか、聖なる気配を感じ取れるなんてさ。」
明るい口調で言った隆之だったが、それを聞いた未央が表情を曇らせる。
「修道女って言っても、わたくしは父の言いつけで花嫁修業のために修道院にいましたから、
心から修道女であろうと志していられる他の修道女の方に比べると、
わたくしの神への信仰心などそれほど強くはないと思います。
わたくしがこの泉の聖なる気配を感じられたのはきっと・・・ただ単にずっと修道院で修行していたから。
・・・いいえ、閉じ込められていたから。」
「・・・お嬢さん?」
隆之は背中向き合わせているため未央の表情は見えないが、その声音は未央の心情をしっかりと伝えていた。
「なんでも、父が昔高名な占い師にわたくしの運命を見ていただいたときに、
“この子にはすさまじい運命が待っておる。気持ちの強い娘に育てられるよう”
というお告げをいただいたのですって。
それで心を鬼にして親元から離してマザーヨーコのもとで修行させたそうなのですが、
わたくし本当は修道院なんかには行かないで、お父様やお母様、お姉様と一緒に暮らしたかった。
でも、大人しかった小さなわたくしは、お父様に反論する勇気がなくて。
結局、泣きたいのを堪えて子供時代のほとんどを修道院で過ごして、
最初は寂しかったけれどようやく修道院にも慣れて、
修道院が“第2の故郷”と思っていたのに、今度は“家へ戻って婿を取れ”ですって。
お父様が花婿候補の方達に試練を与えるなんて無茶なこと、
何度も止めようとしましたが結局止められず、多くの方にご迷惑をかけてしまいました。
結局わたくしは、昔の勇気のないわたくしのままだったのですね。
・・・申し訳ありません、瀬戸口さん。
わたくしが父を止められなかったばかりに、貴方を・・・そして貴方の仲間達まで危険な目に遭わせてしまいました。」
未央は沈んだ声で言った。
こんな愚痴のような話、誰にもしたことがなかった。
修道院でもサラボナでも、自分に笑いかけてくれる優しい人達に心配かけたくなかった。
だからずっと何も言わずにずっと微笑んでいたのだ。
それでついたあだ名が“白い薔薇”。
その噂が広がるにつれ、白い薔薇であろうとずっと自分に課していたのではないだろうか。
なんとなく察してくれた姉にですら全てを話さずに、
誰の目から見ても可憐に優しく、弱い所を見せずにいたのになぜこの人には言えてしまうんだろう?
「いや、お前さんのせいじゃないよ。
お嬢様がこんな所まで来て戦ってるんだ。十分勇気があると思う。
それに俺は俺の意思で、天空の盾を手に入れるために婿になることを選んだんだから。」
隆之は隆之なりに、沈んでしまった未央を励ますつもりで言った。
しかし、
「・・・では、わたくしの婿になるというのはわたくしを愛しているからではなく、盾のためなんですね。」
何度も聞いた“天空の盾を手に入れるため”という言葉を聞き、さらに心を沈ませた。
すると隆之は慌てて、
「あ、あの!そういうんじゃなくて・・・え〜っとだな・・・。」
そうではないと弁解の言葉を吐こうとしたが、
「えっと・・・。」
結局何も浮かばないので、正直に言うことにした。
「ごめん。俺はお前さんを愛しているのかわからない。
いや、嫌いだっていう意味じゃないんだ。
ただ、俺は6つのときから10年間奴隷として生きてきて、
ずっと辛い労働ばかりだったから誰かに恋をするっていう感覚がわからないんだ。」
「奴隷!?10年も・・・?」
隆之の口から思いがけない言葉を聞き、未央は沈んだ気持ちから一転し驚いて目を見張った。
モンスターが出るところはともかく、少なくとも人の政治が及ぶ街中は平和で何も問題ないと思っていたのに。
「ああ。10年前、ラインハットの王子様と一緒にモンスターに攫われてね。
そのときに目の前で父さんを焼き殺されたんだ。
連れて行かれたところはセントベレス山の頂上でね。
何か神殿のようなものを造っていたらしい。
じいさんから自分より小さい女の子まで、歳や性別に関係なく色々な人が働かされていた。
何度も逃げ出したかったけど、断崖絶壁の上にいたから逃げられやしなかった。」
「お辛かったんですね・・・わたくしなんかよりも全然。」
隆之の話を聞いて、未央は自分の未熟さを恥じた。
この方に比べれば、自分はなんて甘えたことばかり。
しかし隆之は、気分を害した様子はなく鼻で小さく笑って、
「・・・フッ。いやいいさ。こういうのって、他人と比べるものじゃないだろ?」
そして話してて全く不快じゃない自分に、表には出さないがとても驚いていた。
奴隷時代、目の前で何人もの人が死んでいった。
不衛生による病気、看守による暴行、奴隷生活に耐えかねての自殺・・・。
