誰もいなくなったビル街の中で、
『はああああっっ!!』
1機の人型戦車が吼えていた。
その姿は不気味で、なんと頭部は骸骨を象っていた。
手にしている大太刀で気合と共に大型幻獣を一刀両断する。
大太刀が鈴の音を発すると同時に幻獣の体から大量の血液が噴出し、人型戦車の全身を濡らした。
『どうした?これで最後かぁ?』
人型戦車は辺りを挑発するように言った。
それは低くて綺麗な若い男性の声だった。
そこ声に呼応するように、四方八方からまた新たに幻獣がやって来る。
その数は両手で数えられる数ではない。
人型戦車は幻獣の再来を歓迎するかのように低く笑うと、
『来いよ・・・。
お前等に地獄を見せてやる・・・!』
と言って、正面で構えている幻獣に襲い掛かった。
その声は、どこか泣いているようにも聞こえた。
「はぁ・・・。」
随分前に眠ってしまったみおとたかゆきの寝顔を見ながら、壬生屋はため息を吐いていた。
意外なことに、ここはアパートの1室で瀬戸口の部屋である。
夜中、持っていた木刀でカラス達を追い払った後みおに事情を聞き、壬生屋の家で預かろうとしたのだが、
その当人が“たぁゆきのおうちでまつの!”と言って聞かなかった。
かと言って1人にしておく訳にもいかなかったので、
仕方なく壬生屋とたかゆきはみおに案内されて、瀬戸口の部屋へとやってきたのだ。
瀬戸口の部屋にやって来たのはいいが、夜も遅かったため、みおとたかゆきはすぐに寝入ってしまった。
壬生屋1人、全く眠る気分にはなれなかったため、特に何をするでもなく、
ベッド脇で2人の寝顔を見ながらぼんやりと佇んでいた。
(殺風景な部屋・・・。)
瀬戸口の部屋の中を見回しながら、壬生屋はそう思った。
必要最低限の家具しか置いていなくて、雑誌や小物などの余計な物が一切ない。
あるとしても、みお用のおもちゃが2〜3個あるくらいだ。
あの数多くの女性と付き合いのある瀬戸口だから、
てっきり女性の影を連想させるものがもっとたくさんあると思っていたのに実際は、
(・・・なんだか、寂しい感じ。)
そう思えるくらいに、がらんとしていた。
やがて空が明るくなり、夜が明け始めると、
・・・ガチャ。
実に控えめな音がして玄関のドアが開いた。
反射的に壬生屋は立ち上がり、身構えていると、
「・・・なんであんたがここにいるんだ?」
瀬戸口が入ってきた。
どうやら疲れているらしく、ケンカ中の相手がいるというのに声が大人しい。
普段は綺麗なアメジストの瞳が、何故か暗い藍に見えてしまう。
いや、それよりも驚くべきことは、
「瀬戸口君!どうしたんですか、その血は!」
瀬戸口の衣服のところどころに血が付いていた。
その様子に目を見開いた壬生屋が、慌てて瀬戸口に駆け寄る。
傷を診ようと壬生屋は手を伸ばしたが、
「触るな。俺の血じゃない。」
と言って、その手を払った。
しかし、壬生屋はそれでも退かない。
「そんなこと言ったって、フラフラじゃないですか!
そこに座って、具合を診させてください。」
「いい!大きなお世話だ!
大体、なんでこんなところにいるんだよ。」
「みおちゃんが貴方を探して出歩いていたから、保護して一緒に貴方の帰りを待っていたんです。
貴方こそ、夜が明けるまで一体どこで何をやっていたんですか!」
「・・・なんだっていいだろ、あんたには関係ない!」
「関係あります!だって、わたくしは・・・、」
ここで壬生屋は真っ赤になって言葉を切った。
そして1度深呼吸をして気持ちを落ち着かせると、意を決して、
「わたくしは、貴方のことを、」
「それ以上は言うな。もう帰ってくれ。」
しかし、意を決して言った言葉は瀬戸口に遮られてしまった。
壬生屋から目を逸らした瀬戸口は、言葉の続きを拒絶している。
それでも諦めずに、壬生屋は何度か口を開き掛けたが、
瀬戸口からの拒絶の意志に押されて結局口を噤み、悲しげに目を伏せる。
「・・・貴方は、言わせてさえもくれないのですか。
受け入れてくれないのはまだいい。
でも、想いを告げるくらいはいいじゃないですか・・・。」
そんな壬生屋を横目で見た瀬戸口もまた、悲しげに眉を寄せるが、
「・・・・・・。」
何も言葉にしない。
一瞬、何の言葉もない間が出来る。
だが、
「う〜ん・・・。」
不意に2人のどちらのものでもない呻き声が聞こえて、そちらの方を見ると、
「・・・んー・・・みぃ・・・。」
寝ぼけたたかゆきが、隣で眠っているみおに抱きついているところだった。
「たぁ・・・。」
みおはみおで、たかゆきの腕に応えるようにその体に身を寄せた。
みおもたかゆきも、とても安心しきっていて幸せそうな寝顔である。
本当にとても、仲が良さそうで、
「「うらやましい・・・。」」
気がついたらその想いが口から漏れていた。
しかし、それは自分だけではなくて、
「うっ・・・。」
「え・・・瀬戸口君?」
横に立つ想い人もであった。
壬生屋は目を丸くして、瀬戸口を見上げる。
「あー、あの。それはだなー・・・。」
瀬戸口は瀬戸口で誤魔化そうと、必死に頭を回転させていた。
何故だか頬が赤くなっている。
「き、気のせいだ、忘れてくれ・・・。」
「嘘です!今、確かに“うらやましい”って言いました!」
「いや、だからそれは・・・!!」
「うぅ〜・・・ん・・・!」
「「!!」」
不快そうにうめくみおの声に、慌てて2人は口を噤んだ。
みおはうめいただけで、口を何度かもごもご動かすと、再び夢の世界へと戻っていった。
それを見届けて、2人はほっと安堵の息を漏らした。
「あの、瀬戸口君・・・。」
今度はみおを起こさないようにと、壬生屋は声を潜めて訊ねる。
「可愛がっているウサギにわたくしと同じ名前を付けた意味、わたくしにはもうわかっています。
だってそれは、わたくしが自分の家で飼い始めた猫に名付けた理由と同じなんですから・・・。」
「壬生屋・・・。」
「でも、わかっていても、わたくしは自分の口から貴方に想いを伝えたいし、
貴方の気持ちは貴方の言葉で聞きたいのです。だから、どうかわたくしの言葉を聞いてください・・・。」
「・・・すまん、それでも駄目なんだ。」
「どうして・・・っ!」
壬生屋が瀬戸口に詰め寄る。
瀬戸口は何度か迷ったが、やがて覚悟を決めて壬生屋を正面から見据えた。
「俺の側にいると命が危ないからだ。今の俺の姿を見たらわかるだろう?
