さてさて、“作戦”とは言ったものの・・・。
ペット達は、日が暮れて自分の飼い主が迎えに来るまで頭を捻っても何も浮かばなかったので、
とりあえず自分の飼い主何でケンカをするのか訊ねてみることにした。
「たかゆき、ホットミルクが出来ましたよ。」
「わ〜い♪」
壬生屋は盆に自分とたかゆきの分のホットミルクを乗せて自室に入ってきた。
盆を持っていない方の手で襖を閉めると、たかゆきが大喜びでやってきて壬生屋に飛びつく。
「ちょっ、ちょっとたかゆき!こぼれてしまうでしょう!」
「だって、未央もホットミルクも大好きなんだもん!!」
壬生屋が盆をひっくり返さないように懸命にバランスを取るも、
たかゆきは全く気にせずに壬生屋にじゃれつくのだった。
「まったくもう、この子は・・・。」
そう苦笑混じりに呟いた壬生屋は、そのまま畳の上に盆を下ろし正座になった。
すると自然に、壬生屋の肩に抱きついたままであるたかゆきは壬生屋の膝の上に腰掛ける形になる。
「えへへ〜〜♪」
壬生屋が自分を離すような真似はせずに抱きついたままでいさせてくれるので、
たかゆきは嬉しくて、壬生屋に抱きついたままその頬に口付ける。
「こらっ、くすぐったいですよ!・・・はい、どうぞ。」
壬生屋はくすぐったさに身をよじりながらという、まるで説得力のない言い方で叱ると、
たかゆきにホットミルクが入ったマグカップを渡す。
「ありがと!・・・あちちっ。」
慌てて口をつけたためか、猫舌のたかゆきは舌を火傷しそうになる。
「まあまあ。急いで飲むと危ないですよ。」
「うん!・・・ふー、ふー。」
壬生屋にたしなめられ、たかゆきは息を吹きかけてホットミルクを冷ます。
そして満面の笑みになりながら、ちびちびと飲み始めた。
壬生屋はそんなたかゆきが愛しくて仕方なくて、柔らかい髪をゆったりと撫でている。
撫でながら、壬生屋は困ったように笑いながらため息を吐いた。
(あの人も、この子みたいにわたくしに笑いかけてくれればいいのに・・・。)
腕の中にいるたかゆきの屈託のない笑顔を見ていると、不意にそう思ってしまうときがある。
“あの人がこの猫のようにずっと側にいてくれたら”と思って、ついあの人と同じ名前を付けてしまった所為だろうか。
まさかその猫が人間化して、寄りにもよってあの人に似てしまっているだなんて・・・。
何だか嬉しいような困ったような、複雑な心境であったりする。
(あの人に対する想いを、この子に押し付けてしまったのかしら?)
だとしたら、あの人を想う気持ちがそれほどまでに強いということになってしまうのだろう。
(でも・・・この子はあの人ではないのだから。)
そう。
たかゆきは似ているだけで、壬生屋の想い人ではない。
想い人に似ているたかゆきが懐いてくるのがどんなに嬉しくても、
自分は徹底的にその想い人に嫌われていて、
すっかり遠くなってしまった2人の距離を詰められずにケンカをしてばかりだということに代わりはない。
(それどころか逆に、前よりもいがみ合っている気がする・・・。)
その増えてしまったケンカの中に、ペット達が原因であるものもあるからだ。
別にペット達に悪い所は1つもないのだ。
ただ、彼がこちらへ向かって怒りの眼差しを飛ばすのは、彼に懐いているペットのため。
壬生屋に良く似ている、ウサギの少女のためなのだ。
それがなんだかちょっと、苦しくて・・・。
(やだ・・・わたくし、嫉妬しているの・・・?)
