「ん・・・ぅうん。」
ぼーっとする頭を覚醒させるように横に振りながら、明日花は身を起こした。
頭を上げた瞬間、焦げ臭い匂いと煙が鼻腔をくすぐる。
それに刺激されて一気に目が覚めた明日花は、辺りを素早く見回した。
「う、うわあっ!か、火事ぃぃ!?」
目が覚めた明日花が見たのは見知らぬ部屋と、それが燃えている風景。
部屋には様々な機器が置いてあり、壁は金属が剥き出し。
何かの工場のような場所である。
今明日花がいて燃えているのそんな場所だ。
そしてその場所には、
「わぁっ!何これ・・・。」
巨大なロボットが置いてあった。
明日花は金属の板やパイプで組まれた足場の上、その巨大ロボットのすぐ側の胸の辺りで倒れていたのだ。
上へと目線を上げ、炎に照れされる巨大ロボットの頭部を見上げる。
「これって、確か・・・士魂号?」
明日花は以前遠坂に渡されたファイルの中に載っていた写真を思い出した。
士魂号。
それは人が幻獣と戦うために作った、巨大なる守護者にして殺戮者。
その鉄の巨人は人類を勝利へと導いた。
当然、魔王である芝村厚志もそれに乗っていた。
「あれ、でもこれ、厚志のじゃないよね?
厚志が乗ってたっていう士魂号は、もっとほっそりしてたはずだし・・・。」
【それは士翼号のことだな。
厚志はそれに乗る前はこの機体に乗っていた。
3番機、士魂号複座型突撃仕様。
私と厚志が乗っていた機体だ。】
火事だというのを忘れたようにぼんやりと士魂号を見上げる明日花に、舞が語りかけた。
それと同時に明日花の集中が、今のこの状況についてへと戻る。
「舞さん!
一体、ここはどこ?何が起こったの?」
【時間が惜しいが、説明はしよう。
明日花、お前は廊下で転び、気を失った。】
「あ・・・。」
そういえば突然廊下の先が傾いて、体が床に近付く気配がした後からの記憶が一切ない。
【気を失ったお前をほっとくわけにはいかぬから、お前の体に宿った。
その後、気絶している厚志を見つけ、この隠し部屋までつれてきたのだ。
そして厚志をこの機体のコックピットに入れて閉めた後、
宿る限界が来たらしく、お前の体を離れてしまった。
そしてその直後、お前が目を覚ました、というわけだ。】
明日花は舞の説明を聞き、それを受け止めた。
そして、疑問が浮かぶ。
「何が起こって私が今ここにいるのかはわかった。
でも、何で官邸から脱出せずにここに?
ここで何をしようっていうの?」
【それは、厚志をこの火事の便乗し、
総統官邸から、いや、魔王という立場から逃がすためだ。】
舞が強い眼差しを持って言ったことに、明日花は驚きの声と反論を上げる。
「そ、そんなのどうやって!?
第一、さっさと脱出しないと危ないでしょ!?」
【いや、お前の体では厚志を抱えながら官邸から脱出するには時間がかかる。
むしろ、ここで厚志を逃がした後で走った方が早い。
それに、厚志は助かったとしても、また魔王として存在することを強要されるだろう。
私は厚志に生きて欲しいし、そして自由になってもらいたい。
火事で死んだことにし、この極秘に保存されてきた士魂号で遠くまで連れ出せれば、
厚志はまた新たな人生を歩めるかもしれない。
本当は、お前に体を返す前に全部済ますはずだったのだが・・・。
・・・すまない。
今一度、力を貸してもらえないだろうか?】
舞は明日花に向かって頭を下げる。
「・・・わかった、ならさっさと逃がそう。どうすればいいの?」
明日花はそれを微笑んで快諾した。
舞はその言葉を受け、下げていた頭を上げる。
【すまない。お前には世話になってばかりだな・・・。】
「いいよ。元はと言えば、色々引っ掻き回したのは私だもん。
それより、さっさとやっちゃおう。」
【ああ、そうだな。
では、私の指示する通りにプログラムを組んでくれ。
そのプログラムで外から士魂号へ命令し、動かす。】
「ええっ!?私、プログラムなんて組んだことないよ?」
【お前は私になりきるために、プログラミングの資料を読んで丸暗記したのだろう?
