それから2日後の昼過ぎ、壬生屋は待ち合わせ時間より少し早めにやってきた。
いつもの胴着姿ではなく、ノースリーブのワンピースにストール。
首元に小さなペンダントをしていて、慣れない化粧を薄くしている。
普段のかわいらしい胴着姿から大人の女性に変わっていた。
これは全て原の指導である。
“初めてのデートなんだから目一杯おしゃれして、彼をびっくりさせちゃいなさい!”ということなのだ。
慣れない格好な上に初デートへの緊張からか胸がドキドキして落ち着かない。
道行く人が大人っぽく清楚で美しい姿の壬生屋に視線を投げかけていく。
そのことがさらに彼女の緊張を上げていった。
(は、早く来てくださらないかしら…!)
壬生屋は恥ずかしさに顔を赤らめソワソワしていた。
「やぁごめん!待った?」
壬生屋の初デートの相手、一輝が駆け足でにこやかに微笑みながらやってきた。
「一輝さんっ!」
やっと来てくれたという安心からか、とても嬉しそうに声の人物の方を向き直る。
「…………!」
一輝は壬生屋の顔を見ると思わず息を呑み、頭の先から足の先までまじまじと壬生屋の姿を観察した。
「……一輝さん?」
ずっと自分の観察をするだけで何も言わない彼を訝しみ、壬生屋は彼の名前を呼んだ。
「…ぁあっごめん!……つい、見とれちゃって……あ、歩こうか?」
一輝は顔を真っ赤にして照れながら、壬生屋と歩き出した。

「あっはははは♪ねぇねぇたかゆき〜、次はプリクラ撮ろうよ〜。」
ひなたが瀬戸口の腕を引っ張ってお願いする。
昼前に待ち合わせし、まずは早めの昼食。
それから2人は新市街内の店をウィンドウショッピングして回った。
アクセサリー、服、靴、小物……etc。
目ぼしい店を何件も回った。
それにも関わらず、瀬戸口の目の前にいる少女は元気いっぱいだ。
「あぁ、わかった。撮ろう撮ろう!」
「わぁ〜い♪早く行こっ!」
そしてそのまま瀬戸口の腕を掴みながらゲームセンターの方へと駆け出す。
「おいおいおいっ!走ったら危ないぞっ!!」
「だ〜いじょうぶ、だいじょうぶっ♪」
人でごった返す休日の商店街を、元気な少女が落ち着いた青年を引っ張りまわしていく。
2人はすれ違う人々にぶつかりそうになりながらも、無事にゲームセンターのプリクラの前に現れた。

 壬生屋と一輝は近くの喫茶店で昼食を撮ることにした。
お昼を少し過ぎたちょうどいい時間だが、店はまだ少し込んでいる。
窓際の明るい席じゃなくて店の奥の薄暗い席に通された。
注文を取った後、2人は互いのことをよく知るために話をする。
「へぇ……未央さんはあの士魂号に乗って戦ってるんだ。」
「えぇ。」
「意外だなぁ、こんなにおしとやかな人なのに。」
「そうですか?わたくしの家は武道の家系なので、小さいころから武術ばかりを学んできました。
 他に取り得がありませんし、戦うことで皆を守るのがわたくしの務めなのです。」
壬生屋は顔にほんの少しの照れを浮かべながらも、誇りを胸に抱いて言った。
自分自身の力で、自分の大切なものを守れるように。
どんなに不器用で世間知らずな自分でも、その願いを持ち続け戦うことのできる自分を誇りに思ってた。
だが、
「そう、なんだ……。でも俺は女の子に無茶しないで欲しいなぁ。パイロットってやっぱり危ないじゃん、怪我も多いし。」
「あ…そう、ですか…?」
いくら戦時中で仕方のないことであっても、男が女を戦わせるなんてもってのほか。
一輝はそう考える人物なのだ。
彼にとって、壬生屋が誇りに思っていることは自分の彼女には絶対にして欲しくないことなのだ。
「ねぇ、未央さん。武術以外に取り得がないのなら、これから俺が色んなことを教えてあげるからさ、
 パイロットは他の人に頼んでみようよ?5121には他にも士魂号に乗れる人がいるんだろ?
 仕事はその変わってくれた人の部署に着けばいいし。それでも皆を守れるからさ。」
確かに乗れる人がいないでもないし、人手不足の小隊の中で何の仕事も与えられないことはないだろう。
だがしかし、自分はどうすればいい?
今まで皆のために戦ってきた自分は。
不意に、デートの特訓をしていた時の原の言葉が蘇る。
“相手の心を繋ぎとめるにはね、相手の好みに合わせることも大事なの。
彼は貴女のことを気に入ってくれてるんだから、いくらかはそれに応えて彼好みに変わってあげなきゃじゃない?”
そうだ、自分は彼に今までの自分を変えてもらうんだ。
今までの――好きな人に気づいてもらえなくて苦しかった自分を。
今目の前にいる彼に心から愛され、
自分もまた彼を愛することができれば、かつて好きだった人への想いなど昇華されるはずだ。
だから自分は、今までの自分とは変わらなければ駄目なんだ。
それに、こんな自分を好きになってくれる男は彼だけなのかもしれないのだから。
(少し寂しいけれど、これはきっと仕方のないこと。大丈夫、新しい仕事もがんばればきっとできるようになる。)
壬生屋は心にそう言い聞かせ、一輝の提案に応えた。
「はい、わかりました。今度委員長に相談してみます。」
「うん!それがいいよ。」
と満足げに言って、一輝は微笑みながら壬生屋の頭をなでた。
壬生屋は寂しそうに笑って、目を伏せた。