小隊最年少であるののみよりもさらに幼いみおにまで嫉妬するだなんて。
なんて自分は浅ましいんだろう。
(こんな女では、あの人に嫌われてしまうのも無理はありませんね・・・。)
そう思うと何だか悲しくなり、再度深いため息を吐く。
すると、
「どうしたんだ、未央?」
たかゆきがマグカップを両手に抱えながら訊ねてきた。
心配しているらしく、珍しく真剣な眼差しでこちらを真っ直ぐに見つめてくる。
「あ、ええ・・・何でもないですよ、たかゆき。」
そんなたかゆきに、壬生屋はこれ以上余計な心配は掛けないようにと、笑顔を作る。
しかし、
「うそ。未央、むりに笑おうとしてる。」
壬生屋が浮かべた笑顔は強張ったものだったため、すぐに本心からのものではないと見抜かれた。
見抜いたたかゆきはマグカップを畳の上に置き、腕に力を込めて両拳を握ると、このまま追及の手を緩めずに、
「未央はあいつのこと考えてたんだろ。違うか?」
訊ね返した。
その内容は、まさしく壬生屋の先程までの胸中を捉えたものだった。
「それは、その・・・。」
壬生屋は何と言って誤魔化そうかと言いよどむが、
たかゆきは“うそは許さない”とでも言うかのように、ただ真剣に壬生屋を見ている。
その瞳が、本当にあの人にそっくりで困る。
「・・・はい、瀬戸口君のことを考えていました。」
結局、壬生屋はたかゆきの真剣な眼差しに負けて、素直に答えた。
「やっぱり・・・ねぇ未央。
未央は、あいつのこと嫌いなの?」
ため息の理由についてちゃんと答えたのに、たかゆきはそこで許してはくれなかった。
「えっ・・・ど、どうしてそんなこと聞くのですか・・・?」
自分を見つめてくるたかゆきから逃れたいからか。
壬生屋は、自分でも意識しないうちにそう聞き返してしまう。
「だって未央、おれが未央に初めて会ったときから、たまに今日みたいに辛そうな顔してため息ついてた。
“なんでわたくしは、あの人と仲良くできないの?”って。
人間になって、未央の学校に行って気づいたんだけど、それは全部あいつが原因なんだろ?
本当は、未央はあいつと同じ名前をおれにつけるくらい好きなのに、
なんでいつもケンカして、なんでいつも泣きそうになるんだよ?」
「それは・・・。」
たかゆきの言葉を聞いているうちに、壬生屋はだんだん悲しくなってきていた。
こんな小さな子猫にまで、そこまで気づかれてしまっているのだ。
そして同時に、本当に自分はそれほどまでにあの人のことを想ってしまっているのだと気づかされる。
(でも、どうすればいいのかわからないの・・・。)
「ああっ、ごめん未央!泣いてほしかったんじゃないから、なぁ!」
「えっ・・・?」
たかゆきの慌てた声に我に帰ると、壬生屋は自らの両目から涙がこぼれていたことに気づいた。
壬生屋の涙を消そうと、たかゆきが必死に自らの袖口で壬生屋の涙を拭う。
「ただおれは、そんなに好きならケンカしないで仲良くすればいいのにと思って。
そうすれば、未央とみぃと、おれとあいつの4人で遊べるから・・・わわっ!」
壬生屋は涙を拭ってくれていたたかゆきを抱きしめた。
あの人とそっくりなのに、あの人とは違って必死に心配してくれるのがたまらなく愛しかった。
だから、あの人にそっくりなこの子にあえて聞いてみたいことがある。
「ねぇたかゆき・・・わたくしはいつか、あの人とケンカをせずに仲良くなれるでしょうか・・・?」
するとたかゆきは、
「うん!だって、おれだって最初はみぃのこと泣かせてたのに、今はなかよしだぞ!
未央があいつのこと好きなら、なかよしになれるに決まってる!!」
そう言って元気よく答えると、長い尻尾を壬生屋の背中に回して、ぴったりと抱きつき返した。
「ありがとう・・・。」
たかゆきの答えにそう呟いて返すと、壬生屋は目を閉じた。
その拍子に涙が一筋流れるが、壬生屋はそれを拭うことはせずに静かに微笑んだ。
「それじゃ、電気消すぞー。」
「うん!おやすみ、たぁゆき。」
「おやすみ、みお。」
瀬戸口はみおと就寝の挨拶を交わすと、寝室の電気を消した。
そして、ベッドの上の布団の中に身を滑り込ませる。
そこにはすでに先客がいて、みおが瀬戸口の方を向きながら入ってくるのを待っていた。
先に断っておくが、これは別にヤラしい意味ではない。
みおが人間になって毛皮がない状態なので、何もかけずに寝ると風邪をひくし、
瀬戸口の家には布団類は1人分しかないのだ。
ならば2人で仲良くベッドで眠るのも仕方ないと言える。
それに、母親が恋しいからかみおは瀬戸口から離れて眠ろうとしないのだ。
以上の理由があり、瀬戸口とみおは同じ布団で寝ることになる。
まぁ、この人間の姿でこの先ずっとこうしているのは問題だが、
みおがウサギに戻るまでのあと数日だけの話なのだから多目に見ようではないか。
「ねぇねぇ、たぁゆき〜。」
瀬戸口が布団に入るやいなや、みおが瀬戸口に向かって話しかけてきた。
ただいまの時刻は瀬戸口にとっては寝るには早い時間だが、
まだまだ幼い子供であるみおにとっては、眠くなる時間だ。
しかし、みおには眠るような気配は見えず、元気が良い。
「なんだい、みお?」
(こりゃあ、寝付くまでに時間がかかりそうだぞ。)
瀬戸口はみおに言葉を返しながら、みおが寝付くまで話し相手になる覚悟を決めた。
童話でも何でも、気が済むまで話してやろうと思った。
しかし、みおが要求してきたのは、
「あのね、たぁゆきはなんでみーやとケンカするの?」
という、実にストレートな質問だった。
「え?」
あまりに突拍子もなく出てきた質問に、瀬戸口はつい面食らってしまう。
「あー・・・っと、そうだなー・・・。
俺達、難しい仕事してるから、それでつい意見が合わなくなったりするから・・・かな?」
まぁ、色々な複雑な理由もあったりするので言いにくい面もあるが・・・、
それでも、子供の質問にはちゃんと答えてやった。
だが、
「なんで?なんであわないの?」
さらに質問が返ってきた。
このくらいの子供特有の、質問攻め&質問返しだ。
どんなに上手い言い方をしてもはぐらかしても、そこからどんどん突っ込んで聞いてくる。
下手に嘘やごまかしをしてもかえってややこしくなるだけなので、
どんな内容の話でも本人が納得するようにきちんと対応するのが1番良い。
「んー・・・なんでかな。
きっと、壬生屋は俺のことが嫌いなんだよ。」
「えー、なんで?
