厚志は、明日花と舞が去った部屋でベッドに腰をかけ、茫然としていた。
時間にして1時間以上は経っているのだが、ずっとそうしていた。
「あれは・・・舞じゃない。
でも・・・・・・舞の声だった。
・・・幸せ。
俺の・・・僕の幸せって何?
さよなら・・・?
・・・何でさよならなんて言うの?
僕、舞を悲しませるようなこと、したっけ?」
厚志はぼおっとしながら、自分が今までしてきたことを反芻する。
そうしているうちに、彼の顔が恐怖に歪んできた。
「・・・したじゃないか。
ま、舞以外の人と・・・ここで!」
厚志は苦しげな呼吸になり、頭を抱えうずくまる。
「僕はっ、僕は誓ったはずじゃないかっ!!
舞についていくと決めたときに!
舞と恋人になれたときに!
舞と初めてキスしたときに!
舞と1つになったときに!
舞が・・・、死んだときに!!
あの子を、舞だけを愛するって、僕は舞だけのものだって決めたのに!!
なんで、なんで僕は・・・!
僕はあああ!!」
そして悲鳴にも似た叫び声を上げ、ベッドから床に転げ落ちる。
何で?
何でこんなことになったんだ?
僕が、
僕が何で舞へ誓ったことを破ることになったんだ?
だから舞は・・・、
舞はヤキモチ屋さんだから、
怒って・・・さよならなんて言うんじゃないか!!
「僕には・・・舞だけが全てなんだよ。
舞がいないと、生けていけないんだ・・・。」
そうだ、思い出した。
僕が世界で1番強くなった時、それを恐れた馬鹿な政治家どもが、
舞に似た女の子を差し出してきたから・・・。
自分で世界の頂点につく度胸もないくせに、
ある程度の権力と金が欲しくて僕を利用しようとする・・・。
そんな奴らがいるからじゃないか・・・。
「舞・・・舞は無闇に人が死ぬの、嫌ってたよね?
舞は優しいもの・・・どんなに腐った人間でも、殺しはしなかったよね?
本当は僕、そいつらのこと殺したいんだけど、舞が嫌がるからやめるよ・・・。
でも、その代わり・・・。」
厚志は力を覚醒させた。
右手に力が集まる。
その力は熱を帯び、やがて剣の形になる。
そして厚志がそれを振るうと、すぐさま辺りは炎の海になった。
「僕をこんな目に合わせたこの場所を、全部壊してやるから。
ごめんね・・・、そのくらいは許して、舞。」
そしてゆっくりと目を閉じる。
「舞、大好きだよ。
今・・・そっちに行くからね。」
そのころ、明日花の部屋では泣き止んだ明日花と舞が床にしゃがみ込んでいた。
舞は一通り泣いた後に思い出したことがあった。
【・・・そういえば、いいのか?】
「・・・は?何が?」
【お前の母親の治療費。それを稼ぐためにここであいつの相手をしているのだろう?】
「ああ、それね・・・。」
明日花自身もそのことを忘れていた。
忘れるくらい舞の想いが強かったのだ。
母親の命が関わっているのに、魔王の機嫌を派手に損なうようなことをしてしまった。
この分では、これ以上ここで稼ぐことはできないだろう。
しかし、明日花の顔に後悔はなかった。
「いいの、舞さんの気持ちを知ってしまった以上、続けることは出来ないよ。
父さんも、いくら母さんのためとはいえ、
人が悲しんでいるのを無視するようなやり方は嫌がるだろうから。
それに、この仕事を引き受けた時点で、前金として治療費の半分を貰ってるし、
今日までで稼いだ分もある。
後はバイトでもして、自力でどうにかするよ。大丈夫。」
泣きはらした後の顔で、舞を安心させるように微笑む。
その笑顔を見て、舞はさらに胸が痛くなる。
【すまないな・・・。私は、本当に世話になってばかりだ・・・。】
せっかくやっとのことで泣き止んだ舞の目元に再び涙が滲む。
どうやら今日の舞は涙もろいようだ。
かといって、このまま泣いてばかりで何も返さないことを舞は好まない。
袖口で目元を擦り、無理矢理涙を拭い去ると、力強く立ち上がった。
