飼い主達は自分が不機嫌な理由をペット達に教えたりはしなかった。
いずれも、相手が視界に消えて十数分経った頃には、
何でもないとでも言うかのようにいつもの笑顔をペット達に向けていた。
だからペット達も“ご主人が変だったのはきっと気のせいだ”と思い何も聞かなかったのだが、
次の日の朝も飼い主達は、眉根を寄せながら互いの顔から目を逸らすのだった。
その状態がずっと続き、今は放課後。
飼い主達が仕事中で手が離せないため、
整備主任の原のデスクの近くでみおとたかゆきは大人しく座って待っていた。
「なんか変だよな〜、みおとお前のとこの飼い主。」
たかゆきが整備班の誰かが貸してくれた“黒ヒゲ危機一髪”に短剣を刺しながら言った。
たかゆきが無事に刺し終わったので、今度はみおが短剣を刺しながら応える。
「うん・・・たぁゆき、みーやのちかくにいるとなんかへん。」
「なんだよ!未央のせいだって言うのかよ!」
「ちがう〜。みお、そんなこといってないもん!」
「あーもう!泣くなって〜〜〜。」
つい怒鳴ってしまったたかゆきに驚いて、みおが泣き出してしまいそうになる。
たかゆきは慌ててみおを泣き止ませようとする。
すると、そこに今度は、
「ダメよ〜坊や。女の子をいじめると・・・。」
新たに現れた人物が落ちていた短剣を拾い、
「罰が当たるわよ・・・えいっ♪」
そう言うと同時に短剣をタルに刺した。
「いてっ!!なにすんだよ原さ〜ん。」
新たに現れた人物―原が刺した短剣はタイミング良くタルの中の黒ヒゲおじさんを発射させ、
たかゆきの額にクリーンヒットさせた。
「あらあら〜、私ってばくじ運いいのかもね♪」
原は茶目っ気たっぷりに笑いながら、たかゆきからの文句をスルーした。
スルーされたたかゆきは仏頂面でむくれる。
そんなたかゆきの額を、
「たぁ、だいじょうぶ?いたいのいたいのとんでけ〜。」
と言って撫でてやり、そしてたかゆきを撫でていた手から受けた何かを、遠くのお山に飛ばすように明後日の方向に向けた。
そしてそれを繰り返す。
お気に入りのみおに何度も撫でられて、たかゆきの仏頂面が緩んでいく。
「な、なんだよ、その変なおどりは。」
たかゆきは、みおによって不覚にも怒りが治められていくのが嬉しいのだけども、なんだかちょっと悔しい。
「いたいのがどっかにいく“おじまない”だって。たぁゆきがおしえてくぇたんだよ〜。
たぁ、いたいのもうどっかいった?」
みおがたかゆきの顔を覗き込みながら、首を傾げて訊ねる。
ちなみに、正しくは“おじまない”ではなく“おまじない”である。
「う、うん・・・どっか行った。」
みおに見つめられ、たかゆきは頬を赤くしながら何とかそれだけ言って目を逸らした。
「ぷっ・・・。アッハハハハ♪」
そんな微笑ましい様子に、原は噴き出してしまった。
「な、なんだよ!笑いなぁ!!」
たかゆきは自分が照れている様を笑われて、恥ずかしくなり叫び返す。
「あら、ごめんなさいね〜。
2人とも、うらやましいぐらいに仲が良いから、つい♪」
まだ笑いが残るのか、余韻を残したままの顔で原を謝り、最後にペロッと舌を出す。
「うん、みおとたぁはなかよしだよ。
でもね、たぁ、ときどきみおのこといじわるするから、ちょっときらいになるの。」
「うっ・・・!!」
正直言って、先程の黒ヒゲおじさんの捨て身の一撃より、
満面の笑顔で“きらい”と言ったみおによる衝撃の一言の方がよっぽど痛い。
「あえ?どうしたの、たぁ?」
心に痛恨の一撃を受けたたかゆきであったが、みおはそのことに気付かなかった。
この一連の流れがまた原の笑いを誘い、今度は腹を抱えるようにして震えるように笑っている。
「フッ・・・フフフッ。もう、本当に可愛いわね、あなた達。
このままあの子達の子供になっちゃえばいいのにね〜って、
その前にあの子達がこのくらい仲良くなってくれればねぇ。」
「あの子たち・・・て、未央とあいつのこと?」
原が小さく呟いた言葉に、たかゆきは訊ねる。
「そう。壬生屋さんと瀬戸口君。
本当は仲良くしたいくせに、何で意地張ってるんだか。」
「仲良くしたい?未央とあいつが?」
「でも、いつもケンカしてるよ?」
ケンカばかりしている飼い主達だが、本当は仲良くしたい。
現に今も互いを避け合っているというのに、何故そう見えるのか。
全然わからないみおとたかゆきは、同時に原に質問した。