“みーやはたぁゆきのことがすきだから、たぁはたぁゆきってなまえなんだよ”って、
はらさんがいってたよ?」
(あんの、色ボケ整備主任め。余計なことを。)
壬生屋が自らのペットに瀬戸口と同じ名前を付けた理由。
それは瀬戸口にもわかっていた。
だって、自分も、
「そぇで、“たぁゆきはみーやのことがすきだから、みおはみおってなまえになったんだよ”って。」
そう、壬生屋と同じ理由で自らのペットに彼女と同じ名前を付けたのだ。
(せめて、側に置くことが出来ないあいつの代わりに名前を呼ばせて欲しかったから・・・。)
「そうだな、俺はあいつのことは好きだよ。」
瀬戸口はみおの言葉に優しく微笑んで言った。
するとみおは期待に満ちた明るい笑顔になり、
「じゃあ、たぁゆきとみーや、なかなおりしよぉ!
そぇで、みおとたぁとたぁゆきとみーやの、4にんであそぼう!!」
元気いっぱいに提案した。
確かに、可愛いみおと気になっている存在の壬生屋と遊びに行くのは楽しいと思う。
もれなく、くそ生意気がガキが1名、付いて来るが。
しかし、現実は・・・。
「・・・ごめん、みお。それは出来ないんだ。」
瀬戸口は寂しげに笑いながら、みおの提案を断った。
みおは心底残念そうな顔になり、
「え〜っ・・・なんで、なんで?」
と言って、その答えを欲しがるが、
「なんでも。俺と壬生屋は、ケンカしたままのが1番良いんだよ。」
瀬戸口は答えてやらなかった。
「う〜〜〜〜?」
不満そうな、それでいて瀬戸口の言っているよくわからなくて、みおは首を捻っている。
その様が本当に可愛らしいので、瀬戸口は愛しそうにみおの体を腕の中に包み込むと、
「ほら、みおは明日も猫のたかゆきと遊ぶんだろ?だったらもう寝ないとな。」
そう呟いて頬に口付けを落とした。
それを受けたみおは悩み顔から一転してくすぐったそうな顔、そして満面の笑顔になり、
「うん!」
と言って、瀬戸口の胸に頭を擦りつけた。
そしてそのまま瀬戸口の体温と香りと感じていると、
「・・・すー・・・すー・・・。」
すぐに眠りに落ちて、寝息を立て始めた。
「やっと寝たか・・・。」
みおの寝息を慈愛に満ちた顔で見つめ、髪を優しく梳く。
自らの腕の中で眠る少女は、彼の想い人にそっくりだが、
彼女はこんな安らかな表情を自分に見せたことはない。
それは仕方がない、自分がそう望んで彼女に辛く当たっているのだから。
「このままが1番良いんだよ。
だって、俺の側は危ないから・・・死んで欲しくなんかないから・・・。」
だが、それ故に、想い人である壬生屋本人の安らかな寝顔など、永遠に望むことは出来ない。
微笑みも、愛の言葉も、その身も――。
「だから、これでいいんだよ、みお・・・。」
そう呟き、腕の中にいるみおの額に口付けを落すと、
瀬戸口はカーテンの隙間から見える、天上に浮かぶ2つの月を見上げた。
――もう間もなく、彼が舞う時間が訪れる。