『それではまた明日、この時間にお会いしましょう!
  お相手は愛の伝道師こと、瀬戸口隆之でした〜〜♪』

     (BGM、フェードアウト。)

 瀬戸口はBGMが下がり始めると、手元のマイクを切った。
録音室の外で音響装置を操作しているミナの方を見る。
ミナは音量調節用のレバーをゆっくりと下げ、0のメモリまで完全に下げきると、
『カット!瀬戸口君、お疲れ様でした〜〜。』
瀬戸口に放送の終了を笑顔で告げた。
「ふぅ〜・・・。」
監督兼音響係兼演出家兼タイムキーパーのミナのカットの声を聞き、
流石に初めてのことで疲れたのか、瀬戸口は安堵の息を漏らして椅子の背もたれに沈み込んだ。
録音室の扉が開き、
「すごいですよ瀬戸口君!初めてとは思えないほど見事なDJっぷりでした!!」
入ってくるやいなや、ミナはとても嬉しそうに声をかけてきた。
「そりゃあどうも・・・。
 でも、問題は聞いてくれた人達からの反応が良いかどうかだと思うけど。」
顔に少し困ったような表情を浮かべながら、瀬戸口がごもっともなことを言った。
しかし、それでもミナは満開の笑顔を崩すことはなく、
「ぜんっぜん大丈夫ですよ〜!
 多分5限目の終わりにはもう、リクエストBOXはパンパンになってると思いますよ〜。」
と、太鼓判を押した。

 それはミナの言ったとおりになったことで、
放送直後からこのラジオ番組は尚敬高校の生徒から絶大な支持を受けた。
評判と噂は他校にまで広がり、校内に忍び込んで聞く者も少なくはない。
残念ながら出撃が入ってしまい、その日の放送を諦めざるを得なくなったことが何度かあったが、
翌日の放送を五体満足の状態で聞くために、女子学兵(男子もいくらか)は生き残るために、
以前にも増して懸命に戦った。
僅かながらではあるが学兵の間での士気が向上したため、
放送部部長のミナは生徒会連合より特別勲章をもらったりもしていた。
リクエストの数も日に日に増していき、
リクエストをしてくれた者達のメッセージを1つでも多く紹介するため、
昼休みだけでなく放課後も放送するようになった。
当然、DJを務めている瀬戸口の人気も上がったため、
『キャーーーッ!瀬戸口く〜〜〜〜ん!!!』
瀬戸口ファンクラブなどの集まりの数も増え、
瀬戸口を追っかける女子生徒(時折男子の姿も)の増援が跡を絶たない。
流石に5121のプレハブ校舎やハンガー付近では、
怖い整備主任が笑顔と睨みによる結界を作動しているため近付いては来ないが、
そこから離れた途端、瀬戸口の周りには人の壁が発生する。
そんな人の壁の向こうで、
「・・・・・・。」
壬生屋がつまらなそうな表情をしていた。
悲しそうでもある。
(少し前まではいつも喧嘩ばかりしていたのに・・・。
 ・・・最近は、まともに話せていない気がする。)
ラジオ番組が始まって1週間以上が経ち、今は5月の上旬。
それからまた数日で自然休戦期に入り、小隊は一時解散となる。
特に何事もなければまた同じメンバーで再結成されるのだが、それは絶対とは言えない。
もし別の部隊になるのなら話せるのは今のうちくらいなのに、今は声をかけるには遠すぎる。
距離にしても10メートルと離れていないのに、立ちはだかる者が多すぎて近づけない。
もし運良く近づけたにしても、こんな複数の面識もない者達の前で、
自分は一体何を言って彼に声をかけるつもりなのだろうか?
上手く声が出るのだろうか?
変な女だと笑われたり、罵声を浴びせられたりするのではないだろうか・・・?
