「だ〜か〜ら・・・心配して言ってやってるんだから人の話くらい聞いたらどうだ?」
「は?なんですかその偉そうな物言いは!貴方のような色欲魔に命令される筋合いなんてありません!」
「なっ!それとこれとは関係ないだろう!
そんな柔軟性の欠片もない考え方してるからまた機体を壊したんだぞ?
わかってんのか、この強情女!特攻バカ!!」
「バ・・・バカですってぇ・・・?」
時は4月下旬の暖かい日。
自然休戦期の始まりが近付いていて、突如現れた英雄の活躍もあり、
人類にとって脅威でしかなかった幻獣達の姿は今となってはほとんど現れなくなって、
世間はすっかり平和モードだ。
だからといって、まだ自然休戦期ではない以上、戦力が低下しているとはいえ、
いつ何時幻獣が襲ってくるかわからない。
なので学兵達はまだ待機状態を解くわけにはいかず、
派遣先の学校や陣地で勉強や機体の調整、訓練をしながら過ごしている。
学兵とはいえいちおうは軍人なのだから、平和に甘んじて緊張を解くことは許されないはずだが、
実際に敵は出てこないし、こんなに暖かな春の日が続くのだから、多少緩んでしまうのは仕方がない。
気候と平和が人々に安息をもたらし、あらゆるところでまったりモードが流れている。
・・・流れているはずなのに、ここ尚敬高校の会議室前の廊下では1組の男女が言い争い、
まったりな空気をそこだけピリピリしたものに変えていた。
「わたくしの特攻は、より早く前線に出ることで敵を引きつけ油断させるためのものです。
油断したところを3番機のミサイルで一掃し、生き残ったものを2番機が撃ち落とす。
わたくしはわたくしの役割を果たしているだけです。
大体、この作戦を考えて提案したのは貴方でしょう、瀬戸口君!」
長い黒髪に胴着姿の少女が、目の前の制服姿の青年に言い返した。
どうやらこの口論の決着は、着くまでには膨大な時間がかかりそうだ。
「なんだと〜?」
言い返された茶髪に制服姿の青年―瀬戸口隆之は先ほどよりも怒気を含めた声で返す。
「だからって、敵の真正面で黙ってじっとしてろなんて誰も指示してないだろ!
パイロットならそのくらい、個々で判断して動かないでどうすんだよ!
いいかげん、ちっとは頭を使えよな!だから壬生屋はバカなんだ!!」
2回目のバカ呼ばわりを受けて、怒りに紅潮していた胴着姿の少女―壬生屋未央はさらに顔を赤くさせる。
「また言いましたね!
他人をバカ呼ばわりするなんて、最低です!!」
「他人の意見を聞かない頑固女よりは遥かにマシだよ!」
「貴方みたいな最低な方の意見など、聞けるわけがないでしょう!
もういいです。失礼致します!!」
「あーそうかい!勝手に何処にでも行けばいいだろう!
そのせいでどっかで野垂れ死んでも知らないからな!!」
と、お互いに捨て台詞を吐くと、同時に背を向けて反対方向に歩いていった。
壬生屋は足を踏みしめながらグラウンドの脇にある芝生にやって来ると、
「もう!何なのですか、あの人は一体!!」
と、腰を下ろしながら毒づいた。
事の発端は昨日の戦闘。
幻獣の勢力低下に伴い、戦場にいたのはゴブリンやゴブリンリーダーが主で、
その中に2〜3体キメラが混じっているだけ。
いつものパターンで壬生屋が敵を引きつけ、そこに3番機がミサイルを撃ち込む。
その動きだけで敵を全て屠ることができたので、2番機は特に仕事がなかった。
そんな楽な戦闘だったはずなのに、壬生屋が操る1番機は片腕を失ってしまった。
原因は、キメラによる背後からのレーザー攻撃。
ゴブリンやゴブリンリーダーを追うのに躍起になっていて、背中までに注意が行き届いていなかった。
キメラのレーザーには対した攻撃力がなく、それがたまたま関節の弱い部分に当たってしまったので、
片腕がなくなったことに関しては打ち所が悪かったのだと言える。
片腕はすぐに予備の物と交換が可能だから整備班的には対した仕事でもなく、
むしろ暇していたからちょうど良いくらいだということで、
あの怖い女整備主任からは特に怒られるようなことはなかった。
それに、全機体とも己の役割に責任を持ちしっかり役目を果たせていたので、
司令からも何かお咎めを受けるようなことはなかった。
ただ単にちょっとした不運があっただけで、自分の動きは完璧だった。
なのに・・・あのいつも不真面目で女好きのオペレーターだけは、
自分をバカ呼ばわりして頭ごなしに注意をしてきた。
「それはその・・・確かに気が緩んでいたのはわかっていますが・・・。」
壬生屋とてわかっているのだ。瀬戸口がきつく叱りに来た理由を。
戦闘中、敵に背後から攻撃を受けてしまったということは、
自らの動きに隙があり油断していたということ。
以前までの、幻獣と人類の戦力が膠着していたころは敵の攻撃が激しくて、
たった1つのミスが死に繋がるような状態だったから、
とにかく幻獣の気配を見失わないよう、常に気を張っていたのに。
それなのに、昨日の戦闘では油断しきっていてそれが全く出来ていなかった。
もし昨日自分を撃ってきたのがキメラではなくスキュラだったらと思うとゾッとする。
だが、
「でも・・・でも!バカ呼ばわりなんてひどいです!!」
いくら相手が正しいことを言っていても、納得出来ないことはある。
「自分なんて・・・自分なんて一昨日、派手な服を着た女性と歩いていたくせに!
