その日の夜遅く。
視察に出かけていた魔王はよっぽど疲れていたのか、
総統官邸に帰るなり倒れるように眠り込んでしまったらしい。
よって今日のお役目はなし。
いつもより多めに寝られる明日花は、日付が変わる前にはもうベッドに入っていた。
しかし、目を閉じ眠ろうとはしていない。
昼間の真紀との話について考えていたのだ。
「誰かの身代わりのためのクローン、か・・・。」
(そんなにしてまで、遠坂さんは田辺真紀をこの世に留めてるなんて・・・。)
いや、それは留めていると言えるのだろうか。
決してもう2度と手に入らないものを繋ぎとめるために、
造った方も造られた方も周りを巻き込んで芝居を続ける。
終わりの見えないこの芝居に幕を下ろすのは一体誰なのか。
それまでに役者は根を上げて狂ってしまわないのだろうか。
「この前の夢で見たのは亡くなった方の真紀さんなんだろうな・・・。
悲しげな顔をしていた理由はあれみたいだね。」
明日花は以前見た夢を思い出す。
愛する者を置いて死んでしまった芝村舞と壬生屋未央。
その2人と一緒に、田辺真紀は現れた。
3人はなんのために明日花の夢に現れたのだろう?
霊調技能持ちの明日花の夢に。
生者と死者の掛け橋となるその技能に何かを望んでいるのだろうか?
霊調技能持ちでも半端な能力しかない自分に何が出来るのかはわからないが、
あの夢とクローンの真紀が去り際に見せた表情が気になって仕方がない。
「なら・・・ちょっと相談してみようかな、当人に。
真紀さん、近くにいるんでしょう?聞こえる?」
半身を起こした明日花は静かに真紀に呼びかけた。
“真紀”といっても、昼間会ったクローンではない。
現世ではないところにいる田辺真紀本人の霊だ。
(未央さんと一緒に現れたってことは、真紀さんも成仏していない霊。
なら、声が聞けるはず・・・!)
能力を解放した明日花の瞳が、ほんの少しだけ青味を帯びる。
するとその声に応えて、
【はい・・・すみません、田辺真紀です。】
本人の霊がやってきた。
明日花にしか見えない真紀は中空に浮き、明日花を見下ろしている。
「初めまして・・・かな。
前に夢で会ったけど、お互い挨拶してないしね。
私は斉藤明日花、よろしく。」
そう言って手を差し出す。
【あ、はい!よろしくお願いします!】
差し出された手に少し戸惑いつつも、真紀は明日花の手を取った。
生者と死者。
本来ならば触れ合えないその2人が触れ合っている。
「ちょっと聞きたい事があるの。昼間、クローンの方の真紀さんと話したこと。」
【はい・・・。私も、お話しなければと思っていました。】
握手をし終えた真紀はベッドの上、明日花の正面に降りて座った。
「真紀さんがこの前私の夢に出てきたこと。
あれは、遠坂さんとクローンの真紀さんのことで何かあるから・・・だよね?」
【はい。私達は明日花さんがここに来られたときから、
私達と繋がる能力を持っているのに気づいていました。
その時に芝村さんが遠坂さんのファイルを確認したので間違いないです。
私達はずっと、私達の声が聞こえる人を待っていました。】
「そのわりには今日まで話し掛けて来なかったんだね。」
【は、はい!あの・・・、明日花さんずっと大変そうでしたから。】
「あー・・・。
それもそうだね。ここに来てからずっと、色々あったから・・・。
まぁ、それはもういいとして、真紀さんはこの件に関してどう思う?
私はこれでいいのかなって疑問に思っちゃう。
だってあんなこと続けても、遠坂さんもクローンの真紀さんも本当の笑顔で過ごすなんてできない。
クローンの真紀さん、すっごく無理して笑ってた。」
【そのときだけじゃないです。
私が死んだときから遠坂さん、1度も心の底から笑ったことがないんです。
今までのクローンの方もそうでした。
私は、遠坂さんに笑っていて欲しいのに・・・クローンの方も。】
ようは同じなのだ、本物の田辺真紀もクローンの田辺真紀も。
全てはある1人の幸せを願っているのだ。
なのにそれを叶えるには一体どうすればいいのか。
答えは容易には出てこない。
「う〜ん・・・真紀さんが私の体に宿って、直接遠坂さんに訴えてみる?」
確かに、本物の田辺真紀が何かを言えば、遠坂も考えを改めるかもしれない。
【いえ、それはちょっと・・・。
私は所詮死んだ者ですから、不用意に会ったら逆に私への未練を強くしてしまうかもしれません。】
それであっては元も子もない。
「とはいえ、私が“真紀さんが困ってますよー”なんて言っても聞かなそうだしな・・・。
他にできそうなことって・・・何かな〜?」
【・・・1つ、私に考えがあります。】
ここで俯いて考えていた真紀が、教室で先生に質問するときのように右手を軽く上げた。
【明日花さんの体をお借りできませんか?
私のクローンの方と、直接お話をしてみたいのです。】
「えぇっ!真紀さんのクローンと?
・・・そりゃあ、可能だけどなんでまた?」
【私が死んでからずっと、クローンの方のことも見てきましたから・・・。
ずっと遠坂さんの隣りにいたクローンの方のお話を聞いてみたいんです。
死んだ私より、ずっと側にいたクローンの方のほうが何かできるのかもしれません。】
真紀が強い想いを秘めた青い目で明日花を見つめる。
見ることしか出来なかった彼女が、12年目にしてようやく何かが出来るチャンスに手を伸ばしているのだ。
明日花はその目に応えるように、大きく一度頷いて、
「わかった。
私が真紀さんとクローンの真紀さんを繋ぐよ。」
と、快諾した。
【・・・!ありがとうございます!!】
それを受けた真紀は満面の笑みで明日花に向かって頭を垂れた。