校舎裏で、5121小隊1組は戦闘訓練の授業を受けていた。
担当教官でありクラス担任の本田に事情を説明し、
みおとたかゆきを目の届く範囲に置いておくことを許可してもらった。
その際、“ただし、しっかり授業に集中すること!”と念を押されているため、
壬生屋はいつも通りだが、普段はサボり魔の瀬戸口も真面目に授業を受けざる負えない。
飼い主2人はペットのことが気になりつつも、訓練相手に真っ直ぐ向き合う他なかった。
まあそれでも、ペット達は2人とも本田のすぐ横で大人しく座っているので特に困ることは起きないだろう。
だが・・・、
(むー・・・ひまだなぁ・・・。)
壬生屋のペットの猫―今は6〜7歳の少年の姿をしているたかゆきがただじっとしていることに耐えられなくなり、
落ち着きを無くし始めていた。
猫はただでさえ気まぐれでマイペースなのだ。
“黙って大人しく”など、本人がやりたくなきゃやらなそうである。
しかも彼はまだまだ子猫。遊びたい盛りなのだ。
(でもなぁ〜、勝手にどっか行くとこのおばちゃんがこわいからなぁ・・・)
おばちゃん。本田のことである。
そこそこ若い女性にはとても失礼な呼び方であり、本人が聞いていたらマシンガン乱射間違いなしだが、
彼の歳くらいの子供から見たら、まあ仕方がないことだ。
それに、心の中で言ったことだし本人に聞かれてないから問題ないだろう。
たかゆきが退屈過ぎて、実に不満げな表情で本田のおばちゃんを見上げていると、
彼の視界に突然、
(あ、あれ?何だこのヒラヒラな物は?)
黒い色をしたリボンのようなものが入ってきた。
風に吹かれてやってきたのか、たかゆきの目の前で風と遊ぶかのように自由にひらめいている。
その動きは、猫である彼には実に興味をそそられるものであったので、
(わぁ〜!すっごいヒラヒラしてる!遊ぶのにピッタリだ!!)
不満げな表情から一変。
目を輝かせると、そのヒラヒラした黒いものでじゃれるのに夢中になった。
戦闘訓練の授業は、戦場では兵士として戦う生徒達にとっては自らの生死に関わる大切なもので、
特に集中して取り組まなくてはならない授業の1つだった。
生徒によって得手不得手はあるが、皆しっかり授業に取り組んでいる。
そんな適度な緊張と集中で静まり返った校舎裏に、
「ふえぇぇぇん!!」
突然小さな子供の泣き声が聞こえた。
驚いた一同がその方向に首を巡らすと、
「たぁゆき〜!たぁがいじめる〜!!」
瀬戸口のペットのウサギ―今は4〜5歳の少女の姿をしているみおが、泣きながら必死に瀬戸口の助けを求めていた。
なんと!たかゆきがみおの髪の毛を引っ張って遊んでいる!!
たかゆきの目の前でひらひらしていたもの、それはすなわち、風に吹かれるみおの髪だったのだ!!!
「大丈夫か、みお!!」
瀬戸口はすぐにみおに駆け寄り、抱き上げた。
「たぁゆき〜・・・えぇぇぇん!」
みおは瀬戸口の首にしがみついたが、まだ涙は止まらない。
瀬戸口は泣きじゃくっているみおの背中をさすりながら、必死にあやす。
「よ〜しよしよし、俺が来たからには大丈夫。大丈夫だからな〜。
・・・おいコラ、このクソガキ!うちのみおに何するんだ!!」
そして、みおを泣かした張本人であるたかゆきの頭に、ゲンコツを1つ落とした。
「いって〜!何するんだよ!!」
たかゆきが殴られた頭を両手で抑えながら、負けじと瀬戸口を見上げる。
よほど痛かったのか、涙目になってしまっている。
すると今度は、
「うちのたかゆきに何てことするんですか!!」
たかゆきの飼い主である壬生屋が、たかゆきを庇うようにして2人の間に割って入った。
「みお〜〜♪」
壬生屋が近くにやってきたことで機嫌を直したたかゆきが、壬生屋の背中によじ登る。
壬生屋の支え無しでしがみ付くのは大変だろうに、彼はどれだけこのポジションが好きなのだろうか?
だが、自分のペットを殴られて怒り心頭に来ている壬生屋には、そんなことは関係なかった。
瀬戸口を真っ直ぐ睨みつけている。
「何って、お前さんところのガキがうちのみおをいじめるのが悪いんだろうが!!」
瀬戸口も自分のペットを泣かされて頭に来ている。
割って入ってきた壬生屋に、遠慮なく言葉をぶつけた。
「この子は猫なのです!目の前でその子の髪がひらひらしていたから、ついじゃれてしまっていただけです!
故意があったのではないのに、思いっきり拳骨で叩くなんてあんまりです!!」
「故意であろうがなかろうが、泣かせる方に問題あるだろう!
大体、そっちは謝りすらしてないだろうが!!」
「それはもちろん申し訳ないと思いますし、謝罪します。
でも、謝る間もなく叩いたのはそちらでしょう?飼い主として、あまりにも大人げないです!」
「なんだと〜!!
猫だからとかそれ以前に、あんたの躾がなってないからこうなったんじゃないのかぁ?」
「貴方こそ過保護過ぎなのでは?
ペット同士のケンカに飼い主が過敏に反応しすぎるのは、教育に良くありません!」
「なにを〜!!!」
「なんですかぁっ!!」
瀬戸口と壬生屋は口論をエスカレートさせていく。2人ともペットのために必死だ。
その激しさはもう、取っ組み合いのケンカにならないのが不思議なくらい。
生徒達は口論の激しさに圧倒されて、ただ見ているしか出来ない。
「おいお前ら!今は授業中だぞ!夫婦喧嘩は他所でやれ!!」
飼い主同士のマジ口論なので、流石にマシンガンを使う雰囲気ではないため、
見かねた本田が声をかけて、“普通に”仲裁しようとするが、
「「うるさい!黙ってろ!!」」
こういう時ばかりは見事に声をハモらせた飼い主2人には、全く効き目がなかった。
教官と生徒という上下関係すらも、すっかり忘れている。
「はぁ〜・・・。」
本田は深くため息を吐いて、仲裁は無理だと諦めた。
そして、生徒達の方を振り向き、
「来須、若宮。この馬鹿親どもを、とりあえず物理的に離せ。
離れた場所に放置して、しばらく頭を冷やさせろ。」
と言って、戦車随伴歩兵である肉体派兵士の2人に命じた。
「はっ!」「わかった。」
命じられた2人は早速動き、
若宮は瀬戸口を、来須は壬生屋の腕を引き、無理矢理反対方向へと引っ張っていった。
引っ張られながらも飼い主2人は、互いの姿が見えるまで口論を続ける。
4人の姿が校舎の角を曲がり、声が遠ざかると、
「よぉし!訓練再開!!」
本田は何事もなかったかのように、残った生徒達に授業の再開を命じた。