時は流れてその日の放課後。
子ウサギのみおはハンガー2階へと続く階段の1番下に腰掛けていた。
飼い主である瀬戸口は今はオペレーターの仕事の最中なので、側にはいない。
みおを1人で待たすことに抵抗があるといった表情を浮かべていた瀬戸口ではあったが、
今日は先日届いたばかりの新型レーダーを指揮車に取り付ける日。
ののみが自分と同じくオペレーター担当ではあるが、彼女だけでは取り付けるのは難しいし、
敵の居場所を察知するこの新型レーダーは、今後の戦況を左右する重要なピースの1つだ。
新型レーダーに関わる事になる指揮車メンバーは、必ず立ち会うようにと命じられている。
なのでみおは、その指揮車に1番近い階段のところで座って待っていることにしたのだ。
瀬戸口が指揮車に潜り込んだままなかなか出てこないので、
甘えたい盛りのみおは寂しげに指揮車の方を見つめている。
すると、
「おい!」
段上から声が降ってきた。
「ふぁっ!」
突然降ってきた威勢のいい声に驚き、そして背後を振り返り見上げる。
するとそこには、数時間前にみおをいじめた子猫―たかゆきが立っていた。
たかゆきはみおを睨みつけたまま、階段を下りてきた。
「ふえぇ・・・!」
いじめっ子がやって来たので、みおは腰を浮かせて逃げようとする。
するとたかゆきは、
「ば、ばか、逃げるなよ!おれは、昼間のことをあやまりに来ただけなんだからさ!」
と言い、階段の途中からジャンプし、みおの行く手を塞ぐ位置に着地した。
流石は猫の身軽さである。
だが、みおは突然行く手を塞がれたことに軽くパニックに陥っており、
怖くて声も出ないし足も動かない。
目だけが、涙を流そうとふるふる動いている。
その様には、たかゆきもたじたじになって困り果てる。
「あっ、だ、だからな〜・・・えっと。
昼間は、ごめんな!かみの毛引っ張ったりして。
おれ、ねこだからひらひらしたものを見ると、ついじゃれたくなって・・・。
とにかく、ごめんな!これ、ごめんねのしるしに未央が持ってけって言ってたリンゴ!
これやるから、泣くなよ、な?」
たかゆきは必死にそう言って頭を下げ、みおにリンゴを差し出した。
真っ赤に熟していて、美味しそうである。
みおは頭を下げているたかゆきとその手にあるリンゴを、様子を窺うように何度か交互に見て、
「・・・もう、みおのかみのけひっぱらない?」
と、恐る恐る訊ねる。
「う、うん。絶対にしない。」
たかゆきは頭は上げずに視線だけ上げて、そう答える。
するとみおはリンゴを受け取り、たかゆきの頭に手を置いて、
「じゃあいいよ。みお、たぁのことゆるしてあげりゅ。」
まるで“いい子、いい子”とするように撫でた。
突然頭を撫でられて、たかゆきの顔が急速に赤くなる。
みおが持っているリンゴといい勝負だ。
たかゆきがみおの顔を窺うと、みおはあどけない笑顔でたかゆきを見ていた。
初めて会ったときからずっと不安げな表情を浮かべていたみおの笑顔を、初めて見た。
その笑顔にたかゆきの心臓の動きがだんだん速くなってくる。
(えぇ・・・?な、なんだ、これ・・・?)
たかゆきが自分の身に突然起こった現象の意味がわからず、ただ目だけがみおを捕らえて離さないままでいると、
「おーい!みお〜〜!!」
指揮車の方から瀬戸口がみおを呼ぶ声が聞こえた。
すると、
「は〜い!!」
みおはたかゆきの頭を撫でていた手を引っ込めると、瀬戸口に向かって走り出した。
そして、途中で1度振り向いて、
「たぁー、リンゴありがとー!!」
と礼を言って、瀬戸口のもとへと駆けて行った。
残されたたかゆきはその姿をずっと見送ったかというと、突然階段をダッシュで駆け上り、
ハンガー2階の入り口に隠れるように入り、
「あいつ・・・あいつ!すっごく可愛い〜〜〜!!」
と、叫び出した。
1人でにまにましながら飛び跳ねている。
すると、
「ど、どうしたんですか、たかゆき?」
たかゆきの叫び声を聞きつけて、壬生屋が駆けつけた。
何事が起こったのだろうと、不思議そうな表情である。
壬生屋がたかゆきの側に寄ってくると、
「未央〜〜〜♪♪」
さっきまでにまにましていたたかゆきは、今度は壬生屋の胸に飛びつく。
子猫とはいえ、今は6〜7歳の少年の姿をしているたかゆきに飛びつかれ、
少しその勢いに押されるが、壬生屋はたかゆきをしっかりと抱きとめた。
「もぅ・・・!たかゆきは人間になっても甘えん坊さんですね。
ずいぶんとご機嫌でしたけど・・・えっと・・・、み、みおちゃんにごめんねって言って来ましたか?」
壬生屋とみおは同じ名前なので、呼ぶのに少し抵抗というか、妙に身構えてしまうものがある。
訊ねられたたかゆきは、さらに甘えるように長い尻尾を壬生屋の背中に巻きつける。
「うん!リンゴ、受け取ってくれた!!
あとな、あいつ、笑うとすっごく可愛いんだ〜。
おれ、あいつ気に入った!!」
気に入った女の子が出来たためか、たかゆきはとても楽しそうである。
その笑顔につられて、
「そうですか。良いお友達になれるといいですね。」
と言って、優しく微笑んだ。
壬生屋の微笑みを受けてたかゆきは、
「おう!」
と言って、さらに明るく元気に笑うのであった。
一方こちらは指揮車の横で。
「たぁゆき〜〜!!」
「大丈夫か、みお?あいつにいじめられなかったか?」
こちらへ駆けてきたみおを抱き上げた瀬戸口は、心配そうな表情でみおに訊ねた。
すると、瀬戸口が思っていたよりもずっと機嫌の良さそうなみおは、
「んーん。ひるまのこと、ごめんねっていって、リンゴくぇたの!」
元気いっぱいにそう答えて、瀬戸口にたかゆきから貰ったリンゴを見せた。
よほど意外だったのか、一瞬驚いたように目を見張ったが、
みおが嬉しそうなのが何よりと思い、
「そうか。良かったな!
でも、リンゴ丸ごと1個だとお腹壊すから、みおと俺で半分こな。」
と言って、優しく微笑みかけた。
その大好きな微笑みを受けてみおは、
「うん!」
と言って、瀬戸口の首にしがみついた。
瀬戸口もそれに応えて、抱く手に力を込めた。