一緒に攫われた親友の厚志と共にそういった人達を何度も励ましてきたが、結局ほとんどが徒労に終わった。
10年目にしてようやく脱出のチャンスが巡って来たとき、こんな所から抜け出せる喜びはあったが、
その反面、仲間を置いていく心苦しさがあった。
自分達がいなくなることで、仲間達の労働量が増えるかもしれない。
自分達が逃げたことの責任を取れと不条理を言われ、誰かが鞭で叩かれるかもしれない。
それでも心を鬼にしてようやく降りた下界。
下界は下界で苦しんでいる人達も多くいたが、それでも奴隷達よりはマシだと思う。
だから誰かに奴隷時代のことを話して同情なんか買いたくなかったし、
平和ボケして生きている人達を見て、正直何度か殴りたくなったりもした。
壬生屋のお嬢様など、その最たる者ではないか。
大富豪の家に生まれ、修道院で大事に育てられた箱入り娘。
でも、どういうわけが未央には自分の奴隷時代を話しても辛くなかった。
「俺が天空の盾を欲しがってるのは、天空の勇者を見つけるためさ。
父さんが死に際に、俺が生まれたときに亡くなったと言っていた母さんが実は生きていると言った。
邪悪な魔王に魔界に連れ攫われてしまったんだと。
魔王を倒し母さんを救えるのは選ばれし天空の勇者だけ。
自分の代わりに母さんを見つけてほしい。
それが父さんの最期の願いだった。
だから俺は父さんの願いを果たすため、天空の勇者と天空の装備を探して旅をしているんだ。」
隆之は1度ここで言葉を切った。
未央は何も言わず、静かに隆之の話を聞いている。
「ずっと父さんの約束のことだけ考えきたせいかな?
だから、婿になれ結婚しろって言われても、正直ピンと来ないんだ・・・すまんな。」
そう言って、未央に謝った。
しかし、隆之の心は清々していた。
それは未央も同じなようで、
「いえ、いいんです。貴方の気持ちを知ることが出来て。
・・・申し訳ありません。辛いお話をさせてしまって。」
もう沈んだ声ではなかった。
「ああ、うん。それは大丈夫。」
「そうですか。それは良かったです。」
だが、
「・・・・・・・。」
「・・・・・・・。」
それから何も話すことがなくて、互いに無言になる。
どちらも何も言わない数十秒が過ぎて、
「あ、あのさ!」
隆之が上ずったような声で呼びかけた。
「は、はい!?」
未央も変に上ずった声で返事をする。
隆之は何故か頬を赤らめて、小さくなりそうな声を絞り出して言う。
「あ、あのさ・・・もしあんたが嫌じゃなくて俺達がその・・・結婚した場合の話だけどさ、
あんたさえ良ければその・・・世界中の色んな所に連れてってやるよ。
壬生屋の家や修道院に閉じ込められることもなく自由にさ。」
――そしてここで事件が起きる。
「な?」「え?」
隆之が未央に呼びかけながらつい未央の方を振り向くのと、
未央がその言葉に驚いてつい隆之の方を振り向くのが全く同じタイミングだった。
「「・・・・・!!」」
お互いが全く油断しきっていたために、見ちゃったし見られちゃった!!
隆之の目には未央が振り向くときの体と髪の動作がスローで映った。
幸い長い髪が肝心な所を隠してくれたが、白い綺麗な肌のボディラインがくっきりと目に焼きつく。
思っていたよりもずっと胸が大きかったことや、くびれて引き締まった腰だとかが――。
「きゃああああああ!!不潔です、不潔ですーーー!!!」
「ご、ごごごごごっ、ごめん!!そんなつもりはなかったんだ!!」
体を隠すように大慌てで泉に体を沈めこんだ未央の絶叫を聞き、隆之も大慌てで背中ごと未央の肢体から目を逸らす。
そんな隆之の背中に、覗かれたと勘違いした未央は報復と言わんばかりに全力で水を掛けるのだった。
馬車の中ではその頃、
「つっめてーー!!何すんだよ服がびしょぬれじゃないか!!」
「お黙りなさい!不潔です、不潔ーーー!!」
「あんたこそなんでこっち向いてたんだよ!?」
「それはこちらの台詞です!この変態色欲魔〜〜!!」
隆之の仲間のモンスター達が、
やはりあれから口ゲンカへと発展した主人達の様子をこっそり見守りながらため息を吐くのであった。
以下モンスター語。
クックル【もう・・・何やってるのよ・・・。】
ピエール【折角良い雰囲気だと思っていたでござるに・・・。】
マーリン【ご主人も詰めが甘いのう・・・。】
スラりん【ねーねー!どうしてたかゆき、みおに水掛けられてるの?】
ドラきち【楽しそー!おいら達も混ざりた〜い!!】
ピエール【やめておいた方がいいでござるよ。あんなの、2人で勝手にやらせておくのが一番でござる。】
マーリン【今の2人に付き合っていたら、体力がいくら合っても足りんわい。
・・・ところであれかの?