そう思うと、これ以上人の壁を見つめているのに耐えられなくなり、
「くっ・・・!」
壬生屋は涙を堪えて身を翻し、この場を去るしか出来なかった。
涙を振り切るようにして走り去る。
その姿を人の壁の向こうで見て、瀬戸口は苦しむように眉間にしわを寄せた。
そしてそれらの光景を、離れた所でミナが見つめていた。

 その日の昼休み。
放送時間の前となり、瀬戸口とミナは放送室で打ち合わせをしていた。
放送時間とその直前は流石にこちらとしても迷惑になるので、
ミナは部長権限を使い、瀬戸口ファンを放送室付近から遠ざけている。
瀬戸口ファンも行き過ぎたファンコールが問題で番組自体がなくなってしまうわけにはいかない。
大人しくしてそれぞれの場所で放送を聞くことにしている。
こうして今は2人っきりになった放送室で、
瀬戸口とミナはこれからの放送で読むメッセージの選出を行っているのだが・・・、
「・・・くん!瀬戸口君!聞いてますか?」
「へっ?あ・・・ああ、ごめん。ぼうっとしてた・・・。」
「もぉ・・・今度はちゃんと聞いててくださいね。」
もう何回もこのやり取りを繰り返していた。
ミナがこのメッセージを軸にして話を進めてはどうかと提案していくのだが、瀬戸口からの返事は、
「ああ・・・。」とか、「うん・・・。」とかだけで、
それまでのような覇気もなければアイデアも出てこない。
放送時間まで間がないし、こんな様子ではミナがメッセージを選び1人で原稿を書いて、
それを瀬戸口にそのまま読ませるしかない。
そう決意を固めるとミナは、
「瀬戸口君ずっと私のわがままに付き合ってくれたから、ちょっとお疲れなのかもしれないですね。
 どうします、今日は?
 私がこのまま勝手に原稿を書いたのを読んでもらうだけでもいいし、
 なんなら今日はお休みにしちゃってもいいですよ。」
と、いつも通りの明るい調子を少し優しげなものに変えて提案した。
元々は自分のわがままで瀬戸口に協力してもらっているのだ。
必要以上に無理をさせて苦しませるわけにはいかない。
すると瀬戸口は目を見張り、少し考えた後、
「・・・じゃあ、前者で。
 皆楽しみにしててくれるのに、急にやめるわけにはいかないよ。
 放送はちゃんとやるから、原稿をまとめるのだけ頼む。」
と言って、無理矢理といった感じで口元を歪めて笑うと、
視線を机の上へと落とした。
「わかりました。
 じゃあ、少し1人でじっくり考えたいので録音室に入ってますね。」
瀬戸口の答えを快諾すると、ミナはリクエストが書かれた手紙と原稿用紙に筆記用具を持って立ち上がった。
「ごめん・・・ありがとう。」
瀬戸口は録音室の扉を開けたミナの背に声をかける。
「ううん!ぜんっぜん問題ないですよ〜。困ったときは、お互い様です♪」
瀬戸口の声を受けて振り返ると、気を遣わせないようミナがいつもの調子で答える。
そして再び録音室へ入りかけるとき、
「あ、そういえばさっき、赤い袴の人が瀬戸口君のこと見てましたけど?」
再度振り向き瀬戸口の方を見る。
すると・・・、
「えっ・・・!
 ・・・あ、ああ、うん・・・そうだな・・・。」
突然問われたことに驚いたのか、一段高い声で返事をし、それから彼にしては珍しい歯切れの悪い言い方で答えた。
その答えを受けて、ミナは無言で瀬戸口の様子を見ている。
沈黙に耐えかねて瀬戸口は、
「な・・・なんだよ・・・?」
と訊ね返してきたがミナは、
「いいえ〜?なんでもないですよ〜?」
と、いつもの明るい調子で言って録音室へと入り、扉を閉めた。
そして前には進まず、そのままの位置で、
「やっぱり・・・ね。」
小さな声で呟いた。
録音室の壁と扉には防音処理が施されているので、瀬戸口の耳にその声が届くことはなかった。

 昼休みの放送はなんとか無事に終わった。
瀬戸口の調子も放課後までには元通りになっていたので問題はなかった。
しかし、ミナはそれでもすっきりしないものがあった。
ミナは瀬戸口をDJに誘う前から彼の喋り方や声を聞いていたのだが、
周りの声にも反応出来なくなるくらいにぼうっとすることがあるとは思わなかった。
そして数時間後には何事もなかったかのように気持ちを切り替えられるのは、逆に彼らしいとも思った。
ただ・・・前の調子に戻れたのは、本当に何も心配することがなくなったからなのだろうか?