「そうねぇ・・・ケンカするほど仲が良いっていうのかしら・・・?」
「「?」」
その言葉にさらに疑問の色を濃くした2人が、仲良く首を傾げる。
どう言って説明したらいいか迷った原であったが、
幼い2人には回りくどい言い方より面倒でも詳しく説明した方がわかるだろうと思い、
2人にはデスクの上に腰を掛けさせ、自分はそのセットの椅子に腰を降ろした。
若干だが、みおとたかゆきの方が原より目線が高くなる。
「今回のケンカの原因はね、昨日の戦闘。
戦場に残された人達を探し出し、保護する任務だったの。
壬生屋さんはその人達を少しでも早く助けたくて突っ走るんだけど、
瀬戸口君はそんな壬生屋さんが心配で、無理はせずに他の2機と一緒に慎重に行って欲しかったのよ。
で、“戦う力がない人達を一刻も早く助けないと!”、“だからって、自分が危険を冒してどうする!”って
言い合いになってね。
結局壬生屋さんは瀬戸口君の言葉を振り切って突撃。
幻獣に撃たれかけたけど、滝川君が機転を利かせて煙幕を張ってくれたお蔭で、
壬生屋さんは無傷で残された人達を保護できたの。
でも、無事に任務は終わっても、2人のケンカは終わらないままでした。と、いうわけ。わかった?」
原に飼い主達のケンカの理由を聞き、みおとたかゆきは頭を捻って必死に考えていた。
「じゃあ、わるいのは未央なのかな・・・?」
「でも、こまってるひとははやくたすけてあげたいもん。
・・・じゃあ、わりゅいのはたぁゆき?」
難しい顔をしている2人に、原が優しく説明してあげる。
「この場合、“どっちが悪い”っていうのはないのかもね。
壬生屋さんは困っている人を助けたい。
瀬戸口君は自分の大切な仲間に傷ついて欲しくない。
言い合ったりしないで、2人が納得できる答えを見つけられればよかったんじゃないかしら?
この前なんか、“勝手に盾を付けて機体を重くしないでください!”、
“なら、機体を傷つけない戦い方でも覚えたらどうだ?”って、大きな声で言い争ってたわ。
この2人、いっつもこんな感じのネタでケンカしてるわ。
ケンカじゃなくて、もっと素直に言葉を送ればいいのにね。」
「じゃあ、たぁゆきとみーやは、なかよしになれないの?」
みおは、不安げに原の目を見下ろしながら訊ねる。
すると原は、みおを安心させるように優しく微笑み、頭を撫でた。
「お姉さんがヒントをあげる。
嫌いな人の名前を、わざわざ自分の可愛いペットに付けるかしら?」
原に訊ね返されみおは、
「んー・・・。」
たっぷり5秒ほど唸った後、
「つけない!
みお、カラスさんきらいだから、カラスさんのおなまえはぜったいにつけないもん!」
考えた末に出した答えに対して、胸を張って答えた。
そして今度は、
「そうか!」
何かひらめいたらしく、指を鳴らして(いや、カッコつけてやっただけで、音は鳴らなかった)言う。
「きらいなんじゃなくて、その逆!
本当は好きだから、おれに“たかゆき”、みぃに“みお”って付けたんだよ!
だって未央、おれのこと初めて“たかゆき”って呼んだとき、すっごくうれしそうだった!!」
「当ったり〜〜♪すごいわね〜、坊や!」
「・・・ちょっ!やめろよ〜!」
見事に正解を導き出したたかゆきに、原がご褒美だと言わんばかりに頬をつんつんした。
「まぁ、そうね、壬生屋さんと瀬戸口君に仲良くなってもらいたいなら、
まずは2人がケンカせずに素直にお話出来るようになってもらうことね。
なかなかうまくいかないかもしれないけど、
2人とも親バカさんだから、あなた達がお願いすれば聞いてくれるんじゃないかしら?」
たかゆきの頬をつんつんしてた指を引っ込めて、大人のお姉さんらしくしっかりとアドバイスする。
すると2人は元気いっぱいの明るい笑顔で、
「よし、やろうぜ、みぃ!
おれ達がみおとあいつをなかよしにさせるんだ!
そうしたら、4人でいっぱい遊べるぞ!!」
「うん!みお、がんばる!!」
やる気満々になる。
そしてたかゆきはデスクの上に立ち上がり宣言する。
「よーし、さくせん名は、これだぁ!!」
みぃとたぁのラブラブ大作戦!!
・・・はぁ、やっとタイトルコール出せたよ(by作者)。
余談だがこの直後たかゆきは、
「お行儀が悪いわよ♪」
と微笑みながら言った原にデコピンをされ、デスクから転がり落ちたのだった。合掌。