今の時点では“結婚は吉”派が1歩リードかの?】
クックル【それはまだわからないわね、隆之がさっき言ってた“俺達が結婚したらうんぬん”が、
どれだけお嬢様の心に残ったかどうか・・・。
隆之にしちゃあ、イイコト言ってたと思うけど。】
ピエール【その後すぐに雰囲気ブチ壊しでごさるからなぁ。進展なしか?】
スラりん【もしかしてたかゆき、みおにいじめられてるの?だったら結婚しちゃだめだよ〜。】
ドラきち【えー、でも楽しそうだよ?きっと2人が結婚したら毎日楽しいよ〜♪】
ピエール(2匹とも、賭けのこと忘れてござらんか?賭けたのと逆のことを期待してるでござるよ。)
クックル【それにしても・・・。】
ピエール&マーリン【?】
クックル【あんなに元気な隆之、久しぶりね。厚志と別れたとき以来かしら?】
ピエール【そうでござるな。厚志殿と別れてからずっと、寂しさからかどこか力が抜けて見えた。】
マーリン【わしは厚志とやらがいなくなってから仲間になったが、確かに今日が1番はしゃいでいる気がするの・・・。】
スラフィーネ【ちょっと貴方達!こそこそ覗き見なんかしてないで、早く休みなさい!!】
クックル【(小声で)あーあ。うるさいの〜〜。】
スラフィーネ【何ですか?】
クックル【何も〜。】
スラりん【でもね、スラフィーネちゃん。たかゆきとみおのこと、気にならない?】
スラフィーネ【・・・他人のプライベートを覗き見して、何が楽しいのですか。
これだから下等な一般のスライムは・・・。】
クックル【ちょっとアンタ!何よその言い方は!?】
スラりん【カトウ・・・?イッパン・・・?】
マーリン【わからなかったら、それでいいんじゃよ。】
スラフィーネ【せっかく与えられた休息の時間を有効に活用しないばかりか、
他人・・・寄りにも寄って主のプライベートを覗き見するなんて
一体何考えてるのですかって言ってるのです。】
クックル【いいじゃない別に、減るもんじゃないし。
普段黙ってるくせに話しかけてきたと思ったら、いっつもキーキーお小言ばっか!
それに、スライムナイトやメタルライダーを乗せられるスライムはエリートだって言うけど、
だからってお高く留まってるんじゃないわよ!!】
スラフィーネ【私は別に早く休むように注意しただけです。
私が優秀なのは訓練に訓練を重ね、スラ一倍(人一倍と同義)努力したから。
誰にも文句言われる筋合いはありません。】
クックル【アンタねー・・・そういうのが気に食わな、】
ピエール【まあまあまあ。2匹とも、そろそろ抑えるでござる。
せっかく泉の力で回復したのに、また疲れてしまうでござるよ。
スラフィーネ、確かにご主人のプライベートを覗き見するのは無礼でござるな、すまぬ。」
スラフィーネ【・・・まあ、わかれば良いのです。以後、気をつけてください。】
ピエール【クックル、スラフィーネは病み上がりでござる、そのくらいにしてやってくだされ。
皆も、そろそろ休むでござる。】
クックル【・・・そうね、ピエールにそう言われちゃあね。】
マーリン【そうじゃの。ここらで一眠りした方が良さそうじゃわい。】
ドラきち【え〜!もう寝ちゃうの〜?おいらもっと遊びた〜い!!】
マーリン【ドラきちはこの涼しいところで気持ちよくお昼寝するのは嫌いかの?】
ドラきち【ん〜ん、大好き〜!おいらもお昼寝する〜〜♪♪♪】
マーリン【なら決まりじゃの。クックルもしっかり休むんじゃよ〜。】
クックル【わかってるわよ。おやすみなさ〜い。】
ドラきち【おいらも寝る。おやすみ〜。】
マーリン【ほい、おやすみ・・・おや?】
スラりん【ZZZZ・・・・もう食べれない〜・・・。】
マーリン【スラりんはもう寝とったんじゃな。メス2匹が大声でケンカしとったというのに大した奴じゃ。
どれ、わしも寝るかの。おやすみ・・・。】
ピエール【では、拙者達も休むでござる。】
スラフィーネ【(小声で)あの、ピエール・・・。】
ピエール【・・・?どうかしたでござるか、スラフィーネ。】
スラフィーネ【(小声で)ごめんなさい、洞窟内の熱気にやられて貴方を乗せて戦うことが出来なかった。
相棒失格だわ・・・。】
ピエール【拙者はそうは思ってないでござるよ。
誰にだって調子の悪いときはあるでござるし、このくらいのことを凌げないようでは拙者の侍道もまだまだ・・・。
それに、拙者の相棒はしっかり者のスラフィーネが1番でござるよ!】
スラフィーネ【ピエール・・・・・・・。
・・・ありがとう。
次の戦闘は、今まで以上に頑張るから・・・!!】
ピエール【フッ・・・期待しているでござるよ。
でも、決して無理はしないように。】
スラフィーネ【ええ、了解したわ。】
そして、蛇足ながらその頃の虎鉄はというと、
(全く、なにやってるんだか・・・。)
寝たふりをしながら、薄目で口ゲンカを続ける2人を見てため息を吐いていた。