仮に、無理をして元気なフリをしているのならそれは大変に申し訳ない。
だから自分は原因を調査して瀬戸口に何か、適切なフォローをする必要がある。
それは部長としての、そして、仕事を依頼した者の義務だと思った。
なのでミナは早速、
「あの・・・わたくしなどがお役に立てるのでしょうか・・・?」
「全然平気!あなたにお願いしたくて頼んだんだから気にしないでください壬生屋さん!」
行動に移した。
グラウンドで訓練中の壬生屋に声をかけ、先日企画したアンケートの集計作業を手伝ってもらうことにした。
放送室に壬生屋を招き入れ、アンケート用紙が置かれた机の前の椅子に案内し、座ってもらう。
ミナが机を挟んだ向かいに座り、作業内容について説明した。
説明を終えると2人は黙々とアンケート用紙を開き、書かれていることを表に記して集計していった。。
ふと壬生屋は手を止めて、放送室の中を見やる。
他の教室とは違い防音処理が施されている部屋はとても静かで、時折窓の外の鳥の声が聞こえてくるくらいだった。
それは瀬戸口の周りの騒がしさとはあまりに真逆なので、とても不思議に思う。
「そういえば、他に部員の方はいないのですか?
 やりたそうな方はいっぱいいるのでしょうから、その方達に手伝っていただいてもよろしかったのでは?」
この部屋の静けさを不思議に思うもう1つの理由。
ラジオ番組の放送回数からして、放送室内にはたくさんの部員がいると思ったのだ。
それなのにこの部屋には自分とミナ以外の誰もいないし、いるような痕跡もない。
壬生屋の問いにミナは手を止め、困ったように笑顔を壬生屋に向けた。
「ん〜・・・入部希望者は瀬戸口君のお蔭でかなり増えましたよ。
 でも、その人達はただ単に、瀬戸口君と同じ場所にいたいだけです。
 放送部として番組を作ったりして楽しみたいわけじゃない。
 あまりにも魂胆見え見えだから、断ってるんです。」
その答えを聞いて壬生屋はとても納得したと共に、ミナのことを信用できる人物だと思った。
ミナの番組作りにかける想いは本物であるし、相手が自分と共に1つの物事に打ち込める人物か否かをちゃんと見ている。
だったら、“何故自分が手伝いを頼まれたのだろう”と再度思い立ち、訊ねようとするが、
「あの〜・・・壬生屋さん。」
先に話し掛けてきたミナの声に阻まれ、
「実は、お話したいことがあるんです。
 だから・・・すみません、訓練中だったのに声をかけちゃいました・・・。」
聞きたかったことを先に言われた。
「いえ、時間を持て余していたから訓練をしていただけなので、どうかお気になさらず。
 ・・・それで、お話したいこととは、一体何を?」
ミナの謝罪の言葉に対して返答すると、壬生屋は訊ね返した。
するとミナは思いつめた表情になると突然、
「・・・ごめんなさい!!
 私のせいで壬生屋さんと瀬戸口さんの大事な時間を取っちゃって!!」
と言って、机に頭をぶつけるかのような勢いで頭を垂れた。
「・・・え?」
突然のミナの行動と言葉に壬生屋は唖然とし、
「え・・・えっと・・・・何のことですか?」
戸惑いながら再度訊ね返す。
するとミナは頭を垂れた勢いから一変し、きょとんとした表情になると、
「あれ・・・お2人は恋人じゃなかったんですか・・・?」
と言って、首を傾げた。
「ち、違います!!」
ミナの言葉に、壬生屋は顔を真っ赤にしながら全力否定した。
「せ、瀬戸口君とわたくしがこっ・・・こここ、恋人だなんてそんなこと、あるわけないでしょう!!」
「ええ〜っ!!そ、そうなんですかぁ〜?」
壬生屋の必死の説明に、ミナは大慌てになる。
「な、なら、誤解して申し訳なかったです!ご、ごめんなさい・・・。」
「い・・・いえ。わたくしも取り乱してしまい、申し訳ありません・・・。」
誤解したことをきちんと謝罪したミナに、壬生屋もまた謝罪を返した。
しかし、
「でも、なら何で瀬戸口君のことをじぃぃっと見ていたんですか?」
すぐさま痛いところを突かれた。
「えっ・・・あ・・・と、その・・・。それは・・・。」
瀬戸口のことを見つめていたのは事実なので、これは否定することができない。