いえ、それだけじゃありません!その前は女子校の方でした!!」
言っているうちに、たまたま見てしまった瀬戸口と見知らぬ女性のデートシーンを思い出してしまった。
しかも、相手の女性はシーンが変わるごとに人も変わっている。
「ご自分の仕事でやることがないからといって、毎日遊び歩いて・・・!
わたくしが話し掛けようとしてもまともに取り合ってくださらないのに、もう!!」
思い出しているうちに腹が立ってきた。
思わず大きな声で叫んでしまう。
その叫び声を聞いて、少し離れたところにいた鳥が5〜6羽ほど、驚いて飛んでいってしまった。
両拳を握り締めて天を仰ぐ壬生屋の耳に“ばさばさぁっ!!”というはばたき音が入る。
その意外に大きな音に、
「・・・いけない。ついわたくしとしたことが・・・。」
正気に戻ってしまった。
よく見てみると、グラウンドには5121小隊以外の人間が何人かいて、こっちを見ている。
「あ・・・ははは・・・。」
知らない人間からの熱い視線に耐え切れなくなった壬生屋は立ち上がり、
自らの機体が待つ整備テントへ向かう事にした。
一歩踏み出す前に、背後を見る。
その先には、窓の向こうに先ほど瀬戸口と言い争った会議室前の廊下が見える。
「本当はもっと、違うことを話したいのに・・・。」
壬生屋は悲しそうな表情でポツリと呟くと、今度こそ足を前に一歩踏み出した。
一方その頃、瀬戸口はというと・・・。
「ったく・・・あの分からず屋が!人が心配してやってるというのに・・・!
本当に死んだらどうすんだよ、あの馬鹿女!!」
ぶつぶつと毒づきながら、尚敬高校校門へ向かっていた。
仕事は完璧に片付いているし特に用事はないので、新市街にでも足を運ぶつもりだ。
新市街には自分と同じく暇を持て余してたむろしている学兵が多いので、
誰かしら暇つぶしに付き合ってくれそうな女性がいるはずだ。
さっき壬生屋と言い争ったことに対するうっぷんも晴らしたいし。
―だが、ここから彼の予定は、大幅に狂うことになる―。
瀬戸口が校門を通り過ぎようとした時、石柱から人影が飛び出し、
「どーもー!お待ちしてましたぁー♪」
元気に挨拶をしながら瀬戸口の正面に立ち、行く手を阻んだ。
瀬戸口は突然の出来事に驚きながらも、
「・・・や、やあ。どうかしたのかな、お嬢さん?」
何とか平静を装いながら、飛び出してきた人影である少女に訊ねた。
少女は尚敬高校の制服を着ていて、栗色の髪を耳と同じくらいの高さで2つにくくっている。
背は高い方ではなく、恐らく155センチまで届いていないだろう。
「あっ、申し遅れましたぁ〜。
尚敬高校2年4組、徳川ミナです!