【このまま何も返さないのは、芝村の流儀に反する。
お前への礼の第1歩として、私は厚志の様子を見てくる。
もしかしたら、お前を処分する計画を企てているかもしれぬからな。】
「えっ?そんな、いきなり?」
明日花は話の内容があまりに物騒なので、ピンと来ない。
【あいつは敵と認識したものに対しては容赦が無い。
あの場で殺されなかったのも、ある意味奇跡だな。】
舞の話を聞いて、明日花の背筋が、少し冷えた。
「わ、わかった・・・。
なら、私はいつでも脱走出来るように準備しておくよ。
母さんの具合が良くならないうちに死ぬわけにはいかないし。」
【うむ、それが最善だな。
では、行ってくる。】
そう言い残すと、舞は壁を通り抜けて厚志の部屋へ向かった。
それを見送ると、明日花は制服から私服に着替えた。
ポニーテールも解いて、髪留めでアップにする。
それからソファーに腰掛けて舞を待つ。
もしかしたら、瀬戸口や遠坂に何も言わずに出て行くことになるかもしれない。
そのことが頭に浮かび上がると、とても寂しい気がしたが、
それを無理矢理にでも、自分が生き残るためには仕方ないと気持ちを整理する。
すると、
【明日花!!】
思いの外早く舞が戻ってきた。
「あ、おかえり。早かっ、」
【明日花、非常事態だ!
厚志の部屋が燃えている!!】
舞は戻るなり、血相を変えて明日花に告げた。
その言葉と様子に、明日花は反射的にソファーから立ち上がった。
「も、燃えてるって、火事ってこと!?」
【そうだ。このままでは、火はやがてこの建物を燃やし尽くすだろう。】
「ええっ!?そのわりには静かすぎ・・・って、
火災報知機が動いてないじゃない!」
【あいつは火の国の宝剣で炎を自在に操れる。
おそらく、火災報知機やスプリンクラーといったものは、
真っ先にに使用不可にしたのだろう・・・。
とにかく、我々はこのことを職員達に伝えねばならない!
放送室に行き、職員達に呼びかけるんだ。
明日花、死んだ身の私には出来ぬから、お前に頼みたい。】
「わかった。自分だけ逃げるなんて、ずるいもんね!!」
【素晴らしい決断だ。】
「あ、でも、厚志のところに行かなくていいの?助けないと。」
【放送室はあいつの部屋へ行く途中にあるのだ。
それに、その後に厚志も必ず助けるから問題ない。
では、行くぞ!
放送室へは私が案内する!!】
「うん!!」
舞の先導を受け、明日花は勢いよくドアを開け放った。
そして走り出そうとする。
―だがここで、それまでのシリアスな展開で本人がつい忘れていた事実がある。
明日花が部屋から出てすぐの角を曲がるときのことだった。
「う、うわっ!!」
それは、つい先ほどまで泣いていて、頭への酸素が若干不足気味なことと、
明日花は元々、何もないところでも転べるという特殊な性質があるということ。
角を曲がる際に、眩暈がし、そのまま足がもつれて転んでしまった。
そんな無茶な体勢で転んだものだから受身が取れず、
鈍い音を響かせながら倒れる。
【明日花!】
先行していて、明日花が倒れたことに気づいた舞は、すぐさま明日花の元に駆け寄った。
【明日花!明日花!!】
舞が肩を揺するが、
「・・・・・・。」
明日花は返事をしなかった。
どうやら頭を打ち、気絶しているらしい。
【ああ、まったく、こんな時に!!】
イラついて声を荒げるが、それでも明日花は起きない。
かといって、明日花も自分もこのままここに留まるわけにはいかない。
【・・・ちっ!仕方がないっ!】
舞は舌打ちをすると、明日花に宿る。
自分も前へ進み、明日花の体を運ぶにはこれしかないのだ。
明日花本人の意志で宿るわけではないので上手くいくかどうか、
正直なところわからないが、やってみたらどうにかなった。
『よし!』
完全に宿り、髪と目の色が変わった明日花の体に宿る舞は、
放送室へと全速力で走った。