やったことはなくとも、用語の意味がわかって私の指示通りに動けるならば問題ない。】
「・・・わかった。やってみる。」
それから明日花は舞の指示通りに端末のキーを押していく。
指示を聞きながら、用語に付いて思い出しながらなので決してそのスピードは速くはないが、
それでも確実にプログラムは構築されていく。
明日花は指示された通りに操作し、全ての手順を終えた。
後はこの最後の演算が終われば、士魂号は動き出す。
終了までには100秒近くかかるので、それが終わるのを待つ。
【3番機・・・。
私が死んでから、厚志は2度とこれに・・・いや、他の複座にも乗ることはなかった。
それなのに厚志はこれをずっと大事に取っておいた。
私が帰ってきたときに、再び乗れるようにと・・・。
馬鹿者が・・・、私はとうの昔に死んだとわかっていただろうに・・・。】
「それほど想われてたってことだね。
そして、今まで取っておいてくれたからこそ、私達は厚志を逃がせる。」
【・・・すまないな、明日花。
お前も士魂号に乗せることができれば共に逃がすことができるのだが・・・。】
「誰かがここの端末でプログラムを操作しないと動けない。
プログラムしてる途中でなんとなくわかったよ。
そして通路のハッチを開けなきゃならないし、
この通路の出口は海で、しかも海流が相当荒い。
だから私が通路を走って海へ脱出しても、結局波にさらわれてどざえもんの仲間入り。違う?」
【・・・賢いな、お前は。
そして勤勉で度胸があって思いやりのある、良い奴だ。
もし共に生きることがあったら、きっと友となれただろう。】
「片方が生きていて、片方がそうではない・・・。
でも、それが友達になれない理由になるの?」
【いいや、ならないな。
そう言い切れるお前に会えて、私は良かったよ。】
舞の言葉が終わると同時に、演算が終了する。
そして、最後のキーが押されることを待っている。
「それじゃ、押すよ?」
【ああ。】
明日花がキーを押すと、今まで眠り続けていた鉄の巨人は、
固まった関節を鳴らしながらだがゆっくりと立ち上がる。
そしておぼつかない足取りではあるが、確実に歩き、海へと続く暗い通路に進入する。
通路は間もなく下り坂となり、士魂号は腰までを海水に沈めた。
明日花と舞はそれを黙って見送った。
「・・・さようなら、魔王芝村厚志・・・。」
明日花が別の装置を操作し、遥か先にある通路と海を隔てていたハッチを開けたとき、
士魂号の姿は通路が作る闇に溶けて消えた。
士魂号が進む音が聞こえなくなるまでその闇を見届けると、
【明日花、脱出するぞ、急げ!!】
先に我に返った舞が明日花に避難を促す。
その言葉に明日花は辺りを包む炎の熱気を思い出す。
「あ、そうだ!ついプログラム組むのに必死で気づかなかった!」
【・・・頭が働くかと思えば、かなり大事なことをあっさり忘れるな、お前は・・・。】
「う、うるさい!いいから行くよ!!」
呆れたような目で見る舞を振り切るように言うと、明日花は厚志の私室へと走り出した。
しかし、
「ああっ!!」
【なんだと!!】
厚志の私室へと続く通路がなくなっている!!