・・・だから、続きを聞くことは出来ないんだ。俺の気持ちを伝えることも出来ない。」
「なら、一体いつになったら・・・どうしたら貴方にこの想いを告げることが出来るのですか?」
「そうだな・・・誰も戦わなくていい世の中になったら。
幻獣が消えて、世界が平和になったら・・・かな?
でも、一体いつになることやら・・・だよな・・・。」
「そう・・・そうなんですか・・・よかった。」
「・・・は?」
瀬戸口の口から間抜けな音が漏れた。
覚悟を決めて言ったことに対して意外な言葉を返した壬生屋は、嬉しそうに微笑んで言う。
「だって、嫌われているのではないとわかったから。
貴方にこの想いを受け止めてくださるために世界を平和にしないといけないのなら、
今よりさらに精進を重ねて、強くなればいいだけのことです。」
「・・・あのなぁ、今の戦況考えてみろよ。大分無理な話だぞ?」
壬生屋のあまりにあっけらかんとした答えに、瀬戸口は思わず呆れてしまう。
それでも壬生屋は不敵な笑みを崩さない。
「いいえ。貴方の心を手に入れるためならば、そのくらいやってみせます!
それに・・・。」
壬生屋は瀬戸口の手を取って、傷ついている手を慈しむように静かに言う。
「わたくしも武士の端くれだからわかります。
その姿とこの刀を握り慣れた手・・・貴方、ずっとどこかで戦っていたのでしょう?
そんな貴方に心配かけさせないくらいに、貴方を守れるくらいに強くならないときっと貴方の側にいられない。
だから、必ず強くなってみせます・・・貴方にふさわしい女性になれるように。
そうなるまで、わたくしの気持ちは仕舞っておきます。
それまでどうか・・・待っていていただけますか?」
そして瀬戸口の目を見据えて、答えを待つ。
その瞳が持つ青い光に、瀬戸口は照れたように横を向き、人差し指で頬を掻くと、
「・・・懲りないねぇ、お前さんも・・・。」
そう呆れたように呟いた。
それから観念したように息を吐くと、
「なら、世界が平和になるまで、俺にふさわしい女になるまで死ぬんじゃないぞ。
戦闘中も、俺の誘導を素直に聞く。
・・・俺がお前さんを側に置ける日が来る前に死なれたんじゃ、冗談じゃないからな。」
照れを隠すかのようにややむくれた表情をしながら言った。
特に最後の言葉は、ちょっと歯切れが悪い。
だが、それにも関わらず壬生屋は、
「はい!必ず守ります!」
満面の笑顔で返事をした。
その瞬間、ようやく太陽の光が部屋に入ってきた。
その光は眩しく微笑む壬生屋を、さらに輝かせた。
「・・・・・・。」
世にも鮮やかな光景に、思わず瀬戸口は見惚れてしまった。
思えばずっと遠ざけようとして辛くあたってばかりだったから、壬生屋の笑顔なんて初めて見た。
ずっと望んでいたけど手に入らないと諦めていたそれが、
まさかこんなに眩しく美しいなんて予想だにしなかった。
まだまだ世界は平和とは言えなくて、相変わらず戦う日々が続くのだが、
その先にあるのがこの笑顔だったら、それだけを信じて決して俯くことなく戦えると思った。
「・・・瀬戸口君?どうしたんですか?」
ずっと自分の顔を見て呆然としている瀬戸口を不思議に思ったのだろう。
そう問いかけてきた壬生屋の声に我に帰って、
「あっ、いや、その・・・何でもない!」
と言って、慌てて視線を逸らした。
すると、そこには自分のベッドで眠っている幼い命2つの姿が見えた。
1つは自分にそっくりで、もう1つは壬生屋にそっくりだ。
獣の耳を持つ人外のもので別に自分達の子供というわけではないのだが、とても愛しく感じる。
「・・・そういえば、こいつらのお蔭なんだよな、こうして俺とお前さんが仲直り出来たのって。」
「そうですね。
・・・いえ、ケンカする前以上にその・・・仲良くなれました。」
「・・・そうだな。
だからさ、こいつらが元の姿に戻る前にお礼をしようぜ?」
「まぁ!それは素晴らしいです!でも、お礼ってどうするんですか?」
「それはな・・・。」
己が浮かんだ名案を、あえて焦らして発表しようと少し間を取る。
そしてその後瀬戸口がした提案に、壬生屋は実に嬉しそうな顔で頷いた。