だが、理由を説明することは・・・。
どう言って切り抜けようかと必死に言葉を探したまま、
それでも見つけられなくて言葉を濁している壬生屋を見て目を光られたミナは、
「さては・・・。
 壬生屋さん!ズバリ、瀬戸口君に恋していますね!片想いですね!!」
絶対外さないという確信を持って言った。
その言葉を聞いて壬生屋は再び真っ赤・・・いや、先程以上に真っ赤になって勢いよく立ち上がって、
「ええ〜っ!!ちょっ・・・ちょっとその・・・と、徳川さん!!!」
肯定したいのか否定したいのかよくわからないが、とにかく壬生屋はパニくっている。
「あ、ミナでいいですよ。
 まぁまぁ、壬生屋さん。
 事情はよくわかったから落ち着きましょうよ。
 ここには他に誰もいないですし、声が外へ漏れることもないですから。
 はい、座って座って♪」
何がよくわかったのかはわからないが、ミナは何か知りたかったことが知れたようで、
壬生屋とは逆にいつも通りの笑顔で壬生屋を宥める。
「う・・・は、はい・・・。」
宥められて壬生屋は、いきなり立ち上がってしまった自分が恥ずかしくなり、
小さく縮こまるように座った。
壬生屋が座ったのを確認すると、ミナは壬生屋に1つ1つ確認するようにゆっくりと話し始める。
「壬生屋さんは瀬戸口君が好きで近付きたいけど、ファンの人達が邪魔で近づけない。
 瀬戸口君とお話できなくてなんだか寂しい・・・そうでしょう?」
「は、はい・・・。」
ミナの言葉は元気で明るいが、同時に優しく心に染み渡るようなものなので、
壬生屋は変に誤魔化そうともせずに、正直に答えられた。
「でも、いざ話そうとしてもまた喧嘩になってしまうのでしょうし・・・。
 ファンの方がいるから話せないということもありますが、
 元々あの人の目の前では言葉が上手く出てこなくて。
 いつの間にか喧嘩になっていて・・・。
 だから、あの人とちゃんとお話できないのは本当は誰のせいでもないのです。
 わたくしがその・・・しっかりしていないのが問題なのです・・・。」
「でも・・・私が瀬戸口君にDJを頼んだことで、
 壬生屋さんが瀬戸口君と話す機会を奪っていることには変わりないです。
 それは本当に、申し訳ないです・・・。」
「いいえ、違います!
 とく・・・ミナさんが悪いのではないです。
 元々のわたくしの性格に問題があるのです。
 お気になさらないでくださいまし。」
壬生屋の話を聞き、しゅんとするミナだったが、
壬生屋はミナのせいにはせずに、逆に励まそうとしていた。
そんな壬生屋の悲しみに耐えるような笑顔はミナの心を打った。
(で、でも・・・!
 このままじゃ壬生屋さんは、ずっと瀬戸口君とお話できないままじゃない!
 なんとか・・・なんとかしてあげたいよ。
 原因は全部、私なんだから・・・!)
「このままじゃだめですよ・・・。でも・・・どうしたら・・・。」
壬生屋の笑顔から目を逸らして、ミナが小さく呟きながら必死に考えを巡らす。
(壬生屋さんの気持ちを瀬戸口君に伝えられれば・・・。
 でも、壬生屋さんが瀬戸口君に2人っきりで会うのは至難の業なわけで・・・。
 こういうとき、恋愛ごとに詳しい人ならちゃんと考え付くんでしょーけどー・・・。
 ・・・あーもう!!教えて、どっかの恋愛マスター!!
 ・・・ってあれ?
 そんなこと名乗ってる人、どっかにいたような・・・。
 ・・・ああっ!
 そうだ、そうだよ!!
 聞く方法があるじゃないですか!!!)
「壬生屋さんっ!!!」
「は、はい!?」
突然顔を上げて叫びだしたミナに、壬生屋は驚いて裏返った声で返事をした。
「良いことが浮かんだんです!!」
そしてミナは机に叩きつけるように原稿用紙を置いて、自らの両手でシャーペンを壬生屋の手に握らせると、
「ここに壬生屋さんの気持ちを、ありったけ書いちゃってください!!」
「は・・・はい?」
シャーペンを握らされたままの壬生屋は、わけもわからずに茫然としながら返事をするのだった。




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