よろしくお願いしまっす!!」
少女―徳川ミナは元気に自己紹介をした。
右手をこめかみの横まで上げ、びしっ!と敬礼を決める。
「初めまして、元気なお嬢さん。
5121の瀬戸口隆之。よろしくね。」
ミナの自己紹介を受け、瀬戸口も自己紹介をした。
手を差し出して握手を交わす。
「で、何で俺を待ってたのかな?」
握手していた手を離すと、瀬戸口は訊ねた。
訊ねられたミナは、
「それはもちろん、瀬戸口君に用事があるからですよっ。」
と、前置きすると何か大事なことを話すようで、両拳を握りながら1度深呼吸をし、
「瀬戸口君!君にラジオ番組のDJをやってほしいのです!!」
そして元気に叫んだ。
「・・・は?」
頼まれた瀬戸口は、何が起こったのかわからず、ただ間の抜けた声を漏らすだけだった。
徳川ミナ。
彼女は尚敬高校にあるとある部隊で事務官をやっている。
今は人類が優勢で、彼女の部隊も例によって暇を持て余しているので、
彼女は徴兵前から所属していた“放送部”の活動に専念することにしたのだ。
しかし、こんなご時世にまともに部活動をしている人間はわずかしかおらず、
放送部の部員も彼女1人だけ。
たった1人の放送部など、昼休みの時間に音楽を流すぐらいが関の山だが、
活発な彼女にとってはそれだけでは物足りない。
ちゃんと番組を企画し、放送したいのだ。
だが、たった1人でラジオ番組を作るなど、至難の技。
実際に話すことはもちろん、放送機器を操作したり時間を計ったりしなくてはならないのだ。
そこで彼女は瀬戸口に白羽の矢をぶっ刺した・・・もとい、スカウトした。
「ほらぁ〜、瀬戸口君のオペレートって人気あるんですよ〜。
戦闘前に5121の電波を受信する人、うちの学校に結構いるんです。」
ミナは歩きながら事情を説明する。
「ファンになってくれる子が多いのはありがたいけど、まずはうちの司令に許可を取らないとだね。」
瀬戸口も歩きながらミナに話す。
尚敬高校と5121小隊は同じ敷地で学んではいるが、全く別の組織である。
なので、どちらかの都合で勝手に兵士もしくは生徒を使うわけにはいかない。
わかりやすくいうと、尚敬高校のパイロットがいないからといって、
5121のパイロットを勝手に戦車に乗せて出撃されたら、
5121が戦闘に出たくてもパイロット不在で出撃できなくなってしまう。
だから、他部隊の兵士を使いたいならその部隊の司令に許可を得なくてはならない。
それはたとえ部活動であっても同じである。
だが、どこの部隊も人手と錬度が足りていないのが普通なので、
自分のところから兵士を貸す余裕なんて本来ならないのだが・・・、
「構いませんよ。」
5121小隊司令の善行からは、実にあっさりと許可が下りた。
瀬戸口とミナは司令室のデスクの前に立ち、善行と向かい合っている。
「本当ですかぁ?ありがとうございますっ!!」
無事許可を得られたミナは目を輝かせた後、大きく一礼した。
「いいんですか、司令?
この子の話だとあさってから自然休戦期までの昼休み、俺はずっとあちらの放送室に缶詰ですよ?」
善行があまりにもあっさり許可を出したので、瀬戸口は思わず訊ね返す。
「おや、ラジオ番組のDJ、やりたくないのですか?」
「いや、そういうわけじゃないですけど。」
“ただ、毎日昼休みに昼寝出来なくなるのはちょっとなぁ・・・。”とは思ってはいるが、
それはもちろん口にはしない。
「もちろん、出撃の際には何があろうと返していただきますよ。
それ以外でしたら、どうぞご自由にお使いください。」
善行は前半の一言で瀬戸口からの問いに答えると、後半の一言をミナへ向けて薄く微笑んで言った。
「やったぁ♪ありがとうございます、善行司令!」
ミナは大喜びで再び善行に礼を言う。
善行はミナの無邪気な素直さを微笑ましく思い、
「いえいえ。全然構いませんよ。
実は瀬戸口君の女遊びの様子には、近隣の部隊からクレームが来ていましてね。
昼休みの間だけでも預かってくれるのなら、こちらとしても助かるのですよ。」
と、にこやかに言った。
それを聞いた瀬戸口は僅かに顔をしかめて訊ねる。
「クレームって・・・他所様に迷惑をかけるようなことはしてないつもりですけど?」
「それはわかってますよ。
ただ、君がもてるのを他の部隊の男性陣は面白くないみたいでね。
だから来るのはクレームというよりただのひがみなのですが、
見ようによっては“学生の風紀が乱れている”といって、お偉いさんから注意を受ける可能性もあるのですよ。
それに・・・、」
「それに?」
善行は1度言葉を切ると眼鏡に手を添えて位置を整えた。
「たまには学生らしいことでもしてみたらどうですか?