 プリクラを撮り、ゲームセンターで遊び終えると時刻はお茶の時間を示していた。
ひなたの、
「お腹すいた〜。ねっ、あのサテンにでも入らない?」
という提案を受け、瀬戸口とひなのは喫茶店に入った。
自分たちと同じく小腹が空いたカップルが多く、店は混んでいたため、
外から自分達の様子が筒抜けな窓際の席に座ることになる。
席に着くとひなたが
「ちょっとお化粧直してくるね〜。」
と言って、瀬戸口を席に残し化粧室へ向かった。
1人になって落ち着くと、瀬戸口はふうっと息を吐いた。
ひなたは元気で明るく、素直ないい子だ。
だが、この前誰かに言った“一緒にいると落ち着く”…これは真っ赤な嘘。
嘘々の大嘘だ。
ひなたは元気が良すぎて瀬戸口の様子もあまり見ず、常に自分の願望に一直線なのだ。
早い話が“振り回される”ということだ。
ならば彼女の願望に対して、気が進まないならば“NO”と言えばいいのだが、
紳士でありフェミニストという役を演じ続ける俳優としては、彼女の願望をいとも簡単に叶えようとしてしまう。
ひなたの性格的な問題ではあるのだが、瀬戸口にも非がないわけでも無論ない。
賢い瀬戸口はそんなことはわかりきっていた。
だからこそふと、
「……俺って、何やってるんだろうな。」
と、つぶやきたくなる。
不意に数日前善行が言っていた“貴方も良い恋をしてくださいね。”。
この言葉が今ここで自分がこの空しさを抱くことを予期していたみたいで、少し腹が立つ。
しかし、それは完全なる自業自得なのでその怒りもすぐに消え失せる。
これでは自分ではなくひなたが可哀想だ。
瀬戸口はひなたを“愛している”から付き合っているわけではない。
告白してきたのは向こうで、特に断る理由がなかったから付き合っているのだ。
そして……ただ、寂しいから。
千年も前に最愛の人と死に別れ、それからずっとその人の生まれ変わりと再会するためだけに生きてきた。
しかしその人には結局会えないままで、焦がれる想いだけがずっと降り積もっていく。
千年前にあの人を失ったときと、今と、どちらの方が辛く苦しいものなのだろうか?
焦がれる想いが焦りを生み、無理をさせ、迷子が通りすがる人に道を尋ねるかのように多くの女と付き合った。
でも何人に尋ねても、誰に尋ねても、誰1人として迷子に道を教えてくれる者はいなかった。
だからまた迷子は別の人に道を聞く。
しかし教えてくれない。
悪循環。
「最悪な男だな、俺は…。」
これ以上ひなたに迷子の世話をさせては迷惑だろう。
このままでは彼女を不幸にしかねない。
瀬戸口はひなたとの別れを勝手に予感していた。
ぼんやり外の景色を見ながらそんなことを考えていた瀬戸口の目に、ある人物の姿が映った。
「あいつっ!!」
その人物の顔を見ると瀬戸口は席を立たずにはいられなかった。
勢いよく立ち上がり椅子を倒した瀬戸口に店中の視線が突き刺さるがそんなことは気にしていられない。
瀬戸口は喫茶店の出口に向かって駆け出した。
その途中でひなたと鉢合わせし、
「ど、どうしたのたかゆき?」
困惑しきったひなたに呼び止められたが、
「ごめん!俺、急用ができたから!!」
と言って、後ろを振り返ることなく喫茶店から飛び出した。


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