壁を構築していたレンガが炎で崩れ、塞がれてしまったのだ。
【これでは脱出が出来ぬ!!】
舞はまた自分のせいで人が死ぬと絶望し、顔を青ざめた。
「そ、そんな・・・。」
明日花はただ立ち尽くす。
この通路以外に、脱出方法はない。
自分はここで死んでしまうのか、死んだら母はどうなるのか。
様々なことが頭を駆け巡る。
やがて気が遠くなり、視界が暗くなった。
「はああっ!!」
硬質化させた両手でドアを吹き飛ばし、ようやく瀬戸口は厚志の私室へと入った。
ドアは熱で歪んで開かなくなっていたのだ。
壁を崩そうにも、総統の私室はテロなどから部屋の主を守るべく壁が特別丈夫に造られているので時間がかかる。
ドアも表面こそは木材だが、中には分厚い鉄板が入っているから穴も空けられない。
主を守るためのものなのに、内部からの火災とあってはそれらは逆に裏目に出る。
しかし、だからこそ他の場所に燃え広がるのは遅れるわけだが、
ドアを吹き飛ばし、総統の私室と廊下が繋がった以上、それも時間の問題だ。
どういうわけか消火設備が動いていない今、この建物はいずれ焼け落ちてしまう。
その前に一刻も早く救出しなければならない。
「厚志!どこだ、どこにいる!!」
室内を見回すが厚志の姿はない。
口に煙が入るのも構わず、必死に呼びかけるが返事は来ない。
この部屋にいないのでは、と思ったとき、部屋の奥の本棚の配置が変わっているのに気が付いた。
その先にある隠し部屋には総統の思い出が大切に保管されていて、
そんな場所があることを知る者は総統と自分と遠坂のみ。
誰にも見つからずに死ぬには最も適した場所だと言える。
「厚志・・・!」
総統は、厚志はそこにいると断定した瀬戸口は迷わずそこの奥にある通路をくぐった。
その通路の出口をレンガが崩れて塞いでいたが、それらに手を突っ込んで掘り続ける。
焼かれて熱を持っているレンガは、人間が触れたなら火傷になってしまうはずなのに、
硬質化した両腕を持つ瀬戸口には何の痛みにもならなかった。
やがて前を塞いでいたレンガがなくなり、通路の向こう側にたどり着くと、
「明日花!!」
通路のすぐ側で倒れている明日花を見つけた。
すぐに呼吸を確かめてみる。
弱いが、呼吸はしっかりしていた。
軽度の一酸化炭素中毒を起こしているらしいが、これ以上放っておけば命に関わる。
直ちに外へ連れ出さなければならない。
「厚志ー!厚志ーー!!」
瀬戸口は明日花を抱きかかえると、隠し部屋の中を見回し、そして叫ぶ。
明日花の救出は急がねばならないが、厚志も助け出さなければならないのだ。
しかし、姿も見えなければ返事も聞こえない。
苛立って隠し部屋の奥へ足を踏み入れたとき、ようやく士魂号がなくなっているのに気がついた。
「3番機・・・なんで・・・。」
厚志がいなくて3番機もないということは、厚志が士魂号に乗ってどこかに行ってしまったということだろうか?
瀬戸口は士魂号があった場所へ近付こうとした。
そのとき、ふと端末の画面が目に入る。
「な、何・・・?」
そこには、1文字ずつ新しい文字が現れていく。
キーを打ち込んでいる人間などいるはずもないのに、
文字は画面に現れ、文章を作る。
アツシハ ダッシュツシタ。
スグニ アスカヲ タスケロ。
「厚志・・・脱出したのか・・・?」
瀬戸口にはこの文章の真偽を確かめる術は持たないが、
この文字を打ち込んだのはおそらく、緊急放送を流したのと同じ人物だろう。
そして腕の中には一刻も早く避難させなければならない少女がいるのに、
ここにはいない可能性がある人物を探すためにこれ以上長居するわけにはいかない。
ならば、今はそれに従うしかない。
「・・・信じさせてもらうぞ、姫さん・・・!」
瀬戸口はそこにいるかわからない相手に礼を言うと、
振り向かずに全速力で駆け出した。