部活動・・・ええ、まさに青春時代の若者ならではの言葉ですね。」
「・・・まぁ、そうっすね。」
瀬戸口は善行が真顔で使った“青春”という言葉に、思わずガクリと肩の力を抜いた。
善行から許可が出た後、すぐに2人は尚敬高校の放送室に引きこもり、打ち合わせを始めた。
ミナが番組の構想を説明し、それに対して瀬戸口が質問し確認していく。
そして瀬戸口からのアイデアもしっかりと聞き、ミナは原稿をまとめる。
番組の内容に沿ったBGMも、放送室に何故か大量に置かれている音楽媒体の中から選び出し、
後は時間内に治まるよう、リハーサルをする。
発案者のミナには“こうやりたい”“あんなことはできないのか”などの様々な思惑があったし、
瀬戸口は瀬戸口で色々なことに気がつく性格なので、
番組に対して“こうすればもっと面白くなるんじゃないか”という点を見つけてはきちんと報告する。
2人とも、初対面なのに、しかも番組作りに関しては素人なのに実に様になっている。
打ち合わせは有意義なものとなり、後は本番を待つだけだった。
そして翌々日の昼休み。
「ねぇねぇ、今日だよね?グッチのラジオ番組!」
5121プレハブ校舎1組教室内に、整備班の新井木が元気良く駆け込んでいた。
そこには、同じ隊の人間がほぼ全員集まっていた。
「ええ、もうすぐですよ。
受信機をオンにしてあるからそろそろ聞こえてくるはず。」
同じ整備班の森が説明してあげた。
プレハブ校舎には普通の学校の教室には必ず設置されているような校内放送用のスピーカーはないので、
受信機を使って電波を拾わなくてはならない。
「うわ〜、どんなのやるんだろ?
グッチ、ちゃんと話せるのかな〜・・・どう思う、未央りん?」
新井木はわざわざ壬生屋の隣りにまで移動して訊ねた。
すると壬生屋は何が面白くないのだろうか、眉間にしわを寄せた表情で答える。
「さぁ?
普段から口が軽いのですから、何も話せなくて困るようなことはないのではないですか?
それよりも、今はまだ自然休戦期ではないのにこんなこと・・・。
学兵としての意識が足りないのでは?」
「まぁ、平和だからいいんじゃない。
・・・もしかして未央りん、グッチを追いかけられなくてつまらない?」
新井木に訊ね返され、壬生屋は顔を赤らめ力いっぱい反論する。
「なっ・・・!そんなことあるわけないでしょう!!」
「ならいいじゃん。」
「う・・・。」
しかし、一刀両断されてしまった。
こうなるともう、何も言えない。
それでも壬生屋が何とか反論しようと言葉を探しているが、
「静かに!始まりましたよ。」
という受信機横にいる森の声が聞こえてくると、例えいい言葉を見つけたとしても叫ぶわけにはいかなくなってしまった。
そして軽快なBGMが聞こえてくると、全員が受信機から聞こえてくる音声に耳を傾け始めた。
同じ頃、放送室で。
『オペレーター、準備オッケイです。
それじゃあ瀬戸口君、行きますよ〜。』
瀬戸口は録音室の向こう側からヘッドホン越しに声をかけてきたミナに右手を見せて、
オーケーサインを作った。
瀬戸口の目の前にあるマイクはONになっているので、声を出して返事をするわけにはいかない。
数秒すると、BGMが除々に小さくなっていき、ミナが片手を下げて合図を送ると、
瀬戸口は息を吸い込み、
「“瀬戸口隆之のラヴァーズミュージックレディオ”〜〜!!」
マイクに向かって、タイトルコールをした。
『今日から始まりました“瀬戸口隆之のラヴァーズミュージックレディオ”。
この番組では青春真っ盛り、戦争よりも恋に忙しいみんなのために、
愛の伝道師ことわたくし瀬戸口隆之が、素敵な恋のエピソードと音楽をお届けする番組でっす。
リクエストはいつでも大歓迎なので聴きたい曲とメッセージを添えて、
放送室前のBOXまで入れてくださいね〜。
メッセージは恋愛相談からノロケ話まで、恋に関することなら何でもOK!
君達からの熱いメッセージ、待ってるよ♪』
(BGM1、フェードアウト。入れ替わりにBGM2、フェードイン。)
『それではまず最初のエピソードは、ペンネーム“赤いリンゴちゃん”のエピソード。
【遠くの戦場に行っている彼氏が、もうすぐ帰ってきます!
戦争でデート出来なかった分、いっぱい2人でイチャイチャしてやるぞ!】
そっか〜、もうすぐ自然休戦期だもんな〜、よかったね赤いリンゴちゃん!
気が済むまでイチャイチャしちゃってくださいな。
彼女がいない俺としてはうらやましい限りですよ〜。
【でも、ずっと離れてたから浮気してないか心配です。
もし浮気なんかしてたら、思いっきり怒ってやります!!】
あらら〜・・・まぁ、そうだよね〜、ずっと待ってたんだからね。
でも、ケンカし過ぎてデートする時間がなくならないように気をつけてね。
もし浮気してたら、君の魅力で振り向かせちゃえ!!
そんな恋に燃えている赤いリンゴちゃんからのリクエストはこの曲です。どうぞ!!』
(BGM2、アウト。リクエスト曲、イン。)